1.皇帝とメイド
きらきら、キラキラ。淡い色から濃い色まで、色とりどりに計算された荘厳さ。一瞬恐れにひれ伏すような、細やかな調度。宝石が空高く、色ガラスが壁に縫い込まれ、城は陰影を溶かして姿を変える。白い壁に光の斜線が入り込めば、太陽の光がさらに眩しく見える。
崇めよ、こうべを垂れよ。憎らしくなる主張はもう気にするのもバカらしくなった。人の気配は様々で、足を踏み出してしまえば、もうメルは背景に溶け込める。
ーーしかし。
「ふざけんなって言いたいですねー」
メルはあれから鈍ってしまった体を元に戻し、聖国に向かった。何度目だろうか、数えられないほど行き来している気がする。盛花国からの入国は規制されてしまったので、単純に言うと密入国した。ルルは帰ってきたので、入れ替わりである。
本気で潜入することにしたのだ。仕事ではないので完全なる独断。改めて容姿を変え、身分も買って、ユダに協力までしてもらって、入念に準備をした。メイドではなく、侍女でも家庭教師でも良かったが、サリィがメイド服を気に入っていたので、この際慣れた仕事に就くことにした。メイドの方が数が多いので、出るのも入るのも楽だったのもあった。無事採用されて、配属が決定された。
メイドとして配属されることになったメルには、この広さは大敵である。移動時間の取られ方が異常だ。掃除洗濯その他諸々、各担当はあるにはあるが、場所に振り分けられているので、協力しなければ間に合わない。効率重視、一点突破だ。
朝は皇族が起きる前に箒で掃き出し、簡単な掃除を終わらせ、洗濯をして、起きる時間に合わせて朝食を運ぶ。火の管理などもする。皇族たちが起き出せば、寝室掃除。
午後には着替えて、洗濯物を干し、縫い物。昼食の給仕。小間使いとして動き回り、時には茶会が開かれれば、そこの応援に行ったり、仕事はいくらでもある。それでいて上の人間の顔を伺いながら、動かねばならず、ミスはなるべくしないようにしなければいけない。
夜は夜で、火の元の始末。後片付け、洗濯物を集める。上司に翌日の仕事を管理され、夕食を運んで、終わっていない仕事を熟すのだ。夜会が開かれれば、交代で人員を回す。応援に応援する。皇族たちが呼び出さないことを祈りながら、メイドたちは眠りにつくらしい。嫌いな皇族が、さらに嫌いになる。敷地が広いので、移動が地獄だ。
「ほーんと、広すぎます。敷地半分くらいにして、使わない場所は全部売り払うか、市民に解放すれば活用できるのに。掃除する側の身になれってんですー」
文句を言いながら、洗濯物を干していくメルの手は止まらない。1人曲芸のように、柔らかく腕をしならせ、洗濯物干しの紐を真っ直ぐ伸ばした。干しやすい布から宙に浮かせて、滞空時間を利用し間に通して、ピンと張って固定する。シワにならぬように、しかし布を傷めぬよう、紐を同時に動かし、次から次へと終わらせていく。※特殊専門職メルが悪いことに使うために、ロープ技を身に付けたのを活用しております。普通こんなことは出来ないので、誰も真似しないように。
最短で動けるよう仕事を回して、時に抜け出せるよう、メイド仲間たちに融通するのも忘れずに、頭と体を切り離して、仕事をこなす。
「げー、疲れた」
流石にメルでも、ぜーはーぜーはー息を切らして終わらせた。素早く、美しく仕上がった洗濯物干しの成果を見上げて、やってやったぞ! と無駄な達成感があった。メイドの仕事は、もう完璧なのである(謎の自負)。
さて、これから本格的に探りを入れる。今日は目的の皇族に会う予定なのだ。
メルが寝ている間に、皇帝になってしまったソレイユ。現在教会と権力争いをしているという彼には、皇太子であった時代よりも会う機会がほぼない。皇帝の事件が起きた故か、警備は厳重になり、メルが全力で動いても、中には簡単に入れなくなっていた。盛花国の役人、連絡役という身分がないただのメルでは、皇帝に会うことすらも出来ない。真相を探るためにも、接触を図るためにも、目的の相手に会うのは必要だった。
「女々しくするのは、私らしくないですしー」
メルは、メソメソ泣くのは嫌いなのだ。……泣いたが。
「さっさと解決しなきゃ、いけませんよ」
でなきゃ、眠れもしない。黒幕がニヤニヤしているのを考えるだけで、イライラする。
メルは目的の場所へ向かった。
今回配属されたのは、ソレイユが皇帝になってから第1皇子として位を上げた少年の宮だ。今回は彼に会いにいく。
「皇子かぁ」
第1皇子、第2皇子、第3皇子がソレイユには居る。昔会ったルミエールは3番目の子。第1皇子はサンティエ、第2皇子はレイヨンという名で、12歳と8歳。2人とも亡き母親似の美貌を持っていると聞いた。
