10 ゲームの終わり
セルデシア・ガゼット、loghorizon@ウィキなどを参考に雑に作った地図。
他、ログ・ホライズンの二次創作(ナカス・ナインテイル関連)のネタや地名など時折出てくることがあります。ご了承ください。
※注意 このナインテイル自治領の建造物は筆者の好みにより南国(元の設定)×和風建築強めの風景となっています。また、新たな設定などの開示により内容が変更されることがございます。ご了承ください。
※データ不足によりオリジナル設定を追加しています。ご注意ください。
※時間軸がずれている可能性があるので、他の二次創作関連とはパラレルワールド的なものだと思っておいてください(無断で借りているため、創作者の指摘によりキャラクターを変更する場合がございます)
〈大災害〉からひと月。
いよいよ〈ナインテイル九大商家〉と話し合いを始める日となった。各家との会合はクエストを受けたヒルヒメとツキヨミの二人とコバン、第一部隊のメンバーで行くことになる。
コバンに日程の話をすると「話を付けておきますにゃ」と言い、日程を組んでくれたのだ。ちなみに伊舎那の希望した日程を見るなり「移動時間がかなり無理があるようにゃ気がしますが大丈夫ですかにゃ?」と聞かれたのだが、その辺りは大丈夫だと返す。
理由は移動手段にある。タケハヤ、ウケモチ、スイテツは鷲獅子を所持しているからだ。鷲獅子は通常の馬よりも移動速度が格段に速く、飛行するために地形の影響を受けない。そのため、馬よりもはるかに速い速度で移動ができるのだ。ただ、連続して使用できる時間は四時間が限度なのだが。
ツキヨミはジューンブライドイベントのレイド上位者が獲得できる〈純白の翼鷲馬〉を所持している。移動距離と速度は鷲獅子と同じなので、それらに騎乗し移動時間を短縮しようという魂胆らしい。
「〈アキヅキの街〉までなら、途中で休憩を挟まずとも間に合う」とツキヨミが計算し、ヒルヒメは「分かった。じゃあ、私がツキヨミさんと一緒に乗るね」と頷いた。タケハヤが「新婚だしな。馬には蹴られたくねぇな」とからかうと、ヒルヒメは「うるさいよ、タケハヤ!」と顔を赤らめた。
シイナ、大市、コバンは他のメンバーと一緒に乗る、という事に決まった。
また、連れて行けない残りの護衛達(マネキ、マヒル、ヨナカ、サカナ、トトラ)は、〈やおよろず〉の者達と腕試しがしたいと言った。それを他の〈やおよろず〉メンバー達は快く受け入れ、色々と予定を組んでくれた様だ。
つまり彼らは拠点に留まり、〈やおよろず〉の仲間との模擬戦や訓練を計画したのだ。
こうして、ヒルヒメ達〈やおよろず〉の第一部隊メンバー達は〈大地人〉のコバンと共に〈アキヅキの街〉へと足を運んだ。
×
〈アキヅキの街〉は、〈ナインテイル自治領〉の中でも比較的古風な建物の多い場所だった。プレイヤータウンにほど近いその街は〈冒険者〉と〈大地人〉が交錯する活気ある交易の要所で、どこか古風な落ち着きを湛えている。石畳の道に沿って並ぶ木造の家々、その隙間を縫うように流れる清流、そして遠くに見える山並み。そこに暮らす人々は、〈冒険者〉達の混乱など意に介さず穏やかに活動しているように見える。
ヒルヒメ達は街に入る大分前に騎乗獣から降り、徒歩で〈アキヅキの街〉へと入る。ヒルヒメは街の入り口に立つ門を見上げた。木製の門には、〈九大商家〉クォーツ家の紋章が刻まれている。緑を基調とした意匠は、自然と調和するこの街の気風を象徴していた。
「ここが〈アキヅキの街〉か。思ったより穏やかそうだね」
と、ヒルヒメは隣を歩くツキヨミに声をかけた。
「見た目だけでは判断できませんよ。〈ナインテイル自治領〉の商家は、それぞれ何かしらの思惑を持っているでしょうから。油断は禁物です」
ツキヨミは冷静に答える。布の面で表情の見えない彼は、いつものように状況を分析する冷ややかな視線を街に向けていた。その少し後ろを歩くのは、タケハヤだ。
「ヒルヒメとツキヨミに依頼した後、コバンが各家に頼んで日程は調整済みなんだ。なら、多少はコバンの話を聞く姿勢はあるってことだろ」
