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日を置かず、次は〈パンナイルの街〉へと足を運ぶことになる。
〈パンナイルの街〉への道は、どこまでも広がる田園風景に彩られていた。翼鷲馬や鷲獅子の背から見えるのは、黄金色に輝く稲穂とそれを縦横に切り裂くように走る水路。〈ナインテイル自治領〉の西に位置するこの街は、豊かな水量に恵まれた米どころとして知られている。だが、同時に長雨による水害に悩まされる土地でもあった。タケハヤが鷲獅子の手綱を握る後ろで、コバンが「にゃるほど、良い景色ですにゃ」と目を細める。
ヒルヒメはツキヨミの背に抱き着き、片手で風に揺れる髪を押さえながら呟いた。
「水路がいっぱいだね。なんか、迷路みたい」
「灌漑……農地へ水を人工的に供給することで開かれた土地らしいですからね。水路が命綱なのでしょうけど、管理が大変そうです」
と、ツキヨミが冷静に分析した。翼鷲馬の手綱を握り、彼は遠くに見える街の輪郭を見つめている。
〈パンナイルの街〉は、〈猫人族〉の領主が治める特異な場所だった。リーフトゥルク家は交易商人から這い上がり〈九大商家〉の一角を占めるまでに至った、たたき上げの一族だ。実力主義を掲げ好奇心旺盛なその家風は、鍛冶師やからくり師の工房を街に招き入れ、珍しい工芸品を生み出す土壌を作り上げていた。〈冒険者〉にとっても、サブ職業のクエストで訪れる価値のある街として評判が高い。
「ここではどうするつもり? 交渉で上手くいくのかな」と、ヒルヒメが少し不安げに仲間を見回した。シイナが「一応、コバンさんがアポイント取ってるはずだから、大丈夫でしょ」と気軽に返す一方、スイテツとウケモチは黙って頷くだけだった。
コバンがにこりと笑い、「心配ご無用ですにゃ。恐らく皆様がいらした時点で、問題は解決するはずにゃのです」と答えた。その言葉に、タケハヤが「〈冒険者〉ってところが大事なのか?」と眉を寄せた。
一行の目的は無論、〈ナインテイル九大商家〉との関係を築くこと。〈アキヅキの街〉での成功を背に、次なる挑戦がこの〈パンナイルの街〉だった。
街に到着したヒルヒメ達は、リーフトゥルク家の屋敷へと案内された。城壁や街壁を持たない平坦な街の中でも、その屋敷はひときわ目立っていた。広い堀に囲まれた簡素な造りながら周囲には水路が網の目のように張り巡らされ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。門をくぐると、鍛冶の音とからくり仕掛けの軽やかな動きが遠くから聞こえてきた。
屋敷の広間に通されると、そこに一人の女性と一人の冒険者が立っていた。女性は銀色に輝くブルーの短毛、すらりと長い手足を持つ細身の猫人族。切り揃えられた前髪の下でエメラルド色の瞳がキラリと光り、常に謎めいた笑みを浮かべている。彼女こそが、〈ナインテイル九山巫女〉の一人、"算盤巫女"ネコアオイだった。22歳にして次期筆頭巫女候補として老齢の巫女を支える彼女は、リーフトゥルク家の経済を支える頭脳とも言える存在だ。
「ふふ、ようこそ〈パンナイルの街〉へ。私はネコアオイ、この家の巫女を務めてるよ。噂の〈やおよろず〉の皆さんだね?」
と、彼女が柔らかな声で挨拶した。猫人族特有のしなやかな動きで一歩近づき、一行を値踏みするように見つめる。
「残念ですが、〈パンナイルの街〉専属の冒険者になる……と言う契約はこちらが先に取り付けています。……ふむ。だが、目的が異なるように見受けられますね」
学生服のような詰襟の、黒ずくめの青年が声を上げた。彼は”鬼邪眼”の龍眼と言う冒険者のようだ。
コバンが前に出て、丁寧に頭を下げた。「初めましてにゃ、ネコアオイ様。ぼく、コバンと申しますにゃ。〈やおよろず〉の皆様と共に、貴家とのご縁を頂きたく参りましたにゃ」
「商人らしい礼節だね。気に入ったよ」と、ネコアオイが笑みを深める。「でもさ、私、珍しいものを見ないと気が済まない性分なの。〈冒険者〉の皆さんは、何か面白いものを持ってるのかな?」
その言葉に、「面白いもの……?」とヒルヒメ達は顔を見合わせる。
「珍しいもの、ならあるかも」
と、ヒルヒメが少し緊張しながら荷物からアイテムを取り出した。
