7.得られたもの
その後、捕まえた侵入者たちの口を割らせることに成功した。
彼らが言うには、こうだ。
不特定多数に出されていた依頼を請け負って、襲撃した。前金から破格の代金であり、成功報酬も大きいものだったので、飛びついた。
依頼人から魔物を預かり、いざという時の切り札として放つこと。襲撃を受けたら即座にそうすることが第一条件だったという。
ここまでは、メルの予想通りだった。
そのまま、彼らが依頼を受けた土地を洗い、地域を絞り込んだ。すると、最北のミレイシャ地方が、最初の依頼掲載が行われていたと発覚した。各地に一斉に出されたということだったが、受付のタイムラグは計算に入ってなかったようだ。
整備の行われていない地方には、魔物が出没してしまう地域が多くあったーー教会の配置が行き届いておらず、他国で発生した魔物が紛れ込むというのが正しいがーー、その土地に住む魔物にある程度慣れた人間が、手配されてやってきていた。教会の人間でなくとも、魔物を制御できるというのは初耳だったため、メルは注意深くこの話を聞いた。そして、魔物が生き抜くことの出来ない聖国内に、どの経路で連れて来たかも聞き出した。
また、その中に紛れ込んでいた悪神信奉者からも、丁寧に話を聞かせてもらった。
神がどうのこうのと言っていたが、素性を見るに末端貴族の男たち。彼らは尋問の最中、教会の人間しか魔法(聖力)を使用できないこの国で、魔法を使う方法を知っていると嘲笑した。
聖国には魔法・魔術を使用させないために、魔力を散乱させる魔法陣が敷かれている。その効果を無にするものだと、逆十字のネックレスを誇らしげに見せ、その効力を発揮しようとした相手ーー逃亡しようとしたーーに、メルは目の前で拘束魔術を披露した。
立太子式の時のように、見逃しはしない。
メルが見せたのは、威力が本来の魔法の10分の1、いや100分の1にまで落ちたもの。
末端貴族が使用した、微力な魔力の放出で可能となる魔法と、制限のない魔法では価値が違うと説明する。メルが行った、簡素な魔術で封じ込められるだけの価値しかないものだと、目の前で教え込む。
このネックレスは、魔力を散乱させることが必要ないくらい微力な魔法を、発生させるだけの装置なのだと。
以前、マリー女王と仕組みを調べ、聖国で常時使用可能な魔術(製品)を作ったと言ったことがあると思う。それで出来上がったのは、費用対効果が全く成立しない採算度外視の変装メガネであった。壊れたら、そこでおしまい(前皇帝に壊されたので代用品を作成中だが、いつ完成するか不明である)。主人と協力しても、それだけのものしか作れなかった。それほどに、この国に敷かれた魔法陣は面倒な代物なのだ。
魔物と戦った経験もなく、本物の魔法に触れたこともない。自らの努力で何かを勝ち取ろうとするわけでもなかった。立太子式の時に向き合った相手には切実さがあったが、彼らには自分の芯が何もなかった……。
結論として、ルシエルの権力を笠に着て、出来た悪さはこれくらいだったが、聖国内に入り込んでいるものの素性は推測出来た。
さらに、ルルから新たにもらった情報もあった。詳細は報告してもらえていないが、「南、可能性高し」とのこと。
現状、麻薬は南。魔物は、北が関連しているのは間違いないようだ。
そして、この両者は繋がっていないことが確認でき、その仲介をしたのは裏町からーー根天都市というらしいがーーだったこともわかった。以前、メルも一度通った、裏町にある地下空間への通路を利用して、外から厄介なものを仕入れていたのだ。
地下空間に移動するには許可が必要で、それを無視すれば死ぬこともあると聞いていたが、魔物は衰弱しても滅多に死なないため、生体反応を落とし、それを利用して連れて来たのだと。
あとは、内部のつながりを洗うのみである。
内部の情報に詳しく、裏通りに金を流せるとなると貴族以上がまだ関わっている可能性が大きくなり、危険性も高くなる。
ーー特に面倒なのが。
「……ノアは、情報を流しませんでしたね」
情報屋であり、裏町を仲介する男の思考が読めないことだ。
ーー信用できない。
それが正直な感想。
なぜ、主人があの男を重用しているのか。そこには深い理由が存在するだろうが、あいつは嫌な匂いがした。
♢
それから、しばらく経った。
貧民街に急遽用意された会場は、断熱性のレンガで作られているが、まあ、中々に見た目がボロい。
そもそもは、大規模工場として使用される予定だったが、その出資先が潰れたため、しばらく使われずにボロボロになったという。貧相な外見と同じく、中身もあまり良いものではなかったが、改装して使えるようにしてある。
その中に、異質なものが混じっていた。潜入者の多くは処分したので、彼らではなく、その穴の空いた席に座らせられた、キラキラした天上の生物である。
「……アレで隠れてるつもりなんですかね」
「隠す必要もない」
「ないわけないでしょ」
「無自覚ゆえに、必要性を感じぬのだ。不審に動くよりも堂々とされていた方が良いではないか」
「あからさまに権力者ですけど」
「権力者は、この場にたくさん居る」
ルシエルがドヤ顔で伝えているのは、自分も権力者だということか。奇妙な冗談であった、無視した。
メルは、ルシエルの元も子もない発言を放って、後ろの席に座ってワクワクとした顔で授業を受けているソレイユを見つめた。
周囲には護衛がいる。周りに溶け込もうとしていない彼らを、本当に護衛と呼べるのかは不明だが。
それよりも不思議なのは。