とぶっきらぼうに零す。その隣で、コバンが「にゃるほど、そう願いたいですにゃ」とにこにこしながら頷いた。
一行の目的は明確だ。〈ナインテイル九大商家〉とのコネを作り、〈冒険者〉と〈大地人〉の新たな関係を築くこと。その初陣が、このクォーツ家だ。
クォーツ家の屋敷は、街の中心に位置する壮麗な建物だった。木造ながらも洗練された設計で、屋根には瓦が葺かれ庭には小さな池が静かに水面を揺らしている。ヒルヒメ達が門番に名乗りを上げると、意外にもあっさりと通された。
「随分と歓迎ムードだね」と、ヒルヒメがぽつりと呟く。だが、ツキヨミは眉を寄せ、「まあ、これは当然でしょう」と静かに返した。
「どうして?」
「事前にアポイントを取っていますし、私達は〈冒険者〉。力の差は歴然です。腹の内で何かしらを思っていたとしても、歓迎するでしょう」
小声で会話する。
屋敷の広間に入ると、そこには一人の女性が立っていた。緑を基調とした法衣に身を包み、おさげ髪に眼鏡をかけた知的な風貌。彼女こそが、〈ナインテイル九山巫女〉の一人にしてクォーツ家の当主代理、"摂政巫女"リチュア=クォーツだった。19歳という若さながら、その立ち振る舞いには威厳が宿っている。
「ようこそコバン様、〈やおよろず〉の皆様。私はリチュア=クォーツ、この街を預かる者です。貴方方の噂は耳にしております」
リチュアが静かに口を開いた。眼鏡越しに鋭い視線がヒルヒメ達を捉え、一瞬の沈黙が広間を包む。
「初めましてでございますにゃ、リチュア様。ぼくは、コバンと申しますにゃ。今回は〈やおよろず〉の皆様と共に、貴家とのご縁を頂きたく参りましたにゃ」
コバンが一歩前に出て、にこやかな笑顔で頭を下げた。
「噂に違わぬ礼儀正しさですね。商人としての才も見事だと聞いています」と、リチュアが穏やかに返す。彼女の声には、どこか試すような響きがあった。
ヒルヒメが少し緊張しながら前に進み出た。「えっと、私達は〈冒険者〉の第一部隊で、ヒルヒメと言います。この街の役に立てることがあればと思って来ました」
「その気持ちは嬉しいですよ」と、リチュアが微笑む。「ですが、言葉だけでは信用できません。貴方方がどれほどの力を持っているのか、まずは見せて頂きたい」
その言葉に、タケハヤが「まぁ、そうなるよな」と拳を握り、シイナが「やっぱりこうなるよね」と苦笑いを浮かべた。クォーツ家が〈冒険者〉との協力を重視するとはいえ、信頼を得るには実績が必要だ。それは一行も覚悟していたことだった。
まずは近くの森に巣食うモンスターの討伐を依頼される。
即日ではなく明日の早朝から森に出て欲しいということで、ヒルヒメ達は一旦〈アキヅキの街〉に留まることとなった。
×
その夜。
ヒルヒメ達は用意されていた宿泊施設に泊まることになった。どうやらグレードの高い旅館のようで、設備はかなり良かった。曰く「客人をそこら辺の宿に泊まらせるわけにはいきません」と言うことらしいが、ヒルヒメ達は豪奢な設備に少々居心地が悪くなる。
部屋割りは男女で別れる予定だったのだが、シイナが「こっち二人は新婚さんなんで、この二人と男女で分けてもらえませんか」と提案をしたことにより、ヒルヒメはツキヨミと同室になった。「にゃにゃ! お二人は婚姻なさっていたのですかにゃ!」とコバンや他の〈大地人〉の者達が驚いた様子を見せる。
「(余計な気を回さなくても)」とヒルヒメは苦笑したけれど、よく思い出してみればこの異世界に来てから二人きりになる機会はあんまりなかったなと思い出した。なのでヒルヒメは、シイナの提案に乗ることにする。ツキヨミは内心がどうかは知らないが、否定しなかったので大丈夫だろう。
「久しぶりに、二人きりになったね」
二人部屋とはいえ、部屋は広い。
緊張しながらヒルヒメはツキヨミに声を掛ける。彼は顔に着けていた布の面を外し素顔になっていた。「(この顔も久しぶりに見たなぁ)」なんて思いながら彼の様子を見ていると、彼はふっと柔らかく微笑み
「泣いてもいいのですよ」
と腕を拡げる。
その言葉の意図に気付き、でもなんだか恥ずかしくてヒルヒメはゆっくりとツキヨミの方に近づく。それを急かすことはなく、でもツキヨミの方からも近づいてヒルヒメを抱き寄せた。
