11.ひとつを選んだ
ーー皇城は子どもを増やすための仕組みなのは分かっていたことだろう。どうして、そんなに衝撃を受けた顔をする?
二の句が継げないルシエルに、教皇は笑いかけた。
「足りないものを増やそうとする努力をするのは当たり前だよ。本来であれば皇族として扱われることもなかった彼らに、特権を与えているのは、その務めがあるからなのだから、感謝をしてほしい位だね」
「……ですが」
「君なら分かってくれると思っていたんだが」
何よりも理性を重視し、感情や欲に左右されることのない人格を持っていると思っていたからこそ、ここに呼んだんだ。君は私の信頼に応えてくれる人物だと期待していた。
椅子から立ち上がり、ルシエルの肩に手をかけながらそう言った。
その言葉には力がこもっていた。
ルシエルを信頼しているのではなく、自らの意向に逆らう者はいないと確信している言葉だった。
しかし、ルシエルにも譲れぬ一線はあった。
「兄上も薬を飲まされていたのですか」
「うん。あそこにいる上位皇族と妃はもれなく飲んでたかな」
ーー敬愛する兄によくもそんなことを。まるで、家畜のような扱いではないか。
教皇を見る目に、恨みがこもってしまう。
しかし、そんな視線も気にならないようで、教皇は残酷な話を続ける。
「それが皇城の役目だよ。私たちが身を削って魔物たちに立ち向かうように、皇城も責務は果たしてもらわなければならない。戦場に行かず、献身も示さず、皇族としての真の役割も果たせないのだから、これくらいのことはしてもらわなくてはね。同胞たちの死に比べれば、なんてことないだろう?」
教皇は皇室の怠惰をなじった。彼も、表情には出さずとも、教会の神官たちが他者の犠牲となっていることに怒りを覚えていたのだ。
それはルシエルも日頃、考えていたことだった。
ただ皇城で生きているだけの彼らが楽をして、人のために努力をしている我々が苦労をしている現状に対して、改正の必要を唱えていた。いっそのこと消えてしまえばいいと思うことさえ会った。
間違った考えではない。同意も出来た。……しかし。
「……この事実は知っていらっしゃる?」
「ほほほ、知らないよ。いや、知らなかったというべきか。予想はついているはずだ」
ーーつまり、今の兄上は。
わなわなと唇が震えた。
皇族たちがどんな目に遭っていても心は痛まないが、兄がその事実を一人で抱え込んでいたことに深い悲しみを覚えた。
あの疲れ果てた表情の裏には、どれだけの重みが積み重なっているのか。
人を愛し、理解しようとする兄上が、今回の行動をするに至った経緯が必ずあるはずだった。
ルシエルは薄い唇を一度開き、反論しようとして止める。何を言っても今は意味が無い。
「聖下、お話を続けてください」
「……ほう、いさぎよいねえ」
そうして、教皇はまずアルベール皇帝が死んだ経緯について話し始めた。
皇帝が望んでいたのは、教会から権力を奪うことだった。
この国の権力は、魔物という外部の脅威があり、それに対抗する聖職者によって担保されている。
しかし、もし魔物という存在を利用することが出来ればと皇帝をそそのかした者がいた。
それは大宰相と呼ばれた貴族の頂点にいた男だった。彼は教会からある情報を盗み取り、皇帝に伝えた。
アルベールは、生まれたときから享楽を好む人間だった。
人を痛めつけるためだけに、武を志し、自らが皇帝となるために周囲を貶め、毒を盛った。
自分の言うことを聞く人間だけで、周りを固め、不幸を増やしていくような存在。彼のわがままに答えるために死んでいった者は、多数いた。
「君もその横暴に振り回された側の子どもだった」
「……」
ルシエルは否定も肯定もしなかった。昔のことだった。
アルベールは魔物を利用しようとし、混ざり物の子どもを実験に利用した。そして、多数の魔物が発生してしまった。
さらに、手をかけてはいけない存在にまで手を出した。古代の魔物は人の手で管理できる物ではないんだが、外部の邪法の力を借りてまで、教会に反抗しようとした。
「私はあの男が嫌いでね。皇としての役割を一つも果たそうとしなかったのに、神の権威だけを笠に着ていた。出来るなら、私の手で始末をつけたかったのだが、皇城には簡単に手出しはできなくてね。盛花国の女王に借りを作ってしまった。
絶対不可侵に手を出してまで得たかったものが私には理解出来ないが、それがもし私に対する敵対心で生まれたなら、まず神に私の不徳を謝らねばなるまいなあ」
ほほほと笑った教皇に対する印象が、徐々に揺らいでいく。眠りについた竜の目の前にいる気分だった。
慈悲をもたらす神は、その一方で正しくない存在には苛烈だ。まさしく、彼が神の代理人である教皇だと思った。
ーーそれでなぁ、君をここに呼んだ理由がそこにあるんだよ。
椅子に座り直し疲れたように息を吐き、鷹揚に片手を顎に当てる。
ルシエルは、背筋を正して身構えた。
「私には皇帝という存在が理解できないようなんだ。今回、このような事態になったのも全く予想していなかったので、困った困った。
そこでだ。前途有望で、皇帝と血縁関係のある君に賭けてみるのはどうかとなった。君の考え次第では断ってくれても良いのだが」
ーーこの機会に、皇帝と教会をつないでほしい。君の考え次第だが。
「……一つここで、古い時代を変えてみないかな」
ぜっったいに、その言葉には裏があると分かっていた。……だが、それにルシエルがうなずかざるを得ないことも教皇は理解していた。
「一体何をさせる気でしょうか」
「血統をこちらに戻すんだ。もとより計画の内ではあったんだが、私は運が良かった」
ーー君の兄君を救いたいなら、これが一番の選択肢だよ?
