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5.施策と策士

 

 ソレイユの施策が行われる初日。期間としてはひと月の教育が実施されている。


 そこでメルは、一人の現場で働くメイドとなった。なるべく、その場その場で人を動かせるようにある程度の権力を与えられている。簡単に言えば、現場管理の仕事である。



「うああー。ここまで?」


 ーー違和感、違和感、違和感だらけ。


 メルは会場を見渡し、そう言った。


 なぜメルがこう言ったかには、いくつか理由があった。


 ここで、耳よりな貧民の情報(耳よりじゃないかも)。

 聖国において貧民は身分が定まっておらず、そもそも戸籍すら危うい状態である。徴兵や兵役、税金など、戸籍が有れば支払うものが多くなるため、誤魔化しているものも多い。

 市街では、貴族たちが自分の税率を下げるために緩い政策をわざと敷いているが、そこに暮らす者でも戸籍をしっかり申請するものはまれだ。つまり、ほぼ戸籍がない。

 しかし、この場にいる者たちは、戸籍が認められた人(そうでなければ、参加後の報酬はない)であり、その点で一定の基準は満たされている。つまり、貧民の中でもある程度の常識を持つ者たちであった。


 さらに、授業を受けるためには、まず体を水で清め、神への恭順を誓わせるという第二の門があった。

 誓約や盟約などの方法ではなく単純だが、『神に誓う』という聖国ならではの枷をそこに敷いた。


「神の名の下に、私は努力することを誓います」


 いつか訪れる死後に幸福を得たいなら、神への誓いは破ってはならない。自然と自分の中に重しを作らせた。

 神を信じていないものには、全く効果はなさそうだが。聖国の信徒には一定の効力を持つ。


 面倒くさーい、堅苦しーい場所でも、初日は興味本位でやってくる者もいる。次の日には来なくなっているかもしれない。


 しかし、その他にわざわざ関門をクリアしてやってくるものもいた。メルお待ちかねの密偵である。


 穴に入り込んだネズミ。情報を流した甲斐はあった。

 視線の散り方で、全く違う。キョロキョロと周りを見回すもの、下を向いているもの、顔を確認するもの、喋り続けるもの。


「雁首揃えてくれてありがとうございます、というべきか。よくも入り込んだなーというべきか、迷いますね」



 メルはそれを観察しながら、自分の仕事を進める。


 まず、水を運んで来て、お湯を沸かす。暖を取らせるためだ。水気の調節は必要だが、湿らせることで熱の広がりをよくする便利な方法。


 その準備を終えて、会場内を落ち着きなく彷徨いている彼らを呼び止めた。


「みなさん、こちらにお願いします」


 困惑した表情で集まる人々。動きが鈍い。

 椅子に座らせ、筆記用具を配った。

 

 椅子やテーブルの使い方も教えなければいけないかもしれない。物を大事にしすぎる点がある。まずは使うことを覚えてもらうことにした。

 原料が少なくなってしまったため、紙の代わりに木の皮や布を記入しやすいようにしたものをメモ紙代わりに使う。煤を使って作ったインクなどを用意して、実演した。なるべく文字は使わず、絵だけで分かるように簡素に説明する。


 ここでも、モノの使い方に慣れている者と慣れていない者で分かれた。


 はじめの授業は、文字についてだ。

 まず、自分の名を文字にすること。名を書けるようになることで、何が出来るかを説明するのが主だ。

 名前とは人を区別するための固有のものであり、記号である。自分が何者かを証明する第一の方法だ。


 アシル・シルビア・ランディアという名があったとしよう。

 ランディアは地方の名前であり、シルビアは祖父や祖母の名前、アシルは名付けられた名前である。

 「ランディア地方のシルビアの孫であるアシル」と言う意味が、この名に含まれている。


 皇族や貴族では、血族の名前をずっと受け継いできたもの(とんでもなく長い)もいれば、ミドルネームとして本人の別名が含まれていたり、国名を名に冠したりと色々だが、市民は上記の例が多い。名前で、どのような人物かが分かるようになっているのだ。


 自分のものであると言う区別をつける上でも、自分が許可したと記録を残す上でも重要なものであることを伝える。


 これで、一つの授業は終わりであった。


 次の授業は、生の果実を実際に割って、数を教える。基礎中の基礎のため、わからない者をバカにする者も出たが、分数までは理解できていない。密偵に関してはつまらない顔をしている。


