エモーショナルシンドローム
初投稿です。どうか多めに見てやっておくんなまし。
「…ラムネ」
「は?」
「俺、今急にラムネ飲みたくなったわ」
時刻は深夜二時。
そろそろ夏も終わりを迎える時期で、
ラムネで連想できるような景色は
少なくともあと数十ヶ月は待たないといけない。
「…なんだってこんな時間にラムネなんだよ」
「俺ら、今年夏祭りくらいしか夏っぽいことしてないだろ?今からでも遅くないんじゃないかなって」
「…はあ」
「んー、興味なさげだな。まあいいや、着いてこいよ涼羅。忠也お兄ちゃんが奢ってやんよ」
思いつきで突飛な行動に出やすい忠也は、
良く言えば冒険家、
悪く言えばただの愚者だ。
今日はどっちに転ぶだろうか。
少しの興味と夜特有の匂いに誘われた俺は
少し迷ってから
「とりあえず忠也“お兄ちゃん”はしっくりこないからやめろ」
そう言ってサンダルを履いた。
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「…あんだけ夏がどうのこうの言っときながら自販機で買うのかよ」
「いーじゃん、これプラだけどちゃんとビー玉入ってんだぜ」
スズムシだかなんだか知らんが、
よく分からん虫の鳴き声と、自販機から出てくるラムネ。
それと、俺らの声だけが眠る街に響いてく。
夜はもう結構涼しく、座り込んだコンクリートは冷たい位だった。
「…昔さ、ラムネの中のビー玉、捨てるのもったいなくて家に飾ってたんだよな」
「…なんだよ急に」
忠也の方を向く。
じゃり、とサンダルが擦れる音がした。
「頑張って貯めた小遣いでもさ、立派なおもちゃは買えないじゃん。
だから、子供ながらにいっぱい妥協して、いっぱい悩むじゃん。
で、買ったラムネの味と言ったら、こりゃまたすっげえ美味いのよ。
だから、その思い出の記念品としてじゃないけど、大事に取っとこうって」
「…何が言いたいんだ?」
「わかんない?今の俺からしたら、こんなビー玉、ただのラムネの付属品にしか過ぎないわけよ。手に入れたもの全部輝いてたような気がしたあの頃とは違って、悪い意味で大人になっちゃったの。俺」
そう言った忠也の表情は、
馬鹿みたいにはしゃいでいるいつもと違って
どこか大人びているような気がした。
いや、実際こいつは大人なのか。
大人だけど、まだ子供の見るキラキラした世界から離れたくないと、言っている、ような…。
だが……
「…俺からしたらお前は今も昔も変わらず、よく分からないものに目を光らせる愚かな冒険家だぞ」
「…そっか」
蛍光灯が指した光で、中のビー玉が反射する。
それを懐かしむように眺める忠也は、
ビー玉のもっと、奥の方を見ているような気がした。
古びた価値観はこの社会に適合した思想の土台に成っていく。
しかしそれらは決して消えた訳ではなく、なんなら色濃く残っているものだ。
俺がまだ過去を引きずっていることも、
忠也が歩みを止めたいことも、
色濃く、ずっと。
「でも、たまにはこうやって振り返るのも悪くは無いな」
足元に蝉の死骸を運ぶ蟻が見えた。
彼らはこの死骸を食って、どのように生きるのだろうか。
「ごめん、振り回しちゃって」
せめて、俺のようにはならないでほしい。
「お前らしくないな、帰ろうぜ」
「…そうだな!」
そう、切に願った。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
突然ですが幼少期って自分を水で例えられませんでしたか。
「あなたたちは何色にでもなれるのよ」的な。
私はその何色にでもなれる「透明」に価値を見出してしまったが故に何色にもなれずにただ濁ってしまいました。
いざ大人になって自分が何色を選ぶかってなったとき、きっと緊張しかしませんよね。
「子供であること」の価値に気づいた瞬間、我々は子供では無くなるのではないでしょうか。
なんちて。