8.第二試験
次の試験が開かれた。続々と、皆が足を進めていく。
メルは、報酬の準備に追われ始めていた。現場の監督役として、誰よりも効率的に仕事を行うべきだという自負があった。自分で始めたからには、しっかりと終結させたい。
報告書の作成に役に立つ成果指標を記載し、責任者に渡すまでがメルの仕事。透明性を明らかにして、循環を促す効果があると認められればいいのだ。その結果を出すための試行である。
「はじまりますねー」
今回の試験は、文字学習に関するものだった。自分の名前を記入して、答えを導き出す形式である。
講師は、その試験問題に全く違う言語を出してきた。
手元に配られた資料を見て、絶句する。
「……これは」
貧民層だと言って差別をすることがないのは、今回の講師たちの良いところだ。
全く手加減しないところも、面白い。……が、これは流石にメルでも理解出来ない。
ソレイユが不思議そうに試験問題を見つめ、ルシエルは300年前の言語だと頭を抱えた。鬼畜すぎないか。
文法を学び書くのと、解析するのは全く種類が異なるのだ。
出題された文は、文節分けすらされておらず、7つの文字と奇妙な絵文字が使用されている。何に対して書かれたものなのかすら分からない状態で、解読できるわけがない。
メルはこれをどう解かせるのだろうかと悩んだ。
これまでのこの言語学習の授業では、普段無意識に使用している言語の学習が行われていた。もちろん基礎の文字から単語も学んだが、言語の歴史、法則まで軽く触れていった。
そのなかでも講師が一番需要視したのは、言葉にイメージを持つこと。
極端な例を出す。
例『私は人だ』
これを分解するとこうなる。
私 (主語) →名詞
は →助詞
人 (述語) →名詞
だ →助動詞
言語は、規則に当てはまるものを品詞で分けられる。
しかし、一つ一つを意識して毎回使用している第一言語話者はいない。面倒だからだ。
誰かと会話をすることは、その記号のルールを共有していることを意味している。
言葉一つ一つに、意味がある。
それをイメージしているグループがあると理解することを、この授業では説明していた。
音が持つ固有の意味を共有する。
私(watashi)→自分のことを示す
人(hito)→二足歩行する生き物、国や人種に所属しているもの
『「私」は「人」だ。』
ここで、分かりやすく説明するために、同じ言語を学ぶ者が2人いたと仮定し、会話をしたと前提する。1人は習熟者、1人は習いたての者である。
「私、人」
習熟者に学習を始めたばかりの者が、単語で何かを伝える。
私は人です、私は人です。例なので、全く意味はないが、自分が人だと必死に伝えたい状況があったのだと思って欲しい。
「わたし、ひと。わたし、ひと」
普通なら、意味がわかるわけがない。
しかし、この単語二つだけでも通じることがある。
習熟者がイメージを捕捉して、私→人を示しているのだろうと推測する場合だ。
動作を伴わない名詞が二つあり、それらは状況と意味の繋がりを持ったからだ。
ーーここで、人が山という単語に変化したとき。
「私、山。私、山」
彼は『私は山から来ました』ということを伝えたかった。
「私、山」
私と山はどう考えても、繋がらない。
そんな時は、動きで表したりする。山からここに大きく腕を動かすが、習熟者には伝わらなかった。
必死に腕を山から自分に指差してみても、山を指しているのか空を指しているのか、習熟者には分からなかった。ここで、言葉の中の動詞の必要性を感じるわけだ。
『来る』という動作の言葉を手に入れた初習者は喜び勇んで、山から来たことをつたえるだろう。
『私、山、来る』
私は山から来た。あるいは、私は山から来ているというイメージが伝えられるだろう。
このように言語とは、イメージを他者へと共有する最高の方法だ。
全てはイメージだと極端に考えてしまえと講師は言った。
そして、それは文字の中に意味を持たせ、自分がそこに存在しなくても、伝えることができる素晴らしい方法なのだと。
神が創り出した人の次に、素晴らしいものだと大袈裟に言っていたのを思い出す。
試験官として面前に立った講師は、問題を指しながらこう言った。
「はっはっは、皆さんがすぐ解けるとは思っていません。ただ、推測していただくだけです」
楽しそうに講師は笑っているが、この成績で報酬が決まるため、受験者たちは困惑した顔や怒っている者までいた。疑心暗鬼にならざるを得ないのは、仕方ないことだ。
メルも怪しいと思った。この講師は高レベルを求めすぎる。
メルは問題横に、講師から渡された絵を貼り付けた。貼り付けながら、ジロジロと見つめた。
その絵にはこのような者が書かれていた。
麦畑で、鍬を持ち耕す人々。それに話しかけるローブの男は、何故か空を指差している。そのローブには紋章が描かれている。
鍬の横に小さく文字が書かれている。よく見れば、それぞれの人物横にも文字が書かれていた。何故か太陽にもだ。全く読めない。
しかし、この時点で、メルは問題文の意味が分かった。何故なら名詞と思われるもの全てが、絵の中に表記されているからだ。
『村人』の絵には、文章の中と共有する4つの文字。『鍬』には5文字。『麦』には……と、このようにたくさん。
『村人は鍬を使って、麦畑を耕す。麦を作る村人に、司祭は神からの感謝の言葉を伝える』
絵を見て、文字を見て、それらがどのように文章と繋がっているかを考える。
……太陽を神と置き換えるところや、ローブに描かれた紋章の意味を知らなければ、これは解きようがない。
