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11.メル


 ベッドの中で、目が覚めた。体が不思議なほど、活力に満ちている。

 一面の白い天井、柔らかい感触が背中に触れていた。これはかなり寝ていたなと、寝返りを打った。体をくっと伸ばして、花の香りに気づく。

 甘い甘い、蜂蜜のような匂い。花々が調和して作る、不思議に満ちたもの。香水では作れない、特殊な香り。

 窓の外は、花園が見えた。どこまでも、どこまでも広がる色とりどりの彩色は、メルが長年見慣れたものだった。


 薔薇のアーチに、城の窓に蔓薔薇。細かな網状に赤茶のレンガ。見あげれば、白石の階段に続く空中庭園がある。


 虹に準え、縦に列をなすチューリップ。シクラメン、ポピー、サルビア、ルピナスなどなど。季節関係なく、一面に咲き誇る。風に花びらが舞い散って、窓を開いたメルの元まで届いた。


「……なんで」


 メルは驚きに目を見張った。


 ここは、盛花国都市リース、王城プロミシオンの自分の部屋だ。最低限に置かれたベッドと机、ソファに化粧台。あとはほぼ本。魔術書と娯楽本などなど。殺風景で何もないのは、そもそも物を多く持つタイプではなく、大事にしているものは全て聖国に持っていっているからである。


 なにも覚えていない。どうして帰って来てる。


 ーー人を呼ぶ為に、鐘を鳴らす。


「目覚めたか」


 やって来たのは、ルーファだった。飾り気のない身動きしやすいシャツを着崩している彼女の表情は、ただでさえ気が強く見えるのに、いつもよりも厳しい。あまりにも雰囲気が悪いので、茶化してしまう。


「何があったんですかねー、へへ」

「メル、おまえ死にかけてたんだぞ」

「……?」


 死にかけたとは、なんだ。痛みに対する耐性はある方だが、今のメルの状態は目を覚ます以前の自分の状態よりもはるかに良い。死にかけたとは到底思えない体調だが。


「あのなぁ……」


 ルーファによると、メルは脚の腱が切られ、関節は外れ、骨折までしており、それを主人が治療したのだと。しかしそれでも血は足りず、永遠の眠りへ真っ逆さまに落ちかけていたのだ。

 主人も魔法を使いすぎて喀血し、衰弱状態。もうほぼ手遅れという状況で、2人は地下から運ばれて来た。治癒士によって治療が行われるが、怪我の問題ではないため、何も出来ない状態だった。


「⁈ なんで生きてるんですか、私。いや、それより姫様は?」

「……なんとか、したよ」


 顔が青ざめている。真剣な顔が怖い。主人の元に駆けつける為に、動こうとしたが止められた。


「とりあえず、これ飲んで。その後、これ食え」

「へ? なんですか、これ」

「ジュースとアップルパイ」


 ーーは?


「全部放り出して帰ってくるかと思ったのに、あんな城に長くいるからこうなるんだ」


 無理やり口に詰め込まれた。シナモンが効いた香りがしたが、それ以上にそのとろけるような甘さにビックリした。パイの皮は薄く、りんごが食べやすいように小さく切られている。全くしつこさがなく、食感が柔らかいりんご煮という感じなのだが、いくらでも食べれそうなものだ。


「とにかく食え」

「突然すぎて、怖いんですけど」

「美味いだろ?」

「……おいしいです」


 扉をノックして誰か入ってくる。ルル? それとも主人か? しかし、顔を覗かせたのは、そのどちらでもなかった。


「る? るぅ?」

「サリィちゃん、げんきでしたか?」


 ルーファの娘のサリィだ。茶髪に茶目の元気の良い子。パチパチと目を瞑り、こちらを見上げている。

 突然現れたルーファの夫が、サリィを抱えて笑っていた。


「しっかり食べられてますね。私の一族に伝わる林檎ですよ。体を回復させる薬です」


 なんと、そんな貴重な物を。


「ミハエルさん、でしたかー? 遠慮なく頂いてますけど、一族に伝わるって、絶対特別な物でしょう? いいんですか」

「大丈夫。ルーファのお願いですから、トクベツに」

「甘いもの好きなルーファが、こんな風に甘い物くれるなんてー」

「……しつれいな」


 ーーほんと、信じられないほど美味しい。

 

 パクパクと口に入れる。舌は肥えている方なのに、こんなに美味しい食べ物は食べたことがなかった。皿があっという間に空っぽになり、ジーっと見つめる。


「もっと欲しいですか?」

「いや、貴重な物そうなので、欲はかきません。でも、次の機会があればぜひ」

「……ふふ、そうですか。それは私が作ったものなので、普通のリンゴで良ければ、また作りますよ」

「あ、そうなんですねー。よろしくお願いしますー」


 メルとミハエルのマイペースな会話が展開されるのを、ルーファは変な目で見つめていた。


「一旦戻る。まだ安静にしとけ」


 そう言って、3人は帰って行った。肝心なことは何も教えてくれなかったルーファは、いつもの調子だ。結婚さえ教えてくれなかったやつなのだ。メルが聖国にいたからって、報告忘れたとか言いやがったやつなのだ。大声でぼやいてやれば、なにか教えてくれるだろうが、それをわざわざするよりも主人に聞きたい。


 体は痕跡を残すことなく、怪我一つない。思い返そうと思っても、気付いたら盛花国に戻っているという空白。月日にして、2ヶ月は経っていた。自分だけ、別世界に来たみたいだ。

