表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

4.


「あー、姫様ぁ。まだ、皇城にいなきゃいけないんですかー」


 長居しすぎて、メイドの顔見知りができてしまった。自由に動けるメイドは楽だが、これ以上居続けるわけにもいかないのだ。


「あと少し待っておいて。もうそろそろ、教会にいけるわ」


 ニコニコ笑っている主人は、聖国を満喫していたらしい。メルとルルの知らぬ間に、勝手に城を抜け出して色々していたようだ。危ない目にあったらどうするーーあっても、嬉々として解決してきそうではあるけどーー。


「ルーファも来るって聞いたんですけどー」


 ルーファはメルたちの同僚である。影ではないが、主人に仕えているのは同じ。戦闘特化型の姉御肌の女性だが、基本自由に動き回っている。


「もう、来てるわ。ただ皇城に近寄りたくないって言って、城下町に」

「うええ。おかしくないですかーそれ」

「おかしいー」


 自分たちだって、こんな城に長時間居座ってたら体が腐る。嫌味、(そね)み、(ねた)み、嫌がらせは当たり前。暇つぶしのように行われる茶会は陰惨すぎて、記憶から消した。彼らに目をつけられないために、また無駄な能力を発揮したくらいには無理だった。少しでもミスをすると、それがずっと話題にされるのだ。ルルは全然平気だと言っていたが、メルはごめん被る。女たちの修羅場なんて、入って行けない。


 ーーそれに、ソレイユ!



「なんなの、なんなの」


 あの男はやはり、メルについて来た。メイドとして扮装しているメルにだ。おかげで、目立つこと目立つこと。メイドの噂話にあがらないよう、全力で逃げたが。

 彼とはメルとルルの秘密を明かさないよう誓約を結び、これ以上関わる必要がない。息子が聖職者になるかどうかの確認と、教会に預けるためにわざわざ皇城に上がって来ただけの領地持ちの皇族らしいしーーまだ、皇城に居るのが気になるがーー、大した問題はないはず。さっさと用事を終わらせて、国に帰るのみ!! そう思っていたのに。


「あー、メル。聞いた? あのソレイユって人、立太子されるって」

「……は?」

「立太子だよ、立太子! あの人が次の皇帝になるみたいー」


 はーー? 立太子ぃ? あのソレイユが? 皇太子になるって、ありえない。あんな甘い人が皇帝になるなんて、考えられない。


 突然発表されたその内容は、皇城でも初耳の情報だったらしく数日騒ぎになった。これまで存在しなかった皇太子が突然発表されたのだから、当たり前といえば当たり前だ。大国の皇帝の後を継ぐ皇太子は、それほどに重要な立場であり、皇族にとっては権力を握れるチャンスなのだ。


 メルはルルから事実を聞いたその日、やって来たソレイユに問い詰めた。いつもの調子で、皇城の光の輝きに照らされてキラキラしながら、とても無愛想にこちらを見ている。

 皇太子になるというのに、全く普段と変わらないところが気に入らない。


「これはこれは、皇太子殿下ですかー」

「……いや、仮確定だ」


 これは嫌味を言ってやらねばと思ったメルに、ソレイユはそう答えた。


「皇太子に仮確定ってなに」


 つい、敬語が抜けてしまうほど、イライラした。いつもついてくるくせに、なぜ教えてもくれなかったのか。メル1人の機嫌で、剣呑な雰囲気になる。それも嫌だった。


「……ふむ。皇帝になるつもりはない。不自然に呼び出され、待たされた結果がこうなるとは思わなかった」


 ーーは?


 ()()()()()()()()


 主人の前で、もしそんなことを言ったなら、締め倒してやる。あの方に選択肢なんて、一つもなかったのに。


「いやー、皇帝になるつもりがないなんて、そんなことあり得るんですか? 権力を握れるんですよ? 富も名声もその手に入りますよ」

「思ってもないことを言う。あなたがもしその立場になったら、絶対に拒否すると思うが?」


 ソレイユはこちらを見て、不思議そうにしている。その金の瞳で、メルの魂の色を確認しているのだろう。確信した言い方であった。

 

