6.
「我々は、ソレイユ・デュー・クロワイヤンの立太子を認めない」
大声で宣言する武装集団がいた。立太子式を邪魔しにきた迷惑な男たちは、属国の姫ーーその影武者をしているメルーーに目をつけたらしく、周りを囲まれ、刃物を突きつけられる。
「きゃ!」
周りが悲鳴をあげるのに合わせて、軽く悲鳴を口に出しながら、相手を観察した。集団の中心人物と見られるものが2人。
しかし、統率力がなく、寄せ集めの匂いがした。皇族に利用された者たちか。皇子に恨みを逆手に取られた可能性もある。
遠慮もなくメルの顔を切り付けようと、刃先が揺らぐ。人の商売道具である顔に傷をつけようとするとは、どんな事情があろうとも「最低」の一言で叩き切って良いだろう。
仕方ないと、メルは開き直った。きっと主人もこうするはず。
「な! 危ない!!」
いつになく焦った様子のソレイユの声が聞こえてきたが、無視だ無視。刃先を避けて、相手の肘を勢いよく反対に折り曲げた。手袋を脱ぎ、男たちに叩きつける。
「この野郎、ふざけんなぁ!!」
三文芝居じゃないんだから、もっと語彙力ありきで話して欲しいと思いながら、向かってくる雑兵たちを慣性で受け流す。ドレスが汚れるので、自分から手は出さない。少女に情け無くも大勢でかかってくる反逆者たちを、スルスルとドレスを翻しながら踊るように倒していく。鍛えることのできない関節に衝撃を与えれば、容易いものだ。
敵はメルによって、的確に急所にダメージを負い、その場に這う。
「すごいわ」
「……なんて、野蛮な。恐ろしい女だな」
皆が悲鳴をあげて混乱するのを止め、自分の動きに注目し始める。褒め言葉でも悪口でも何でもいいから、会話して落ち着いて欲しかった。メルの動きの邪魔なのだ。
「……属国の姫の分際で」
1人のーーメルが中心人物だと思った人間がやって来た。関節をメルに狙われないよう庇いながら、隙なく動いている。
少しは骨のある男が出てきたようだ。だが、その台詞は頂けなかった。主人を侮辱する者をメルは許さない。
聖国の属国であり、花溢れる国ーー盛花国の忠臣3つの柱の1つ、『写し身』の当代である彼女。
仕える主人は盛花国の姫であり、神の血を引くお方。小さな手で、メルとルルを甘やかしてくれる人。時々突飛な発想で、あらぬ争いに巻き込まれにいくものの、それは彼女の持つ一端に過ぎず、人の持つ数十倍の知力を備え、ありとあらゆることを1人でこなすことができる。
彼らがいない時に代わりを務めることになる3柱は、武力、知力、姿をそれぞれ司り、その精鋭が3人集まって、ようやく主人の能力に匹敵する。主人に絶対的な忠誠を誓い、決して裏切らないことを求められ、誰よりも幸せにすると宣言した者たち。
成人する前に一花見せて差し上げろと言われたと思って差し支えないですよね、姫様。
ーー髪に飾られた花から、ひとひら舞う。
メルはまっすぐ向かってきた相手の懐に潜り込んで、目潰し。鼻を一瞬でつき、首を強打し、一瞬の勝負がついた。
刃物はリーチが長い分振る時に、相手の瞬発力に加算して、少しの遅れが発生する。それを利用すれば、余程の強者でなければ、動きの軽さに長けるメルには勝てない。
口ほどにもないですねー。でも、久々に運動できて楽しかったですー。
心の中でそう思いながら、ドレスを払う。
「……ふぅ、怖かったですわ。わたくし、盛花国王女、マリー・フルーフ・プレーシアと言いますの。属国の姫などと呼ばないでくださる。どうぞ、お見知り置きあれ」
怖かったなど嘘をつくなと下に転がっている男たちに言われた。……ま、気にしない、気にしない。
盛大に暴れ回った後。周りがあっけに取られているのを放置して、ソレイユのところに向かうと、彼もこちらに向かおうとしていたようで、近くに来ていた。剣を手にして叛逆者たちを討ち払い、メルの顔を安心した様子で見つめる。
