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4.それぞれの日々


「認めるわけがないだろう」


 勝手に動くなと、久しぶりに会ったルシエルに釘を刺された。教師は教会付属学校の人間が来るようだ。さすがに経歴が無ければ、採用はされないとは分かっていたものの、一か八かにかけたのだが、無理らしい。どうにか入り込めないものか。


「中身はどうなってんですか。神学ですか。修辞学とか、幾何学とか教えてもしょうがないでしょ。学者になるわけじゃないですし」

「文字と算術が中心になる」

「つまらない、すぐ飽きますね」

「すべては基礎からだ」


 舌を出してやりたい気分だ。せっかく新しい試みをするというのに、これまでの教育と同じことをしてどうする。ほぼ実践的に理論を学んできたメルなら、全てぶん投げる。わざわざ説明されなくとも、文字を一度見れば分かることを繰り返されるのが本当に分からない。


「て・ん・さ・いの、ルシエル枢機卿がそんなありきたりなことするんですねー。誰でも考えられそうな、中身なしのー」

「……お前の口を今すぐ閉じろ」


 睨みつけられる。金の目がぎらぎらと揺らめいて、静かな見た目からは想像もできないようや冷酷さをはらんだ。

 だが、メルは怯まない。つまらないことを押し通され慣例化されたら、たまったものではなかった。大国の文化は小国に流れ込む。盛花国の文化を歪ませたら、許さん。

 

「なんなら、実践から入ってくださいよー。つまんない座学はやめて、経験から積ませて欲しいものです。学ぶ意味を伝えてから、勉学は始まりますから。ルシエル卿は、最初どんなふうに勉学に興味を持ったのですか?」


 そうすると、ルシエルの動きが止まった。


「……兄上に、本をもらった。読んで下さった」

「兄って、ソレイユ?」

「名を呼ぶな、不敬だぞ」


 彼には他にも兄がいるはずだが、ルシエルが慕っているのはソレイユだけだ。彼の言うことだけを聞き、彼だけを信じきっていた。それはまるで、メルが主人に対して持っている絶対的敬愛のように。


「何歳くらいのことですか?」

「1歳ほどだな」


 ーー異常な記憶力。というか、本来なら何も分からない子に読み聞かせをするところが、ソレイユは抜けている。小さな頃からの情操教育というやつか?


「ほう。あなたが教会に行く前ですか」

「……簡単に身を滅ぼしたくなければ、私を探ろうとしないことだ」

「思い出も語れないなんて、心が狭いですねー。共有する相手なんて、ほとんどいないでしょうに。いい機会だから話してはいかがですか」

「お前も話すなら良いぞ。大した思い出も語れまいが」


 メルの弱みが盛花国だと知っているがゆえの発言であった。嫌味に嫌味を返すのが上手い男である。


 ーーメルが、自分で進んで行おうと思ったのは。


「あー、負けたくないと思ったからです。最初は罠の作り方を考えましたね。飢えで死なないために、必死で構造を考えましたよ」


 何歳だったか覚えてないが、敗北=死だった記憶がある。動物を狩るのがメル、食べられる植物を集めるのがルルだった。自由に生きていく、絶対に負けないという感情に突き動かされ、動いていた。人間死ぬ気になればなんでもできるものだ。あの時の経験のおかげで、メルはここまで来た。


「……お前のように特殊な人間を複数増やすよりは、平均的な者を増やす方が優先だ。経験による教育は金がかかる。さらに、不平等も生まれやすい。少数ではない者たちを一斉に教育する場合、統一されたマニュアルを実行する方が効率的だ」

