12.メル+ソレイユ
「……物事は連鎖していくもの」
主人が窓際に立って、外を見る。
部屋は、大きなガラス窓になっていて、少しいじると外に大きな大きな樹を見ることができる。盛花国が祀る聖樹は、天高く葉を伸ばして、根は地に深く潜っていた。じっと見つめる。聖国から戻った後、この聖樹の下で祈りを捧げていた姫を思い出す。
「上層部は犯人を全力で探しているけれど、見つかることはないでしょうね」
主人は困ったような表情で椅子を引いて、メルを座るよう誘導する。
「注目すべきは、全ての繋がり。
まず立太子式。襲撃があり、人が魔物になった。この時、有利な立ち位置に立っているのは皇族、皇帝、教皇、貴族、一応わたくしたち。不利な立ち位置は、主宰になる皇室、皇太子、そして、貧民に近衛。この時の不祥事で、一部の人間は責任を取ることになった。
紐を引いていたのは第1皇子に、皇帝。ここで、裏には女性問題。大麻も生成され、すでに流れていた。中毒者、流通者が裏通りにいたわ」
「どうして、皇帝はそんなことをしたんでしょうか」
「そうね。皇太子に対する牽制、欲望への一歩を踏み出したというところかしら。感情は揺れ動くものだから、わたくしには結果で読み取るしかないけれど」
ーー次に、第1皇子の失脚ね。
「彼は皇帝に潰された。詳細はメルの方が知っているわね。盛花国に目をつけていた動きをしていたから、彼がそもそも大麻を流す役目だったと考えてみたの。愛妾問題も、一度そこで完結する。
皇帝の寵愛で生きる女性が、わざわざ第1皇子に金銭を流していたのは、後ろ楯を得るためかしら? 皇帝は欲望さえ与えていれば、与し易いのにそんなことをする必要はない。では、第1皇子への愛情? 金銭的な繋がりで密会するなら、可能性としては低いわ。彼女が大麻に依存していたなら、分かりやすい」
「嗜好品として、かなり以前に流れていたということですね」
「そこから、盛花国の麻が大量に聖国に向かっている。これは完全にわたくしの落ち度」
「…………」
メルとルルが聖国で活動を広げた頃か。2人が動きやすさを求めた結果、そうなったと。
「私たちが気付けなかったのが、悪いです」
「終わったことだから、メルも気にしないで」
「……はい」
「それから、古代の魔物と大聖樹。……あとから大事なことを話すから、覚悟をお願いね」
ごくりと息を呑んだ。主人が覚悟しろというなんて、並のことではないはず。
「わたくし、他国に干渉していい結果を生むとは思えないから、聖国のことに口出しはあまりしないようにしているの。でも、魔物に関しては別よ。絶対に勝手にさせないわ。最優先は、彼らを抑えることなのだから」
「……姫様」
「魔物は生まれていい存在ではないの。それだけじゃ飽き足らず、人を魔物にするなんて、絶対に許さない。許せない」
主人の美しい黄金の瞳がらんらんと光っている。怒っているのだ。
「ルーファが結婚して、わたくしも結婚をしなくてはいけないって悩んでいた時、聖樹が歪んだの。聖樹は大聖樹の枝を継いで、初代が大きくしたものだから、そのときやっと聖国の歪みに気付いた。遅かった。
それで、知り合いの情報屋ーーあとから、紹介するわーーに聖国の現在の情報と魔物の発生報告について調べてもらって、急いで証拠を集めて、聖国に向かったの。精査するほどの時間がなかったから、半信半疑で鎌をかけて、真実だってわかった。でも罠に嵌められてしまってメルは捕まり、わたくしは盟約によって古代の魔物を何よりも優先しなくてはいけないことを利用されて、檻の中に閉じ込められた」
「けれど、この時盟約を破った皇帝は死ななかった。なら、皇帝は皇帝である資格を失っていたのかもしれない。皇太子が皇帝にならねば、盟約の絶対性が揺らぐ」
「…………」
姫様がボソボソと話して、頭の中でぐるぐると思考を巡らせる。その邪魔をしないように、メルは無言を貫いた。