「……自分達のせいで、みんなを巻き込んじゃったんじゃないかな」
ややあって、ヒルヒメは言葉を零す。その声は、震えていた。
「だって、わたし達が結婚したって言わなければ『お祝い』はきっと無かった」
泣きじゃくるヒルヒメの背中を、ツキヨミは無言で撫でる。だがその手つきは優しかった。
「そうしたら、ログインしてない子も居たかもしれないのに」
これは、ヒルヒメの後悔だった。
自分達の『結婚式』を新パッチ導入の日にさえしなければ、いまこの世界に居ないですんだメンバーがいたかもしれなかった。それなのに『結婚式』を行ったから、それをお祝いするためにわざわざログインしたメンバーを巻き込んでしまった。その後悔が、この〈エルダー・テイル〉に酷似した世界に来た日からずっと。募っていたのだ。それを、ツキヨミが『零しても良い』と言ってくれた。
「でも現実では『私達はお祝いされた』。そうでしょう」
ツキヨミの声は優しい。彼は元々、結婚式を行うこと自体に積極的ではなかった。それをヒルヒメ(と伊舎那)に押されて参加するに至ったのだ。
「嬉しくなかったのですか」
「嬉しいに決まってるじゃん」
「なら、後悔しなくても良いんじゃないですか」
ツキヨミの言葉に、ヒルヒメは顔を上げる。
「きっと皆さんも、貴女が気負って苦しむことは望んでいません」
「……そうかな?」
「そうでしょうよ。同じゲームのギルドに所属しているとは言え、彼等は『他人』。そんな彼等がわざわざ集まって祝ってくれたんですから」
現実で行った神前式では無論、双方の家族や親戚が集まった。ゲームでの結婚式には他人であった〈やおよろず〉のメンバー達が集まってきてくれた。わざわざ集まってくれたのは、ヒルヒメのことを大切に思ってくれていたからこそだ。
「それに、わざわざ『お前達のせいで』なんて言いに来る奴は狭量が狭いだけです。気にしないで前を見ましょう?」
「……うん」
言われて、『それもそうかもしれない』と思う。というか既にこの世界に来てからひと月は過ぎている。だが、ヒルヒメにそんなことを言うメンバーなんて一人もいなかったのだ。
その事実に安堵すると同時に、〈やおよろず〉のみんなが優しくて恵まれていたのだなぁと実感した。
それから、ヒルヒメは泣きつかれたのかすぐ眠ってしまった。
×
翌日、リチュアの依頼で一行は街周辺の森へ向かった。目標は〈影狼〉の群れの討伐だ。〈エルダーテイル〉時代ならレベル40程度の中級クエストだが、今は現実の脅威として森を脅かしている。森の奥は薄暗く、苔むした岩と古木が立ち並び、風が葉擦れの音を運んでいた。黒い毛並みの狼が牙を剥くと、タケハヤが威圧を放ち、「こっちだ!」と敵のヘイトを引きつける。即座にツキヨミの矢の軌跡が風を切り、数匹の狼が倒れた。
タケハヤが二刀を抜き、突進を切り裂いた。「5分で片付けるぜ!」と叫び、鋭い刃が狼の毛皮を裂く。ツキヨミは長弓から矢を放ち、群れのリーダーの動きを封じる。後衛ではシイナがタケハヤの傷を癒し、「数が多すぎるよ!」と呟きつつ回復を続けた。大市が持続回復を展開し、メンバー達のHPを持続的に回復させる。ウケモチは小刀を手に単体を仕留め、スイテツが両手剣で群れを一掃した。この程度のモンスターならば7人のパーティでも、問題なく掃討することができた。
討伐を終え屋敷に戻った一行は、リチュアに報告を行った。彼女は狼の牙を手に取り、じっと見つめた後「見事な働きですね。これほどの迅速さは、〈大地人〉の衛兵では難しいでしょう」と静かに認めた。
コバンがその隙を見逃さず、提案を切り出した。「リチュア様、ぼくから一つお願いがございますにゃ。この街の安全を〈冒険者〉が定期的に守る契約を結んで頂けませんかにゃ? その代わり、我々が交易品の流通をお手伝いしますにゃ」
リチュアが眼鏡を軽く押し上げ、考えるように目を細めた。「それは興味深い提案ですね。ですが、私にはもう一つ気になることがあります。私の弟のことです」
「弟さん?」
とヒルヒメが首をかしげる。
