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12.違う面影


 妻は、メルとは対極的な女性だったと思う。


 誰かに頼らずには生きられない、それどころか自分の望みは叶えられることが当たり前の、典型的な貴族の女性。

 高価な装飾品に身を包み、可憐な容姿を磨くことを何よりも愛していた。少々高慢で、他者を振り回すようなところがあった。

 生まれたときから皇族と結婚することが決まっていて、周りも彼女を特別に扱っていたことも彼女の性格の一因だったのではないかと思う。だから、あのようなことをしてしまった。


 政略結婚というかたちで、彼女とは結婚した。18の時だ。皇帝直々に話をもらい、ソレイユが気づいた時には全てお膳立てされていた。


 巷で噂になる程の美しい女性で、友人たちはソレイユを羨ましいと言った。


 本音を言うと、苦手な部類の相手だった。意見が合わないときは言い争いになるか、泣かれてしまう。それが嫌で、彼女の言葉に唯々諾々と従ってしまうこともしばしばあった。

 

 結婚が決まったときも、婚約を受けて会うのに半年ほどかかった。それから子どもが産まれるまでに長くはかからなかったが。


「子どもはわたしが育てるから、口出ししないでほしいの。私の許可なしに勝手に会わないで。あなたに似て優柔不断になっても困るわ」


 子どもが産まれた日、突然彼女はそう言い出した。

 用意された別邸に第一子であるサンティエをつれて引きこもり、彼女の許可無く会うことは出来なくなった。第二子であるレイヨンも同様だった。


 領地と皇城を行ったり来たり。時には彼女に頼み込んで、子どもに会わせてもらう日々。子どもたちは自分がいなくても平気だったようだが、自分の子どもだ。愛情を覚えないわけがなかった。

 会わせてもらえずに、建物に忍び込もうとしたこともあった。それで礼儀知らずと誹られた。

 思い返せば、妻がソレイユに真実を知られまいと神経を尖らせていたのだろう。


 メルに会うまでの、そして、皇帝になるまでの日常。幸せだったかと言われれば、よくわからない。与えられる生活を与えられるがままに、送っていただけだったのだ。


 

 妻が生前、皇城でしていたことはそう多くはない。

 しかし、そのすべてが罪に問われるものだったことは間違いなかった。


 混ざり物(ミックス)として生まれてしまった子どもたちをかばっていたこと。毒に等しい大麻を社交界へ流していたこと。


 全く関係ないように見えるこの二つが結びついたとき、悲劇は生み出された。


 ソレイユがその真実を知ったのは、妻の侍女として仕えてきた女性からの訴えを聞いたからだ。子どもが産まれる際も、妻の元から離れることがなかった彼女は、妻が一番信用していた人物だった。

 彼女は妻が他者に殺害されたのではないかと訴えた。しかし、その点はソレイユも抜かりなく調べさせ、それはあり得ないという結論をつけていた。……単なる事故か、妻自身で身を投げたとしか考えられない状況だったのだ。

 それに彼女が起こした問題や、帝位継承のための準備など、解決すべきことは山ほどあった。優先すべきは妻のことではなかった。

 侍女は恨みがましい目でソレイユをにらみつけ、「あの方がどれだけ子どもたちのことを思っていらっしゃったか。子どもたちを残して行かれるわけがありません。あの方の夫として何もして差し上げなかったからこそ、最後だけはどうか」と語った。そして、ソレイユはその詳細を知ったのだった。


 ルシエルやメルがたどり着いていない真実まで、彼が皇帝として経つ上で知り得た情報と組み合わせて推察することが出来た。


 ソレイユは皇帝となることになったが、皇帝として得られたもので一番価値があったのはその情報くらいだった。

 皇帝の権限は思ったよりも自由なものではなく、縛り上げられた慣習の中にあるからこそ与えられているものだった。誰もが傅き、彼の要求に応えようとするが、皇帝を人間としては扱わない。これまで以上に与えられるがゆえの、不自由を強いられた。