メルはソレイユの前に立った。
「わたくしは属国を代表して、ソレイユ殿下の立太子をお祝い申し上げます」
ドレスを美しくたくし上げ、カーテシー。太子となる彼に対する恭順の礼だ。この事態を収束させるにはこれが一番。武装集団が荒らしてしまった立太子式。皇太子として冊立されるこの祝いを、反乱の余地にしてはならない。
周囲も同意するように、手堅く拍手を始めた。
しかし、そこでメルの耳にはっきりとした声が聞こえた。
「神の血などと語って、利権を吸うヒルのような輩のくせに。混ぜ物が」
ばっと後ろを振り返ると、皇族の1人、第一皇子だ。唇を噛み締め、メルに対して言葉を吐く。
ーー混ぜ物
懐かしくも、憎らしい言葉。髪と瞳、どちらか一方にしか金色を持たない劣等を示す蔑称。聖力を持たず、体が弱い場合が多いため、皇族の血を継いでいても皇族とは認められぬ子たちのこと。彼らの特権の裏で、悲しい扱いを受ける。
その言葉をメルの前で発するのだ。我が国に対する宣戦布告と受け取る。かならずお前は排除しようと、メルは微笑みながら心に誓った。
その一方で、追い詰められた叛逆者たちは、とんでもない手段に打って出た。
「呪われろ、聖国よ。そして、太子になろうとする者よ、死ね」
そう大声で叫び、床が血に染まった。自らの死を捧げて、魔術を用いるそれを見て、メルは彼らの正体に気付いた。
ーー悪神信奉者。根拠もない伝説を信じて、この世に一矢を報いることを目的にしている。
だが、この聖国でそれが成功するだろうか。
聖国内は許可のない魔術や魔法が使用できない。それは魔物に対する対策であり、敵対する国家への防護である。他国からの流通を経済手段にしない聖国では、その方法は有効で、簡単に侵入を許さず抵抗をさせないという強みがある。
ーーしかし、爆発した。彼らは爆散した。
「……!!」
目の前にあるのは光り輝く金の髪。メルが綺麗だと認めてしまった男。憎らしい奴。その彼が逞しい体でメルを抱きしめていた。
自分の正面から衝撃があり、ソレイユに爆発から庇われたことがわかった。あの刹那の時間でメルの体を庇ったのか。
彼の体は大丈夫なのか、衝撃から我に返ってすぐさま自分を包む腕から抜け出した。爆発の衝撃で痛々しく、焼き焦げている。
ーーいやだ、怖い。
彼が自分を庇って体を傷つけてしまったという事実が怖かった。叛逆者たちが来た時よりも動揺した。
「大丈夫ですか!!」
「ああ」
彼は問題なく返事をした。メルが確認をすると衣装はボロボロにだったが、なんとその体は無傷だった。どれほどの体の丈夫さなの。一安心するも、ソレイユは警戒したようにメルの手を掴む。
確認するために、その手をメルは解いた。
後ろに、生き物とは思えない叫び声。
彼らは魔物と化していた。人の様相が灰色の肌に変化して、目は真っ赤に充血し、血管が浮き出ている。
なんという有り様。命を賭して、呼び込んだことが自らが魔物になることか。
だが、この場で魔物に関しては心配はいらない。この世界で魔物に一番強い人物がいるからだ。
「ほほほ、属国の姫に迷惑をおかけしましたなぁ」
杖が振るわれる。シャンデリアの光よりも眩しく輝き、メルはつい目を瞑ってしまう。
すると、塵もなく彼らは消え去っていた。あの数を一瞬で処理するその人物は、聖教教皇。
「「おおお!!」」
ーー大きな歓声が響き渡る。
彼は好々爺に見える。しかし、これはたぬきの類。簡単に化かされてしまってはいけない。側近の騎士たちもいるだろうに、それを動かしもせず、魔物が出てきた時だけ活躍して、周りの目を奪っていった。皇帝もこの騒動にきっと噛んでいる。
「ふふふ。わたくしが打って出るまでもないと思いましたが、みなさまお疲れのご様子でしたので」
皮肉を言って返したが、内心焦っていた。教会に行っても、気は休めていられなさそうだ。