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8.


 言葉足らずに過ぎたので、加筆しました。

 



古代の魔物(ディアボロス)……」


 多数の神話、聖書の訳書がある中で、古代の魔物は特に有名だ。深淵の中の怪物とも呼ばれ、人の欲望や感情を増長し、争いに向かわせると言われる。女神が終わりを迎えて、眷属神たちも各地に別れた時に、地から現れた絶望の悪魔たち。史実では、皇族の祖先たる、救世主が退治したとされている伝説上の魔物だ。実際にはここにいるのだから、退治されたわけではなく、盛花国の王族が封印しているのだが。


「本物ですか」

「そう、素晴らしいだろう? 我らが神の血を引いている証拠でもある」


 ソレイユの精神(こころ)が震える中でも、なんとか気を保たせているというのに、この皇帝は気が狂っているようで、神の血を引いている証拠などと吐かす。恐れを感じないのか? これはそんな言葉で切っていい代物ではない。


「何が素晴らしいですか! 頭おかしいんじゃないの、変態」


 メルが見事、ソレイユの心を代弁する。さすがメルだ。遠慮なく発言して、「盛花国は部下の教育の仕方を間違えているのではないか」と、皇帝が鎖をより強く引っ張った。肩から浮き上がるほどの無理やりな力は、体が弱っている彼女にとっては激痛だろうに、平気な顔をして、皇帝を煽っている。


「そう我を煽るな、簡単に手が滑るぞ?」


 気味の悪い明かりの中で、シャランと高い鎖の音が鳴る。人形のように、彼女の体が吊り上げられた。


「陛下! 短慮です」

「短慮とは片腹痛いな。この者の死は確定していると言うのに」

 

 ーー死が確定している? 皇帝を弑虐しようとした罪でか。


「贄に罠を張っておけば、引っかかるとは思っていたが、混ぜ物(ミックス)が手に入るとは思わなかった。だが、コレは貴重な黄金の混ぜ物だ」

「……っ、くそ、ジジイですね。誰が混ぜ物ですか」


 メルは帽子を剥ぎ取られ、輝く黄金を曝け出していた。髪をまとめていない彼女は、緩くウェーブし背中に流されている。見事な美しい髪色は、こんな場所でこんな状態でなければ、ずっと見つめていたいほどなのに、そんな暇は一切ない。


「神の血が混ざったものが、魔物に変わるか? ハハハッ。そもそも魔物になるくらい、今のなり損ないの扱いと変わらないだろう。神に見捨てられているのだから」

「おまえは、そこにいる生物なんか、比べ物にならない、魔物そのものです」


 恐ろしい言葉だった。予想していなかったとは思わない。

 ソレイユは皇太子となった日、現れた者たちーー悪神信奉者の裏を調べさせていた。だが、予定調和のように、全ての記録が抹消され、何も掴めなかった。皇太子よりも権力のある人間が、情報を握り潰していたからだ。それは大宰相並び皇帝、もしくは教皇などの権力者。


 あの日、ソレイユはその瞳で見ていた。人を魔物に変える、呪いの力。真っ赤に染まった床、血を浴びた者たちはみるみる魂の色を変え、堕ちた。堕ちたというに相応しい変化だった。暗く濁り、腐り堕ちる。


 ーーこの皇帝は、そこまで手を出したのか。


 ソレイユは欲望を、受けてきた。欲しくもないものを、与えられてきた。美しさに、理想を。優しさに、愛想を。権力に、宝物を。

 それは、愛という名の欲望でもあった。ソレイユは皇族に与えられるものを、それはそれは与えられてきた。周りなら、羨ましがるだろうか? しかし、それは彼にとっては苦しみであった。


 12歳のときには、美しい子を産ませるようにと皇帝に女を押し付けられた。皇族の女を相手にしたこともある。美しさゆえに、皇族という権力ゆえに、ソレイユの周りには人間が寄ってきた。欲しくもないものを、与えられることが感情を歪ませた。醜く、苦しい感情が苛む。

 皇太子にもなりたくなかった。普通の当たり前の生活で充分だった。拒否しても、与えられた。


 メルを見て、ソレイユは皇族の義務を捨てた。皇族の義務とは子を与えること、血を増やすこと。そうすると弟が犠牲になってしまった。数年前のことだ。自分に焦がれた令嬢が、隙だらけの末のルシエルに手を出した。……弟は歪んだ。それを融通したのは、皇族だったという。

 皇太子となれば、側妃を作る必要もあると言われたが、そんなものに興味はなかった。その結果が、残酷にソレイユに降り積もる。


 皇帝の下で、皇族として生きてきた日々。喜びもなく、汚れた欲望に塗れていたから、そんなものに縛られないメルに惹かれた。自由な魂に焦がれた。手を伸ばした。

 メルは強く、優しく、決して穢れない。焼かれるような怒りで、その夕焼けの魂で、悲しみすらも受け入れて、憎しみも苦しみも包み込む。


 ーーソレイユから、メルを奪うと言うのか?


