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6.襲撃


 メルとルシエルがかけた罠。

 それは単純だが、相手にとっては面倒なものだった。

 『戸籍作成』、『戸籍調査』。

 まだ全域にーー特に市民層ーー戸籍作成が義務として認知し切れていない現状を打破するという名目で、皇帝の名の下、戸籍制度が厳格化される。

 現段階としては、都市住民にのみ行われるが、最終的には全土全ての民に強制的に戸籍を作成させる予定だ。


 市民への教育施策を行うには、戸籍の付与は絶対不可欠であり、どうせ行わなければならないことであったのである。徴兵や徴税の面からしても、貴族と市民の不平等な面を露出させるためにも必要な点だった。


 出身国から、生まれた月日、経歴など、誤魔化しの効かない村や町の評判を、その区域ごとに洗わせ、戸籍票を作らせる。

 この国の出身ではない密偵にとっては最悪なやり方であり、変装のプロであるメルがその総指揮を取ったため、相手の嫌うことを網羅していた。この機会に、新たな戸籍を作成しようとする者がいたとしても、聖国の義務が任じられる。聖教を盛り上げるための特典をさまざまにつけるので、他国の密偵側が聖国を盛り上げるための基盤にならざる得ない。


 国の制度の管理も、戸籍の厳格化で変わるだろう。無理な徴税を減らすために、都市部から納税の比率を上げることも推奨してある。貴族とは論述戦争になるが、そこは宰相たちがどうにかすること。これは長い目で見て改善すべきことだった。


「他国の干渉って、なるべく打ち消さないと後から困るんですよねー」


 本格的に戸籍調査が行われる前に、実施理由である教育施策を密偵側は全力で潰しにくる。それを奨励したルシエルを狙いにくるというのが、真実だろうけれど。


 聖国に巣食うものを、一度ここで消去する。


 ーーあぁ、楽しい。これでやり返せる。


 微笑みが抑えられない。にやにやしてしまう。


「やられっぱなしは、あり得ませんからー」


 ボコボコに潰してやるのが、良い。


 メルは性格が悪いので、自分に悪意を向けた相手の不幸を心から笑ってやれる。殺意を向けた相手の、惨めに死ぬ様を見て大笑いしてやる。そして次の瞬間から、完全に自分の記憶から消して、存在すら許してやらない。

 

「でも、予想以上に餌にかかりましたねー」

 

 罠を張る上で、ノアから得た情報も役に立った。


 魔法大国から来た支援団体の動きは、聖国が始めた施策に対する対抗策だろう。貧しい者には貧しいままでいてほしいのだ。その方が利用しやすいから。

 根本的解決策ではなく、一時的なしのぎを与えることで人の甘えを生み、無理やり依存を作る。メルの嫌うやり方である。


 普通の人間であれば、何もしなくても財源が入ってくるなら働かなくなる。最終的に巻き上げられるものが多かったとしても、自分の手に無償で何かが与えられるという現状に満足するわけだ。そして支援が無くなれば、自らの現状が支援により与えられた物だということを忘れ、爆発する。

 聖国にとっては不利益で、他国にとってはなんと都合のいいことだろう。

 賢くなってもらっては困る。吸い上げられるだけの弱者が増えれば増えるほど、利益になる。

 ゆえに、彼らも潰すと決めた。迷惑極まりないから。


「クズ野郎どもは、効率と生産性を矛盾させて考えるので、短期的長期的試算が笑えることになりますねー。で、精算するのはのちの人間なので……」


 盛花国では、他国の政治に干渉するのは害をもたらすことが多く、他責的事項が発生するために、行わない方針であった。もちろん、他国側からの干渉もほぼ受け付けない。聖国属国の立場だとしても、宗主国への貢納で義務を果たしているという考えである。


 聖国内はもっと厳しい。皇国であるという自尊心の高さで、干渉を許さず(しかし、聖国側からの干渉は行う)、法によって厳しく牽制している。

 が、時に抜け穴を見つけ出され、このようにして干渉を受ける事もある。

 聖国も『魔物による汚染がある』という大義名分で、他国に干渉を行ってきた過去があるので、メルは自業自得だと思わないでもない。やったらやり返される覚悟を持っておくべきなのだ。