「ええと。これ、前に討伐したモンスターの鱗なんですけど……あと、私の弓もちょっと珍しい素材でできてて……」
ネコアオイが目を輝かせ、鱗を手に取った。
「おお、これはいいね! 竜種なんて滅多にお目にかかれないよ。弓も、鍛冶師が見たら飛びつきそうな出来だ。これなら工房で何か面白いものが作れそう」
シイナが「他のみんなの装備も見ますか? タケハヤとかツキヨミさんの武器は珍しいかもです」と持ちかけたが、ネコアオイは軽く笑って「うん、それも悪くないよ」と流した。ヒルヒメの弓と楽器を組み合わせたような形状のそれが、面白く珍しかったのだろう。
ツキヨミが静かに口を挟んだ。
「我々の装備だけでなく、実力もお見せできます。街に何かお困りごとがあれば、解決する手助けをしたいのですが」
ネコアオイの瞳が一瞬鋭さを帯び、すぐに笑みに戻った。
「ふーん、なかなか鋭いね。実は、この街、水害が悩みの種なんだよ。水路が溢れるたびに田んぼがやられちゃってさ。〈冒険者〉に何かいい案はないかな?」
「まずは、調査をさせていただけませんか」と、至極冷静にツキヨミが提案をする。それに「いいとも。現地調査で実態をつかむのは良い事だ」とネコアオイは許諾した。
「それともう一つ。龍眼さんとお話させてくださいませんか?」
そうツキヨミは訊き、それも許諾される。話し合いのためにも特別に別室を用意してもらい、そこで龍眼とヒルヒメ達は少し声を落として情報交換を行った。
「〈やおよろず〉の皆さんもお揃いとは。”一撃必殺”と”多撃必倒”がいらっしゃるなら、道のりは平易でしたでしょう」
「そうでもありませんよ。特に人とのやり取りなど、コバンさんがいなければ危うい場面もありました」
龍眼の言葉に、ツキヨミは首を振る。交渉事が苦手なメンバーしかいない第一部隊(+スイテツ)より、口が回る上に〈大地人〉であるコバンがいる方が話はまとまりやすかったのは事実だ。
「そうですか。コバンさん、と言うと一緒に居たあの〈大地人〉の方ですか。……なるほど。あなた達は彼の専属冒険者になったのですね。それで、今はコネづくりに奔走している、と」
「粗方その通りです。クエストの受注、のような感じですが」
龍眼の言葉にツキヨミは頷く。具体的にはヒルヒメとツキヨミがコバンの頼みを聞いており、その手伝いに第一部隊のメンバーとスイテツが駆り出されているような感じだが。
「それで、本題は何ですか?」
「……ギルドマスターが〈ミナミの街〉の方で何やら、きな臭い動きがあると仰るので。情報交換を致したく」
「そうきましたか。ギルマス……と言うと伊舎那さんですね。彼が言うなら、そうなんでしょう」
「これと言って情報は掴んでいません……申し訳ない事に。……ただ、〈Plant_hwyaden〉と言うギルドが勢力拡大をしているという話は聞きますね」
「分かりました。ありがとうございます」
そうして、龍眼と別れた。
翌日、ヒルヒメ達は街の水路を調査に出た。ネコアオイの依頼は、水害対策の具体的な提案を見せること。〈エルダーテイル〉のゲーム知識を活かし、サブ職業を持つメンバーが力を発揮する時だった。
実際に現場を見に行ってみると、ウケモチが水路の弱点を指摘した。
「ここ、土手が低すぎる。溢れるのは当然だよ。補強すればだいぶマシになる」
スイテツが鍛冶系の視点から、
「水門にからくり仕掛けを付ければ、流れを調整できる。工房の技術を使えばすぐ作れるはずだ」
と提案。ヒルヒメとタケハヤは資材運びを手伝い、シイナが周辺の安全を確保した。
ついでに〈パンナイルの街〉の周囲も見ておこう、と言う話でヒルヒメ達はその周囲の街を巡った。ヒルヒメ達は〈交易都市トス〉にも足を運んだ。
〈交易都市トス〉は居住ゾーンをもつ街で、現実世界の九州は佐賀県にある鳥栖市をモデルとした街だ。その鳥栖市がこの〈エルダー・テイル〉の世界、ヤマトにおいて交易都市と呼ばれるのは、鳥栖市が現実世界においても交通の要所である所以からである。
分かりやすい例としては鉄道だ。現実世界では鳥栖駅を中心として、北は福岡、南は熊本から鹿児島、そして西は長崎と佐世保へ、と九州内の各地へ向かうための分岐路を作っている。
