9.思惑と敵対
お久しぶりでございます。
「おや、か弱い女性を表に出すとは、沙汰が知れるな。しかし、私は女性を追い詰めるような真似はしたくない。どうか、このくだらない茶番の責任者を出していただきたいのだが、いかがか?」
エドガーは後ろに集団を引き連れて、偉そうにメルに指図した。
その一言はナルシシズムにあふれていて、貴族然としている。カチンとくる。
「拒否します」
「お嬢さん、私たちがおとなしくしているうちに動いた方が良いよ」
どうして、それに従わなくてはならないのか。
この場合、呼ばれているのはルシエルだが、相手の要求にわざわざ乗ってやる必要はない。連れてくれば、さらに面倒なことになりそうだ。
「何が目的でしょうか。公共の道を占領し、行き手を阻むには正当な理由があるものと考えますが」
「ははっ、お嬢さんにお話ししてもあまり意味はないと思うが、そこまで言うなら懇切丁寧にお話ししよう。
私たちは、権利を主張しに来たんだよ」
ーー何の権利だ。私たちとは誰のことだ。
身分差別の大きいこの国において、自分たちの権利を公に主張するのは皇族、貴族くらいだろう。批判の声をあげて潰されるよりもマシだから、市民はギリギリまで耐える。耐え続けてしまう。
そして、彼らは自分たちの利になることを知っている。見るからにこの男も、それに染まっていた。
市民の代表者という割には、こんな場所で騒ぎを起こしている。この状況が、貴族と平民の溝を大きく、差別をより助長しようとしているようにしか見えない。
メルを前にして、自分たちの正しさを主張をする男。
そのまま、中に無理やり入ってこようとしたので、押し留める。
「落ち着いてください。あなたが押し入ろうとしているここは、教会の管理下にある土地です。無理やり押し入ろうとすれば、不法侵入となります」
「何を言っているんだ」
「この件に関しては、正式にそちらに抗議させていただきます。代表者は、あなたでよろしいでしょうか」
面倒な輩である。どう対処しようかと思っていると、後ろからここの責任者が来た。ルシエルである。中でじっとしておけば良いものを外に出向いてくるなんて。……さらには、出てきてはいけない誰かも出てきている。
メルは頭を抱えたい気分だった。
「おや、ルシエル・エル・デュー・クロワイヤン枢機卿ではありませんか」
エドガーの一言が不遜にすぎてーーメルが言えたことではないが、笑ってしまう。皇族のフルネームを、許可を受けたわけでもなく呼ぶとは。
ルシエルの目がきらりと光る。
「……ほう。お主の名は?」
「わたくしは、エドガーと申します」
「家門の名を言わぬのか」
「モンドと」
「知らぬな。だが、覚えておこう」
ルシエルが名前を覚えておこうと言ったのは、決して良い意味ではない。
彼は紛うことなき皇族だ。そのプライドの高さも、高貴さも、比べるものはないほどの『皇族』らしさをもつ。皇帝よりも皇帝らしい振る舞いをする男だった。その男に喧嘩を打ったのだから、教会の手が回る場所ではまともな扱いを受けることはないだろう。
メルでさえ、現状はルシエルを敵に回したいとは思っていない。現状は、だが。
「……あーあー」
メルはその場から下がり、ちらりとソレイユの様子を見る。
するとソレイユがーー皇帝が、観察するように見ていた。衆目の前で話すルシエルとエドガーの反応を確かめていた。
驚いている様子もなく、予定通りと言わんばかりに。あのソレイユが、だ。彼が実際に公務についている姿は、頻繁というほどではないが見かけていたので知っている。冷静に対処をしようと心がけるだろうが、驚きもしないのは不自然だった。
「へー」
考えてみれば、奇妙だ。ちょうどこの時間に、この場所に合わせたように来るとは。まるで狙いすましたかのようではないか。
悪巧みは、メルの特権ではない。しかし、ソレイユの得意とするものでもない。あの様子を見るに、ルシエルでもないようだ。
「誰がこんな悪知恵を与えたのやら」
一方でルシエルとエドガーは、激しく意見をぶつけ合っていた。
「このような施策に貴重な資金を回すよりも、食糧や生活支援に目を向けていただきたいと私たちは伝えに来たのです。自国よりも他国の支援の方が国民の役に立っている現状がある。
いまこの町の至る所に、物乞いをするものが、飢えた子供がいるのですよ。それなのに、このような真似をするのはおかしいでしょう」
「教会は支援策を行なっている。教会は神の名の下に、すべてのものにその扉を開いている。地域にある教会へと足を運んでみよ。すれば、救われるだろう」
「いいえ、それでは何もかもが足りません。みな、暴政により飢えている。教会に行き、わずかばかりの施しを受けても生きてはいけない」
そうだ、そうだと周囲は同調する。力強い。
