9.
「追い詰められましたわね」
マリー王女は追い詰められたと言いながら、即座に古代の魔物たちによる瘴気の影響を消す。黄金の壁を張り、一時的に空間を離別した。しかし、メルの体から力が抜け、意識は途絶えたままだ。
「メル、メル? これは」
「……殿下、メルを支えておいてください」
「どうするのだ」
マリー王女に何か出来るのか。一瞬逡巡したように手を止め、手をかざし直して、メルを光で包んだ。もしや、治癒の力か⁈ ソレイユは驚きに目を見張る。
「……ああ、メル。ごめんなさい、わたくしが盟約に縛られていなければ、こんなことにはならなかったのに。何よりも古代の魔物を優先しなければならないという誓いがなければ、こんなこと許さなかったのに」
ーー盛花国に引き篭もり過ぎてしまって、気付くのが遅過ぎたわ。
マリー王女は、全ての責任が自分にあるかのように話す。国の中にいたソレイユでさえ事態を把握できていなかったのに、彼女1人で、どうして解決できたというのか。
そんな中でもメルの体の傷が、再生していった。聖国の治癒専門の神官たちも、こんな速度では癒せない。治癒士たちの力は、人の中にある自己回復を高めて再生を行うだけであり、ここまで弱っている人間をこうも簡単に回復させてしまうとは。
封印を行い、浄化をし、植物を育て、空間を別離させ、治癒を行う力とは何なのだろう。皇族など、比べるべくもない。
「万能なのだな」
「……この力のために、背負うべきものも多いのです。他言無用ですよ」
「盛花国王族が秘められた存在なのも、これが理由なのか」
マリー王女は無言を通した。
「これから、どう致しますか」
「地上に戻らねばならないだろう」
地上にいたとき、念の為宰相にも連絡していた。あの男なら、きっとここまで辿り着ける。だが、時間がかかる。体がさっきから小刻みに震えている、マリー王女も持たないだろう。
「無理やり、突破するか。皇帝なら、ここから抜け出す方法を知っているはずだ」
「大宰相に、まだ神官たちも残っていますね。でも、そう簡単にはいきませんの。枢機卿以上の位についている、高位の聖職者が必要ですわ。ここは聖国教会の地下ですから」
「入って来たなら、居るのではないのか?」
「皇帝の権限で開けましたから」
「なら」
開けられるのではないかと言おうとしたが。
「無理やりでなく、彼らの意思で開いてもらう必要があるんです」
そう遮られた。脅されて、ここまでの道を開けるようでは意味がないのだとマリー王女は言った。
ーーなんとか、できないのか。
皇帝自らの意思で、ここを開いてもらわねば。
シールドの外を見る。
蔓に縛り上げられ、立ち上がったと思った皇帝は瘴気の影響を受けて、また気を失っていた。大宰相その他も、気を失っている。
しかし、なぜか立ち上がり、ふらふらと魔物たちのそばに向かう。意識は戻ってないようだが、足取りは明確にそちらに寄って行った。自ら入り口のない枷の中に、足を踏み入れる。
「皇帝⁈ なぜ、古代の魔物に近寄っていくんだ」
瘴気に塗れれば、いくら皇族といえど、生きてはいられない。浄化なしでは、その毒気にやられる。そして、皇帝に連なるように、複数のものたちもゆらゆらと歩き出す。そして、そのまま。
「!!」
ーー先まで脅威となっていたはずの皇帝は呆気なく、死んだ。ソレイユたちをさらに追い詰める形で。
これが魔物たちの力なのか。
「……っ、どうすれば良い」
マリー王女がこのシールドを持たせられなければ、ソレイユたちも同じ目に遭うことが予想がついた。それに、メルも回復したとは言うが、そもそもが弱っている。呼吸は浅く、血の気もない。外見の治癒では、無くなった血は回復していないようだ。
魔物たちの呻き声が、鳴り響く。血が流れたために、より興奮していた。瘴気はさらに蔓延して、範囲を広げる。
ーー追い詰められている。
マリー王女は覚悟を決めたと息を吸う。
「……殿下、共犯者になって下さりますか? メルを救うために、この後の人生、すべて賭けても良いと。あの時も散々怒られたでしょうけど、それ以上に怒られることになるかもしれません」
「愚問だ。私の人生などで済むなら、この血が流れて救いとなるのなら、いくらでも捧げよう。メルが生きられるというなら、代わりに私の命を奪ってくれてもいい」
マリー王女は、少しも迷わずそう告げたソレイユに笑った。
「ふふふ、メルったらとんでもない方に好かれてしまったのね。わたくしもそれぐらい想ってくれる方を見つけなくては」
彼女は立ち上がった。新緑の髪がふわりと舞い上がる。
「わたくし、人に賭けるのが好きなの。今回は殿下、あなたに賭けました」
「マリー王女」
魂が荘厳さに、光り輝く。もし神に魂があるのなら、こんな色をしているのだろう。
「マリー王女ではありませんわ。改めて、自己紹介します。この度、盛花国王を務めることになりました。マリー・フルーフ・プレーシアですわ」
