表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

2.


 次の日。予定では、皇城から教会の本部に移るはずだったのに、主人が思ったよりも歓迎されてしまい、しばらく滞在することになった。


 あんなに先代たちは虐げられてきたのに、主人の処世術と言ったらどうなっているのか。

「あら、人間だれしも見てもらいたいものがあるの。それを外すことがなければ、人と触れ合うのはたいして難しいことではないわ」

 そう言って笑った万能のお方の心は全くわからなかったが、誇らしい主人だ。


 ルルとメルの仕事は片方が主人を代行し、もう片方は主人をサポートする側近としての役割を与えられている。自分の得意とする分野で入れ替わることで、影武者としての役割を完璧に果たす。そのおかげで異例の双子であっても、影として任じられた。


 ルルは主に礼法や処世術に長け、舞踏会やお茶会に参加する役割を与えられる。縫い物や刺繍なども得意である。マナー、礼法と言う女子淑女が社交界で出るのに必要なものは全て習得済み。医療や薬草に詳しく、中でも毒物の専門家だ。得意なのは、どんなことを言われたとしても冷静に判断できることだ。精神力が段違いで、土壇場に強い。

 

 メルは学問と体術に秀でていて、礼法には手をださなかったが基本的なものは履修した。魔術学を幼いころから専攻しており、アクセサリー作りが得意だ。変装術のプロであり、得意なのはその場の空気を読むことで、会話の流れを掴む。わざと空気を読まない時もある。罵声には強いが、親しい人間が罵られるのは耐えられない。


 双子らしく、話さなくとも相手の気持ちを理解して行動する女性たちだ。

 ただ2人とも性格が少し曲がっていてーー本当は大分だがーー皮肉屋なのがたまにキズ。主人がおおらかすぎるので、性格が悪いくらいがちょうどいいと思っている。


 そんな彼女たちは、皇城で困惑していた。


 ーー子どもがいっぱいだ。


 大広間に貴族、皇族多数の子どもたちが集合しており、各々楽しそうに遊んでいる。そこに招かれたと嬉しそうな主人は、あからさまに馬鹿にされているのに気にしない。良いと思ってここに招待したのであれば、皇帝たちはおかしい。


 主人がいくつだと思っているのか。見た目は幼くても、心は大人。成人を迎える報告をしに行ったのだ、わからないはずがなく、理解しないならあまりにも傲慢だった。


「……姫様ー」

「あら、みんな良い子たち。わたくしも遊んでくるわ」


 そう言って、パタパタ走っていかれた。やはりお心が広すぎて、メルにはまだ分からない。


 主人にかかれば、世の中のみんないい人ですよ。


 そんなことを思っていると後ろから気配がして、周囲がザワザワと動いた。なにか、嫌な予感がする。


 壊れた人形のように、メルは後ろを振り向く。振り向きたくないが、振り向かざるを得ない。


 ーーうわ。


 昨日見た皇族だ。外見がシャンデリアの光でキラキラしている。

 身の内から光を放っているハッとする顔立ちで、認めたくはないがやっぱり綺麗なのだ。


 彼はこちらを見て、はっと気づいたそぶりをする。そしてこちらに歩を進めてきた。

 

「……あなたは」


 ーーえええ、なんで分かるのー。


 入念に入念に、姿を変えた。今回の招待は公人としてのものではないので、自分の顔は使えない。側付きの侍女として平均値を割り出して、特徴のない姿にしたのに。いてもいなくても目立たず、人の間に入っても違和感のない格好だ。


 そろそろと後ろに下がるが、下がるごとに男がついてきた。追い詰められるのは、嫌だ。


「……どなたでしょうか」

「覚えていないのか……昨日会ったろう」


 傷ついた顔をする男。いや、まず話しかけた相手の顔が違うことに疑問を抱け! 


 そもそもこの男は、誰。近づきたくなさすぎて調査しなかったけれど、結局調べなきゃいけないかも。


「なんでいるんですかー」


 小さく口だけで呟いたのに、聞こえたのか「子どもがいるから」と答えた男の前で、よちよちと歩き回っている多分、彼の息子。すごく元気がいい。何歳だろうか。


 この国の皇族ーー聖職者を抜きにしてーーそういえば子どもを残さないと、能力がないと見做されるのだった。闇属性に対抗する光属性を持つ子どもが産まれれば生まれるほど、皇族たちは優遇される。

 彼は20代半ばほどだろう。子どもがいない方が変で、絶対夫人がいる。だが、父親がわざわざこんな場に連れてくるとは、やはり普通の皇族とは違う。


「ははは」


 呆れた笑い声が口から出たのだが、真剣な顔でこっちを見ている。メルは遠い目になった。


 昨日の人間と同一人物だなんて、ばれたら影失格なんだけど。どうして分かるのだろう、本当に問題だ。人違いであることを願う。


「申し訳ありません。どなたか人違いをされていませんか」


 そう告げて人ごみの中に入り、中央階段から迂回して、反対側入り口付近から主人の様子を見守ることにした。子どもと馴染めているか心配だったのだ。


 だが、その心配は杞憂で、主人はその可愛らしさで周りを魅了していた。


 今はその光り輝く黄金の瞳を隠しているが、若緑の美しい髪色と咲いたばかりの瑞々しい花のような肌のハリ。長いまつ毛をパチパチさせ、全てに興味津々な顔をして子どもたちの中にいる。可愛すぎる!!