 また、悪神信奉者の情報は、ユダから貰った。

 皇城内を荒らしたとして、多数の信奉者たちは粛清の対象となったが、隠れきった人間もいる。ユダは今、そのつながりを調べている。


 彼らは悪神信奉者と呼ばれているが、信奉しているのは悪神ではなく、ある魔物らしい。過酷な現状を救ってくれない神から、神に反する魔物に与することで、自分たちの存在意義を証明するとかなんとか。

 メルには到底理解できない思考だが、余裕の無さは人をここまで変えてしまうのだ。


 彼らは最終的に、自分たちが崇拝する魔物と同じ存在になることを望んでいるらしい。魔物になることで救われるなんてあり得ないのに、報われない毎日を劇的に変えてくれるものがあると信じている。

 信じていた神も救ってくれなかったのだから、魔物が救ってくれる保証もないと気付かないのは、何故なのか。メルには本当に分からない。ルルに聞いたら、答えてくれるだろうか。


 ということで、とりあえずちょっかいをかけてきた彼らを追い出して、取れる情報を奪う必要がある。




 ーーさて。仕事だ。

 

 頭の中を切り替え、会場の屋上から、隠れながら侵入者を待つ。報告の通り、荒事の香りがしていた。


 多数の気配。動物めいた感覚を持つメルを相手にするには、気配の消し方が甘すぎた。


「一気に仕掛けたら、馬鹿みたいに焦って動いちゃってー、もー。あははは、三下ですか」

「性格の悪さが隠しきれてないぞ」

「あなたと違って、隠してないですからー」


 ルシエルの言葉を、いつも通りぶつ切りにした。彼にはこれぐらい言い返すのが良いのだ。


 今回狙われる可能性が高いのは、現場にいる講師陣、実施会場、ルシエルだった。皇城にいる責任者たちは厳重な守りの中にいるため、除外している。


「私を嵌めたやつですからね。こんな簡単に釣れるとは思ってないですけど、手がかりは得られます」

「……聖国は、我が国だからな。情報網は張ってある。……来るぞ」

「はーい」


 ここは実施会場である。

 同時に講師陣も狙っているとの報告があったが、それは部下に任せた。

 