「ええ。彼は次期当主となるべき子ですが、まだ12歳で、政務を担うには未熟です。私は彼の後見役として支えていますが、時間も知識も足りません。もし〈冒険者〉の皆様が、彼に何か教えてくださるなら、さらに信頼を置けるのですが」
リチュアのその言葉に、ツキヨミが静かに頷いた。
「我々の知識なら戦術や交渉術、場合によっては通常とは異なる経験も教えられるでしょう。弟君が成長すれば、クォーツ家の未来も安泰でしょうね」
リチュアが初めて柔らかな笑みを浮かべた。「そのお言葉、心強いです。〈冒険者〉との協力は、伝統に縛られない新しい風をこの街にもたらすかもしれませんね」
交渉の最終日、リチュアは広間で正式に契約を結ぶことを宣言した。「貴方方の力を認めます。定期的な討伐任務と交易支援、そして弟への教育。これらを条件に、クォーツ家は〈やおよろず〉と手を組みましょう」
×
「商談って結構あっさり終わるものなんだね」
その帰り道、ヒルヒメがぽつりと零す。だが、
「違いますよ。これは、コバンさんの努力の賜物です」
とツキヨミが、ちらりとコバンを見遣り答えた。「どういうこと?」と首を傾げるヒルヒメにツキヨミは解説する。
「いくら〈冒険者〉や商人と密接な関係のある街だったとしても、こうもあっさりと話が上手く行く筈がありません。恐らく、ある程度知り合いの商人達に話を流しておいたのでしょう。そうして、信頼しやすくさせていたのかと。でなければ、彼女がこんな短期間で私達を認めることはなかったでしょうね」
「それだけではにゃいですにゃ」と、コバンがにこにこと笑いながら付け加えた。「ヒルヒメ様達、〈やおよろず〉の皆様のお陰ですにゃ」
「〈やおよろず〉と言えば、我々〈大地人〉の困り事を沢山解決してくださる事で名高いのです。〈大地人〉の困り事を解決してきたその名声が、リチュア様の心を動かしたのです。ツキヨミ様やタケハヤ様の武勲も、大きにゃ力ににゃりました。にゃので、親切な〈やおよろず〉の方々が付いていると分かれば、他の〈九大商家〉の皆様も信用してくださるはずですにゃ」
そしてコバンは〈やおよろず〉の噂話を第一部隊メンバー達に語ってみせた。コバンの話を聞いているうちに、「……それってもしかして、イベントクエストの事?」とヒルヒメはツキヨミに耳打ちする。「えぇ、聞く限りは間違いなさそうですね」彼が頷くと「武勲ってランキングやレイドの事か?」そうタケハヤも零す。シイナや大市は顔を見合わせ、ウケモチとスイテツは表情は変わらなかったものの〈大地人〉達の態度に納得している様子だ。
ともかく、〈やおよろず〉のメンバーがゲームだった頃の〈エルダー・テイル〉で行った事も役に立っているらしい。そう、ヒルヒメ達は理解した。
屋敷を後にする際、リチュアが一行を見送りに出た。緑の法衣が風に揺れ、彼女は静かに言った。
「〈冒険者〉の皆様との連携は、他家への影響力を示す一歩でもあります。私は弟のため、そしてこの街のために、貴方方を信頼します。どうか、その期待を裏切らないでくださいね」
「任せてください」とヒルヒメが答えると、リチュアが小さく笑った。その笑顔には、19歳の若さゆえの純粋さと、当主代理としての重圧が混在していた。
ヒルヒメ達は訪れた際と同じように、徒歩で〈アキヅキの街〉を離れる。街の中で騎乗獣に乗る訳にはいかないからだ。
「リチュア様の視野は広いですにゃ。このご縁が、〈ナインテイル自治領〉全体に良い風を吹かせるかもしれませんにゃ」
歩きながらコバンは気楽に告げた。それにツキヨミが静かに頷き、「彼女は弟の成長と街の安定を見据えています。政治的な意図もあるでしょうが、それ以上に未来を考えています。縁を繋いでおいて正解だと思います」と評価した。
ヒルヒメは空を見上げながら呟く。「〈エルダーテイル〉のゲーム時代のことまで役に立つなんてね。私達、ちゃんとこの世界で生きてるんだなぁ」
〈アキヅキの街〉を後にした一行は、次の目的地へと向かった。クォーツ家との絆は、〈九大商家〉との長い旅路の第一歩に過ぎなかったが、その確かな手応えは、彼らの心に小さな希望を灯していた。




