表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

15.教皇との密談

 

 メルとルルは、ある目的のために牢獄から、多数の犯罪者を逃がす必要があった。

 そこでルルは牢獄内にいるエドガーと接触し、目眩しのために犯罪者を逃す役目を担うことになった。


 ーーそしてメルは、牢獄内の警備を破り、鍵を開け、牢獄の周囲を守っている魔法を解くために、内部に侵入して、何時間も籠っていた。



「さすが聖国、すべての警備が魔法頼りなんて、どれだけ金をかけているのか。

 まあ、それが命取りなんですがねー」


 ありとあらゆる警備を聖力に頼っているこの国では、仕組みを理解してしまえばいくらでも細工が可能でーーその理解が本来ならば困難なのだがーー、内部に潜れる身体能力と魔法陣の見当さえついていれば、どんなに堅固な牢獄もただの鉄のかたまりとなってしまう。

 その仕組みを利用して、難攻不落と呼ばれる牢獄に侵入したメル。

 犯罪者が逃げていますよーという信号をわかりやすく伝える方法を考えながら、エドガーを個別で逃がすことになっているルルは大丈夫だろうかと思っていた。……それ以外のことは、わざと考えないようにしていた。


「魔力の流れ方を変えるだけで、あらゆる反応が変化するのですから、容量の測定と計算が大事なのですよねー。流れだけでなく、速さも計算に入れなければならないとなると、大変で仕方ない。

 感覚で出来る皇族たちがうらやましくてなりませんね」


 警備の中心となる魔法陣を複写し、流れと速さの計測までが第一段階。全体の容量を把握した。

 ここからが、メルの仕事だった。魔法陣の代わりとなるデコイの魔術回路を作成するのだ。

 血を使い、人差し指でつつーと円を描く。魔術の基礎中の基礎。魔力の流れを循環させるだけの、基準線。

 魔術は、この中に一つの作用を持つ魔術回路を複数より合わせ、色を作るように、望む作用を作り出すことによって成立する(魔力には色がついている)。

 今回は、魔術を作り出すというよりは、警備の魔法をそっくり別の物に入れ替える作業だ。

 警備側に気付かれず魔法陣と牢獄内の繋がりを切るためには、情報阻害と切り替えを同時に行う必要があった。

 しかし、魔法陣の流れが中断されるだけで正常に作動しなくなるのが分かったので、阻害前に一回手を止めた。異常があればその時点でバレる。そういうふうに作られている。さらには、こちらの命もおじゃんだ。

 独特な情報化に、これは古代の遺産だなと眉を顰める。だから、複製する必要があった。


 そもそも上書きは特殊な技術だった。魔術式を自分の血で上書きして、回路を別に繋げる作業は、メルが皇族の血を受け継いでいるからこそ可能だった(盛花国王族は、聖国皇族の遠戚であり、メルはその血族の一人である)。

 血で回路の上書きができるなんて、誰が想像できるだろうか。

 魔法が使えないメルでも、血を使って魔力を融通すれば、魔術は使用することができる。魔法は使えないが、そのまねごとである魔術は実現可能なのだ。

 正確に言えば、メルの血にはその()()がある。魔力を扱うのに権利なんて必要なのかと思うだろうが、血族であるだけでも、その使用を許可づけられる枠組みは作られているらしい。

 初代盛花国の女王が残した、『魔法に関する領域の侵害、あるいは擬態』にはそう書かれてあった。しかし、魔法を使用できない皇族も存在しているので、権利の所在がどう変化するのかは不明だ。女王は、メルの血は女神の祝福の代行をするために担保されていると説明してくれたが、つまり血の純粋さが問題なのだろう。

 メルも完全に理解できているとはいえないが。そのような法則があり、それを模造すれば利用するシステムを構築できることは理解しているので、この術式を利用するのに不手際は起こさない。


「堅固なことで……。でも、内部からの書き換えは考慮においていなかったようですねー」

 

 複製した術式を作動させながら、聖国全体にかかっている魔法無効化の術式が警備にも作用するように、全体の出力値を割り出して、意味のない術式に上書きする。ひたすら計算が必要な作業だ。一つの答えを編み出して、それで新たな式を作成し、出力に差が出ない値を探し出す。

 そのまま、繋げていた術式を切り、上書きした意味をなさなくなっている術式へと魔力を戻した。たったこれだけするのに、とんでもない時間をかけた。ほぼ1日かかった。魔法が使えれば、こんなに時間を食うこともないだろうに……。だからこそ、魔術を研究するものは少ないのだが。

 まあ、時間はかかったが、牢の警備を破り聖力の集約を無効化して、自分の仕事を完了させた。これでルルがエドガーを逃がすことが出来る。


「これで時間が稼げると良いんですが……っ!」


 突然のことだった。監獄の中心部から抜け出し、エドガーその他が脱出したのを確認後、外に出ようとして気を抜いた瞬間。

 黒の修道服が目の端に見えたと思った瞬間、視界が反転した。気配が一切感じられなかった。

 腹部に打撃を受け、ぐるりと回る身体。受け身の体勢に入ると同時に反撃を試みたが、その一瞬で足を撃ち抜かれた。

 衝撃と痛みはあるのに血が出ていなかった。その正体不明の攻撃は、教会から放たれた審問官による聖属性の魔法だったとしばらくしてわかった。

 本物の魔法と生身では分が悪く、メルはそのまま拘束されることとなった。

 