 正直言って、ソレイユには邪魔でしかなく、それ以上に分不相応だった。


 しかし、彼がその座を受け入れたのには、メルを救うにはこれ以上の手立てを思いつかなかったからだった。


 そうでなくては、メルは犠牲になってしまう。もしくは、盛花国と聖国との争いが始まるのはまちがいなかった。マリーは、身近な人を守るためならば争いを辞さない考えを持つ女性だ。ルルやルーファと呼ばれた女性たちもメルに手を出すことを許さないと分かっていた。

 ならば、自分が愛する女性のために出来ることはしなくてはならないとも思っていた。


 ―――しかし。ソレイユはその事実を知ったときに、自分はメルを愛する資格すらないのかもしれないと思った。


 自分の妻は骨の髄から貴族だった。皇族を産むために育てられた女性だった。


 混ざり物(ミックス)を皇族と偽ることの罪も、彼女は教育されていた。しかし、彼女はサンティエたちの髪色を変え、姿を変え、愛情をかけて育てた。愛していたからだ。教育されていたからこそ、子どもたちが皇城の隅に追いやられ、まともな生活を送ることが出来ないと知っていたのだ。

 だから、彼女は子どもと一緒に邸宅で隠れるように暮らしていた。表に出さないように、ソレイユにさえ知られることがないように、生活していた。


 そんな彼女がどうして子どもを連れて、皇城にやってこれたのか。


 ――それは、子どもを隠さなくても良くなったから。


 彼女は幸運にも、皇族のための薬を手にした。

 あの毒が、皇族を産み出すための薬だと知り、それを手にすることが出来た。


 彼女が皇族と接触しはじめたのは、ルミエールが産まれてからだ。皇城へ向かい、そこで知ったのだ。

 真の皇族しか飲むことの出来ない薬。この薬を飲めば、たとえ混ざり物(ミックス)であっても皇族になれるのだと教えられ、子どもたちに飲ませた。……あの薬は痛みを軽減させ、感情を落ち着かせる。

 子どもたちにどのような効能があったのかは分からないが、その様子を観察し、きっと効果があると信じたのだろう。


 彼女はこの薬を飲めば、サンティエもレイヨンも真の皇族になれると信じていたと。

 逃げ隠れるような状況から救われる、その薬を天の助けと手にした。信じていたからこそ、社交界にまで広めた。


 ――なんて、滑稽な話だ。


 しかし、それは猛毒とも言えるような、人の心を滅ぼすための薬でもあった。


 そして、第一皇子が自滅し、皇帝が死去。そして、妻も身を投げた。


 真実は分からない。ただ、彼女は全ての事実を隠そうとした。あの薬が薬でもなんでもないと、子どもたちが皇族になれることはないと、知ったときの絶望は想像もつかない。

 その罪を共有してほしかったと思うのは、今さらなのだろうか。それほど頼りない相手だと思われていたのか。

 

 侍女はソレイユにその詳細だけでなく、子どもたちを彼女がどれほどかわいがっていたかを語った。

 どんなことがあっても、子どもたちの約束を優先し、侍女たちの手も殆ど借りることなく育てていた。「大好き」と毎日子どもたちに言い聞かせるような人だったと、泣きながら告げられた。ソレイユの中にあった妻の面影とは違う。母親としての姿があった。


「私に出来る罪滅ぼしをしよう」


 それからソレイユは、仕事をこなすことに尽力した。やはり押しかけてきたメルをなんとか視界の端に追いやり、心配する弟をごまかしながら。その機会が来るのをひたすら待っていた。


 聖国というゆがんだ国を正し、すべてを知りながら歪みを推し進めてきた教会から力を奪うために出来ることを探し。


 そして、大麻を社会に流した真犯人である人物が動き出すのを、近くで待っていたのだった。


誤字脱字多発事件が発生しております。

性急に修正!修正!

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