第2話 催眠術 side:光里
遅れてすみません
「おはよ」
さりげないようにして、私は博樹に挨拶した。約束した時間通りだし、私、変じゃないよね?
「よう」
勉強机の前に座る博樹はいつも通り、ぶっきらぼうな返事をした。もう、挨拶ぐらいちゃんとしてくれてもいいじゃん。
私は少しだけ腹を立てて、博樹のベッドにダイブしてやった。ちょっとスッキリした。
「おい、やめろって言ってるだろ」
博樹は細かいところにうるさい。
「いいじゃん、別に」
どうせ自分だってやっている。私がやったって、大丈夫だ。最近ちょっとだけ太ったけど、まだまだ軽いはず。油断は大敵だけど。
それにベッドに横になると、博樹の匂いに包まれる。好きな人の匂いに囲まれると、幸せな気分になれるのだ。
こ、これぐらい、恋する女の子なら普通だ、と思う。やばい、ちょっと自信ないや。
「へぇ、また読んでるの?」
考えを逸らそうと思って、ベッドの上にあった漫画を手に取った。
この漫画は博樹が好きだから読み始めた。そしたら案外おもしろくて、今では私もコアなファンだ。
好きな人と何かを好きな気持ちを共有できるって、いいよね。
「いま、5巻のバトル中だ」
「あっ、ライバルとの戦い」
私と博樹は、推しをめぐって分かり合えない運命にある。ライバルが最高なんだけど、議論を避けてあげよう。私、大人だから。
私はそのまま漫画のページをめくり始めた。でも、読んではいない。
「ふふん、見てる見てる」
私は小声で成果を確認した。
博樹はあれでチラ見らしいんだけど、男子のチラ見は女子のガン見。バレバレである。
寝返りをして、足を動かして。必死すぎるくらい博樹の視線が連動している。
ほれほれ、私の胸とパンツが気になるんだろ?好きな男の子を手玉にとれて、私は嬉しい。絶妙に見えていないのは催眠術で把握済みだ。
毎週、きっちり可愛い系で守りを固めた私には、ザコな博樹など敵ではないのだ。まあ、今日も博樹はカッコいいけどね。
でも、私は博樹の気持ちを確かめていない。力を使えば簡単だけど、勇気が出ない。
もし、ただの幼馴染って言われたら?
もし、身体がエロいだけって言われたら?
そんなわけないって信じてるけど、博樹の本当の気持ちなんてわからないよ。だから、臆病な私は今まで時間を無駄にしてきたんだ。
「ねえ」
とうとう自分の世界に入ってしまった博樹の方を向いて、私は言った。これだけは、何度言っても慣れることはない。
「今から、しよ」
思わせぶりなセリフ。言うたびに博樹がちょっとビクッとなるのが、可愛い。何を想像したのかな、ニヤニヤ。
「いいぞ」
そして、私はいつも通りやり返された。覚悟の決まった顔と低い声で、それって反則なのだ。怯えが見えつつも私を受け入れていてくれて、胸がいっぱいになる。
それから。
「じゃあ、いくね」
私は今日も、戦いを始めた。
ブックマーク・高評価をいただけると嬉しいです。励みになります。