メルはメイドから昼時、サンティエが泉のほとりに花を捧げているのを見たという話を聞き出し、他にも確認をとった末行動に起こした。彼は宮から抜け出す癖があるようで、他にも目撃情報はあったが、泉が確実に会えると踏んだ。
見つけた子どもは、泉のほとりで座り込んでいた。
「花ひとひら、ふたひら、みひら。数えて、数えて、すき、きらい、すき」
花占い。マーガレットの花びらを一枚一枚取っていく。これまた懐かしいものだが、どうしてあんなことをしてるんだろうと、メルは疑問に思う。
「あのー」
声をかける。顔を上げた少年は、少女のようにあどけなく、まつ毛がバサバサでびっくりした。ふわふわとした髪は薄い金色で、まるまると開いた瞳が大きい。顔を見れば、ソレイユの面影も確かにあって、幼い頃はこんな感じだったのかもしれないと思った。
「……だぁれ?」
「メリルと申します。第1皇子殿下にお目文字叶いまして、光栄に存じます」
とりあえず、所属を名乗った。メルは子どもには、礼儀を重んじる。大人は尊敬するに値しないものは、全部切って捨てる。主人には、極端と言われた。
しかし、第1皇子の様子がおかしい。彼の横には、たくさんのマーガレット。花びらがちぎられた花芯と茎。
チラリと盗み見すれば、手の震え。皇族に対するメルの偏見的思考ではなく、瞳孔も揺れている。12歳にしては舌足らずな話し方に違和感があった。そして、妙に体が小さかった。顔が青白すぎて、心配になる。
ーー姫様が話題にしていた大麻か? しかし、それなら対処は終わったはず。教会が全面的に規制した上、その後にはソレイユも規制を行ったのだ。
メルは主人に全幅の信頼を置いているため、そうではないと思った。なら、何だ? 体が弱いのか。
「サンティエに用事?」
「ええ、そうです」
「ふーん。じゃあ、一緒に遊ぼ」
水がバシャバシャ跳ねた。裸足になった彼は、水をメルにかけてくる。勢いがよく、加減もしないので、ついそのまま泉に体が落ちてしまいそう。気を付けながら、遊び相手となり、木の棒でぐるぐる泉を回したり、花の咲いた藻をこちらに寄せて見せた。
「きゃはは」
少年は、泉の中に足を踏み込もうとした。自らの意思で、確実に。メルが無理やり彼の体を抱きしめると、ぴたりと動きを止めてこちらを見る。その金色が、水辺に光って怖くすらあった。
「ねえ、サンティエのこと好き?」
「難しいことを聞かれますね」
「好き? 嫌い?」
「では、サンティエ様は私のことがお嫌いですか?」
「……きらい! 泉に落ちちゃえ」
ーー悲しい。大人に言われてもどうでもいいけど、子どもに言われると心が痛む。
「そんなことを簡単に言ってはダメです……」
「うるさい、うるさーい」
体を左右に動かして、暴れてしまう。
「みんな、ばらばら。きらーい、きらい」
花をくしゃくしゃにして、泉に投げた。水の上に浮いて、ゆっくり沈んでいく。
「愚か者。宮を抜け出してどこにいっておる」
叱責の声。咄嗟に隠れようとしたが、サンティエが引き留めるので、諦めた。そして、林を切り開いて見つけた姿は、覚えがあった。
ーーうわぁ、嫌味枢機卿だ。
ソレイユの末弟だ。名をルシエルと言い、エリート思考の聖職者。口の達者なルルと争えた、執念爆発男である。金色の長髪、冷たく見える金眼は、傲慢さが滲み出ていて、以前見た時よりもさらにひどくなっていた。揶揄えば、尋常じゃないほど怒ること間違いなし。ソレイユにだけ懐いている。
「お主、何者だ」
「……メイドです」
「名乗らぬとは不遜だな」
小声でメリルです、と名乗る。ルシエルは下がれと命じてきた。側近をゾロゾロ連れてそうな、この男が1人とは珍しいので、何かある。
「……あなたに頼みましょうか」
融通が効かぬが、ソレイユに関しては例外だと知っている。
「ばか枢機卿」
「は? なんと言った」
「聞こえないのですかー、ばか枢機卿」
いつもと同じ発音で、わざとらしく耳元で囁いた。何か引っかかったようで顔を見てくる。けれど、気付かない。ソレイユじゃないので、メルの変装にかかれば当たり前。
「盛花国の、メルですが」
「……ア?」
「メールーでーすー!!」
「耳元で五月蝿いわ! 貴様は出禁だろうが」
「人が寝てる間に何をしてくれてるんですか。来ないわけないでしょー」
「……ふん。来ると思っておったがな」
とりあえず、その子どもを寄越せと手を伸ばしてきた。何をするつもりだと塞いだ。皇族と教会は敵対している。ソレイユには甘い男だが、子にまで甘くはないはず。泉に放り投げられたら、困る(流石にしないとは思っている)。