「……私はそんな立場にありませんから」

「あったら、どうする?」


 誰も選択肢のない義務ならば、受け入れる。だが、義務でないなら、自分の命を賭けてでも逃げるはずだ。縛られるのは嫌いだから。


「……………」


 答えられない。メルは沈黙した。

 ソレイユは話を続ける。


「知らぬうちに毒を飲まされて、ルミエールと一緒に身体検査されたかと思えば、皇太子になれと言われたんだ。そう簡単に了承できるわけがない」

「何を飲まされたって……」


 メルは話の展開がよくわからなかった。


「毒だな。皇帝は身体の頑丈さが資格らしい。呼び出された者の中で、全く毒が効かず、身体能力が高かった私が立太子されたと言うわけだ。子どもも幾人か持っている、身体能力に問題のない者が最低条件で、その試験に合格したようだ、わたしは」


 ソレイユは手を握りしめては開く、握りしめては開くのを繰り返す。


「……毒ですか」

「劇薬を投与されたらしいが、全くわからなかった。皇帝は神の子で、選ばれるには相当な資格が必要だと言われた。自分も身体が頑丈だとは思っていたが、毒も効かない体だったとは少々驚いた」


 ーー皇帝位を狙われても、死なない者が皇となる。


 皇族は特権を持っている。

 聖国はこの世界で唯一、闇の魔物たちに対抗できる手段ーー聖属性を持ち、その力を教会が管理している。権力の中枢は皇帝側にあり、皇族たちは神の血筋を引くがために聖力を持っており優遇される。それほど魔物たちは脅威で、対抗できる彼らは苦しむ人々にとっては救いとなる。


 だが、その優遇のおかげで聖国の皇族はクズが多い。それは間違いない。特権は無条件で与えられているとでも思っているのか、皇族以外の人間は人間じゃないという態度だ。人を人形みたいに扱う。だから、嫌いだった。そして、主人たちをいいように利用しているのも嫌だった。


 ーーでも、毒を盛られるなんて。


 顔を下に俯けていると、ソレイユがメルの片手を握って、もう片方の手でメルの顔を上げた。

 金髪金眼(皇族)なんて、大嫌い。それは変わらない。なのに……。


 この男に振り回される自分が嫌。


「……また会いにくる」



 それが結構前のことになる。

 会いにくると言ったのに来ないので、メルはもうソレイユと離れることにした。自分の都合で人に会いにきて、会うと言うから待っていたら来ない。ほんと勝手なのだ。


 気付いたら、あの男のことを考えている。ボーッとして、まだ来ないのか、なんて思ってしまう。


 振り回されるのは疲れるので、早く国に帰って落ち着きたい。メルはいつも振り回す側でありたかった。それがメルらしさだから。


「メルはまだ拗ねてるのー?」

「拗ねてないー」


 ルルに頬をつつかれる。姉は自分の気が立っているのがわかるようで、それを揶揄いにくるのだ。


「メルは調子が悪いのかしら?」


 主人にまで、気を遣われる有り様。やはり皇城から出て、教会に行って、ソレイユから離れなければいけない。


「恋煩いじゃないですかー?」

「は? ありえませんねー、イライラしてるだけですよー」


 意味のわからないことを言う。彼が皇太子になるのを知らせたのも姉のくせに、どうしてそんなことを言える。


 あの男のどこに好きになる要素があるのか。長い付き合いじゃないし、無愛想で言葉が少なすぎる。そもそも、彼には息子も多分、妻もいるのだ。そして皇太子だ、身分が違いすぎる。……ありえない、ありえない、絶対に皇族なんて好きにならない。

 そんな簡単なものじゃないのだ。私たちの国と聖国の関係は、好きって言う言葉なんかで、縛れるものじゃない。


「おめでたいわね、初恋?」


 主人はいつもの調子で、優しく微笑んでくれている。金とは違う黄金の瞳は隠さずに、愛情と慈悲の溢れる顔だった。


「姫様、メルの初恋は別人ですよー」

「あら、そうだったの?」

「ルル、余計なこと言わないで」


 ユダは初恋なんかじゃない。恋なんて知らない。


 ーーその時、主人が思い出した。


「あ、そうだわ。立太子式に招かれているから、そこにはメルかルルのどちらかが参加しなくてはいけないわ。久しぶりの公の場ね、わたくしも楽しみ」


 ーー立太子式。あの男が主役になるもの。


 メルは息を詰めた。


「姫様、言うの遅くありませんか⁈ 」


 ルルは焦ったように、主人に言い募る。


「一応属国の立場だもの、賓客として招かれるのはわかっていたでしょう?」

「……はーい」


 いよいよ、私たち(影武者)の出番が始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