 問題は『10個の果実を人数分に分けるには、どうすべきか』である。


 縦に割り、横に切り、1個の果実は最終的に6つに分かれた。それぞれ配っていく。しかし、足りないので不平が出る。足りませんという声が出る。

 ここで新たに果実を出した。

 講師は、何個足りないだろうか。残りは何人だろうか。最初の10個で分けるにはどうすればよかったのかを説明した。


 さらに、割られた果実は大きさも違うことにも着目した。6つのうちの1つなのに、切り方の違いでこうなる。食べられる分も違う。

 では、不平不満を出さないために、どうしたら良いのか。


 1つだけしかないなら、割る際に均等になるように切る。2つ食べられるなら、大きさで平等化することを、講師は一つの答えとして提示した。

 2分の1の大きさのものが、4分の1の大きさのものと等しくなることはないのだ。3つに分けたからと言っても、大きさが違うなら平等に分けることはできないと伝えた。


 果実の絵を描いて、起こった出来事を講師は解説する。そして、新たに問題を提示して、考えさせた。


 中には奪い取れば良いと言ったものもいたが、その人物には果実は与えられなかった。講師が彼の言った通りに、『奪い取って』しまった。平等に与えられるものを奪い取ろうとすれば、相手から奪い取られるのも当たり前である。

 また、足りないから奪えばいいという考えは、奪うものが無くなった時のことを考えていない。自己完結型の、大変よろしい欠陥思考回路だ。苦労して物を作る側に回してやりたい。


 最後に、次回から予備の果実は与えられないことを講師は説明した。皆が食べるにはどうすべきかが今後の指針である。今回は割り切れる数字だが、じきにどんどん数が増え、割り切れないものも出していく予定だ。


「なかなか、面白いかも」


 提案した内容もある程度反映されていて、好感触だった。


 そのまま午後からも、授業がゆっくりと手探りに行われていった。彼は眠そうなものには、突然自分の得意なことは何かを尋ねた。それがどうこの授業につながるかを、講師は簡単にわかりやすく説明する。この初日で彼らの心を掴む気だった。


 品の良い講師だ。教えることに慣れていて、見ていて気分が悪くなるようなことをしない。荒事には慣れていないようだったが、悪さをしようとするものはメルが釘を刺し、授業を中断させないようにした。

 

 授業は順調に進んでいる。



 そして、初日は何事もなく終わった。


 今日は様子見だったようだ。


「さあて、明日はどうなるかな」


 この期間中、ソレイユが隠れて視察に来ると聞いている。彼の身体能力であれば、滅多な事はありえないだろうが、真面目すぎて呆れる。

 彼が巻き込まれることのないように、ルシエルに念をいれなくては。


「ふむ」


 講師と話し合って、明日の準備をする。今日の片付けから帳簿の管理までするとなると、結構な手間がかかる。


 ーーなぜ、この方法を選んだか。


 それには多くの理由がある。


 主なところには、成功した時目に見える結果として出てくるからだ。


 ルシエルと話し合った内容を、簡潔に説明する。


 ーー「人の動きは、金の動き」である。


 本来、富める者は貧しき者に善行を施し、その善行により来世での幸せを得ることが出来るという仕組みで、宗教の施しは成り立っていた。

 上から下に、下から上にと循環させるので、国を成り立たせるのに都合が良い。


 そうやって、この国は大きくなってきた。


 自分のために生きて、自分の欲を満たそうとするのは人であれば当たり前だが、国全体で見ると、見方が違う。

 欲を満たす俗物が国の頂点に立つと考えてみよう。金を吸い取り、下に回さず、肥え太る。やがては暴動が起き、国は滅びの憂き目に合う。


 調整する者が自らの欲を満たしたなら、国が崩壊するのは待った無しだ。

 盛花国の王であるマリーは、絶対にそんなことはしない信頼がある。実際に調整し切り、不幸な者を減らし続けている。


 けれど、聖国は最近までそうではなかった。前皇帝の暴虐ゆえに、この国は狂った。


 貴族未満の市民層に、貴族以上の人間から利益を与える方法が必要だった。施しではなく、合理的な対価として、動く金を使う者たち(貯蓄する余裕のない者たち)に与えることが現状の最善策だ。


 この場合、『市民に』という点を重視した。


 そして、それは隙を作るのにも利用が出来た。


 ーー悪辣な人間には、悪辣な思考を。


 搦手を使って取り込むのは、今回に限っては定石。


「ルシエル卿、そちらの方はどのようでしょうか」

「万事抜かりはない」

「……では、動きましょう」


 相手の動きを待つだけでは足りない。机上の空論から抜け出せない。ゆえに、こちらからも駆け引きをした。


 ーーそれがどう動くかは、神のみぞ知る。


 そして、その賭けは当たった。


「……」


 つい緩みそうになる頰をおさえた。


 招かれざるお客様方。いいや、歓迎しよう。メルのために来てくれたのだから。


 悪神信奉者の皆様。魔法使いの皆様方に、皇室に喧嘩を売りに来た方々。


 せいぜい盛り上げてください。そして、私に真実を教えて下さい。



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