3.
顔でメルを区別しているのかいないのか、それを判断するのは簡単だ。メルと同じ顔のルルが代わりになるのだ。化粧で顔は隠せても、骨格で顔がバレたりしている場合があるのでほぼ一致している姉に会ってもらって確認する。
だが、それをするにも相手の居場所が分からなければ行動に移せない。
「はー? どこにもいない」
広い広い皇城は、やはり人を探すのが難しい。メイドや侍女たちと違って、皇族は主に上階で過ごしているようだが、その中にソレイユはいなかった。やけに上機嫌な皇族の男たちが1人の女性を囲んでいたのを見たが、虫唾が走るやり取りだったので大して関係はなかったと思う。
それ以上の上階は、皇帝の側近たちが過ごす人外境なので、殊更慎重に潜入したーー若干ワクワクしていたーーが、宰相の1人に見つかり、仕事を手伝わされても見つからなかったので居なかったはず。
半日、関係ない仕事に費やした。ごちゃごちゃごちゃごちゃ、細分化されすぎた聖国の内部事情なんて、そんなに興味ないんだけど。うちの国に影響ない程度に世界有数の大国として、君臨してくれればいいのだ。近隣にある盛花国はそれだけでも色々と有利になる。
ため息を吐きそうになり、問題の男はどこにいるのかと思いながら目線を上に上げた。
ーーいや、いた。
子どもと一緒に、木登りしてる。いや、危ないから小さな子どもをそんな高いところにあげちゃダメでしょ。
彼も上からメルを見ていたようだ。
「……メル」
メルが下から見上げると、軽くストッと降りてきた。彼は体が羽のように軽いらしい。魔法を使ったわけでもなく、あの高さから降りて音がしなかったので、メルはその身体能力に呆れてしまった。
「こんにちはー」
挨拶すると、彼の腕の中の子どもがにぱっと微笑んだ。父親は無愛想だが、息子はすごく可愛い。足をバタバタさせて、本当に元気がよかった。
「お名前なんて言うんですかー?」
「ルミエール」
ソレイユに聞いたわけではなかったが、彼が答えた。子どもはリュミ、リュミと繰り返す。
ルミエールくんですねー。
「えと、ちょっと聞いてもいいですかー? 子どもを木の上に連れて行ったのはどうしてでしょう。危ないじゃないですか、落ちたらどうするんですか。あの高さから落ちたら即死ですよー」
初めて会った時は逆に、メルが落ちては危ないと言い返す。メルにはああ言ったくせに、どうしてそんなことをしているのか。
「落とさないよ」
落とすなんてありえないと言いたげだった。皇族らしく、上から目線だとメルは不機嫌になった。話を聞いてない。
「へー」
ソレイユは息子の手を掴み、ルミエールはその掴まれた手を口で頬張ろうとする。口から出たよだれを拭いてやり、また抱っこし直す。
メルの方をちらっと見て、今日は木登りをしたかったみたいだからと彼は答えた。
「息子と最後のコミュニケーションだ」
「最後?」
「この子は神官になることに決まった。聖力が高いので、私が育てることはできない」
ソレイユの肩に力が入った。
「明日から、教会に神官として育ててもらうために預ける。私の末の弟も聖職者だから、あの子に世話を頼んだ」
皇族は幼いうちから、その聖力を測られ、聖職者になるかを決められる。聖職者にならなかったものが主に皇族の血筋を広げ、その血を絶やさないようにするらしい。
こんなに幼いうちから、親と子どもを引き離してしまうのか。
だが、より幼いうちから教育を施せば、覚えも早く反発も少ないのは確か。その環境を前提に育てることで、それ以外の世界を知らない子どもはどんなに過酷でも順応する。義務や押し付けではなく、習慣としてそれを身につけさせることが可能になるからだ。
理論としては間違ってないが、親の愛情を受けない子は歪みやすい。自分自身がそうだと知っているから、何か言わずにいられなかった。
「ソレイユさん」
「ソレイユでいい」
「離れても、贈り物とか送ってあげて下さい」
「……ああ」
笑えとは言わないけど、少しは愛想良くできないかな。
「ルミエールくん、幸せになってね」
2人を邪魔するわけにも行かないが、仕事は仕事なので後日ソレイユと会う約束をした。断られるのではないかと予想するも、即答で許諾され、気持ち悪かった。もちろん、行くのはルルである。
ーーどう、メル? おかしくない?