♢
「ルシエル、るしえーる」
「周りをちょろちょろするんじゃない」
「うーん、げんきですか?」
「世話人はいないのか。また勝手にやってきているぞ」
ルシエルを翻弄するのは、引き取った兄の子どもたちだった。
一人は年齢の割に体格が良く、もう一人は年の割に精神が幼すぎて、大変だった。子どもの気持ちが理解できない彼にとっては、好奇心旺盛な子どもの相手をするのは苦労したが、他の誰かに預けるにもこの二人の立場は不安定だった。
凶暴な兄のサンティエはすぐに人形をバラバラにし、元気すぎる弟のルミエールは動くものに興味を持ち、すぐに部屋から逃げ出す。
外に出してしまえば、すぐに迷子になるか騒ぎを起こし、迷惑をかけてきた。歴戦の修道女でも逃げ出すような、エネルギーの強さはさすがに皇族だった。
「兄上は、どうやって私たちを育ててくださったのだろう」
……何度目かの疑問。
幼いルシエルを育てたのはソレイユだった。
それどころか、同腹の他の兄弟たちも兄が育てていた。自分たち以外にも大勢いた皇族たち。
たいした身分でもない母から産まれたルシエルたちは、そこらに放っておかれていたので、皇帝に気に入られていた兄がすべての面倒を見てくれた。
幼い子どもであった兄に出来たのだ、自分にもできると思っていたが、やはり兄上は偉大だった。
……子どもという存在は、不思議だ。
ルシエルの周囲を走り、笑い、笑わせようとして、こけて泣き出す。そんなルミエールをサンティエが叩く。
その様すら不思議でならなかった。二人を抑え、サンティエには菓子を与え、ルシエルの傷を確認しながら、そう思う。
「……ふぅ」
そして教皇の話を聞いて、よりそう感じた。
血をつなぐ存在。自分の分身のようで、全く違うもの。自分のかけらから生まれた、創造神の祝福。
「よりにもよって、私に子どもが出来るとは」
父と母の血を継いでいても、全くその二人に似ていない自分。背中を見ることさえなかった。両親に愛された覚えも愛した覚えもない。
子どもを作る必要の無い、司祭という立場に生まれることが出来て幸運だとさえ思っていた。
しかし、運命はいたずらを起こしてしまったようだった。
数年前、ルシエルは貴族女性によって、暴行を受けた。
唾棄すべき、夜のことだった。
誰にも相談せず、ルシエルはその相手を秘密裏に処理した。……処分したつもりだった。
だが、今回教皇から自分に子どもがいることを聞かされた。罪の証であり、恥。それを受け入れることは簡単にできるわけがなかった。
「……お前たちの母親は、お前たちを愛していたようだが」
お前たちのためにと思ってしたことが、すべて裏目に出たのは抗弁出来ようもないが、その愛情だけは間違いないものだった。
「私には分からない。愛されてきたお前たちが、未来を築いていくべきだと思ってしまう」
私には愛が足りないから。きっと欠陥を起こしてしまう。
だからルシエルは、教皇からの要請に、『ーー私には出来ない』そう答えてしまった。
ルシエルが背負うにはあまりにも重すぎた。
……もし、盛花国のあの生意気な女だったら、あの場面で一体何を返しただろうか。
子どもって、不思議な存在だと思います。
自分のかけらと愛する人のかけらがつながって、子どもとなる。
でも、どちらにも似てないときも似てるときもあるんです。
自分から産まれたのに、全然違う子なんです。
おなかの中がもしかしたら宇宙で、他の人の魂が宿ってたりするのだろうかとかおもいます。
でも、何より愛おしくて、この子のためならなんでもしてあげたいと思う。つらくても苦しくても、子どものためなら何でも出来る。そんな母の愛を次話で描きます。