「わざと襲撃日を揃えているみたいなのでー、裏は繋がってますね」


 そこも調べなければいけないが、とりあえず、暗闇の中に潜むごろつきたちを処理するのが先だ。


『とりあえず、ここをぶっ壊しゃいいんだな』

『金品もあるらしいぜ。それを盗めとも言われてら』

『華奢な建物だ、楽勝だな』

『ぺっ、下民なんかにわざわざこんなもんこしらえてよ。そんなもんより、俺たちに金回せ』



 まあ、わさわさと大量に低レベルばかり揃えたものだ。罪も押し付けやすいだろう。メルは感心した。


 今日は罠を準備する暇があったので、雑魚釣りである。


「じゃあ、よいしょっと」


 まず、第一陣をあみで釣る。物理的に。


 窓から覗いて、タイミングよく引っ張り上げた。侵入してきたごろつきたちは、そのあみに足を取られ、体が持ち上がる。

 頑丈な縄で作ったので、生半可なことでは切れもしない。


「ぎゃああ!!」

「何だ、何が起きてる」


 次に、腐った果物で作った臭気で感覚を麻痺させる。気体は濃度を上げると、なんであろうと害になる。

 密閉空間に閉じ込めて、濃度を上げていけば自然と倒れるので、事前に作っておいた仕組みである。わざと空間内は冷やしてあり、徐々に彼らの動きは鈍くなっていく。

 そして、次々と倒れていく仲間たちに恐怖を感じた侵入者は、衝撃と混乱の渦の中に巻き込まれていった。


「た、たすけてくれ」

「逃げろ! 罠だ」


 周囲に散らばっていく相手を、上から物を落として追い詰めていく。


 メルは屋上を部下に任せて、下に降りた。


 残りは、普通に素手で倒す。頭上から布を被せれば、身動きが取れなくなるので、そのままぐるぐる巻きだ。

 正体のわからない相手に、侵入者たちは振り回されて、冷静さを失っていく。


 しかし、そううまくはいかないのも分かっていた。


「魔物を放て!!」


 どこから捕まえてきたのか、迷惑な声がする。


 ふしゅうぅ……。奇妙なおと。姿が見えない分、面倒だ。


 犬のような、足音がする。右、左、左、右、右。しかし、犬にしては着地音がおかしい。重い。


「魔物ですか」


 こういう時は、便利な枢機卿の出番だ。教皇でなくとも、枢機卿なのだ。メルにばかり働かせるので、動くように目で指図する。

 こういう時の専門家だ。


「礼儀知らずめ。聖職者を何だと思っておる」

「魔物退治に便利だと思ってますー。もしかして、退治できませんか?」

「……持ちつ持たれつだ。仕方あるまい」


 ひらりと飛んでくる。

 このルシエルという男。まともに戦うところを見たことが無く、ひ弱なのかと思っていたらそういうわけでもないようだった。

 

 暗闇の中、見事に聖力を振るう。


『魔法使いか⁈』

『違う、神官だろう』


 侵入者たちも、騒いでいる。


 彼専用の杖を持ち、縦横無尽に光を作り出す。鞭のように光をしならせ、魔物を弱らせていく。

 全く予想のつかない軌道で迫ってくる相手を、同じく予想のつかない軌道で鞭打つ。


 ソレイユが、ルシエルに関して『何をさせても有能で、良い子だ。実直すぎるところはあるが、悪気はない……はずだ』と言っていたのも嘘ではなかったようだ。


「わぁお。やりますねー。その調子で後ろからやってきてるの、倒しちゃってください」

「おまえも、うごけ」

「魔物に関しては、私は門外漢ですから、にげますよ?」


 何のために、ルシエルと協力したと思ってるのか。


「頑張って下さーい」


 ルシエルは、イラついたように杖を地面に叩きつける。防護魔法である。

 聖国内でも魔法が使えるのは、上級聖職者の特権。後は緊急事態でもなければ、無断で使用できない。


 防護魔法で自分を包んだまま、魔物の群れに突っ込んでいった。あまり突き進まれても困るのだが、煽りすぎたかもしれない。


「敷地内から出ないでください」


 メルはメルで逃げようとしている侵入者たちを縛り上げて、回収していく。


「さて、さて」


 顔を確認していく。やはり、ごろつき。

 刺青や服に刺繍が入っているかを確認して、総じて裏の人間や雇われたものだと判断した。中には悪神信奉者らしき様子も見られた。魔物をどこから連れて来たかも調べる必要がある。


「ふむ。どの経路で雇われたかを確認出来れば、目的も絞れるでしょう。

 ……口を割らせるのが、楽しみです」


 残りは、外交戦と情報の取捨選択。

 まだ、狙われる可能性が大きいので、会場と関係者の警護も必須だ。

 特に、ルシエルとソレイユの2人が来るかもしれない日が危険なため、メルはその指揮を取る必要がある。


 メルがそんなことを考えていると、ルシエルの声が聞こえた。


「私はまだ戦っているぞ!」

「まだですか? 早く終わらせてください」


 下に降りて、ルシエルの姿を見る。何やら血だらけになっていて、周囲にはオオカミのような魔物の死体がたくさんあった。


「終わってるじゃないですか……って、え」


 そこには、見た目は人間だが、動きが人間とは思えないほどに素早く、赤く光る目をもつ、魔物が居た。


 ルシエルはこの魔物に違和感を感じた。何か違う。簡単に倒せる相手ではない思った。


「お前は、魔物か?」

「私は魔物などではない、吸血鬼である」


 しっかりと人間の言葉を走る相手に、メルもルシエルも驚きを隠せなくなる。


 一体、何が魔物の群れに紛れ込んで来ていだのだろう? という疑問が浮かぶ。これは重要な人物だ。捕まえなければいけない。


 しかし、そのままその吸血鬼は、メルの作った罠をことごとく破壊し、逃亡していった。

 

「くっそ!逃げられた」


 ーーそして、『吸血鬼』とは何かという疑問がメルに湧いた。あまりいい予感がしなかったのは、のちの悲劇の予感だったからかもしれない。


 


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