5.
立太子式。その当日は朝から忙しかった。現皇帝の立太子式の時の情報が見つからず、衣装の規定もあっさりした内容だったため、どの衣装を着ていくべきか本当に迷ったことも原因の一つ。それ以上に、女の身支度は時間がかかるのである。
「ルルが今回は担当でよかったよね」
「いや、メルがいいと思うよ? もう会える機会があるか分かんないでしょ」
素直になれない人が損をする世の中なんだからと、ルルがメルに影になるように言う。
「わたくしもメルをおすすめするわ」
その一言で、メルに白羽の矢が立った。
薄皮まで剥ぎ取るように、全身をルルにピカピカに磨かれ、その体に保湿性の高い植物性のクリームを塗り込まれた。香水とは違い、自然と香る花の香りが練り込まれているので、香水よりも使う頻度が高いもの。
「さあ、これからだよ、メル。頑張ってねー」
「はーい」
思いっきり、コルセットで腰を締められる。締める方も締められる方もすごく疲れるのだ。
「はい、休憩。もう一回ねー」
「……はーい」
それからドレスに着替える。
足元にまで布地がつくようなドレスで、ひだが数えられないほどあり、色は淡い桃色。布はタフタを使い、複雑に縫われている。複雑な形状を維持しているその衣装は動きづらいことこの上ないが、メイドの服が動きやすいだけであり、ドレスはこんなものである。そもそも動くこと前提に作られていない。靴もヒールが高いドレスと共布の特注品で、その動きづらさは増す。
「久しぶりに、その髪が見れて嬉しい」
近くで見ている主人がそう呟いた。
メルとルルの髪は普段はメイドのキャップや帽子に隠れているが、その中身は輝くような黄金がウェーブしていた。これは主人たちの一族の色。神官が見分けることのできる、金とは違った特別な色だ。この色を持つからこそ、2人は影になれるのだ。だから、滅多にその髪は外に出さない。
ルルがそのメルの髪を複雑に編む。サイドは流して、後頭部に太い編み込みが見えるように、調整する。その上から、ドレスと同色の大輪の薔薇、白い小花のかすみ草、ドレスより濃い桃のカーネーション、オリーブの葉を飾った。髪色に負けぬほどのボリュームをつけることで、花を主にする私たちの国のアピールも兼ねている。
化粧はより立体的に見えるように、白粉よりも影をつけることで工夫した。舞踏会では、白い肌であればあるほど美しいとされる傾向にあったが、メルは健康的に見える地肌の美しさを優先する。
目元を強調し鼻を高くして印象を変え、淡い口紅とほんの少しだけ頬紅をつける。成人をこれから迎える少女なので、派手な色を使わないように気をつけた。
最後に、主人の髪と同色の若緑になるための薬を目に差した。ゆっくりとその瞳が変化していく。
「これで別人ですねー」
鏡の中には、地味な普段とはかけ離れた美女の姿があった。自前の巻き毛がサイドで揺れて、目を瞑ると長い長いまつ毛の重さがよくわかる。美しく、着飾られた姫というイメージそのもの。これが、私……? とは言わないが、メルは自分でも詐欺だなとは思う。
ルルが影になる時はメルが主に化粧などを担当するため、客観的にもそれが分かった。着飾るとはこれほど力を発揮する。
「……すごく綺麗だわ、メル。わたくしもこんな美人になれるかしら」
「何言ってるんですか。姫様は今でも美人ですよー。厳密には可愛いよりですけど、今に誰より綺麗な女性になりますよー」
主人と姉が盛り上がっているが、もうそろそろ出なければ間に合わない。長い布地をひだが崩れぬようにゆっくりと持ち上げて、立ち上がった。
ーーさて、戦場に参りましょう。
♢
立太子式に参加する。急遽のことだったためエスコートはおらず、そのまま参入だ。成人前なので問題はない。
中に入ると、会場がざわついたのが分かった。自分に周囲の目が集中していると感じた。これくらい目立たねば、メルが頑張って締め付けられた意味がなかったので、微笑んで返すと頬を赤らめた。その反応がちょっと面白かった。
周囲を取り囲んできた皇族たちに挨拶する。はじめは黄金とその瞳の色が違うことに胡乱な目を向けてきたが、属国の姫だとわかるとそれ以前の目とも違う下世話な顔つきで見てきた。半分性的に取られるような言葉で話しかけてきて、殴りたくなる。勿論そんなことはせずに流した。
暗語だからわからないと思ったのかもしれない。でも、未成年にそんな言葉をかけるところが気色悪い。