「皇帝に、人を魔物に変えること、古代の魔物に干渉することをアドバイスしたのは確実に教会の人間でしょう。現在、民衆の注目は教皇にしかない。魔物に関する利得、例えば魔物の生まれ方、作り方、さらにはそれをエネルギー化することで、皇帝が権力を握ることができるという言葉に騙されてしまったのじゃないかと思うわ。
さらに、皇帝に大麻を与えたのは、皇太子妃だと思うの。皇太子妃は皇帝たちの死後、自らの罪を嘆いて湖に飛び込んだと言う話を聞いた。あの女好きな皇帝なら、皇太子妃に手をつけていてもおかしくはないし、間接的でも関係値はあったはず。皇太子妃という時の人が飲んだ紅茶ーー例えばローブヒップティーなら、周囲に流行りやすい。嗜好品が流行に上がるには、流行の中心にある人が必要だから。そこで、皇后となることが決定している、皇太子妃が大麻を流していたと考えるべき。皇帝が亡くなり、皇太子妃もそれに続くように死を迎えたなら、その考えはありうる。誰が皇太子妃にそれを渡していたかわかるといいのだけど……」
「……皇太子妃は亡くなられたのですか?」
「そうよ。それは後から話しましょうか。皇太子妃が大麻を流していたと考えると、多くの人間が大麻を摂取しているかも」
「ルルなら、なんとか出来るのでは……」
「連絡可能なうちに、素早く対処をお願いしておいたわ」
気持ちを落ち着かせるため、机の上のティーポットから白湯を飲む。やはり、白湯は体を落ち着かせてくれる。
「これからは、メルが眠っていた間のことを話すわ。
まず1つ、皇帝が死に、皇太子が皇帝になることが決まった。
2つ、皇太子妃が自ら身を投げて、亡くなった。
3つ、皇室が権力強化に乗り出し、勢力を広げている。
4つ、これから強制的に皇室から、盛花国は排除される」
「皇帝が亡くなった場に居たのは、わたくし、殿下、そしてメル。もちろん、この3人が疑われる。皇帝を守れなかった罪の責任を誰かが取らなくてはいけない。そして、それは殿下が庇ってくれた。私たちの無罪を主張してくれたの。命の恩人だわ」
「……ソレイユは皇帝になるんですね。私たちの責任を取って」
「そうね。孤独な玉座に1人座ることになる」
「…………」
「次に、先ほど話したけれど皇太子妃が亡くなられたの」
「……そうですか。直接会話したことはなかったんですが、美人な方でした」
「これで、皇太子妃の座は空き、多くのものがその席を奪おうとしてくるでしょう。皇后の座は埋めなければいけない。悲しいことだけれど、それが現実。メルは殿下のこと、どうなの?」
「好きですよ。認めたくはないですけど」
「好きなら、後悔する前に動いてあげてね。わたくし、ソレイユ殿下お気に入りなの」
「……皇后なんて、無理です」
「そこは考えましょう」
主人は話を続けていく。
「あとはこの2つが問題だわ。皇室が権力強化に乗り出し、勢力を広げていること。これから強制的に皇室から、盛花国は排除されること。
はじめは、皇室が教会に対する対立を始め、勢力を広げているの。そのうえで、盛花国はその教会と皇室の権力闘争に関わらないように、強制的に排除されることが決定してしまった」
「それは、きついですね。地下での真実を知っている人間がソレイユしかいなくなり、この闘争を謀った人間は捕まらず、その目的だけが達成されてしまう。皇室は盛花国が邪魔だって考えてるってことですよね。皇帝に対する容疑があるから、盛花国の手は簡単に遠ざけられるし」
「黒幕は、皇室と教会の対立を煽っているの。大麻流通の裏で、人間を魔物に変えるなんて禁忌に手を出させる。教会が忌み嫌うことのオンパレードよ。さらにそんな状況下で、教会の地下にて皇帝が死ぬ。教皇は何をしていたのかという話になる。教会は濡れ衣を着せられて、怒らないはずもない。
