6.メル
盛花国王族の結婚は、極秘に行われる。身体に欠陥が出ないよう、なるべく血の近い皇族とは結婚をせず、聖国の貴族と婚約を結ぶことが、王族の配偶者の条件となっていた。
本来であれば高位貴族などは、婚約者が幼い頃から決まっているのが通常。
しかし、マリー王女と結婚するには盟約という誓約よりも強い契約を結ぶ必要があり、それを破った時相手は死ぬことになる。盛花国の秘密を知り、それを守り切り、どんな困難にあったとしてもマリー王女を愛せる相手が必要なのだ。結婚相手を選ぶのは至難の業だ。そして、簡単に王族が結婚相手を選べない理由もあった。
「皇帝、皇族が手を出せる機会なのですよねー」
盛花国は聖国に朝貢することによって、宗主国から自治の権限を得て、彼らの支配を遠ざけていた。
しかし、結婚という手段は、勢力を結びつけ、強化させる重要で有力な方法として、貴族、皇族は認知している。現実に影響力は大きい。もし、盛花国王女マリーと結婚して、いずれは王の配偶者となる立場であれば、実質的権力が与えられないとしても、周りが融通を効かせる。そういうものなのだ。マリー王女がどれだけ堅固に守ろうと、盛花国にその魔の手を伸ばせる可能性がある。可能性だけであっても、危険視しないわけにはいかず、慎重になるしかなかった。
「……いない」
「いないねー」
情報を集めてみたは良いが、メルとルルの条件に当てはまる良い結婚相手がいない。
求める条件が高すぎることがその原因。彼女たちは気づいていない。
「……でも。姫様は何をお考えなんだろ。成人の儀を行ってから、今まで以上にご自身で動かれることが多くなって」
ソレイユには軽く内容を伝えたが、メルはこの現状に本当に混乱していた。
こんなふうに突然結婚をしようなんて、暴走しがちな主人であっても、以前ならありえなかったのだ。王族の結婚は国を揺るがす大きな行事だから。
教会に行ってから、主人は大事なことを話さないようになってしまった。メルとルルを聖国に置いてしまい、ルーファも外に出ていて。側近はほぼ不在の現状。
教会の中で、成人の儀式で、主人は何を見たのだろうか。何を聞いて、何を知ったのだろう。
主人は焦っているのかもしれない。それは、何に? メルは考える。
姫様に足りないものは、なに。
ーー時間?
結婚して、王となり、子どもを産んで、次代に託す。……もう、時間がないから。
「……そんなこと、気のせい」
「悪い考えばかり、頭の中に浮かぶねー。姫様に対しては楽観的になれない……」
ルルの手を握る。姉もメルと同じ気持ちだ。
ルルとメルは苦しかった。何があっても、すぐに主人の元に飛んでいけないこと、主人の気持ちが理解できないこと。
メルたちに伝えてくれないのは、主人の優しさなのかもしれない。主人は時にメルたちのことを考えすぎる。
ーー姫様を孤独な檻に閉じ込めたくない。
しばらく2人黙って、ジッとしていた。
「……もしかして。メル。多分、姫様の結婚探しって、私たちに黙って何かするための口実かも。姫様が本気で結婚するつもりなら、相手はもう決めてるはず。姫様だもの、そこは抜かりなく考えてる」
「……うそ下手だからね、姫様。私たちの思考を別のものに向けたかったのかな」
「見張る?」
「出来るかな?」
そして、主人が聖国にやってきた。完全なるお忍びなので、大規模な出迎えはできない。そもそもお忍びでなければ、メルとルルが出なければならないので、出迎えもできないのだが。
春の新緑のような、つややかな若緑の髪は腰まで長く。すらりと伸びた足。整った小さな顔。キラキラとした優しげで、それでいて強い眼差し。
膝丈のシンプルな子花のドレス。染色によって、淡い青色のグラデーションになっている。
日差しよけに帽子をかぶって、風に飛ばされないように抑えていた。
「ルル、メル。元気かしら」
姫様は無事、美女として成長なさり、完全に肉体の時を止めた。女神の血を引く王族らしい、純粋な美そのものである。
「こんなに名簿があるの? 凄いわ」
一面に、候補者の情報を並べた。絞り込めなかったので、悪い情報があるもの以外は出しておいた。主人は速読もできるので、問題はない。
「ほんとに姫様、結婚なさるんですか」
「……そうね。しなくてはいけないわ」
主人は優しく2人の頭を撫でる。身長も越されてしまった。そして、いつかは2人を置いていく。
情報を精査して、明日候補者を絞ろうという話になり1日が終わり、別れた。
♢