皇族の姫や貴族の娘たちは、それを見てヒソヒソと陰口を言っていた。男に愛想を売るしかできない姫という内容だった。人の口に戸は立てられない。根も歯もない噂が蔓延する前に、こちらから出向いて挨拶をしに行く。
今回賓客として招待された主人。情報が極端に制限されていて、物知らずーー知らないのが当たり前だがそうはいかないーーと笑われる話題になるところ。それはメイドとしての情報収集が役に立ち、派閥と服装で名前と顔を一致させ、なんとか凌ぎきる。
挨拶を終えて、会話に入る。これからが腕の見せどころ。
ルル直伝、まずは謙遜からのー、褒め倒し。何も知らない顔で、純粋に相手を褒めに行くと相手も調子を崩すらしい。これは主人が天然でよくやる事だが、円滑な社交をするにはとても良い方法だと教えてもらった。この会場では出来ないが、贈り物攻撃もいいとのこと。
皇族たちはメルの手玉にとられ、次第に上機嫌に変わっていく。
メルはその調子で仕事をして、顔を覚えてもらう。
ーーメルが入ってきた時と同じくらいのざわつきが起きた。
頭に小さな十字架があしらわれた帽子を被り、十字架そのものの杖、宝石が縫い付けられた豪奢なローブ。普通の司教とは違うその迫力。
教会から教皇が出向いてきたか。これから主人が向かう教会の最高権力者だ。顔と体型、仕草や癖に好みまで全て注意深く見ておく必要がある。
メルは人の耳に入るように意識して、口を開く。
「たしか、お名前はエルデシーナ聖下でしたわね。聖下自ら来られるなんて、殿下にはこれ以上ないほどの祝福が与えられるのでしょう」
周囲はメルに釣られるように、教皇の名を出して話題になる。やはり人の口に戸は立てられない。さまざまな情報が出てくるため、真偽を確かめながら活用しよう。
会話をしながら、全力で頭を回転させる。
次に、現れるのはソレイユか。位から考えていけばそうなるはずだ。そして、その予想は当たった。
あの男は隣に豪奢な美女を連れて、いつも以上に無愛想に中に入ってきた。半ば引き摺られているようにも見える。そのまま会場に設置された椅子に座った。
あれが彼の夫人だろう。一緒にいるところを見たことがないものの、立太子式で隣に連れているのだ。それ以外あり得ない。でも、あれは……?
夫人ーーいや皇太子妃になるはずの女性を見つめて、スッと視線をその横に移動させるとソレイユがこちらを見ていた。つい顔を下にしてしまう。結構距離があるのだが、見た目の全く違うメルをやはり見つけ出したらしい。
変装術のプロとしての自信が喪失しそう。でも、あれは絶対例外だからと自らを励まして、顔をあげると彼の眉間にシワが。
ーーなに、なに、なに。
ソレイユが気付くことは分かっていた。けれど、メルは秘密を遵守するという誓約をしたわけなので、問題ないと考えていた。だが、無愛想な彼がその顔を不機嫌に歪ませてこちらを見ている。
いや、不機嫌になりたいのは私なんですけど。また、会いに来ると言いながら来ないし。
ソレイユは、そのお綺麗な隣の奥さまを見ておけばいいじゃないか。
周囲の皇族たちに声をかけて話に乗り、彼を無視する。
メルは自分でも性格が悪いと思った。でも、ソレイユも悪い。
式は問題もなく進んでいく。いよいよ式の終盤に差し掛かった。ソレイユがいよいよ皇太子としての決意を神に表明し、それを教皇が承認する立太子式の要。
そこで、閉まっていたはずの扉が破壊され、中に武装した集団が入り込んできた。招かれた客たちが悲鳴をあげる。メルも一応悲鳴をあげた。
立太子式に大勢の物騒な客が現れた。ソレイユが皇太子として立つことに不満のある皇族たちが手配したのだろう。ニヤニヤ隠れて笑っている者たちがいる。
警備ザラすぎる。いや、これも皇太子になるソレイユの力量を試しているのだろう。前回もそうだったから、情報が出てこなかったのか。
でも。盛花国の姫を狙うのは無しでは⁈
巻き込まれるように取り囲まれて、メルは困った。
「…………」
私を推したのはこういうことだったんですねー、姫様。お願いだから、こういうことは先に言っておいてほしいですっ。
心の中でメルがそう呟くと、『憶測だったから、メルが変に気構えてしまうと悪いと思って』という主人の幻聴が聞こえた。主人はこういう場を楽しんでしまうお人なのである。おーまいがー。




