3.情報を集める
第1皇子の配下から編成が組み直され、メルは新たに別の離宮に回されることになった。新宮ではなく、戦力として評価され、応援中心のメイドとなったので動くことも楽になり、時間の余裕ができた。
城下に降りるための許可も得て、周囲をかわしながら行動している。
直近に、ルシエルから教育に関する法令が整備されると情報が入った。対象は市民。とくに貧民層である。一度試験的に、城下で教育の実習が開かれる。そのためにソレイユは忙しくなり、ルシエルも施策に協力するとのことだった。メルはしばらく活動を別にする。
ーー移動しながら、ひたすら思考を回す。
「成功すれば、革新的か」
市民のための、それも成人した者に対する教育制度は初めてだと思う。
そもそも学習は裕福なものの特権であると考えられており、家庭教師を雇うか、師弟の関係で行われていた。あるいは教会にて宗教を学ぶかとなる。
職人たちの専門的技術・技巧は、門弟を募ったギルドに所属することで身に付けられる。その対象は全て子ども。みな、親の後を継ぐのは子であるという思考のもと教育され、段階を追う。メルたちでさえ子どもの頃に拾われ、教育を受けていた。
例外は才能がなかった、反発して家を出たなどだろうが、それでも多くは子どものうちに決められた道を歩んでいる。大人は教育を受けるのではなく、自学をするものだという思考が当たり前だ。
しかし。統一された教育指導は、自らの行動に責任を持つと同時に、行動に自由さがある大人に対しても有効なのだろうか。
まあ、報酬如何では参加者は募れると予想される。可能性という意味では、貧民層に違う世界を見せるのは悪くないはずだが、子どもと違って大人の柔軟性の無さと言ったらーーそれも市民、貧民層の文字も知らぬ者たちだーーこれまでに形成された常識があるため、筆舌に尽くし難い。子どもに対する教育とは全く異なった方法で取り組んでいく必要がある。逃げ道のない、その世界しか知らない子どもとは違うのだ。
「ま、知らないものを知るという喜びは、大人の方が強いかもしれないですねー」
問題は、貧民層の実際をソレイユたちが知らないということだ。言葉では簡単でも、現実は残酷である。
ルルとメルは貧民層階級について、誰よりも詳しく知っている。なぜなら、彼女たちも同じような世界で暮らしていたから。彼女たちが居たのは、こんな街ではなく、田舎の自然の中だったけれど。
そこは足りないものを奪い合うことが、当たり前の世界だった。死にかけることすらあり得る場所だった。食べる物が少なくて、毒のある植物を食べてしまったり、魔物が侵入することも度々あった。
子どもを守ってくれる親のいない2人にとって、生きる術は自分たちしかなかった。生きるためなら何でも利用した。盗みだって、何だってした。他者なんて気にしている余裕は無いのだ。そして、小さな自分たちを痛めつける者たちしか存在しないと思っていた。
伯母が自分たちを見つけ、引き取られるまでは警戒心の塊だった。優しさなんか知らなかったのだ。
そんな子どもが大人に成長したものたちが、貧民層には大勢いる。差別の大きな聖国は、盛花国よりも酷い。
「優劣によって作られ、階級に全てが決められる国ですからね。階級で歯車を回していると言いますか。貧しい者、苦しい者が救いを求め、慈悲を与える教会が力を持つ。
神への信仰が歪んだ形で成立しているので、思考する能力を与えるのは効果的かもしれません。福祉は教会が担っているので、協力という形で持っていければ、最終的には皇室側にも有利」
現行の制度。主に救済の名目で行われているものは、教会が主導に立っている。修道院や施療院、孤児院が存在する。
聖国では身分が全てである。貧民の子は貧民。貴族の子は貴族。親のない子はどう転んでも貧民になるしかない。それどころか生きられるかどうかも不明だ。それを一時的に支えるのが、教会である。親のない子供たちはそこに引き取られ、労働力として働きながら生きる。だが、実質的に言えば、大人に使われていると言っても過言ではない。教会で聖属性を扱える能力があるとされるものはそのまま引き取られ、その能力がないものは、ある程度の年齢に達した時点で、里親あるいは仕事を見つけて出ていくのが通常だ。
知恵を支援するというのは、自ら生きる術を身につけるには良いかもしれない。食糧や住処を提供するのは現実的な対策にはならないーー長期的な目線で切り込んだソレイユは、よく考えたと誉めたくなった。
そして、そこに入る隙がある。
教育は、知性と程度を身につけるものだ。生半可なものが関わると、間違いを伝播する。思想すらも植え付けられる。『教師』は重要な役割である。
「情報源が他に必要。貧民層について詳しいのは……。あの男か。頼りたくないですねー」
ーーが、手段は選んでられない。地下に降りるか。
♢
裏町に、いくつか存在する入り口。門司。
その上に脚を乗せる。実際に向かったその場所に降り立つことを想像すれば、自然に作動する。魔術だろうが、聖国内でも作用するということは、あらかじめ魔力が込められているのかと興味深く思いながら、目を瞑った。
瞬きの間に着いた先は、光の届かない地下の街。薄暗い街灯を頼りに、歩みを進める。
目的地、主人に紹介されたエンドマーク職業斡旋所およびフィロソフィア商会。何でも売る、何でも買う。悪辣な金銭主義者の巣窟である。
レンガ調の建物。細長い小さなドアの前に立つ。ドアノックで、入り口を3回叩く。ガチャリと切り替わる音がした。
「ようこそ、いらっしゃいませ。ご依頼を承ります」