絵のイメージと、文字の意味を繋げられるかが問題だ。
メルはどう皆書くのだろうと思いながら、真剣に見守る。
しばらく沈黙の時間が続き、1人が記入を始めた。そして、それに続くように次々と答えを書いていく。
制限時間は一時間だった。あっという間に過ぎた。
問題が回収され、まず名前の採点。毎回受講前に記入していただけあり、皆正解していた。
肝心の問題の答えを見る。
彼らには村人や麦、司祭、神などの単語は教えてあった。身近なものから覚えるべきだという講師の言葉には、この問題を出すという企みがあったのだ。
メルは答えを覗き込む。あの授業を受けた彼らに興味があった。
まず、1人の解答用紙。
『村人は畑を作る。畑は麦を植える。男は麦を貰う。男は村人に話す。男は麦を作る』
単語と単語の組み合わせだけで、解答している。文法は不自然だが、意味は取れていた。
さらに、一枚一枚めくっていく。これは監督役の特権なのだ。
『畑に麦がある。畑に村人がいる。村人は畑を作る。畑に司祭来る。司祭と村人は話す』
「ははは、教えてない動詞まで書けている人がいます」
採点しているだけで、ここまで面白いとは思っても見なかった。
つい口に出してしまうほど、興味深かった。なぜってたった1ヶ月で、文字の仕組みを理解しているからだ。何も知らないはずの古代語を、教育を受けてきていない者が解くなんて、これ以上に面白いことがあるだろうか。
さらには、ほとんど完璧に近いものもいた。
『村人は鍬を使って、麦の畑を耕す。麦の村人に、司祭は????(古語そのまま)を、伝える』
すごい! と思って解答者を見ると、前回の試験でもしっかりと考えていた青年だった。
なぜ、習っていないのに、完璧に近く書けたか。それは問題文を読み、思考することをやめなければ分かるものだった、
300年前の言語は、今の言語の元になったものだった。つまり、ある程度形が似ている。言葉とは派生するものだからだ。わざと、それを抜き出してきたとも言える。
はっきり言って、300年前のドゥトゥール語なんて出さず、最初からこの絵の解説を書かせれば良いと思ったが、脳の回路を「ドゥトゥール語→絵→現代語→ドゥトゥール語」に繋げている。
教えていない事を自分で学び取る方法を示すために。
「さすが、完璧主義者が認めただけあります」
また、メルが受験者に、なぜこのローブの人物が司祭だと分かったかと質問すると、施しを受けるときに、このローブを来た人物がパンとワインをくれるのだが、彼が自分を司祭だと名乗っているからだと答えた。
この話を聞いて教会も皇城も皇族が多くを占めている点では同じようなものだと思っていたが、教会は変人の方が多いのかもしれないと思った。司祭は結構立場が上の人間だ。
講師は、最後にこう言った。
「これは成り立ちについて説明した講義を応用した問題です。よく読み、考えれば解けないものではありません。
この言語は、約300年ほど前の、この国の言語です。司祭と村人は知識を分け合い、物を分け合い、共存する関係だったことを示すものです。
文法の順番は同じなので、古代文と共通する絵の単語を分け、不明な点を導き出せば、法則を抜き取れます。今回は文節分けしたものを、その順のまま現代語で書くというものでした。
時の経過によって、言語は変化します。しかし、言語である以上、法則性は必ずあるものです。
言語とは深いものです。皆さま、理解を深め、言語を引き続き学んで下さい。知らぬもの、知りたいものを知るには文字を通すのが近道です。文字を読みたい、学びたい方は教会にいらして下さい。そして、知を共有しましょう」
教会は本の写生も行っている。聖書を書き写し、広めることも彼らの仕事だ。しかし、大変な作業である。大人が学びながら、それを手伝うことができれば最適だろう。
ルシエルとソレイユが手を叩くと、周囲も拍手をした。
「……いやー、教育って楽しいですねー」
これで、試験終了である。
メルはその後報酬を手渡し、合格者の一部には職業の斡旋を行った。
ーーが、やはり簡単には終わらない。
聞こえてくる騒々しい物音に、メルはルシエルと目配せをして会場の外に出た。
♢
試験を終了させて家路に着こうとした人々が、集団に通せんぼされていた。
怒鳴りつけ合う人々。うるさ過ぎる。
メルは大勢の人と人の間をすり抜け、集団の前に出た。目立つべきではないが、この場を収める必要があった。
大きく息を吸い込み、代表者はどなたかと質問した。
皆、一瞬静まりメルの方を見つめる。
動きがあった。集団の道が開き、誰かが歩いてくる。
中から出て来たのは、若い男だった。彼は確かよく裁判所に出向いて、評判の悪い貴族を訴えている。貴族の中では、悪い意味で有名な男だった。
以前は皇城内で役人を務めており、今は市政の中で活動し、皇族や貴族に意見を述べる市民の代表者と呼ばれ、人気を集めている。
確か、名前はエドガー・モンド。
茶髪の髪を七三分けにして、奇妙な服ーー道化のような赤と黄色、緑の服を着ている。
「おや、か弱い女性を表に出すとは、沙汰が知れるな。しかし、私は女性を追い詰めるような真似はしたくない。どうか、このくだらない茶番の責任者を出していただきたいのだが、いかがか?」
…‥第一声からカチンときた。
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少しずつ読んで下さっている方も増えて来て、もっと頑張らないとなと思う毎日ですが、これからもどうぞよろしくお願いします(^ν^)