夜。居室から、姫様が静かに気配を絶って、外に出られた。メルとルルでも気を張っていなければ、一切気付かない技術。魔法を使われていれば、確実に2人では追っていけなかった。
着いた先は見慣れてしまった皇帝の宮。皇城の本宮、皇帝が普段暮らす場所だ。この場所に用があるなら相手は、この宮の持ち主しか考えられない。
「皇帝め、姫様に何を言った」
聖国の皇帝は根っからの女好きだ。山のように妃や愛妾を作って、美女と名を聞けば召し上げている迷惑な男。
中に入っていく主人を追うため、眼鏡を闇仕様に変えた。これは魔術を基にした代物で、主人の協力を得てメルが作成した。
光の屈折度を利用し、人の眼から自らを隠す道具。ソレイユが人の魂の色を見分ける情報から、神官がどのようにして、黄金と金という微妙な色を見分けるかに着目し、作ったもの。
大地の気の吸収、放出。特に光の反射。より光に敏感な神官であるために、詳細な区別が可能なのではないかという推測によって生まれたこの眼鏡は、調節によって自分の体を隠すこともできた。技術の悪用である。
「お久しぶりでございます。皇帝陛下」
大広間で、玉座に皇帝は座っていた。偉そうに足を組んで、主人を上から見ている。
「ほう、久しいな、盛花国の姫よ。……それにしても、美しくなったなぁ」
白いものが混ざり始めた髭を撫でる。いちいち動きが不快だ。
「お前の母親も美人だった。皇族と血を繋げてはいけないという掟がなければ、私が妃に迎えていたのになぁ。……我が光の血と、お前たちの花の血が混ざり合えば、頑丈な肉体を持つ不老の子ができるやもしれんのに、残念だ」
「戯言は、おやめください」
「……ははは、お前さえ良ければ今からでも」
「聞いていて、気分は良くありませんわ」
メルは本気で怒鳴り込みそうになった。ルルが力を込めて、メルを止めるが、ルルも耐えられない顔をしている。主人の母、先代王はもう亡くなられていた。それを侮辱する真似をされ、さらには主人まで。
「わたくし、交渉しに参りましたの。愚かな実験を今すぐ止めてくださりますか。闇の魔物たちに干渉しても何も良いことはありませんわ」
「どこから話を聞いたのだろうな。しかし、何を悪いことがある? 魔物たちを駆逐できれば、お前たちにも悪いことはないだろう」
「……魔物たちに手を出した過去には、災厄が降りました。愚かな歴史を繰り返すことは必要ありません」
「そもそも、我が何をしたというのだ? その根拠はあるのだろうな」
もし根拠がなければ、ただでは済まぬぞ? と嘲笑する皇帝。主人がわざわざ聖国に現れたのだ、証拠を持って来ていないわけがない。
ばさりと書類が舞った。きっと、皇帝が行った悪事の数々がそこに載っているのだろう。
「……盟約をお忘れにならないで。わたくし、皇帝を縛る権限を持っております」
「……それは女王になれば、であろう?」
「ことごとく、忠告をお聞きにならないのね」
ーー人を魔物に変えるなど、あり得ないですわ。
禁忌の領域に手を出しては、必ず罰が下ります。
衝撃的な話だった。人を魔物に変える……。
聞いたこと、いや見たことがある。あの悪神信奉者たちに、起こったことではないか。それを進めていたのは、皇帝たちだったのか。裏に彼らの手が及んでいるとは思っていたが、それほど腐っていたか。
闇属性の生き物。彼らは瘴気から生まれるという。そして、彼ら自身からも瘴気が生まれ、連鎖する。それを止めるには、聖属性で浄化もしくは消滅させる必要がある。しかし、それが生まれる理由の根本が不明であるため、魔物たちを滅ぼすことは不可能だとされている。特性も性質も、複数いる魔物たちに共通点はなく、魔物は聖属性なく滅ぼせば、増加する。
「古代の魔物たちにも手を出しているのですか。あれらは、人の、わたくしたちの手に負えない」
「ははは。眠る魔物に何を恐れる必要がある。封印しかできぬお前たちに代わって、我が魔物たちを処分してやろうというのに」
「……それを行うために、人を殺して魔物にするのですか。尊い命を犠牲にするの」
ーー尊い?
皇帝の野太い声が響いた。愚かな言葉を聞いたといいたげだった。傲慢さが、チリチリとメルの心を焼く。
「人は産めば良い、勝手に増える。魔物を処分するための尊い犠牲となると考えれば、チリの如き命でも甲斐があろう」
それを聞いた途端、心の中に闇ができた。ボォッと灯る憎しみの炎。
『お前たちが死ねばいいのに。なんで姫様たちがお前たちのために、死ななくちゃならないの』
皇族の愚かさには耐えられない。
憎悪から、メルは足を踏み出した。




