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サクヤ、ニニギノのふたつの活火山を望むバスケタは、幾度もの噴火に焼かれた荒野をその斧と剛腕で力任せに切り拓いたドワーフたちによって築かれた街だ。この街を統治するオイドゥオン家も、太祖セゴード以来、尚武の気風を持ってナインテイルにその名を轟かせてきた。
〈千年雪の街バスケタ〉は、古い建物を残す街だ。周囲に生い茂る南国風の植物達や大自然と打って変わり、石垣に囲われた道や黒い瓦を頂く日に焼けた木製の建造物であふれている。
「どこか武家屋敷群みたいな感じだね」
と零すシイナに、ヒルヒメは同意した。〈バスケタ〉の所在する鹿児島市に値する場所は、実際のところ武家屋敷のような場所は無い。だが、〈エルダー・テイル〉の世界では武家屋敷のような建物に並ぶエリアとなっている様子だった。〈サクヤ媛岳〉 による多量の灰と黒い瓦、漆喰の壁などで〈千年雪の街バスケタ〉は色味の薄い街だ。
武家屋敷、とまではいかなくとも、和風の建物が数多く存在している。南国風の植物と和風建築の融合。なんとも妙な感じではある。
「ここ〈バスケタ〉では、どういう交渉をするつもりなの?」
シイナが問うと
「正攻法で、物品を見せて商機があることを示したいですにゃ」
そう、コバンは答えた。
そして道中で。
モノクロに近い色彩の景色の中で、ヒルヒメ達第一部隊のメンバーは泣く幼女を見つけたのだった。
「どうしたの?」
幼女に駆け寄り、真っ先に声をかけたのはヒルヒメだった。泣く幼女に近付き、視線を合わせるために屈む。その後を追ったシイナも「大丈夫?」と優しく声をかけ、少し屈んだ。
他の第一部隊のメンバーも、幼女に近付いた。だがタケハヤは怖がらせないためか少し離れたところに立つ。ツキヨミはヒルヒメの側に立った。
「どこか、痛いの?」
ヒルヒメの問いに、幼女はゆるゆると首を振る。
「お名前、言える?」
「わたし、エルセッタ」
ヒルヒメが名を問うと、そう、涙声の返事があった。
「ないの。トゥブガゴットくんが、いないの!」
そうして、再び泣き出してしまう。
現在、商家の運営は当主ガッツィを筆頭とする三人の兄妹によって行われていた。長兄ガッツィが政務および全体方針の決定を行い、次兄ゴワハンドは軍事と警察を統括、長姉ナンカカルが財務・外交を担当する。泣くオークも黙るこの三傑が猫可愛がりしているのが末妹のエルセッタだ。
「これって……」
「エルセッタのぬいぐるみ捜索クエスト……ですかね」
ヒルヒメの視線を受け、ツキヨミも頷く。
〈千年雪の街バスケタ〉において、失くしてしまったエルセッタのぬいぐるみを捜索するクエストが存在した。〈なだめる〉〈なぐさめる〉などのエモートを使って泣き続ける彼女の機嫌を取りつつ、街のあちこちを回るうちに、施設の配置や都市の構造を把握できるという観光的なクエストで、クリアすることでオイドゥオン家の兄や姉を紹介してくれる、という仕掛けである。
エルセッタは〈冒険者〉達を「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ぶ、大きなリボンにフリルのエプロンドレスの王道の幼女キャラであり、それゆえにその筋の大きなお友達に絶大な人気を誇っていた。
「どうすんだ」
問うタケハヤに、「例のぬいぐるみを探すしかないでしょうね」とツキヨミは極めて冷静に答える。
「そのトゥブガゴットくん、一緒に探すよ」
「ほんと? お姉ちゃん、いっしょに探してくれる?」
「もちろん」
ヒルヒメが声をかけると、エルセッタは潤む目でヒルヒメを見つめた。
「うん。泣いてちゃせっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうからね」
ヒルヒメはエルセッタに声を掛ける。実際、小さな女の子が泣いていれば手を差し伸べないわけには行かない。
そうして、トゥブガゴットくん探しが始まる。
「どこ探す?」
「ゲームで体験した通りにやってみるしかないでしょうね」
「街巡りかぁ」
ヒルヒメはエルセッタと手を繋ぎ、周囲を見回した。ツキヨミは変わらず、冷静に答える。現実と化した〈エルダー・テイル〉の世界で『ゲームの通りにやる』というのは少し妙な気がしたが、それ以外に手掛かりがない。
「俺は他んとこ行くからな」
「まあ、ばらけた方が見つかりやすいですし」
「そんなんじゃねぇよ」
そっぽを向いたタケハヤにツキヨミが軽く返すと、顔を顰めてさっさと歩き出してしまった。
ぐずるエルセッタに、ヒルヒメは様々な曲を聴かせてみた。〈なだめる〉〈なぐさめる〉エモートなど、現実となった今では存在しない。だから、ヒルヒメなりに考えてみた事だった。ヒルヒメの演奏に合わせて、シイナが歌を口ずさむ。
各施設に向かってみるも「ない」
公園や広場に向かってみるも「ない」
「あとは……どこだっけ?」
街中を歩き回ったが、トゥブガゴットくんはどこにも見当たらなかった。
「黒いウサギのぬいぐるみを知りませんか」
そう、街の人々に声をかけていく。