 

「お目覚めかな、盛花国の姫君」


 目が覚めて、最悪だと思った経験はこれで何度目だろうか。それだけ修羅場を潜ってきたということでもあるが、それだけヘマをしてきたということで、全く誇れることではなかった。だが、ここまでの失態はめったにない。


「……ご無沙汰しております。姫君と呼ばれるような身分ではございませんので、名をお呼びください」

「では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その名前を聞いて、一瞬だけ息を止めてしまった。遠い昔に父が思い出したかのように使っていた名前だ。しかし、それをメルもルルも認めたことはなく、人生において使用したこともない姓だった。

 聖国の一貴族の名だ。


「……メル・コピリエ・ターシャリーでございます。そちらの名は存在しない名です」


 ――その名前を使う貴族たちは全員死んでいるだろうし。


 こんな状況で、この人物と会う予定はなかったのだが。

 目の前の老人は、この聖国の一番の権力者であり神の代理人ーー教皇だ。

 ちらりと顔色をうかがうが、教皇の表情は読めない。以前、姫様、いや陛下の儀式のために教会に出向いた際にも会ったことがあるが、苦手な相手だ。


「教皇聖下、わたくしに何のご用でしょうか」


 わざわざ審問官を使ってまで呼び出す必要は無かったと思う。あの特徴的な衣は教皇直属の異端審問官だ。噂によると、教皇の名の下に異端を広げようとするものをいかなる手段を使っても排除しようとするイカレた集団らしい。拷問・脅迫・捏造、なんでもござれな人々だ。

 メルは聖国では歓迎されない人間なのは分かっているので、丁重な扱いを受けるとは思っては居なかったが、教皇直属で動く審問官を引っ張り出すほどの存在ではない。王城側ならまだしも教会側が動く理由が分からない。


「以前会ったときも思ったものだが、物怖じしないね。このように縛り付けられて拘束されているというのに。自分が被害を受けるとは思わないのかね」

「物怖じしても、状況が有利になることなどありませんので」

「……生き物としては恐怖心を覚えないのは欠陥だが、職業人の君の有り様は、皆に見習わせたいものだ。本能が信仰に勝っていては、宗教家は真価を発揮できない」

「ほめ言葉として受け取っておきましょう」

「うん。かの女王がうらやましいほどだ」


 以前会った時は、大聖樹の間にて、姫様――今は陛下だが――の側仕えとして、拝見したとき以来だろう。個人的に言葉を交わしたことなどないのだが、彼が言っているのは陛下の代わりに立太子式に参加した時のことだろうか。教皇が『写し身』の存在を知らないわけがないとは分かっているが、こうも当たり前のように発言されると、何か裏があるか、脅迫されているような気分になる(実際そのような状況)。


 なんと言い様もなく、とりあえず苦笑いを浮かべておいた。


「盛花国への提案がある。経済的制裁は君たちの国にとっても問題があるだろう。それを解く代わりに、この国にひとり、君たちの血筋のものがほしいんだ」


 教皇は常時浮かべている笑顔を引っ込めて、真顔でメルに命令をしてきた。本人は頼んでいるつもりなのだろうが、命令しかしてこなかったのが推察される頼み方だった。公の場とは全く違う話し方もだが、彼は本当に狸なのだ。

 突拍子もなく、血筋のものがほしいと言われ、メルは戸惑った。

 

「はぁ……? ほしいとはどういうことですか」

「年頃の娘がちょうど良いだろう。例えば君とか」

「……政略婚でもさせたいわけですか」


 ルシエルくんに頼もうかと思ったんだが、彼は断ってしまった。教皇はそう言った。


 ルシエルに一体何を頼んだというのか、目覚めたばかりで回らない頭を回転させながら、返答をする。

 教皇が現在敵対している皇城側に優位になることをしようとしているとは考えられない。つまり、教会側の誰かと盛花国の人間を結婚させようとしているのだろう。


「……聖力を持つものは、子どもが作れないため、婚姻はしないと聞いていましたが」

「厳密に言えば、子どもが出来にくいというのが正しいね。その問題も、今は関係が無いのさ」


 解決方法を見つけたと言わんばかりの口ぶりだ。何か企みがあるのだろうが、嫌な予感しかしないし、子どもを道具のように考えているように思えた。やはり皇族はたちが悪い。盛花国の者をこんな奴らのもとにやるなんて、絶対に反対だ。


「はぁ……それにしてもどうして盛花国の人間を?」

「国の権力層を一つに戻そうと思ってね。あまりにも皇族は増えすぎてしまったし、血が薄まり、聖力を扱えるものが減ってしまった。盛花国王族と皇族の婚姻は禁じられているが、彼女たちと血が近い君たち側近の血族であれば、高い魔力をその血に保有しているだろう。君たちとの間に生まれた子どもは高い確率で、力を得るはずだ」


 こんな状況で話すような内容ではない。本来であれば、マリー女王に伺いを立てて直接交渉すべきだ。これは盛花国と聖国の盟約にも関する話であり、ただの側近でしかないメルを攫って拘束し、伝えるようなことではないはず……。

 十中八九、メルが牢獄内で何をしていたかを把握し、弱みを握って交渉をしようという算段だろう。

 皇城と教会側の対立が激化している今、この動きは一体どんな意味がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