ニコッと笑う。最悪を考え、事前に女王となっていたことが、魔物たちの檻に縛られる結果となったが、今2人を救えるなら良かったとマリー王女は思う。
彼女は空に手をかかげた。花びらが、暖かい光が、奇跡のように、地下を照らす。大聖樹の根を通して、これまでの盛花国の血族の力が降ってくる。
ーー宙に、天に、地に、花を。楽園の中で、安らかな眠りについて。
マリー王女の髪が、体が、温かな光で溢れる。それは女神の癒し、深い眠りを与える大地の、慈しみ。神の力。奇跡をソレイユは目にした。
光に照らされ、興奮していた魔物たちが沈静化していく。
マリー王女が膝をついた。彼女の体も力を使い過ぎて、限界に近い。だが、まだ最後にしなくてはいけないことがある。
「盟約は、女王にのみ、与えられる。さあ、縛り合いましょう。あなたに皇帝の権限を授けます」
「……っ」
黄金と金が輪になって、結ばれる。古来の盟約。命よりも重い、魂を縛る魔法陣が降って来た。皇帝はこのようにして生まれて来たのか。
皇太子になることすら嫌がっていたソレイユが共犯者として、皇帝になった瞬間だった。
「殿下、言いましたわね。わたくし、あなたなら出来ると信じておりますわ」
彼女がソレイユに、あとを任せる。
「……かはっ」
喀血。大量の血をマリー王女ーーいや、女王が吐き、倒れた。ソレイユはそれを支えて、メルを抱き起こす。
メルがその動きで、目覚めた。寝ぼけているようで、目を瞑っている女王に声をかけている。か細い、悲しい声だった。幻を見ているのだろう。
「……あれ、姫様、お眠りになったのですか? 姫様が、寝ているのは久しぶりですね、姫様の好きな眠り詩、歌いましょうか……」
「……メル」
口を薄く開く、メルが、かすかに耳元で歌を囁く。
「……花のねどこに、手をかけて、春のめがみはおとずれる。
……ちいさな子どもは、おねむりと、ゆらりゆられて、こんこやり。
……夢のねどこに、手をかけて、愛する子どもはおやすみと、はなびらひらり、ねんねこや。
……春のらくえん、あたたかな、ねむりやねむりに落ちゆこう」
柔らかな春の暖かさに包まれて、子どもと一緒に眠りたいと言う詩だ。メルとマリー女王と一緒に盛花国の花園の中で、昼寝をしていた時に歌っていたもの。
幼くても、メルはずっと姫様を守っていくのだと誓いながら歌っていた詩だった。ルーファも、先代たちも歌ってくれた詩。
ソレイユはマリー女王を背負い、歌い続ける朦朧した表情のメルを抱き上げて、元来た階段を進んで行った。メルの歌声を止めることはなかった。
ーー地上に戻ると、そこは朝。
どうにかして、地下に入ろうとしていたのだろう、宰相、弟のルシエル、そして、盛花国の騎士らしき見知らぬ人間1人、そしてルルがそこに並んでいた。他にも大勢の人間がいた。
「兄上!! 心配したのですよ。一体何をしてこられたんですか。わざわざ古代の魔物の元に行くなんて危険なことは私に必ず報告してから、行ってください。でないと状況が掴めずに、どうなることかと思いました」
「ルシエル、来てくれたんだな。ありがとう」
「「メル! 姫様!」」
「……ルルに、ルーファ?」
「姫様!! 血が止まりませんね。どれほど力を使われたのですか。命にかかわりますよ! 今すぐ盛花国に帰らなくてば。ルルとメルも一緒に。何やら色々やらかしてしまったみたいなので、盛花国に一旦下がらないとこれは……」
「殿下、にマリー王女とは……? 皇帝陛下はどうなされました」
「皇帝は死んだ。魔物に喰われた」
「……⁈ どういうことですか。皇帝を弑虐したというわけではなく、魔物に殺されたと……」
「そして、私が皇帝になった」
「……はっ?」
「ーー神の裁きだ」
それぞれの事情が合わさり、訳のわからない報告になってしまったが、事実としては魔物に殺されてしまった皇帝の跡を継ぎ、皇太子であるソレイユが皇帝となったということ。盛花国女王が、盟約によって皇帝就位を任じたということが今回の出来事の顛末である。
皇帝死去、皇帝就位という、なんの脈略ないその発表に、宰相周囲皇室に関係のある人間たちは、事態の収拾にてんやわんやになってしまうことなってしまった。最終的には、老い先短いーーなんと皇帝の年齢は68歳であり、健康的に生きた人の平均を軽々超すーー皇帝が、側近たちを連れ、自ら神に身を捧げたという結末になった。魔物に殺されたという事実は外聞が悪すぎて、公表されないといういつもの聖国らしさであった。
民衆たちにとっては、皇帝よりも教皇の方が自分たちに近く、高位の存在であったため、崩御の知らせも一時は話題に上がったが、時期にそれも収まった。皇帝という首位に腰を預け、まとめる者がいれば良いという本音もあるのだろうが。
そして、それ以上にソレイユに混乱を呼んだのは、ソレイユの妃である皇太子妃が、自らの罪を悲観して死んでしまったという事件だった。