「皇子に何するんですかー」
「皇族ではない。資格がないため、蟄居だ。兄上には確認をとってある。私が後見人となるゆえ、渡せ」
「……は?」
「コレは、瞳だけ金色。髪は色が抜かれているだけだ。あの妃のやりそうなことだ。混ざりものは秘密を守るものが居なければ、やがてバレる。兄上のために引き取りにきた」
ーー混ざりもの
また、出てくるその言葉。良い加減、解放してくれ。
「区別できるんですよね、確か」
「髪色の違いなぞ、誤魔化そうと思えば誤魔化せる。金の神気さえあれば良いのだ。本物の皇族など数少ない」
とりあえず、やばいことを聞いた。こいつ、教会内でしか教えられていないようなことを、なぜ自分に言うのか。
「おまえ、盛花国の黄金持ちだろう」
「はぁ?」
「瞳の色と髪の色は全く違う。貴様の主人と、貴様の黄金は同じ色か? 同色がありえるか?」
「特殊な金色があるのではないのですか」
「は。皆そう考えているようだが、そんなものはない。ただの遺伝であり、混ざりものだとバレる場合は庇う親がおらぬ場合が多い。神気が問題だ。しかし、それを真の意味で区別できる者は少なく、さらに多くの神気を待つ者は聖職者となる」
そこまで聞いて推測できた。クソ最低な内容。親が体が弱かったり、見た目が悪い金色を持たぬ子を捨てたと言うことだ。美しく、健康であれば、親が庇う場合が多いのだろう。混ざりものと呼ばれる子が体が弱く、問題がある子が多いと言われる理由が分かった。
金眼金髪など、ただのメッキだ。偽りだ。そんな括りなど捨ててしまえ。
「神を見分けるのは、神の気。神の血は分かる。おまえたちは、力は強く数が少なく体が弱い。私たちは力は弱いが、それを数で補っている」
「そんなこと教えて欲しいって、言ってないんですが」
「黙って話を聞け。兄上は素晴らしいお方だ。真なる皇族であり、全てを与えられるものだ。おまえは不遜にすぎる。皇帝と関わるには何もかも足りない。若さも美貌も、足りぬ。ならば」
続く言葉は、「兄上に近づくな」だろう。聞かずとも分かったので言い返す。
「ソレイユに会わせてください」
ーー嘲笑。嫌がるサンティエを、ルシエルは無理やり引き取る。
「私に言わずとも、兄上に近づけるなら、近づいてみると良い。もうそろそろ会議の時間だ。記憶に間違いなければ、通られる」
そう言って、去って行った。
遠く離れた場所に、集団が通る。周りには騎士、兵士、大臣、補佐官などが見えて、そして。
端正な横顔を見ただけで分かった。ソレイユ。皇帝らしく飾り付けられた姿。少し違和感があった。
しかし、その顔は変わらない。繊細で美しい鼻筋に、薄すぎず厚すぎない唇の形。彫刻にしようと思っても、この男の顔は難しい筈だ。無愛想さすら、美しい表情にしか見えぬものはいる。
「…………ああ、ほんと」
ーー最低。
自分でもここまで惚れてしまっているとは、思わなかった。口に出したら認めるしかないので、言葉にはしないが、あから始まる2文字のなにかを、ソレイユに感じてしまっているようだ。夢幻だと否定し続ける感情を肯定すると、メルの根本がボロボロに崩れてしまいそう。恐ろしかった。
そんな感情と相反するように、出来ることなら、足を思いっきり踏み込んで、ソレイユの元に駆け出していきたいと思ってもいた。どうせなら、手を握って、「何してるんだ」なんて言い返したい。でも出来ない。
心をくしゃくしゃにされる。ソレイユは、メルの心をいつのまにか勝手に取り上げてしまった。長く彼の隣にいてしまったせいだ。こうなると、分かっていたのに。
「きらいだ」
心の想いを否定するように、嫌いと呟く。
メイドとか皇帝とか、2人を離す距離も、ひねくれた自分も嫌いと言いながら、彼を見つめた。
ソレイユは視線に、こちらを振り返った。
ーー確実に目が合った。泉に光が反射していて、こちらは林の中なのに、彼は気付いた。
眼が驚きと喜びに動いて、次の瞬間揺らいだ。そして、顔をそらされる。メルは地味に傷ついて、ソレイユがバカなことを考えていそうだと思った。愛とかなんとかいうものより、それにイラついた。ソレイユはメルを怒らせるのが得意らしい。
「縛られるのは大っ嫌い。恋情で何もかも犠牲にするくらいならそんなものいらない」
自由が、メルの在り方。
「愛なんて、知らない。恋も何もわからない。でも、ムカつくのはわかる」
ーー勝手にされては困る。皇帝だからって、遠慮しない。これはメルの意地。
全部解決して、絶対会ってこの気持ちをぶつける。黒幕も何もかも捕まえて、ソレイユに勝手に何もかも決めるなと文句を言おう。
まずは、性格の悪いルシエルを利用するのだ。