メルはその元気があるなら、盛花国に引っ張っていって畑でも耕してもらおうかと思った。労働力は大事である。食べるものならいっぱいあるし、何人か引っ張っていってもばれないはず。食糧はたくさんあるのだ、ほんとに。
「教会への奉仕を怠っているのではないか? すべてを捨て、教会へと奉仕せよ。神はそなたらをすくい上げてくださるはずだ」
「すべてを捨てよと? 我々はもう多くのモノを失っております。それはあなた方がより多くを得ようとする間に失われたものだ。天上の方々は、下々のことを気にかけてはいらっしゃらない。それなのに、なんという言い草か。
平民以下はその日暮らしで、食べていくのもやっとだ。それは、なぜか? あなた方のせいだ。あなた方が奪うからだ。奪われている者にこれ以上何を差し出せというのか」
さすがに、講演会で食べているだけはある演説力である。目張り手振りが、大袈裟だが、切迫しているのはしっかり伝わる。
「では、問おう。おまえたちはその日暮らしを抜け出したとして、何を始める? できることがあるのか? この施策はそれを救うためのものだ」
「では、あなたが真実出来ていることはあるのですか? 知識も教養も身につけていらっしゃる猊下は、人を教え導く道理を知っていらっしゃるのでしょう。しかし、それは何のためにあるのですか?」
エドガーは大きく手を振る。それに観衆たちは動かされる。
口々に「そうだ! そうだ! 何もしてくれないくせに!」と言いつのる。……この場の空気に流されているのだろうが、その発言はとても危険であることを理解したほうがいい。
「皇族の方々が、国内規制をしたために、平民への食糧供給が不足していることも知っておられますか」
「……食糧供給は均等になされている。なにも変わってはいない」
「それは何も知らないから言えること。実際は足りていないのです。
市場に出回っている多くの食料は、まず貴族たちのためにあるのです。彼らの分を取り置き、余った商品を売る。その単価は高く、手の届かない者も多い。貧民であれば、なおさら。
なら、どのようにしてこれまで食料が賄われてきたか。
ーーそれは、違法行為によって輸入された品物を手に入れることです。入荷には値しない規格外の品は、関門を通ることは許されない。けれど、法の抜け道を通り、やってきた商品は安く提供することが可能だ。
私たちは、それでやっと食料を手に入れることが出来ていた。その抜け道によって、私たちは生きながらえてきたのだ。そんな状況にある者たちのことも知らず、このような政策に走ろうとされるとは」
「……これまで違法なものを食べてきたと言うことか。では、不正が撤廃された今の状況が正しいあり方なのではないか?」
「食糧が足りていない状況が、ですか?」
「……それは、これから変えていくべきことだ。不正ありきではなく、正しいことを前提として生活を行っていくべきだろう」
「今すぐにでも死にそうな人々にそんな言葉をかけるのですか。かけられるのですか!
これは生死の問題だ。国は動かない。それどころか、こんな物に金をかける始末だ。こんな状況で、すべてを捨てろと言ったあなたに何が出来るというのだ」
辛辣な言葉が飛び交っている。メルはその言葉を注意深く聞いていた。
エドガーの言葉を聞くと、驚くことに大麻の取り締まりが思いも寄らない方向に展開していたようだ。
ーー食料が足りていない。それは深刻な問題だ。生命に関わる。
聖国のいびつさがより全面に出てきてしまっている証拠だろう。本来、法を犯さなくとも、食料を手に入れることができるのは当たり前のこと。普通に働き、普通に生活を行うという最低限度のラインは、国民の半数以上が手に入れなくてはいけない国の本来のあり方だ。
しかし、この聖国ではその当たり前が成り立っていない。ごく少数の権力層が利益の独占を行うことによって、そのバランスは崩れた。前皇帝の代に行われた不正によって、この国は大きなダメージを負っている。貧民は増え、普通の生活を行うことさえ難しい存在が大量に生まれた。崩壊真っ逆さま。
それを支えていたのが、関所の緩さだったとはなんとも。欠陥が大きすぎる。
「これは、大変ですねー」
……難しい問題である。
「優先度が違うなー」
魔法大国による食糧支援の方が、彼らには歓迎すべき出来事だったようだ。教育も絶対的に必要な要素ではあるが、それ以上に必要なのは衣食住の変革だったらしい。すべてを革新しなくてはならない。それを再認識させられる。
しかし、魔法大国には裏がある。このままその支援が続けば、国民側が魔法大国に対して肯定を覚えるようであれば、もう負けだ。侵略すらも肯定し始める。
