2.密談
ルシエルは、頭の良い男である。最年少枢機卿としての地位を確立した、古代語も操れる完璧主義者であり、天才。兄のソレイユと神だけを崇拝しており、正しさを追求し続けることを至上命題とする。無駄なものは切り捨て、愚かなものは冷酷無比に蔑む血の通わない枢機卿としても有名だ。
ーー中央教会支部、ルシエルが主に管理する首都セイント南部の教会。週に一度の典礼。朗読に礼拝が終わり、挨拶や日課の問答も終わらせたあと。
彼は礼拝堂の長椅子に腰掛け、ある女と話をしていた。
「……おまえは、兄上の優しさに甘えすぎだ」
「そうですねー、普通ならとっくに不敬罪で死んでるレベル。なんで許してるんでしょう、私なら許しませんね」
「分かって言っているな」
「さあ?」
兄が自分に向ける感情を知りながら、そんなふうに嘯く女は、メルという属国の人間だった。ルシエルは要注意人物として警戒している。
藍色の目立たぬローブに身を包み、「礼拝に訪れた女性」としてごく自然に現れたこの女は、ルシエルが知っている女たちとは種類の違う厄介さを持っていた。
ヌメヌメとした女の執着心ではなく、カラッとしているが芯のない、しかし、それでいてこちらを利用しようとする狡猾さ。後者の方がタチが悪く、始末に追えない。
「性格の悪い女だな」
「あは。知ってます。でも、あなたもそうですよねー。変な情報をくれると思ったら、教会と皇城の権力層の共倒れを狙ってるなんて」
現在、彼が抱えている問題は教会と皇室の対立と、メルという目障りにすぎる生き物の排除。
汚れ過ぎた上層部はいっそ一度洗い流してしまおうと、ルシエルは考えていた。兄のために改革を起こそう。それと一緒にこの女も消えてしまえばいい。顔も姿も変え、気配を消して近づいてくる。ここまで怪しい人間もそういまい。優しい兄は絶対に、この女とは離れた方が良い。いつか兄を破滅に追いやる気がする。
「教えてくれた情報を使えば、皇族の面子は丸潰れです。
迫害してきた『混ざりもの』との違いが無いものが存在するとバラすことで、彼らにどれほど被害があることでしょうか。多くの皇族が価値なしと評価されることになるでしょう。
よほど皇族が気に食わないんですね。自分もその一員なのに」
「単純な話だ。害のあるものは潰すべきであり、崩れかけている物は中途半端に潰すよりも、徹底的に潰す方がのちの算段もつきやすいからな」
膿は広がっていく。正常な部分が膿む前に前に排除しなければならない。
悪質な習慣は切り離さなければ、どこまでも残っていく。それが身を削るのだ。
差別に、迎合。「皇族」という仕組みが繰り返すもの。努力ゆえではなく、能力ゆえでもない『特別』が、どれほど害を生んできたのか。欲望を蔓延させ、神の名の下に生きることを忘れたなら、その仕組みは一度崩壊すべきだと思う。
そして。平らに慣らされた地を、真の皇族にーー兄に、委ねることをルシエルは望んだ。
「愚か者は要らぬ」
「……同感ですけど、あなたにとって愚かじゃない人なんているんですかー」
「兄上以外の人間はほぼ愚かだ。皇族は特に酷い」
皇族が嫌いで仕方ない。あまりにも愚か過ぎると、話す気も見る気すらも失せた。教会の教義も丸無視し、欲に塗れた低俗な生き物を排除したい。
兄も自分もあんな愚かな者たちとは違うと否定したくて、古文書を漁り、文献を読み込み、ありとあらゆる矛盾を洗った。神の血を誇りに思うと同時に、その血を呪うという感情を知り、愚かな者たちと自分たちとの違いを探し続けた。
「皇族」は聖国が成立した時点で生まれた。
それ以前は神聖ドゥトゥール教会が、神の血筋を保有していた。神聖ドゥトゥールは神の怒りに触れ、滅びかけたとされている。それにより血筋の存続を危うんだ生存者たちが作った差別を増長するものが、「皇族」である。保有する能力よりも「金眼金髪」という血族の見目に固執したこの仕組みは、有効に作用して血を増やし、勢力が拡大した聖国は大国にまで進化した。
ちなみに神聖ドゥトゥール当時、「混ざり物」という蔑称は、神気が混ざって聖力を使えないものが言われていたようだ。
許可が無ければ魔法を使えなくなった今では、その蔑称は別の意味を持って使用される。
外見だけの理由で皇族から「混ざり物」と呼ばれ、迫害の対象となる。子を残すことは許されておらず、見せしめとなることもある。
当時より圧倒的に薄まった血。それに比例して能力も低くなっていることに注目すれば、「金眼金髪」という枠組みの内実が減少していることに気付くことは容易だった。認めたくはないが、教会も力を持つものは減り始めている。