「……もう、耐えきれない」


 腰の剣を確かめる。ゆっくり、皇帝に近づいた。

 瘴気への恐ろしさ。皇族が皇帝に逆らってはならないという理性。人間としての本能を超えて、メルへの愛情と皇帝に対する反感が、ソレイユに力を与えた。


「……ソレイユ、おまえ」


 ソレイユは、反旗を起こす。腰元から一瞬で剣を抜き去り、思い切り振り上げ、皇帝の元に斬り込んだ。さすがは皇帝。即座に反応して、ソレイユの剣を跳ね返す。


「皇太子のおまえが、なにをする!」

「皇太子の座など、いらない」


 電光石火の剣戟を受けながら、ソレイユはその身体能力で、皇帝を圧倒する。本気を見せたことがなかった自分の力を解放した。

 皇帝自身が笑いながら、過去に言った。ソレイユの身体能力は歴代一だと。ならば、自分が負けるはずがない。


「何をしている、攻撃せぬか!!!」


 ーー皇帝の大喝。皇太子に攻撃を向けることに、混乱していたようだが、その声でソレイユに複数の光の放射が向かう。


 人が狙いを向けているのだ、走り抜けろ。日頃木に登っている脚力で、壁を蹴り上げ、宙に浮く。その勢いのまま、反転して、皇帝に剣を向けた。

 神官たちの光の猛追の中、縫うように動き、皇帝を力一杯押し出した。


「殿下! わたくしが手を打ちます。メルと時間を稼いで」


 古代の魔物たちの中に閉じ込められていた、マリー王女が抜け出してきた。

 そしていつのまにか、メルも鎖から抜け出していた。どうやったんだ。


「よくやりましたね。皇帝に隙が見えて助かりました。縄抜けは得意なんですよ。関節外れるので、暫く動けないんですけど。なんとかしてくれますか」

「……して見せよう!」


 メルを後ろに庇い、心の底から笑った。

 これで、自分は叛逆者か。それも良い。その方が気が晴れる。メルとならどこまでも行ける。


「補助はします。私と連携してください」

「……初の共同作業だな」

「ふざけてられるなら、余裕ですね」


 彼女は、四方八方から迫る魔法を即座に分析して、ソレイユに伝えた。光魔法、聖魔法は複雑なものも多いと言うのに、メルは迷うことなく判断していく。浄化ではなく、迎撃に集中しているため、範囲魔法が使用されない点では、身体能力に優れたこちらの方が有利なため、メルの指示に忠実に従う。

 ソレイユはそれに反応しながら、皇帝を捌き、神官を切る。一瞬のようで、長時間のような、気の抜けない時間が流れた。

 

「なに……? 王女が逃げ出したか!」


 マリー王女が何かをしたのか、静かに魔法が途絶えた。そして、皇帝が周囲にあった蔓に包まれた。中で叫ぶ声が籠った声で聞こえていたが、しばらくして途絶えた。


「終わりましたか……?」


 メルが肩で息をする。もう体力が限界なのだろう。


「時間を稼いでくださって、ありがとう」

「マリー王女!」

「姫様っ!」


 皇帝が黄金の光に拘束されている。半分眠っているようだ。


「……殿下、そこにいる皇帝陛下は錯乱状態にあられるようですの。4年前に会った時は、ここまでではなかった」

「錯乱? 平常だろう」

「厳しいですわね。でも、一国の皇帝なのですよ? 流石に判断能力が低すぎて、国を滅ぼしかねない者は選別から外されます。以前は女好きの欲望に塗れた、皇族らしい男の方でしたわ。それが、会話も明瞭とは言い難かった」

「それは、姫様の基準なので、信用なりません」

「魔物を作って、聖国が繁栄するだなんて、馬鹿げたことを信じるなんて。誰かに浅知恵を吹き込まれたのか。日常的に精神に作用する薬を盛られていたと思うべきかしら。魔物を作る協力をさせられていたのだから」

「……そもそもの性格ですよ。身を滅ぼしたとしか思えない」


 マリー王女は、メルの息を吐きながらの返答を意に介さず、話しながら、メルの体の容体を見ている。


「メル。それ以上話さないで、血が足りてないわ。血色が悪すぎる。早くここから出なくてはいけない」

「……姫様こそ、一気に力使い過ぎじゃないですか。休んで下さい」

「お互い様だわ」


 2人とも、体調が悪いと言うことだ。早くここを出る必要があるが、どうやってここから出ようか。


 メルの傷口を余分な布を破って縛り上げ、出血を止める。関節も彼女が自分で無理やり戻したらしく、消耗が激しい。


 ーーしかし、今の話で気になることがあった。


「皇帝は黒幕ではないというのですか。なら、何者が」

「……正体不明ね。ただ分かるのは、タチがわるい冗談のような生き物だわ」

「古代の魔物や皇帝すら利用する、誰か? 立太子の際はこうではなかったと」

「時系列としては、ね。そうでなくては、メルを聖国に渡さないわ。わたくしは、ただ大聖樹を」


 話していると、突然マリー王女が宙を睨んだ。壁を追って、木の根に辿り着く。


「しっ。黙って」


 ーー何か捧げられた? 大聖樹に干渉されたわ。


 閉じ込められていたはずの皇帝が、起き上がった。ゆらりと動く様は正気ではない。


 古代の魔物たちが興奮している。瘴気が一気に拡散した。


 メルの身体の力が抜けて、気を失ってしまった。これは彼女の命が危ない。


「最悪の事態ね」

 

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