最中でエルセッタにウケモチの作ったジュースを飲ませてみたり、ウケモチの作ったお菓子を食べさせたりなどすると驚いた様子で目をまんまるにして瞬かせた。だが、やはりトゥブガゴットくんがいない寂しさは紛らわせられなかったようで、すぐにぐずり出し泣いてしまう。
泣き疲れて眠ってしまったエルセッタをツキヨミが背負い、街中を歩くと。
「そういえば、変なカラスがそんな人形を持って行った気がする」
そう、とある〈大地人〉が答えたのだった。
「どこに向かいました?」
「あの公園の方向だよ」
指した方向は街のすぐ近くのエリアだ。
「何、まだ探してんのか」
道中、別行動をしていたタケハヤと合流する。どうやら彼は周囲の噂話などを集めていた様子だった。「最近、オークの活動が活発化してるらしいぜ」と得た情報をざっと教えてくれる。
教えられた場所には、確かに黒い物体があった。
「だけど……木の上だね」
見上げ、ヒルヒメは呟く。
どうやら木の高い位置に引っかかっていて、簡単には取れそうになかった。
「……」
「ちょっと、ヨミさん何してるの?!」
徐にツキヨミが弓を矧ぐ。そして問答無用で放った矢で枝を穿ち、吹っ飛んだ黒い物体をヒルヒメがキャッチした。
「よし。……危なかった」
ほっとひと息吐き、ヒルヒメは腕中の物体に視線を向ける。それは紛れもなく黒いうさぎのぬいぐるみトゥブガゴットくんだ。急いでその全体を確認する。どうやらどこも破けていない。
「強引なのは良くないのよ。優しくしなきゃダメなの」
「……そうですね。次からは気を付けます」
ツキヨミの背中に掴まったエルセッタが彼の頭をぺしぺしと叩く。いつのまにか起きていたらしい。
「お兄ちゃんやお姉ちゃん達を紹介してあげるね」
すっかりご機嫌になったエルセッタは、トゥブガゴットくんを見つけてくれたお礼にとオイドゥオン家の屋敷にまで案内してくれた。
だが、どうやら商家の運営をする兄達が丁度不在らしく、ヒルヒメ達第一部隊のメンバーは会う事ができない。
「また遊びに来て! その時またお兄ちゃん達に会わせてあげる」
と、エルセッタから約束の証(紙に書かれた署名)を手に入れる。そのまま、第一部隊のメンバー達とエルセッタは別れたのだった。
「クエストと少し仕様が違うようだったな」
商家の者に会えなかったそれに、タケハヤが指摘する。
「これも〈大災害〉の影響?」
「〈大災害〉は関係なくねぇか。ブッキングの問題だろ」
首を傾げたシイナに、タケハヤは冷静にツッコミを入れた。
それから〈やおよろず〉は〈ナカスの街〉を離れ各街にギルドメンバーを数名置き、各々でクエストを受ける日々を過ごす。そうしてコバンと〈やおよろず〉は徐々に各家からの信頼を積み重ねていった。
だがオイドゥオン家とは手を結べないままで、コバンと第一部隊はバスケタに留まることになる。どうやら他の〈ナインテイル九大商家〉との会合で手が離せないらしい。
そして近日、ナインテイル九大商家で話し合いを行うとなった矢先。
「〈ナカス〉が統一の宣言を受けた?」
切羽詰まった伊舎那の言葉を、ヒルヒメは聞き返す。
実はかなり前から〈Plant hwyaden〉による懐柔作戦が続き、有力者が〈ミナミ〉に引き抜かれていった。その結果緩やかに活気を失っていった〈ナカス〉に、ある日恐ろしい事態が襲いかかった。
それまで使用不可能と思われた〈タウンゲート〉が突如作動し、〈plant hwyaden〉の兵達が〈ナカス〉の街になだれ込んできたのだ。
電撃的な侵攻になす術もなく人々は翻弄された。抵抗するものは家を焼かれ、切り捨てられた。
〈大神殿〉を押さえられ、〈衛兵〉に囲まれればたとえ〈冒険者〉といえども膝を屈せざるを得なかった。
こうして〈plant hwyaden〉による〈ナカス〉占領はなされたのだ。
この作品『ナカスより愛を込めて。』は
セルデシア・ガゼット、loghorizon@ウィキの他、
『ログ・ホライズン』(橙乃ままれ)
『ログ・ホライズンTRPGーキミも〈冒険者〉になれる!ー』(橙乃ままれ/絹野帽子/七面体工房)
『ログ・ホライズンTRPGーキミだけの世界を創れ!ー』(同上)
『ログ・ホライズンTRPGログ・ホライズン データベース』
『辺境の街にて』(山本ヤマネ)
『お触り禁止と供贄の巫女』(桜)
『エンプティ・キャスケット』(吾妻巧)
『潮風に呼ばれて』(群青あおい)
『六傾姫の雫~ルークィンジェ・ドロップス~』(にゃあ)
敬称略
など、本編、派生作品、〈ナカスの街〉や〈ナインテイル自治領〉関連を舞台とした二次創作を参考にして作られております。
私自身は原作厨+設定厨なので、なるべく原作に近いもの/矛盾の少ないものを目指して作成しておりますが、それぞれの作品の更新によって設定が変わる事があります。2024/07/01時点のものを使用しています。ご了承ください。
その他、上記の作品に無かったと判断したものはこちらでオリジナルの設定を組み上げます。御注意ください。
他、矛盾点などを発見した場合、指摘してくださると助かります。
また、この作品の登場キャラは二次創作などでの利用はご自由になさってください。(報告があると見に行きます)




