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1.ソレイユ



 初めて見た時からどうしようもないほど、気になった。気になって気になってしょうがなかった。


 つい手を伸ばした。伸ばさずにはいられなかった。


 不自然なほどの輝きに溢れるあの皇族の城で、瞬きをすれば消えてしまうあの色を手に入れたくて。


 それは今までに感じたことのない感情。



 ソレイユの話をしよう。


 彼は現皇帝が寵愛していた歌姫の息子である。母親は歌よりもその美しさが有名で、その噂を聞きつけた皇帝に召し上げられ、子を出産した。母を同じくする兄弟も複数おり、その長男にあたるのがソレイユだ。

 

 彼がメルと出会った時、齢26歳。18の歳には美人と評判の貴族の妻をあてがわれ、領地を貰って、その土地で主に仕事をしていた。順風満帆といえば、その一言で終わるのだが、本人は普通の皇族とは違った性格ゆえに、周囲に苦労させられていた。

 彼は生まれた時より人の魂の色を見ることができていたからだ。


「あの侍女、生意気だな。新しい遊びの主役にしてやろうか」

「キャハハ、ひどいわね」

「言うことを聞いていれば、こんなことにならなかったのにな。逃げるのがお得意らしいが、どこまで続くものか」


 子供の頃から見ていた周囲は、みな濁ったような、汚い油が水に浮いたような奇妙な色をしていた。輝いているようにも見えるのだが、不自然な縞模様がギラギラと色味を変えている様子は綺麗とは言い難く、近寄りがたかった。

 彼らの口にすることと言えば、人を試すような言葉や嘲笑する言葉、贅沢やわがまま。母でさえもそんな魂の色だったので、多くはそんなものなのだと思った。


 彼らが下賤なものと呼ぶ者たちの方が、魂の色は良かった。中でも綺麗な色のものたちが皇族たちに罪をなすりつけられ、殴られて、悲鳴を上げる。罪人の刺青を入れられて、奴隷となる。赤い靴を穿かされ、死ぬまで踊り狂わされた者もいた。もっとひどい目にあった者たちもいたようだ。

 ソレイユは扱いは悪くなかったが、高位の王族では無かったので、権力も大きくはなく、その人々に大した手助けは出来ず。ただ、目をつけられる前に皇城から離れさせることには手を貸せただけだった。


 でも、末の弟が生まれ、皇族は生まれつきあんな色だと思っていたが違うことを知る。赤ん坊の色は純白。大人になるつれて濃い青色になったため、皇族の色も変化してあのようになったのだと分かった。ちなみに弟は幼くして教会の所属になり離れることになったが、その後も交流が続いた。


 

 ーーソレイユに魂の色が見えるのは事実だ。だが、彼と同じくそれを認識する者は誰もいなかった。教会の神官や司教たちは、神の色を見分けることができるというが、弟に聞いてもソレイユのようには見えないとのことだった。彼は孤独でもあった。

 

 彼の見る魂の色は変化する。ベースの色は同じだが、それに色が混ざり合い、感情を示す。

 ゆえに彼は無愛想だ。

 その容姿の美しさゆえに、欲望を向けられることが多く、優しくすれば周囲の人間が勘違いする。魂の色が欲望に変化すると、目が痛くなる原色になった。それに比例するように愛想が消え、それでもソレイユは欲望を向けられてきた。もし、彼の身体が信じられないほどに丈夫でなければ、耐えられなかったろう。


 ソレイユは望まれてきた。欲望に包まれてきたのだ。

 自分が何も望まなくなるほど。



 ーー物語に戻ろう。


 メルと会った日。皇城に呼び出され、皇族の欲望剥き出しの色を見てしまって疲れていた。気晴らしに手頃な木の上に登ろうかと思い、頭上を見上げると。


「……何してるんだ」


 そこで、皇城でも人の過ごす居住地から離れすぎていて、滅多に人が訪れない場所に、なにやら人がいるのが見えた。ほうきを持って、一心不乱に掃いている。その人影が実像を持ってソレイユに映った時、彼は心を囚われた。


 ーー見惚れた。


 見たことがないほど、ソレイユを魅了する色。


 夕焼けをずっと眺めていたことがあるだろうか?


 日が沈む前にこの世界を包む、あの色を。優しさ、悲しさ、愛おしさ、怒り、喜び、感情の多くを刺激するもの。


 実際に日が沈む瞬間を見てみると良い。一瞬たりとも、同じ色は存在しない。陽の光に反射した赤や黄色、紫や桃色。その時のメルの色は機嫌が悪いのか、雲がかかっていたが、魅了されずにはいられない生命の美しさ。今まで見たことがないような、魂の自由さと輝きに魅了された。


「……っ」


 思わず走って、その場所に向かった。屋根と屋根を駆け上がって、長い手足を存分に使い、最短距離で彼女の元に走った。


 ーーその色を間近に見てみたかったから。


 欲望を向けられる側のソレイユが、他者に欲望を向けた瞬間だった。


 着いた瞬間、彼女がその場所から落ちようとしていたので思わず、大声で叫んでしまう。そして、彼女の手を掴んだ。


 手の中におさめてしまえば、その軽さにびっくりした。華奢すぎる。でも、手の中に収めておきたかった。


 そして近くで見れば見るほど、美しいと思った。生命力の塊そのもの。驚きに溢れた視線で、また色が変わった。自由に生きる娘なのだとその時点で気付いた。


 名前だけでも知りたかった。嫌がられていることが分かっても、それでもついて回った。息子も彼女を気に入っているようだったので、教会に行くことになり、別れてしまうルミエールも一緒に。



