マリーのお散歩
マリー・フルーフ・プレーシア。見た目は子供、中身はもうすぐで成人の女の子。
髪は、不思議な春の若草の色。目の色はいつもは黄金だけど、今は隠して茶色にしている超絶美少女だ。
聖国と呼ばれる世界有数の大国に、成人の儀式をするためにやってきたのだが、皇帝に挨拶をしたらなぜか引き止められてしまい、なんとも言えない暇な日々を過ごしている。
人呼んで、盛花国の王女様である。スイートプリンセスと呼んでくれても、よろしくてよ?
今日はどこにお散歩に行こうかな。皇城での暇にマリーもいい加減飽き飽きしていたので、メルとルルに隠れて何度か外出していた。
調達したお散歩用のドレスを靡かせて、聖国の城下街に繰り出そう。
「面白そうなことがないかしら」
人通りの悪い裏道ーーつまり、まともな人間がいないーーにマリーは入った。小さな子たちが悪い大人に虐められていたり、大人が悪巧みをしていたりするのを見つけて、解決するのが最近の趣味。
メルとルルとその同僚たちが聞けば、今すぐやめてくれと言いそうなことであった。
ーーあ、楽しそうな争い事。
マリーは裏道に入って、大人の男たちが大声で怒鳴り合っているのを聞いた。
道端のお祭りである。つまり、喧嘩だ。2人の体格のいい男2人が殴り合っている。
マリーは、見た目に反して体を動かすのが好きだ。その能力は大人の男の1人や2人を倒すのなど楽勝である。……ちなみに、メルも勝てない。
彼女は喧嘩両成敗と、殴り合っていた2人を地面に臥させた。
ちなみに彼らの争いの原因は、どちらが飯を奢るかだった。近くの賭博場のチケットがあったので、賭け事に使ってお金がなくなった上、勝った負けたの言い争い。喧嘩どころかそれ以上に発展してしまう気配もあったので、問答無用で落ち着かせた。
もう一度記述するが、彼女は超絶美少女である。人形のような手足を持ち、道端で喧嘩をする荒くれ者には全く敵わないほどか弱く見える。
「危ないことはしてはいけませんわ。賭け事をするなら、人生を賭けるようなものにしましょう?」
そんな少女が自分たちを軽く打ち倒して、そんなことを言う者だから2人は怯え果てた。
「「ひいい」」
「あらあら、まあまあ。そんなに怯えないで下さいませ。わたくしはあなた方に賭けを持ちかけているのです。ぜひ、乗ってくださらない?」
ーー半分脅し。
ニコニコ笑って、マリーは彼らに賭けを与えた。
真面目になれとは言わないし、生活を変えろとも言わない。ただもう一度会いにくるから、その時にこの街にいるかどうかという賭けだった。
聖国の裏通りから抜け出すか、抜け出せないかの賭け。この国で、身分を変えるのは相当に難しいことだ。しかし、命を賭けるーーそんなことは言ってないが、勝手に勘違いするーーなら、どうだろう。妖精か魔物の類だと思われていたようなので、少しは真面目になれば良い。
マリーは少しの賭けをして、その場から影のように消えた(屋根に飛び上がっただけ)。
後のお話だが、男達は死に物狂いで働いて、平民として暮らせるようになったようだ。めでたし、めでたし。
そんなことを繰り返していると、マリーは道端の隅で人が消えるのを見かけた。
十字路の奥、人が滅多に通らないような行き止まりの場所。悪い溜まり場になっていそうだと、マリーが足を踏み込んだところ、黒い影がモヤのように消えた。ふしぎだった。
ーーあらら。何やら、不思議な出来事が!
魔術の類かしらと珍しく思っていると、またそこに通りかかる影。道端の影に慌てて隠れて様子を見る。見るからに裏の人間であった。
「わたくしも連れていって下さる?」
その相手にまたもマリーはにこやかに頼んだ。やはり、問答無用の半分脅しである。
「……なんで、招いてもいないのにここにいる?」
裏通りから親切な人に案内してもらって、彼女は中に入った。ふわふわ浮遊するような馴染みの空間に入って、マリーはそこが亜空間だと思う。空間を作り出すのは、自分たちの一族の力の一部であるため、すぐに理解した。そこから一転移動して、執務室のような場所についた。
そこで真正面に不思議な気配の男がいた。か細くて不健康的。
「情報屋を営んでいるノアという、よろしく」
「……マリーと言いますわ。あなた体調が良くないのですか?」
そうマリーが言うと、男は弾けたように笑って、初対面でそれを言うのか。さすがだな、血は争えないと小さく話した。少し、寂しそうだったのがやはり不思議だった。
「あんたみたいな姫さんが、こんな地下に来るもんじゃない。情報が欲しいなら、俺から接触してやるよ」
「情報が欲しかったわけではないですの。楽しそうなことを求めてきたら、ここに辿り着いただけで」
ーーこれまでにないキテレツなお姫さんだな。
変な顔でこちらを見る。口調がこちらを知っている。
「……あなた、わたくしを知っていますわね」
「知らないはずがない」
盛花国の秘された姫の正体を知っているのが、普通のはずがないのだが、さも当たり前のごとく返される。言葉を操って、誤魔化すのが得意な方みたい。この空間みたいにふわふわ浮いて、固定されない。
マリーの興味指数がかなり上昇した。
「退屈ですの、お話し相手になって下さらない?」
「……俺は暇じゃないんだが。……まあ、いいか」
マリーは情報屋のノアという男と、会話という名の言葉遊びを楽しんだ。相手の話題が普通の思考の3段飛ばしに変化するので、変化球を交えながら、こちらも罠と引っ掛けを敷いては舌打ちされると言った具合だったが、相手がこちらを思い遣っているように感じたので、決して不快ではなかった。
「もうそろそろ「扉」が閉じる。早く戻れ」
「扉? 入り口ですわね。ということは時間指定型ですか。不思議ですわ、どんな理由があるんでしょう。陽の光と関係があるのでしょうか。力の作用がつながる時とつながりにくい時があると考えるのが良いでしょうね。移動に用いられる点と点が線と線から、3次元に移動するには……」
「好きに妄想しろ。帰すぞ」
ノアはマリーの言葉を遮った。本当に帰る時間なのだろう。
「まだ、お話ししたいのですが」
「……俺と話してて楽しいか?」
「あら、とっても楽しいですわ」
「…………」
マリーがどれだけ話しても、しっかりと返答してくれる良い人だ。
彼女ならではの思考で、そう決着した。メルに言わせれば、姫様に世の中語らせたらほぼ良い人になるだろうとのこと。
「ああ、そういえば聖国に居るんだったな。あそこ、きな臭いぞ」
情報屋にしては、報酬も求めずそう口にした。きな臭いか、大方予想はつく。
マリーはノアの大雑把な情報から、何が起きるかを察した。
「そう、なのですね」
強制的に自分の体がここから出されるのに、マリーは気付いた。
ーーまた、来ますわ。
「……また会おう。花の姫」
意味深な言葉を残して、2人は別れる。これが30年もの付き合いになるマリーとノアの出会い。
突然現れた人外レベルの美少女にボコボコにされて、脅されるのって恐怖。
マリーが出歩いたその日は、変な噂が立ったらしい。
私の別作品『逆さの吸血鬼』に出てくる主要キャラ2人でした。なぜ、マリーが立太子式で予想がついていたのかを解説する裏話。