 メルは優しくて可愛い主人が好きだ。ある分野では時々暴走されたりもするが、お心が広く、メルとルルの気儘な性格も許してくれる。彼女以上の主人なんていない。


 1人の少年が花を持って、彼女の前に立ち、一丁前に膝をついて、頬を染めながら差し出した。主人は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


 ーー何のつもり、あの子ども!! 姫様にプロポーズなんて1万年早いわ。


 すると他の子どもたちも揃って人形やリボン、ペンダントなど自らの手元にあるものを主人に手渡しはじめる。


 あっという間に持ち切れる量ではなくなり、半分下に落とした。それでも子どもたちは主人にプレゼントするのをやめない。

 体が動きそうになったが、メルより一足早く、ルルが動く。主人の手元から荷物を受け取り、侍従に任せるのだ。


「あの子、大変そうだね」


 後ろから、また声がした。回れ右して、逃げたい気分。


「……ああ、おられたのですねー」


 なぜ、ついてきてる。振り切ったと思ったのに。

 メルはもう開き直り、どうにか追い払おうとした。このままでは仕事ができなくなる。


「あの、仕事の邪魔なのですが」


 はっきり言えば、聞いてくれるはずだ。聞いてくれなくても、『邪魔』だと言えば気分は憤慨して、興味をなくしてくれるだろう。


「邪魔はしないから、待っていてもいいか?」


 だが、彼の返答は待つというものだった。


 前向き思考すぎませんかー。ため息をつきたくなった。


 メルはこれ以上強く言わず、放って聞き込みをし、情報収集と貴族の勢力図の書き換えをしていた。

 子どもがいる場で待たされているなら、大人の暇つぶしは主に会話。噂話は皆好きなので、自然と会話に溶け込めば情報は得られる。昨日の情報収集とあわせて整合性を確かめ、皇族と貴族の関係性に変わりがないことを感じて安心する。

 我が国の情勢に影響のない程度に、反発し合い協力し合ってくれている今の状況が最適だ。


 あとは教会内を調べて儀式を終わらせれば、問題はない。


 それを終わらせて主人を迎えに行こうとしたところ、彼はどこにも行かず窓際で本当にじっと待っていた。

 

「ご用事は?」

「名前が知りたかった」


 それはわざわざ待つほどのことだろうか。


「昨日、聞いても答えてくれなかったからな」


 メルの心を読んだように、彼が答える。昨日は訴えられると思って逃げ去ったが、この男はそんなことをしたくてメルに名を聞いたわけではないようだ。


「私の名前はソレイユという。名を呼んでくれないか」

「……? ソレイユ?」


 メルが名を呼ぶと微笑んだソレイユ。なんでそんなに嬉しそうなのか、メルには全くわからなかった。


 ーー変な男。


 単純に変な男だと思った。


「えー、ところで名は……」

「メルです」


 自然と本名が口に出ていた。ただのメル。偽りの名ではなく、2音の簡素なその名を伝えたのはどうしてだろう。自分でもわからなかった。


 私の名はメル・コピリエ・ターシャリー。彼女が受け継いだ称号。誇らしい主人を守る影ーー「写し身」の苗字を受け継ぐ前、彼女はただのメルだった。


 どうして、私の名前を聞くんですかとポツンと独り言のように聞いた。ソレイユの返答はとてもシンプル。


「気になるから」


 そうして、また別れた。



 メルはいつになく相手に振り回されて疲れたので、夜はルルに抱きついて眠った。


 抱きつきながら、ソレイユという男についてルルに相談した。


「訳わかんないんだよー」

「案外、メルが好きなのかもねー」

「顔変えてるのにー?」


 それは変だね、気になる。ルルも真面目な顔になり、メルと顔を合わせた。影として、正体がバレるのは責任問題だ。


「誰か聞いてみたの?」


 昼に彼の正体を聞いてみたが、誰も知らなかった。皇族は本当にたくさんいるのだ。皇城だけにいるわけでもなく、とにかく金髪金眼がその資格だ。

 

 今回、わざわざ呼び出されたと考えるべき? でも、皇城に詳しいと言っていたのに。あれだけ目立つなら、皇族として話題にならないはずがない。


「何もわからなかったー」


 本格的に調べる必要がありそうだ。


 相手の正体がわからないと対処しようもないねー。顔で判別してないのかな。


 ルルと相談して、メルは一芝居打ってみることにした。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