もう一つ有名なのは、高速道路のジャンクションだ。こちらは鉄道より進路が増え、福岡方面、熊本方面、長崎方面、大分方面、と東西南北への分岐路となっている。その為、九州内の高速道路の中では最も交通量の多い場所となっているほどだ。
そのような現実世界のモデルを踏まえ、この〈エルダー・テイル〉においても交易都市トスはナインテイルの重要な交通の要所のなっていた。つまり、ナインテイルの各地に向かうのであれば、ほぼ必ずと言っていいほどにこのトスには訪れることになるのだ。その為、トスにはそれらの施設、つまり宿などは十分にそろっていた。
そこでミツキと言う和装の冒険者に出会う。彼とは軽く情報交換をするだけだったが、有用な情報を仕入れることができた。
半日で簡易的な補強案をまとめ、屋敷に戻った一行は、ネコアオイに報告を行った。彼女は設計図を手に取り、じっと見つめた後、「へぇ、これは面白いね。土木とからくりを組み合わせるなんて、うちの職人でも思いつかなかったよ」と感心した様子を見せた。
コバンがその隙を逃さず、提案を切り出した。
「ネコアオイ様、ぼくから一つお願いがございますにゃ。この水害対策を〈冒険者〉が定期的に支援する契約を結んで頂けませんかにゃ? その代わり、工房のからくり仕掛けを報酬に組み込んで頂ければ、さらに面白い取引になるかと」
ネコアオイが算盤を手に取り、パチパチと弾き始めた。
「ふむ、補強の資材費と人件費、それに報酬のからくり品……うん、悪くない数字だよ。他家に先駆けて〈冒険者〉の技術を取り入れれば、うちの経済的地位も上がるしね」
「それに、この街の米や焼き物の流通もお手伝いできますにゃよ」と、コバンが畳みかけた。「ユーレッド大陸から来た職人が作る絵皿、商人仲間には大人気ですにゃ」
ネコアオイが笑みを深め、「おや、商才もあるじゃない。いいよ、その提案、乗った!」と快諾した。
×
交渉の最終日、ネコアオイは広間で正式に契約を結ぶことを宣言した。
「〈やおよろず〉の力とコバンの頭脳、なかなかいい組み合わせだね。水路の補強とからくり品の取引、米と焼き物の流通支援。これで決まりだよ」
ヒルヒメが少し驚いたように呟く。
「なんか、あっさり決まったね」
ツキヨミが静かに解説した。「いや、これは彼女の計算が早かっただけです。彼女、実利を見極めるのが異常に速い。私達の提案が彼女の利益に合致したから、即決したのでしょう」
「にゃるほど、その通りですにゃ」と、コバンが頷いた。「ネコアオイ様は『算盤巫女』の名にふさわしいお方で、損得を瞬時に見抜きますにゃ。でもそれだけじゃにゃくて、この街の未来を考えてるからこその決断ですにゃ」
シイナが小さく笑い、「珍しいものを見せただけでこんな話になるなんて、ちょっと拍子抜けだよ」と呟いた。だが、ネコアオイの瞳には、好奇心と野心が混じった輝きが宿っていた。
屋敷を後にする際、ネコアオイが一行を見送りに出た。銀色の毛並みが風に揺れ、彼女は静かに言った。
「〈冒険者〉との取引は、他家を圧倒する一歩になるよ。私、この街をもっと大きくしたいからさ。期待してるからね」
「任せてください!」とシイナが元気に返すと、ネコアオイが「ふふ、元気いいね」と笑った。その笑顔には、巫女としての穏やかさと、経済を担う者の鋭さが共存していた。
街を離れ、コバンが)〈パンナイルの街〉を穏やかに見つめた。「ネコアオイ様の笑みは、取引の成功を保証しますにゃ。このご縁が、次の街にも良い流れを作りますにゃ」
ツキヨミが静かに頷き、「彼女の頭脳は侮れない。政治的な優位性を狙いつつ、街の弱点を補う実利を選んだ。賢い選択です」と評価した。
ヒルヒメが水路を見ながら呟く。「ゲームのスキルや知識がこんな形で役立つなんてね」
〈パンナイルの街〉を後にした一行は、次の目的地へと向かう。リーフトゥルク家との絆は、〈九大商家〉との旅路に新たな確信を与えていた。
『エンプティ・キャスケット』(https://ncode.syosetu.com/n2386bn/)より冒険者ミツキさん、〈交易都市トス〉
『六傾姫の雫~ルークィンジェ・ドロップス~ 』(https://ncode.syosetu.com/n6452eh/)より冒険者”鬼邪眼”の龍眼さん
のネタを一部拝借いたしました。