「平均的な人なんて居るんですか? 型に押し込むやり方は、いつか破綻しますよ」

「不幸な人間は減る。機会の平等性は、ある意味で保たれる」


 ーー今、必要なのは格差を減らすことだ。


「既存の教育方法だと失敗する気がします」

「らちがあかんな。物事を動かすには、世論の動きが必要だ。大国では、革新的な動きよりも反対の声を押し留めるために、まず折衷案を持ってくる。改革はそれからだ」

「腐り切った現場で、皇帝の変わり目が改革の節目でもあると思いますけどねー。刷新も必要」

「兄上の世で、失敗は許されない。周囲の後押しを失えば、失脚すらあり得る」

「それで何か変えられますか? 折衷案を通せば、反対派はこれぞとばかりに攻め込みます。流れを変えましょう」

「いま、不必要に恨みを買わなくて良い。お前は共同体という言葉を知らぬのか」


 議論は止まらなかった。相手の思考ももちろん理解している。その上で、自分の考えを押し通すには説得力が必要だった。


 上層部に意見を通せる立場のルシエルが有利なのは、変わらない。メルは譲歩を引き出せれば、それで良かった。関わる機会があれば、やりようはいくらでもある。


「じゃあ、私は手伝いとして潜入しますー」

「仕方がない」


 そもそも罠を張るための密会だったが、いつのまにか2人の論争に発展し、最終的に、メルは手伝いとして潜入可能になった。目的は達成したのだ。


 ルシエルも無自覚に心的負担が多いようであるため、補佐をしながら、さっさとやるべきことを進めていかなければいけない。




 ソレイユ・エル・デュー。聖国の皇帝となった、周囲から見れば恵まれた男である。しかし、彼自身が望んだものは滅多に手に入らない人生であった。不幸ではないが、幸せとは程遠いもの。


 やはり、彼の人生は平穏無事とはいかない。落ち着かせて欲しいと思うのだが、こんな立場についたからには、そんなものとは無縁なのだろうと半分諦めている。今日は少しだけでも、外を眺める時間がないだろうかと、視線を上にあげると宰相と目が合った。役職持ちがわざわざ来ている時点で、悪い予感がした。



 先代皇帝の死去からはじまり、頻繁に事件が発生していた。頭を悩ませる事例ばかりだった。

 他国からの干渉、貴族の不祥事、国益にどうにか関わろうとする貴族への根回しなどは以前にもあったようだが、教会が裁判を行わないと決めた問題が、なぜかこちらに回って来ていた。窓口からここまで報告が上がるのに時間がかかり、事態が悪化したものも多々あった。事例のない問題も多くあり、対処の仕方に悩まされる日々が続いている。


「……これが放置されていた状況が、悪化した結果か。上辺の利益ばかりを得て、根本を解決しようとしなかったがために、こうなるのは必然か」


 解決を先延ばし続ければ、やがては大きな大きな問題となる。それは未来の誰かが払わなければいけない。それならば、ソレイユが責任を負おうと思った。しかし、負の遺産は山のようにあった。


「このままいけば確実に、陛下は名君ではなく暗君として名を残すでしょう。一気に問題が可視化されましたから、批判の声も大きくなり、今問題があるのは陛下ということになっております。利権の旨みなどほぼありませんので、宰相位にと自分を推していた愚か者たちが綺麗に手を上げなくなったのが、良いところかもしれません」


 あっははは! おかしくなったのか、宰相が机を叩いて笑っている。何日徹夜しているか分からない状態のため、ハイテンションになっているのだ。


「笑えない」

 

 現実逃避できるなら、窓から飛び降りて逃げてやりたいと、真面目なソレイユでさえ思っていた。キラキラ輝く金髪が淀んだ雰囲気で褪せている。


「冗談はこれくらいにしまして。また、面倒な問題が発生したので、ご報告いたします」


 バサバサと書類を、ソレイユの前に落とす。


「一部貴族層から、皇族の在り方に対する批判と市民への煽動が見られるとのことでした。代表者はエドガー・モンド。内容は、皇族の特権に対する問題定義であり、抗議です」

「あの男は皇室を批判しているわけではなく、ガス抜き要員であり、反感を持つ者を炙り出すための代表者だと聞いたが」

「これまでは、ですね。彼が代表者として質疑の先頭に立って居ましたが、大宰相の指導がなくなり、我々も彼を動かすつもりがないことに気付いたのか、暴走し始めました」


 今は、どこと繋がっているのか。少しは大人しくしておけと呆れたように、話す。


「英雄視は過分な望みを抱かせますから、欲望は仕方ありませんが。手を噛まれる前に、いっそ、何かと敵対させようとご相談に参りました。勢力分散にはちょうど良い」


 ーー政治的工作。


 (まつりごと)には切っても切れないものだが、人を操ることは、どうも性に合わなかった。


「……つくづく私は、上に向いていない」

「陛下は、そのまま変わらずに君臨して下さい。動くのは下の役目。為政者として良くあろうとする方を掲げていられるのは、民としてどれほど素晴らしいことでしょう。向いていないと思いながら、向き合って下さる陛下を敬愛しております」


 宰相に慰められるなんて、珍しい経験だとソレイユは思った。ある程度決着がつけば、全て次代に譲ってしまおうかなどと考えていたのだが、そうはいかないようだ。

 

「さあ、目処がつくまで頑張りましょうか」


 粉骨砕身。やれることはやると決めていた。未来のためにも、自分のためにも。


 ーーそして、時間は流れる。





 メルとソレイユは、2人とも大変な中頑張っている。そういう話でした。


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