上も下も右も左もない空間の中、受付だろう女性が浮いている。
メルがそちらに向かうと、メルの足元も宙に浮いて、すらするとその女性の前に降り立つことになった。
「情報を」
「お名前をお願いします」
「……メル。自由を保証して下さい」
「かしこまりました」
以前主人に紹介され、会った時に教えられた合言葉を伝える。
♢
「こんにちは、メル姉さん」
「誰があなたの姉さんですか」
気安く呼ぶなと手で制する。
「いいじゃねえか、気にすんな」
黒髪に赤目の、青白い顔の男が寄ってきた。
ーーノア。この商会の主で情報屋。
まともに信用してはいけない類の男だ。しかし、金を払えば利用する価値はある。
ケラケラと笑っている。
「メル姉さんは、地味な格好が似合ってるなぁ。ずっと地味でいろよ。可愛げがある」
「……情報が欲しい」
「はいはい、どんなんだ?」
「貧民層の動きと、周辺国について」
「……ほー、面白いなぁ」
情報を聞くことで、逆に情報を抜かれるのはしょうがないことではあるが、抜かれる側になるのは本当に不快。中指を立てたい気分だった。
「貧民層って言っても、落ちてきた奴らじゃなく、純粋な貧民のことか。ある意味では純粋な奴らだぞ。飯を食うこと、寝ること、単純な欲望を満たすことを考えてる。今は教会からの奉仕以外にも施しを得られるってんで、わらわら集まってんな」
「どこに」
「ああ、そりゃあ普通に街の中で。……魔法使いたちがやってる」
「魔法使い? 魔術師でもないそんな存在がこの国にいましたか?」
「迫害の対象だもんな、そりゃ知らんか。北のマギステッド及びロンダニールの治める国ーー魔法大国から入ってきてる」
「へえ」
「聖国の力を弱められるうちに、ちょっかいをかけてるだけだと思うぞ。北は今それどころかじゃないからな」
は? と聞き返すと、問題児が荒らしまわってると答えた。これ以上は料金寄越せと手を差し出してきたので、一度聞くのはやめてもう一つの情報を待つ。
「本格的に動いてるのは南だぜ。それも首長レベルが、聖国が自分たちの権利を汚したと騒いでいる。彼らは手を出してはいけないものに手を出した。必ず報復を、と訴えてるな。そのまま大陸に手を伸ばす可能性もある」
手を出してはいけないものに手を出した?
大麻か? あの特殊な植物の密輸入が南によるものでないなら、その植物を採取され、手を出した聖国に対して不満を抱えていると考える方が良いのか。
「精査して、確認させてもらいますね。何か間違いでもあったら報酬は返してもらいます」
「おおう、キツイね、メル姉さん。商品は新鮮さ第一だぜ。流れもんは早く確認するんだな」
ある程度情報を得て、商会から出ようとしたところですこし思い至った。この男なら何と答えるのだろうか。
「ところで、教育に必要なものとは何だと思いますか。答えたくないなら、答えなくて良いですが」
「そりゃ、いい男といい女だな。欲求を満たしてやれる奴が教師になったら、生徒は伸びる。せいぜい褒めて、長所を気付かせてやれ。メル姉さんくらいの良い女ならできるだろう」
「……私が教えるわけじゃないです。これまで勉学をしてこなかった人に対しても、それが正しいのですかー」
メルは疑いながら、質問した。まあ、参考程度になれば良いのだ。
「知識量やら面倒な事を考えるより、人を見て教育してやれる器のでかいやつがいればいいんだよ。勉学には習得する楽しさ、褒められる嬉しさ、目標を達成した時の達成感が必要だ。教育者がそれを満たしてやれる褒め役に徹してやれば、人は自分を期待してくれている相手に応えようとするもんだ。愛だ、愛! パッションで人を動かせ」
「……あなたらしくもない回答ですね。私は褒められてしまうとやる気が出ないタイプなので、教育者は知識だけ渡して放っておいて欲しいんですけど」
「それはメル姉さんがひねくれてて、無駄に賢いからだろ。普通は教育者次第だったりするのさ。生徒の間違いを馬鹿にしたり、自分の無知をプライドから認めなかったり、生徒に嫉妬なんてするような馬鹿教師。こんな奴らのせいで生徒の性格まで歪むからな」
「……………」
個人的な恨みがありそうな、熱の入った言い分だ。
「俺が知ってる教えるのが上手い人は、否定することが一切無かった。それでいて褒めてくれながら、間違いにも気付かせてくれる器用さがあった」
「人格者ですね」
「世界一のな。良い女だったよ」
「そうなんですね」
世界一は主人で間違いないが、珍しく本音で語っているようなので、認めてやってもいい。
メルは手を組んで頷き、商会から出て行った。
ーーそうか、良い女にいい男。それも人格者が必要なのか。まともな人選ができるとは思えないが、こうなったら………、私が出る可能性があるのか?
社交界での作法とかなら、私よりルルなんだけど、私の頭脳に搭載された魔術技術、体術、基礎学習理解、専門学習理解で言えば、自分が教師に適用な気がする。
「あははは」
やけである。教師になれるか、なれなくともやってみるか。ソレイユとも会う機会が増えると思うし、どうにか挑戦してもいいかもしれない。教師陣のなかに立候補してみよう。
中にいて経験することに勝るものはない。聞いているだけでは意味がない。もし教師ができなくても、受ける側の生徒になってもいいと考え始めてきた。
とにかくつっこもう!
「次回:メイド系教師メル!ー爆誕!!ーになるのか。お楽しみに!!」
ノアが頭のおかしな行動をしているメルを建物の中から眺めている。そこには、何もない空間の中、キリリとしたポーズを決めて空中に指差す不思議な女がいた。
「なにやってんだ、あいつ」




