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ナインテイルより愛を込めて。  作者: 檸檬飴
ゲームの終わり
17/18

17

 〈ツルマル城砦市〉への道は、切り立った岩山と深い谷に囲まれた険しいものだった。石畳の道を進むと、風に運ばれる松の香りと遠くから聞こえる鍛冶の音が聞こえる。〈ナインテイル自治領〉の防衛を担うこの城砦都市は、軍事と実用性を重視するオオスミ家の支配下にあり、灰色の石壁がそびえる堅牢な姿が広がっていた。ヒルヒメは城壁の上に立つ衛兵をちら、と見る。


「なんか硬そうな街だね。戦う気満々って感じ」


シイナは呟いた。


「軍事重視の商家ですからね。オオスミ家は〈冒険者〉を道具としか見ていないらしい……と言われています。防衛強化と他家への競争意識が強いらしいので、実力を試されるでしょう」


と、ツキヨミは答える。彼は城砦の堅固な構造を観察していた。


 〈ツルマル城砦市〉を治めるオオスミ家は、〈ナインテイル自治領〉の防衛を優先し、他家との競争意識が高い商家だ。〈冒険者〉を便利な道具と見做す傾向があり、今回の交渉ではその有用性を証明する必要があると聞いていた。ヒルヒメ達の目的は、モンスター討伐を通じて実利を示し、協力関係を築くことだった。


×


 城砦に到着したヒルヒメ達は、オオスミ家の屋敷へと案内された。城壁に囲まれたその屋敷は、石造りの無骨な造りで、庭には武器や資材が積まれている。広間に入ると、そこに一人の女性が立っていた。黒髪を短く切り、灰色の巫女装束に身を包んだ彼女は、静かな佇まいで一行を見据えていた。〈ナインテイル九山巫女〉の一人、"灯火の巫女"スミだ。古の秘術を継ぐ彼女は、灯火を守り、戦時の加護を担うが、実戦より象徴的役割が強い存在だった。


「ようこそ、〈ツルマル城砦市〉へ。私はスミ、オオスミ家の巫女だ。〈やおよろず〉の者達か? 有用性を示してもらおうか」


彼女は静かに告げた。その声は低く、感情をあまり表に出さない厳しさがあった。


コバンが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「初めましてにゃ、スミ様。ぼく、コバンと申しますにゃ。〈やおよろず〉の皆様と共に、貴家のお力になれればと参りましたにゃ」


「言葉は結構だ。城砦の周辺にモンスターが巣食っている。それを討伐し、ドロップアイテムを提出しろ。それで有用性が分かる」


と、スミが淡々と要求した。彼女の態度は冷たく、試すような視線が一行を貫いた。


ヒルヒメが少し緊張しながら前に進み出た。


「わたし達は〈やおよろず〉の第一部隊で、わたしはヒルヒメって言います。モンスター討伐なら任せてください!」


「ならば結果で見せなさい。モンスターの群れだ。城砦の防衛に邪魔だ」と、スミが静かに答える。シイナが「また戦闘かぁ」と苦笑した。


×


 翌日、ヒルヒメ達は城砦の周辺に巣食うモンスターの討伐に向かった。スミの要求は、ある程度の数を倒し、ドロップアイテムを提出すること。〈エルダーテイル〉のゲーム時代なら中級クエストに相当するが、〈大災害〉後は城砦の防衛に現実的な脅威だ。


 岩場に進むと、灰色の毛並みを持つ狼たちが牙を剥いて襲いかかってきた。鉄牙狼の鋭い爪が地面を削る音が響いたが、〈冒険者〉の息の合った動きに敵わない。短時間で群れは全滅し、ドロップアイテムを集めた。


「楽勝だったね! これならすぐ終わるよ!」と、シイナが笑った。


 屋敷に戻り、報告を受けたスミはドロップアイテムを手に取り「十分な数だ。迅速さも悪くない。実利は認めよう」と静かに認めた。


コバンがその隙を見逃さず、提案を切り出す。


「スミ様、拙者からお願いがございますにゃ。この討伐を〈冒険者〉が定期的に担う契約を結んで頂けませんかにゃ? 城砦の補強資材を我々が調達しますし、報酬として装備を頂ければ幸いですにゃ」


スミが目を細め、「補強資材か。城砦の防衛には欠かせない。装備なら余剰がある。悪くない提案だ」と頷いた。


ツキヨミが静かに付け加えた。「私達が秘術を一部共有できれば、さらに防衛が強くなるはずです。灯火の加護を活かす戦術も提案できると思われますが、どうですか?」


スミが一瞬考えるように沈黙し、「秘術を共有する気はない。だが、討伐と資材支援なら実利がある。よかろう」と答えた。


×


 交渉の最終日、スミは広間で正式に契約を結ぶことを宣言した。


「〈やおよろず〉の力は実利をもたらす。定期討伐と資材支援、報酬として装備を渡そう。これで決まりだ」


スミが静かに付け加える。


「お前達の力は役立つ。だが、城砦の灯火は私が守る。道具として使い続けるだけだ」


屋敷を後にする際、スミが城壁の上で見送りに出た。灰色の装束が風に揺れ、彼女は静かに言った。


「防衛はオオスミ家の誇りだ。お前達が役立つ限り、使う。それだけだ」


「了解です! また来ますね!」と、ヒルヒメが元気に返すと、スミが「結果を出せばな」と小さく呟いた。その表情には、巫女としての静けさと、実用性を求める冷徹さが混ざっていた。