至急、マリー女王に連絡を取ろう。市民向けの支援策を裏で行わなければいけない。考えが足りなかった。貧しさを理解していたつもりだったが、現状が逼迫しすぎている。すべてを救うことが出来るわけではないが、手助けを行わなくてはいけない。
メルとルシエルは罠を貼るために、この施策を利用した。それは恵まれているものだからこそ行えた思想であり、彼らにとっては自分たちが苦しい眼に合っているというのに、何をしているのかと言う話だったのだろう。
「……はぁ」
……だが、メルにとって一番問題なのは、このエドガーという男がそこまで悪い人間だと思えなかったこと。
口調は最悪だ。紳士ぶって、メルを馬鹿にしたところも嫌いである。集団を引き連れて、無理矢理敷地に押し入ろうとするところは常識が無い。しかし、発言だけは筋が通っている。彼の感情は本物だった。ゆえに、ルシエルが押されている。
厳密に言えば、この国がではあるが、ルシエルが権力者ーー自分で言っていたーーである以上、国の指針の責任を求められるのは当たり前である。
それが間違った内容であれば、もしくは机上の空論としか言いようのない内容であれば、理路整然とルシエルは言い返しただろう。しかし、ルシエルがルシエルという完璧主義者である以上、間違っていない内容に異論を唱えない。正しいと思えば、彼は認める人間であった。
曲がることを許さない彼が反論しないのはーーあの男は正しいと判断しているということだ。
情報に関しては精査は必要だが、十中八九正しい内容だろう。
これは本当に問題だ。
噂の上ではいかにも怪しい人物が、実際に会ってみるとそこまでないと言う場合、悪意を持って噂を流した人物がいると考えられる。
この男が、ソレイユがいる場面で現れたと言う点でも怪しい点が多い。
……誰か裏にいる。それもごく近しい人物が。
メルが思考を巡らせていると、集団が暴動を起こしはじめた。
「「「俺たちを迫害する役人どもを許すな! 宗教者は嘘つきだ! 俺たちから奪う奴らに報復を!」」」
先導するエドガー、腕を振り上げ、声を張り上げる民衆。物を投げている。
道に密集する人々は、興奮のあまり何も見えなくなっているようだった。これはまずい。
メルがその場の収拾をつけようとしたとき、ソレイユを守っていた護衛たちが一斉に動いた。
先程までは異様なほど静かに彼らを見ていたのに、ある瞬間一斉に動いた。どんどん取り押さえていく。
「邪魔をするな」「暴力で訴えてくる気だぞ」「逃げろ逃げろ」
集団がさけぶ。相手が反抗してくるとは少しも思っていなかったようだ。
ここは一応権力者の敷地だと言うことを忘れていたらしかったーーメルははじめに警告したのに。
権力者は弾圧するものだ。反感があれば、力でねじ伏せる……。それが聖国のこれまでのやり方でもあった……が、この状況でそれは悪手ではないか? 何のために、この施策を行ったと思っている。
平民をさらに敵に回すことになる。力による制圧は、賢明な手段ではない。
民衆を味方につけたいなら、それは行ってはいけないことだ。
メルは、ソレイユをまた見た。
ソレイユは黙っていた。眼を瞑って何かを真剣に考えている様子である。
「止めないのですか。あれは逆効果になります、止めるべきです」
つい口を出した。
久しぶりの会話なのに、こんなことしか言えない。
話すべきことはたくさんあるはずなのに、義務でしか口を開けない。言いたかったことも満足に言えない。いつから、こうなった。
メルは、自分はこんな性格ではなかったはずなのに。
「……メル。私は迷っている」
ーー迷っている? 一体何を。
疑問を覚え、メルは真正面からソレイユを見つめた。疲れているのか、目の下にクマができている。それでも、驚くほどに美しい。
「私は凡夫だ。自覚している」
ーーしかし、そんな凡夫にも役目はあるだろう。
思い詰めすぎじゃないか? メルは様子のおかしなソレイユに話しかける。
「迷っているなら、ルシエルにでも、……私にでも話せば良いのではないですか」
「それはできない」
「一体何をしようとしてるんですー。似合わないことは辞めた方が良いですよ」
「そうだな、似合わないかも知れない。でも、誰かがしなくてはならない」
私はその立場にあるから。
そう小さな声でつぶやき、ソレイユはその場から離れていった。……メルの忠告は聞かなかった。
その後、エドガーたちは全員捕らえられた。教会の敷地で暴動を起こし、皇族を危険にさらした罪で。
それから、しばらくして。
皇城は教会の支援のための予算を回収し、内務内府による支援制度に切り替えることを発表した。教育施策に関しても、教会と協力はせず、皇城の主導によって支援を行うと決定づけられた。
皇城から教会本部に対する宣戦布告。教会に対する、皇城の明らかな敵対行動であった。