 足を動かす。ずっと眠っていたのは嘘ではないようで、筋力が弱っている。体が痩せていた。ほぼ寝たきりだったと考えると、無理やり体を動かすのは得策ではなかった。


 しかし、主人の元にはいかねばならない。何が起こったのか、確かめなければ。


 主人はベッドサイドにもたれかけ、資料を読んでいた。同時に何か作業もしていたようだが、メルが目の前に現れると手を止めて、笑った。にこりと笑う主人はとても美しいのだが、それに誤魔化されてはいけない。


「……うふふ? いつ来たの?メルの気配を消す能力は素晴らしいわね」

「体調はどうですか」

「心配しなくてもいいのよ、問題ないわ。力の加減を間違えただけ」

「……姫様、教えていただきたいのですが、聖国で何があったんですか。私、何も覚えていないんです」

「……あら?」


 首を傾け、不思議そうにする主人。パチパチと目を瞑るのは、サリィとどことなく似ていて、困る。


「全部、話して下さい。何が起こってたのか」


「怒ってるの、メル?」

「怒ってはいませんが、何も分からなくて苦しいです」


 ーー私、姫様の『写し身』です。姫様の影です。共有してくれませんか。


 主人は、その深い思考で考え込む。「思い出さない方がいいと思うけど、ルルもルーファも知っているから、わたくしから話した方が良いかもしれないわ」と話す。

 どこまで覚えているのかを確認されて返答した。


「そうね、まずはあの時のわたくしの状態について話すわ。聖国で結婚相手を探すことが目的だったのだけど、それ以上に大事なことができてしまって。交渉をしに、皇帝に会いに行った。でも皇帝と話して、この人の状態はおかしいと思ったの」

「交渉ですか」

「交渉は古代の魔物に関して、よ。古代の魔物の研究は、行わないように決められてる。神聖ドゥトゥールの失敗を知らないはずがない。それを訴えたのに、常識が一切通じなかった。過去繰り返し行われてきて、実績が乏しく、愚かにすぎる実験に手をつけて、成果があると思い込んでいた。破れば死んでしまう盟約も気にしなかった。条件如何にせよ、自分の命をそう簡単に掛けられる人ではなかったのに。欲望のまま、長生きしたいと思っていたようなひとだったわ」

「無駄に狡賢くはありましたよね」


 ーー説明するのに先に、別の問題について話しましょうか。これも大事なこと。


「麻はわかるでしょ? 我が国にある、花を咲かせる植物」

「分かります。茎から、根から色んなものに使われてますよね、布だったり、油に、紙に、飼料だったり」

「そう。使い勝手が良くて便利。でも、今は悪用されている」


 ーーこれが、その原品。裏では大麻と言われてるわね。


 棚から何やら緑のものが取り出された。手のようにも見える、5つのギザギザの葉っぱ。


 これは乾燥させられて、タバコとして使われたり、時には()()に混ぜられてたり。嗜好品によく使用されているの。それが4年以上前から城下の裏通りに流通していたのではないかと、私は推測しているわ。

 これを他人が摂取すると、幻覚、幻聴、興奮作用、依存性、他にもいろんな要素が見られるわ。人の感情が表に出やすくなって、脈絡のない会話と喧嘩がすごく増える。思考が単純化され、思い込みが激しくなるのでしょう。これを手に入れるために、どんなことでもするようになると報告が上がったりもしている危険なものよ。

 それが巡って社交界で流行り、皇帝にまで、いいえ、皇帝に繋がったと考えるべきかしら。

 

 メルは話の中で違和感に気付いた。

 主人と会う前に飲んだ、配合が甘いと思ったローズヒップティー。蜂蜜を投入しなければ、酸味が強い飲み物。味が誤魔化しやすく、美しい色味で女性受けがしやすいもの。あの中に、これが入っていたのではないだろうか。

 皇帝は女性問題が酷かった。愛妾や公娼、妃に、皇后、どこからだろうが、飲む機会はあっただろう。


「……紅茶」

「心当たりがあるようね。なら、メルも大麻を直に摂取したとして」


 ーーメルも、大麻による錯乱状態にあったと考えるべきね。それプラス魔物たちにも影響を受けていた。


「錯乱状態ですか」

「メルは地下にいた時、ひどい怪我をしていた。でも、立ち上がって対抗していたのよ? かっこよかったけど、それは大麻によって痛みが麻痺していたのかも。そして、皇帝もどこかで長期的に摂取していて思考が単純化した」

「紅茶、皇太子も飲んでたんですが、大丈夫なんですか」

「長期的な摂取をしなければ、彼らは大丈夫でしょう。殿下はとても頑丈なようだし? 念のため、ルルに頼んでおきましょうか」

 

 地下にいたメルと主人を助けたのも、ソレイユだと言う。詳しく覚えていないのが、悔やまれる。


「ってことは、大麻の流通は止めたんですね」


 ()()()()()()を行わないようにすれば大丈夫なら、もう対処は終わっていると言うことだ。


「教会が規制したわ。その効力が人の耳に入る前に静かにね。炭を融通して毒だと言って無理やり、吐かせたりもしたみたい。あとは、種の問題かも。悪用しなければ使えるのだから、どうかそのまま正しい使い方をして欲しいものだけどね」

「大丈夫そうですか?」

「なんとかしてもらわなければいけないわ。聖国のことにわたくしは手を出さないから」


 ーーで、本題に戻りますけど。結局はどう言うことだったんですか。


 大麻によって侵された愚かな皇帝は分かった。しかし、大麻を皇帝に摂取させたものは一体誰なのか。古代の魔物の研究を押し進めていたものとは。


 そして、あのあとなにが起きたんですか?




メルはマリー女王が治療してるので、薬による影響は消えています


※申し訳ありません。修正しましたが、ポピーに似てるのは、芥子です。大麻ではありません。混同表記がありました。

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