「スミ様の実利主義は、信頼とは別ですにゃ。でも、この契約が他家への力を見せますにゃ」


コバンの言葉にツキヨミは静かに頷き、「彼女は競争意識が高い。私達を活用して防衛力をアピールする気でしょう。道具扱いでも、結果を出せばいい」と評価した。

 ヒルヒメが城壁を見ながら呟いた。「道具でもいいよ。戦うの、嫌いじゃないし。この城砦、なんかかっこいいね」


〈ツルマル城砦市〉を後にした一行は、次の目的地へと向かった。オオスミ家との冷徹な契約は、〈九大商家〉との旅路に新たな実用的な足がかりを与えていた。


×


 殆どひと月を掛けて、ヒルヒメ達第一部隊のメンバーとコバンは〈ナインテイル自治区〉を駆けずり回った。各家にとどまった期間はおおよそ三日、移動時間は一日未満だけと、かなりハードなスケジュールだ。


 残すは〈千年雪の街バスケタ〉のオイドゥオン家だけとなった。思いの外あっさりと進んでいく話に、第一部隊のメンバーは困惑が隠せない。


「何か、騙されてる?」


そう、シイナが零す。あまりにも簡単に事が運ぶので、不安になったのだろう。だがコバンは「特に騙されている訳ではありませんにゃ」と軽く返す。


「ただ、『取るに足らにゃいただの商人と〈冒険者〉』だと思われているだけですにゃ」


「ただの商人と冒険者?」


「そうですにゃ。『家を脅かすよう(にゃ)大き(にゃ)存在では(にゃ)い。(にゃ)らば妙(にゃ)反感を持たれぬよう、損し(にゃ)い程度には受け入れてやろう』……という感じですかにゃー」


聞き返したシイナに、コバンは頷いた。


「コバンはそれでいいの?」


「今のところはそれで仕方にゃいですにゃ。でも、そのままではダメですにゃ。もっともーっと、大きにゃ商人ににゃって、〈九大商家〉の(みにゃ)様を驚かせたいのですにゃ」


シイナは少し不満げだが、コバンは本当に気にしていない様子だ。もしかすると本当は悔しいのかもしれないが、それを微塵も感じさせる事のない声色だった。


「ところで、コバンさんは何をやりたいのですか」

「にゃ?」


 徐に口を開いたツキヨミの質問に、コバンはぱちくりと目を瞬かせる。


「このように〈ナインテイル九大商家〉との顔合わせをして、〈ナインテイル自治区〉で商人としてやっていきたい様子ですが。ただ挨拶をするだけでなく、その先があるのでしょう?」


 ヒルヒメとツキヨミが受けたクエストは、コバンがやりたい事の一歩目でしかない。それをツキヨミは指摘したのだ。


「とにかく、大きにゃ商売がやりたいですにゃ」


そう告げた後、「……実は、具体的にはまだ決まっていにゃいのですにゃ」とコバンは少し気恥ずかしげに答えた。


「でも、そうやって、家の者にも認めてもらいたいのですにゃ」


こうしてヒルヒメ達第一部隊のメンバー達と九大商家を巡り歩いているうちに、何かやるべき事が見つかる気がするのだと、コバンは言った。


「夢があっていいね」

「〈冒険者〉の(みにゃ)様には夢がにゃいですにゃ?」

「そういうわけじゃないけど」


 感心した声を零すシイナに、コバンは首を傾げる。


「それにゃら、(みにゃ)様も(かにゃ)えたい夢がありますにゃ?」


「それは……」「そうだな。まずは〈ナインテイル自治領〉を一通り見て回りたいってェ所か」


 コバンの問いかけにシイナは口籠った。それに被せるように、タケハヤが質問への答えを返す。


「そうですね。それとコバンさんの頼みを完遂する事、です」


それに合わせるように、ツキヨミもさらりと答えた。その返答には同意だったので、ヒルヒメも頷く。


「結構すぐに(かにゃ)ってしまいそうにゃ夢ですにゃ」

「そんなもんで十分だろ。今んとこは」


面倒そうに答えたタケハヤに、「やはり〈冒険者〉様達は不思議ですにゃあ」と呑気にコバンは呟いた。

 ——だが。実際のところ、〈冒険者〉の大半が持つ『夢』というか『願い』はたった一つ——ではないだろうか。


 『元の世界に帰りたい』と思うそれは『夢』になってしまうのだろうか。

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