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〈エイスオの街〉への道は、森と岩場に囲まれた静かなものだった。緩やかな坂を進むと、遠くから聞こえる鳥のさえずりと風に揺れる木々の音が耳に届いた。〈ナインテイル自治領〉の中でもひときわ厳粛なこの街は、宗教的伝統を重んじるカルファーニャ家の支配下にあり、石造りの神殿や祠が点在していた。ヒルヒメは馬車の荷台から身を乗り出し、道端に立つ小さな石像を見つめた。
「なんか厳かな感じだね。なんだか緊張してきたよ」
「宗教が根付いていますからね。カルファーニャ家は『神の加護』を信条にしてる保守派です。他家との競争より、精神的な影響力を保つことを優先してるはずです」
呟くヒルヒメに、ツキヨミが冷静に答えた。
〈エイスオの街〉を治めるカルファーニャ家は、「神の加護」を信条とし、独自の価値観でパートナーを選ぶ傾向があると聞いていた。〈冒険者〉に対しては中立を保ちつつ、実力を試す試練を課すらしい。ヒルヒメ達の目的は、その試練をクリアし、信仰に基づく協力関係を築くことだった。
「90レベル台のクエストらしいよ。わたし達なら簡単かな?」と、ヒルヒメが少し不安げに言う。シイナが「まぁ、レベルなら問題ないでしょ」と気軽に返す一方、スイテツとウケモチは無言で武器を手に持った。
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街に到着したヒルヒメ達は、カルファーニャ家の神殿へと案内された。街の中央にそびえるその神殿は、灰色の石で作られ、屋根には熊の彫刻が施されていた。広間に入ると、そこに一人の女性が立っていた。力強い体躯と厳粛な雰囲気を纏った彼女は、茶色の毛皮をあしらった巫女装束に身を包み、深い瞳で一行を見据えていた。〈ナインテイル九山巫女〉の一人、"熊祖巫女"カリステア=カルファーニャだ。熊を象徴する彼女は、神の加護を試す試練を管理し、カルファーニャ家の精神的な支柱だった。
「ようこそ、〈エイスオの街〉へ。私はカリステア=カルファーニャ、この家の巫女にして神の使者だ。〈やおよろず〉の者達か? 神が認めるか見極めさせてもらう」
彼女が重々しく口を開いた。その声は低く響き、広間に厳かな空気を漂わせた。
コバンが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「初めましてにゃ、カリステア様。ぼく、コバンと申しますにゃ。〈やおよろず〉の皆様と共に、貴家のお力になれればと参りましたにゃ」
「礼儀は認めよう。だが、神の前では言葉より行いがものを言う。試練を受けてみせなさい」
カリステアが静かに告げた。彼女の態度には、巫女としての威厳と、試すような鋭さがあった。
ヒルヒメが少し緊張しながら前に進み出た。「わたし達は〈やおよろず〉の第一部隊で、わたしはヒルヒメと言います。試練とは何ですか?」
カリステアが目を細め、
「神殿の地下に封じられた『影熊』を退治することだ。90レベルを超える猛獣だが、神の加護がなければ勝てぬ。お前達にその資格があるか、試させてもらう」
と厳かに答えた。
タケハヤが「熊か。倒しちまって問題ないんだろ?」と拳を握り、シイナが「レベルなら余裕でしょ」と笑った。ツキヨミが「油断は禁物です。かなりレベルは高そうですし、宗教的な試練は力だけでなく心も試されるかもしれないですからね」と警告した。
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翌日、ヒルヒメ達は神殿の地下へと向かった。カリステアの指示で課された試練は、巨大な「影熊」を倒すこと。〈エルダーテイル〉のゲーム時代なら90レベル台のレイドボスに相当するが、〈大災害〉後は現実の脅威だ。
地下の広間に入ると、黒い毛並みを持つ巨大な熊が咆哮を上げて襲いかかってきた。スイテツが剣を抜き、タケハヤが刀で突進を受け止め、ツキヨミが弓で援護に回る。シイナと大市の魔法でHPを一定に保ち、ヒルヒメがバフやデバフを配り、ウケモチが攻撃を遮断する。
影熊の力強い一撃が広間を揺らし、爪が石床を削る音が響いたが、ヒルヒメ達の息の合った動きに敵わなかった。数分間の戦闘で、影熊は地面に倒れ、静寂が戻ったようだ。
「簡単すぎたね! これならすぐ終わるよ!」と、シイナが笑った。カリステアが広間に現れ、
「見事だ。だが、神の意志は結果だけでなく過程も見ている」
と静かに言った。彼女の瞳には、一行の連携を評価する光があった。
神殿に戻り、報告を受けたカリステアは、
「お前達の力、神が認めたようだ。私も驚いたよ」
と認めざるを得ない様子を見せた。
コバンがその隙を見逃さず、提案を切り出した。
「カリステア様、拙者からお願いがございますにゃ。この試練を〈冒険者〉が定期的に支援する契約を結んで頂けませんか? 儀式用のアイテムを交易品としてお届けすることもできますにゃ」
カリステアが腕を組み、
「儀式用のアイテムか。熊の毛皮や聖水があれば、信仰を広める助けになる。試練の支援も悪くない提案だ」
そう頷いた。ツキヨミが静かに付け加える。
「我々が信仰普及を手助けすれば、カルファーニャ家の影響力も高まるはずです。貴女の加護を〈冒険者〉にも広げていただければ、双方に益があると思います」
カリステアが目を閉じ、「神の意志を感じる言葉だ。お前達に熊の加護を授けよう」と静かに答えた。
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交渉の最終日、カリステアは神殿で正式に契約を結ぶことを宣言した。
「〈やおよろず〉の力は神の意志と合致する。試練の支援と信仰普及、儀式用の交易品を条件に手を組もう」
シイナが「宗教っぽい雰囲気だったけど、戦うだけならいつものクエストと変わらないね」と笑った。だが、ツキヨミが「彼女は精神的な地位を高めたいんだ。私達を利用して信仰を広める意図があるかと」と分析した。
コバンがにこりと笑い、「にゃるほど、カリステア様は神の加護を信じておられますにゃ。その意志に沿った提案が受け入れられたのですにゃ」と補足した。
神殿を後にする際、カリステアが石像の前で見送りに出た。毛皮の装束が風に揺れ、彼女は静かに言った。
「お前達は神に認められた。私の加護が、この街と共にあらんことを」
「ありがとうございます、また来ますね!」と、ヒルヒメが元気に返すと、カリステアが「その日を楽しみにしている」と小さく微笑んだ。その表情には、巫女としての厳粛さと、信仰を広めたい意志が混在していた。
「カリステア様の信頼は、精神的な絆ですにゃ。このご縁が、次の街にも良い影響を与えますにゃ」
コバンの言葉にツキヨミが静かに頷き、
「彼女は他家との競争より信仰を優先しています。私達を道具と見つつも、加護を広げるパートナーとして認めた。悪くない結果だ」と評価した。
〈エイスオの街〉を後にした一行は、次の目的地へと向かった。カルファーニャ家との契約は、〈九大商家〉との旅路に新たな精神的な支えを与えていた。