「情報下さい。大麻が2種類有ったのは聞きました。業者も突き止めたと。今のところ、進捗はどうですか? ルルの解析もあげたので、十分功績になってると思うんですけど」
手袋をした手をヒョイと差し出してくる。なんというか、気安いところがある。それでいて、入り込みすぎないバランス感覚が奇妙だ。
「ふん。魔物に似たような性質を持ったものがいる。その効果を写したような植物だと分かった。回復に治癒よりも浄化が効果的だと分かったのは一歩前進だ。
作られたのか、そもそもその種が存在したかは調査中だ」
「調査範囲は?」
「商人を遡って、流通は南と北だ。南は小国の集まりで、海を渡る。異教徒の国のため、調査は難航する」
「北は、魔物の侵攻が多い国でしたね」
「北は寒さゆえに植物が少ない、十中八九南だろう」
「なら南に絞ればいいのに」
「聖下及び司教たちが北に執着している。面倒なことだ」
「ふむ」
証拠を掴んで一度に捕まえることができなければ、トカゲの尻尾のごとく逃げ切られてしまう。有能さという面で利害の一致を見たルシエルは、持ちつ持たれつで協力をはじめ、文句を言い合いながら情報を収集していた。隙を見せれば、食われると両者理解していたが。
2人の情報共有は続く。
♢
「皇帝陛下」
窓辺ーー窓辺というか、ほぼ外に体が出てしまっているがーーに座って外を眺めているソレイユがいた。
最近は教会と皇室の会議が頻繁に行われているため、滅多に皇城に上がらないルシエルも、兄の顔を見ることができた。皇帝の座に居座ることよりも、瀟洒な執務室でコツコツと仕事を進めていくことを選ぶ兄が、ルシエルは気に入っていた。
ーーしかし、どうにも。
「ルシエル」
窓辺から降りてきた。体調は悪くないようだが、何やら表情が曇っている。
精神的な抑圧が、兄を追い詰めていた。このままでは多くの厄難がさらに降りかかってくる。教会との交渉が、行き詰まりつつあるのだろうか。
「憔悴されていますね」
そもそも、こうなったのはあの娘に出会ったのが原因だとルシエルは思った。盛花国の女に皇帝が権力を傾けていると話題に上がるくらい、兄はメルのために力を使った。兄らしくもなく、圧力をかけた。それが愛情ゆえなのは推測できた。
「なんとも重いな、皇帝の席は」
「賢帝であろうとされているから、ですよ」
前帝は愚帝であった。血が繋がっているとは思えないほど、欲望のまま生きている男だった。唯一の功績が兄を残したことだろう。その他は、死んだ後まで最悪だ。
アレが死んだことで、教会も皇城も混乱した。
あの時。教会に無理やり押し入ってきた盛花国の女たちと宰相以下。
兄が地下にいるなどと意味のわからぬことをと思いながら、焦りと自分の知らぬことが、この国にはまだ多くあると自覚した。
結局は彼らの証言通りに兄が現れ、「地下」「盛花国」「魔物」というキーワードが残った。教皇も上級神官、司教枢機卿たちも口を開かなかった。もっと上に登らねば、知れぬ秘密がある。天地開闢の神話から洗っても、歪められた歴史がそこにはあると確信していた。そこには盛花国も関連している。
兄も皇帝として、その秘密を知っているのだろうか。
そんな疑問を感じながら、話を続ける。
「陛下に、ご相談があります」
「なんだ」
「メル」
ピクリと兄の眉が動いた。気にしている。
「という女を知っていますね。盛花国の者です」
「知っている。何かあったのか」
「あの者と今協力しておりまして」
「……協力?」
ルシエルは軽く説明した。いざとなれば、すぐにあの女を追い出すとも兄に告げた。
「相手は人外だと言っていました。知能を持つ魔物の可能性が高いと。証拠を見つけることができれば、教会によって断罪が行われることでしょう」
南か北かは絞りきれていないため、話さない。
「そうか」
兄は自らでも調べていたのだろう。少々考え込んで納得した顔をした。
「下町の規制が行われます。陛下が提唱されていた案を、この際実施を提案してはどうでしょうか。教会と協力を深め、民衆への誠意を見せることが一度必要かと」
兄の権威を高めるためにも、貴族の地盤以上に、今は民衆にアピールすることが必要だ。教皇に手を出すのは時期尚早かもしれない。それはルシエルがやろう。
兄は提案さえしてくれればいい。あとはルシエルたちが整える。
そして、あとは相手がそれにどう反応するかだ。皇族にこだわる者は、きっとその状態を許さないに違いない。
「教育のための計画書か。私の最初の勅令として出してみるか」
乗り気な兄を見て、自分の身の内はまだ明かさぬようにしようと思った。
番外編も、割り込み投稿いたしました。