あんな男に会うなら、テキトーな服装で良いと言ったのに、ルルは綺麗に服装を整えて出掛けていった。触り心地の良い木綿に、刺繍の入った少しおしゃれな普段着だ。化粧もして行ったが、ほぼ地顔である。そのままの顔を出すなんて、メルには恐怖を覚える。けれど、そもそも地顔なんて出す機会がないので、同じと言えば同じ。
待合場所に行くと、ソレイユは先に来ていた。ルルはメルとして振る舞いながら、彼と顔を合わせる。
「おまえはだれだ」
開口一番、その一言が出た。
ーーほんとに区別できてる。最低、この男ありえない。
メルは髪をくしゃくしゃにして、暴れ回りたい気分になった。
「メル、この人わかってるよ」
「……ほんと、それはすごく面倒だね」
私たちは区別されてはいけない存在だ。メルとルルのときはまだ良いのだ。
だが、主人の影を担っているときにバレては意味がない。生きている価値がない。黄金を背負って、女神の祝福を演じ『姫様』となるのが「写し身」の仕事だからだ。
別人になりきり、王族の姿を隠して、普通の人間のふりをする。主人の姿は出せない。成人する王女が周りから見て、10歳の見た目では誰も信用しない。彼女たちの存在は秘めなければならないものだから、私たちがいるのに影武者の存在がバレればもう終わり。
メルとルルの人生全てが無に帰す。
ーー排除しなきゃ。それができないなら、私たちが死ぬしかない。
「待って、メル」
ルルがメルを止めた。姉はどうにかするつもりなのか?
「……双子? なのか」
不思議そうに、2人を見るソレイユ。
「どうして私たちが別人だとわかったんですか」
メルが聞く。
「……私は見るのが得意だ。神官たちとは違って神の色を見分けるのではなく、魂の色を見ている」
ーー厳密には、私が魂の色と呼んでいるだけなんだが。
私は皇族だが体ばかりが頑丈で、あまり聖力が強くなかった。だが、他者とは違って魂の色が見えた。それであなたたちが別人だと気付いたんだ。
「魂の色……」
メルの魂の色は、夕暮れの色だ。朱色に淡い紫が溶け混じって、そこに星屑のような光がポツポツと宿っている。いつも色味が変化していて、見ていて全然飽きない。時には雷雲が立ち込めたり、陽の光がまざまざと照らされて、美しい。
聞いていて気恥ずかしくなる言い方をされ、メルは勢いを削がれた。殺意なんてどこかに吹っ飛んでしまった。
「面白いですねー、私の色はどうです?」
「君は清水のような澄んだ色をしている。溶け出る水辺に森林の色合いが混ざって、ゆっくり変化する」
ーー時に凍り付いて、動かなくなるようだが。
ルルはそれを聞いて面白そうに微笑んだ。ぞくっとする微笑みだ。
メルは当たっていると驚く。普段は優しいけど、地雷を踏むと氷になるのだ、メルの姉は。
「いいでしょう。信用します。でも、ちょっと誓約結んでくれますかー? 万が一、私たちの正体に気付いても絶対誰にもバラさないって。こちらにも事情がありまして、承諾してくれないとあなたを消さなくちゃいけなくなる」
「……別にしてもいい」
そもそも、誰も信じないからな。私が魂の色が見えると言っても信じたものはいなかった。だから、いいぞ。誓約を結んでも。
そう言って、決して破れない誓約をソレイユとルルは結んだ。
ーーなんて、甘い男。簡単に誓約なんて結んで、どうしようもない事態になったらどうするの。
だが、メルには都合のいいことだったので、何も言いはしなかった。