どうして、あんなに嬉しそうなのか。
久しぶりに顔を見ただけで、心臓がドキドキしている自分もどこか故障してしまっていると思うけど、彼の現状はまだまだ盤石というわけでもない。そんな状況でも、彼が笑っているということに、驚かされたのだ。
メルがいなくても笑えるのか、なんて思ってはいないが、やはり、少しだけ期待してしまっていたのも事実だった。
今日は、最終試験の日だった。短い期間で教育を受けた人々が、どういったことを身につけたかというアピールの第一段階である。
来ない来ないと思っていたソレイユは、最終日の今日にやって来たのだった。目立たぬよう髪を染めて、服装もシンプルさを極めている。しかし、美形に服装は関係ない。体型や姿勢の良さ、艶々とした肌や髪が、この空間にそぐわなかった。
ルシエルにあれほど目立たないようにと言い含めたのに、結局ソレイユは目立ってしまう宿命のようだ。
その彼は、夢中で試験の様子を眺めている。
さて、今回の試験の内容について。
『一般的な主食として使われているライ麦パンを、均等に二つにわけなさい。どのような方法を取っても良い』
というシンプルなお題である。
その評価基準は示されていないが、評価によって金一封をもらうことが可能な試験であり、勉学的な暗記とは違うため、どうしてこの問題を持ってきたのかという点に疑問があった。一日目に行った内容と似ているが、受験者にとってお題が自由すぎる。
メルはその様子を眺めながら、そう思った。
「……単純だが、それを使う場面にもよるな」
ルシエルが呟く。
そのまま試験は進んだ。切るだけだ、そこまで時間はかからない。悩んだものは、ギリギリまで悩んでいたようだが。
ライ麦パンの形は特徴的で、四角い形に切り分けられている。
縦に割る。横に割る。対角線に沿って、斜めに割る。厚みを揃える。
立方体の大きさを等しく切り揃えるのは、シンプルでありながら、いくつも方法があった。
中には、対照的な階段状に凹凸した形に切られたパンもあった。
「長方体、三角柱、芸術的な形まで、色々ありますねー」
最終的に提出されたパンの形を見つめる。
講師はなぜか採点をせず、それぞれの形をグループ分けした。周囲が、どの形に切ったのかは区別できぬようにしてある。
「では、一眼で二つに分けられていると分かるものを、指差してください。どうして、そう判断したかも聞いていきます」
「次に、どんな場面を想像したかを答えて頂きます」
色々な回答が発表されていく。
メルが一番気に入った回答は、わざとパンを8つに切り、4つずつ分けて2つにした青年だった。はじめに切ったとき、均等に分けるのに失敗したので、それを調整したという彼は、他者と違う回答を恥ずかしいと思っていたようだが、体積をしっかりと理解していた。均等に分けているのだから、問題はない。8つを崩さなければ、見た目では2つだ。とても自由な回答である。
2人の弟が喧嘩をせずに、平等にパンを食べられる想像をしながら分けたと言っていたところも、メルはいいと思った。
最後に、講師はこの科目の目的を語った。
「あなた方は、状況ごとに自分の判断ができるようになりました。その判断能力を応用すれば、危険に陥った時、成果を求められた時、人生の岐路に立つ時、正しい判断ができるようになるでしょう。
いま自分がどの立ち位置にいて、どうあるべきかは、まるでこのパンのようなものです。
『二つに分ける』ということ一つにも、人は判断を下しています。意味を考え、自ら導き出すことで、あなた方の興味や有り様を理解できます。何をしたいか、その選択を支えるための教育です。この科目は今日で終わりますが、この施策が実施されれば、あなた方は自らの手で選択することができる機会を得られます。
さて。考えることができた方々は、この試験は全員合格となります。
パンは、皆で分けて食べてしまいましょう。人に分けるために切ったのであれば、分け合い、美しく切ることを目的にしたのであれば、食べずに模型にしてもよろしい。あなた方の目的にあった経験を得て、この試験は終了です」
そう言って、締めた。
……空間把握能力、判断能力、美的センス、計算力。考える経験を与えるというよりも、こちらが彼らの能力を把握するための試験だった気もするが、そこを指摘するのは野暮だろう。
ソレイユが手を叩き、ルシエル、護衛も続いて拍手をしたことで、受験者たちも手を叩き始めた。
「ルシエル卿、感想はいかがですか?」
メルはソレイユに質問しに行った。
「1ヶ月という短期間では、この辺りが目処の付け所だろう。基礎知識以上に、思考力を高めることを目的とし、習うだけではなく考えることを習慣づかせた点は評価すべきだ。
しかし、これで個人の能力値が上がったとは言えまい。専門値を個々で上げていく必要がある。
もしこの教育施策が上手くいかなければ、ただ期待させて終わりということだ。あくまで個人に、覚悟の上で選択させる。責任は自分にあると示した荒療治だな」
「必死で頑張らないとこの状況のままだと、暗に示唆したわけですよねー。ま、個人的に目を付けた者もいるみたいですし、両得なのかも。彼らがあの言葉をどう受け取るかで、明暗が分かれますねー」
表の側面だけ受け取らず、裏も見なくてはいけない。これを読み取れたら、合格ということである。ルシエルがいる教会らしい意地の悪さではないか。……嫌いではないが。
「次の試験内容はどうだ」
「それは、お楽しみですよー。私も詳しくは知りません」