下手人は、聖国・盛花国の両国に詳しく、頭が良い人間だと思うわ。そして、それもわたくしが忙しい時期を狙って、こんなことをしていた。そして、タチの悪い幻のままでいてほしいとも思う。大聖樹に干渉できる人なんて、わたくしたち以外にいないと信じたい」
「単純に考えて、黒幕は教皇じゃないんですか。魔物に関することで、教会が関与してる点を見ると、関連はあると思うんですが」
「教皇なら、この状態は望まない。古代の魔物の危険性を分かっている人だから。そして、教会が権力を握っている状況でこんなことをする意味がない」
「……黒幕は姫様にもわからないのですね」
「そうね。情報次第だけど、人ではないのかもしれないと思っている」
主人は頭を上げて、メルを見る。
「話さなきゃいけないことがあるの。聖国のことも大事だけれど、こちらの方がわたくしには重要なこと」
そう言って、告げられた中身は壮絶だった。主人が長期間一人で抱え込んでいたもの。そして、女王になったこと。
「ーーーーーーーーーーーーーー!!」
長いお話の果てに、メルの頬から涙が溢れた。
主人の部屋から戻り、1人声を出さないように、顔を覆って涙を流した。泣いたことは絶対、誰にもバレたくない。でも、苦しかった。どうして主人にはこんなに困難が立ちふさがるのだろう。その助けに自分は全くなれていない。それどころか記憶を無くして、使えない棒切れみたいに立ってることしかできない。
姫様がいつのまにか女王になり、ソレイユが皇帝になったという話を聞いて、自分は一体何をやっていたのかと思った。彼らはきっと、何かを犠牲にして、守るために王になった。メルは一体この2人のために何ができるのだろうか。負けたくない、逃げたくない。絶対に2人の足手まといにはなりたくないと、メルは軽い運動を始めた。
♢
「……毒抜きします」
「毒抜き?」
ルルに突然部屋に引っ張られて、ソレイユは混乱した。
「……精神作用系のものはなるべく早く対処しないと、面倒なことになるんですよ」
ーー自分が毒を飲んだということだろうか。
「何に入れられてるか、分からないので」
「毒は効かない体らしいんだが、なにかあるのか」
「皇族の体って変ですよね。でも、薬は効くんですか?」
「まあ、滅多に怪我をしないから使わないが、効いたはずだ」
「じゃあ、毒が効かないっておかしいですよ」
ルルは、薬も過ぎれば毒となると言う。毒も加減を間違えなければ薬となるのだから、ソレイユの体は毒の影響を受けないはずがない。
ルルは治療を施しながら、話をする。
「もう戴冠式ですね」
「……ああ」
「皇帝になるんですね」
「メルとはもう、このままですか」
「…………ああ」
「聞いたのですが、あの場にいたのが姫様とメルだったから、メルが罪を被ることになりそうだったと。それを庇ってくださったそうで」
「…………」
「ありがとうございます。それだけ言っておきたかったんです」
ルルは汗や尿をよく出すように、水をよく飲むように言った。ソレイユの腕を掴んで、血行を良くするマッサージをしてくれる。
薬風呂に漬け込もうかなんて、ルルは呟いた。
しばらく、無言が続いた。
「メルを愛してますか?」
「愛している。でも、メルは私を好きじゃないだろう」
「天邪鬼だから、そこは理解してください」
「…………」
「後悔をしたくないなら、気持ちを伝えて、メルを抱きしめてあげて」
「……愛してる、か。愛って何だろうな」
大したことのできない男だと、ソレイユは自分のことを思っている。結局、かけられるのは自分の命くらいで、メルに自分があげられるものは何もない。
「皇帝になって、メルを救えるなら。いくらでも皇帝になってやるんだが」
それくらいしか、ソレイユにあげられるものはなかった。
誤字脱字が多くて、申し訳ありません。リロードボタン押し間違えの被害に遭った悲しい回です。作者は幻と消えた最初の文章を追い求めています。