「おまえは合格だ。次の皇帝となれ」


 また、呼び出されたと思ったら、傲慢すぎるほどに傲慢な皇帝にそんなことを告げられた。この男は、皇族の中でも特に色が悪すぎて、不気味な色の塊に何を言われているのか、はじめ分からなかった。

 話によると、自分は知らないうちに毒を盛られていたらしく、それも全く効かなかったと。毒を飲んだことが無かったので知らなかったーー盛られていたとしても気づかなかった。

 身体的な欠陥のある者を排除し、身体能力の高い者、外的要素・内的要素に強い者を選考した結果がソレイユだったらしかった。なんと身体検査では、聖国歴代の記録を更新したと笑いながら告げられ、何を記録しているんだと呆れながら、拒否した。


「皇帝になるなど、私は承知しておりません。知らぬうちに検査をされ、打診もされず命を受けよとは、あまりに……。私には領地もあります」

「……何が不満だ? 望みのものはくれてやろう。領地はそのまま皇帝領にし、代わりのものに管理させれば良い」

「とにかく認められません」

「皇族の特権はこのためにあるのだ、我々を繁栄させるために」


 ーーそれが、皇族の特権のためというなら、別の者にくれてやる。


 しかし、皇太子となることは強制的に決まった。欲望の渦にまた巻き込まれる。

 妻も乗り気になっていた。妻というには精神的に幼すぎる娘は、周りから容姿を褒められて有頂天になっており、皇帝の妃となることがよく分かっていない。



 ーー立太子式。

 メルと最後に会ってからしばらく経った。あの美しい色を見たいと思っていた。


 会場に足を進めたがらず、上の空で嫌がるソレイユを、妻が脅してきた。息子たちのためにも、皇帝になれと言われた。いつからこんな言葉を話すようになったのか。

 皇族たちに悪影響を受けているのだろうか、妻を見つめるも大人の色味は感情以外はわかりにくい。変化も気付きにくいものだ。疑問を抱いた。

 押されて中に入り、その感情は別のものに置き換わった。


 ルルが男たちに囲まれていたのだ。美しい笑みを浮かべて、彼女の近くにいる男たちにその微笑を見せる。周りは赤くなって、彼女に魅了されているのがわかった。


「…………」


 ソレイユはそれまで、そばにいてあの美しい色を見つめていられるなら、あの娘が誰だろうと構わなかった。『ソレイユのメル』であってくれれば。


 けれど、夕焼色の彼女はソレイユのものではなかった。会場の中で一番に目に入った。男たちに囲まれていた彼女を見て、心に感じたことのない気持ちが宿った。


 この感情は何なのだろう。焼け付くような、その娘に決して近づくなと罵りたいような、今までにないもの。走り寄って彼女を掴んで、この場を去りたかった。


 名をつけるなら、きっと人は嫉妬と呼ぶものだったが、ソレイユはそれを自覚していなかった。


 彼は立太子式に集中できず、メルを見つめた。


 メルは普段とは容姿が異なり、美しいドレスを来て、まるでおとぎ話の花の妖精のようだった。魂の色ばかり気にしていたが、彼女は色だけでなく、見た目も美しかった。体にメリハリがあり、体幹の良さからなのか、姿勢が綺麗なため、その理想的な体型がよく分かった。男が放っておかない。

 いつもの全身を隠すメイド服の方が良い。


 そして、叛逆者たちが入ってきた。ソレイユに不満があって、やって来たのだ。皇太子という立場はこの責任と向き合っていかなければ、いけないのだ。皇帝になるのがより嫌になった。


 彼女が彼らに取り囲まれた。ソレイユは叛逆者の1人から無理やり剣を奪い取り、斬り合う。

 彼女が切り付けられたと思ったとき、彼は自分でも恐ろしいほど、力が湧いた。

 「メル」と叫ぼうとして、叫ぶことが出来なかったので、「危ない」と口に出す。だが、彼女は無事だったどころか、見事に彼らを倒した。これまでに見たことがないほど輝いていて、またソレイユが見惚れてしまっていたのは秘密だ。


 爆発からメルを庇えた時は、嬉しくてたまらなかった。ソレイユの頑丈な体が役に立ち、彼女を傷つけずに済んだことと、彼女を腕の中に閉じ込められたこと。一瞬だったが幸せだった。


 それも、彼女が珍しく自分からソレイユの前に現れるまでだったが。


 急にここから離れると言われ、その選択肢がこの世にあることが信じられずに、呆然として行ってほしくないと繰り返した。ソレイユは彼女が何者でもいいと思っていた自分は、成立しなかったのだと思った。二度会いませんと言われたことばが、頭の中で二重三重にもこだまして、そこにしばらく座り込んでいた。



 それから。メルに言われた真偽を確かめるため、ソレイユは、ある人の元に向かった。

 ……メルに確実に怒られる人の元である。



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