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3.ソレイユ+メル


 マリー王女は教会へと向かい、メルはソレイユの手の届かないところに行ってしまった。その絶望感たるや、世の中の全部を呪いたかった。


 マリー王女に言付けされたそれを叶えるのに、1年以上の時間がかかった。叶うかもわからないが、叶わなければメルとは会えない。会うことだけを信じて、泥沼のような皇城で努力した。自分と同じような気持ちで努力する、少数の同志たちも集めて、彼はやっとメルの側にいたいという願いの始まりを叶えた。



 ソレイユは執務室で、これまで手を付けられていなかった分野ーー福祉や成人の人々に向けた、多角的教育のための計画書を制作していた。今か今かと報告が来るのを待ち、心がそわそわしているのを感じながら、手をつけねばならない仕事に取り組む。


 そして。


「ソーレーイーユ!!!!」


 執務室を蹴破ってきた、激怒の声。それと同時に、自分の中に歓喜が湧き上がったのを感じた。


 見た目が先に目についた。メイド姿ではない。薄緑の貴婦人の格好に、なぜか丸メガネをかけた女性。


 ーーああ、メル。


 嬉しさにソレイユが満面の笑みを浮かべると、ぴきりとメルの顔が険しくなる。なぜか彼女は力一杯拳を握り締めていた。


「歯を食いしばりなさい」


 ごぎぃ!!


 ーーグーパンチ。凄まじい音が鳴った、手加減なしである。


 ソレイユに25ダメージ。HPは10000だ。


 ゆらりとメルの色が、紫色と赤に燃え上がっているのがやっと見える。メラメラと斜光が差して、感情が煮えたぎっていた。


「メルっ……」

「……やはり体頑丈すぎますね、こっちは本気だったんですが」


 指に宝石だろうか? でこぼこしている硬い頑丈な指輪を嵌めて、ソレイユを殴ったようだ。女性の体格では大してダメージが入らないのを、肩を入れて指輪に力を集約させた本気のパンチ。

 よほど、今回のことが気に入らなかったのだろう。

 


「何なんですか、皇城との中継役って。私、姫様のそばにいるのが仕事なんですけど」

「……ずっと、ここにいるわけではないだろう。行き来するじゃないか」

「行き来するのに、どれだけかかると思ってるんですか。転移陣はこれまでは使えたのに、けち臭く王族以外には使わせないって決められて。長い間、姫様と離れたくないんです」


 マリー王女がソレイユに伝えたのは、メル達を盛花国の者として派遣させることだった。現在、盛花国と聖国は両者関係を維持させているが、実質そこまでの交流はない。緊急時に聖国が呼び出しをかける形になっており、折に触れて盛花国王族が面会に来ると言う形らしい。

 彼女は、信頼するメルとルルに聖国との仲介の役割を果たさせることが出来れば、大義名分となるし、メルもこちらに来ざるを得ないと伝えた。しかし、それを実行するには、権力と責任を持つ立場がいる。

 何も知らない周囲に盛花国との繋がりを強めることを理解させる必要があり、盛花国に無駄に手出しをさせないよう、貴族たちに牽制することも必要だった。


 ほぼ皇太子という権力でーー不可抗力だ、ゴリ押しをしたも同じだったが、マリー王女も協力してくれたらしく、メルとルルがこちらに来てくれることになった。

 厳しい立場になるが、なんとかそれもソレイユが庇おうと思っていた。地固めをして、彼女が住みやすい場所を作りたいと彼は望んでいたのである。そして、盛花国の立場も変えていければ良いと感じていた。


 しかし、メルには相当恨まれるだろうと言われた。その答えがグーパンである。



♦︎

 メルと言えば、見てわかる以上に激怒していた。


 ここに来る前の話である。久しぶりに盛花国の会議室に5人集まった。マリー王女ーー主人からのお達し。


 左から『守り手』『写し身』『討ち手』の順で座っており、一体何のお話かと思えば、正式に聖国に行けというものだった。


「いやいや、待って下さい。聖国に行けってなんですかー。この間行きましたから、次はルーファに行かせればいいでしょ」

「私が行くわけねーだろ。あんなゴミの山に」

「ルーファぁあ!! 私たちならゴミに入れてもいいってことですかー!!」

「そうは言ってないが、そう聞こえたかもな。どうせすぐ帰ってくることになる、心配すんな」


 ルーファとメルが言い争う。横では、ルルが項垂れていた。


「何で、私たちなんですかー」

「…………」

「ユダ様は沈黙しすぎなんだよ」

「…………………」

「口開いたら話してー!!」

「……うるさい」


 本当にうるさそうに、耳を塞ぐのは守り手ユダである。

 薄い水色の髪に、レモンのような黄色の瞳をしたクールな細身の美少年だ。時には主人の護衛を務めていたりもするが、大概諜報行動をしていて見かけない。彼は盛花国王族を守るために、あらゆる情報を先んじて得ていた。……しかし、滅多に明かされない。

 主人を守るため、主人にさえ情報を明かさない権利を持つのが、『守り手』であり、彼は主人の()である。特別な意味があるわけではない、本当にマリー王女の血の繋がった兄なのだ。

 ルルによるとメルの初恋相手。


「ユダから、何かコメントないんですかー?」

「……君たちには向いてない気がする」

「「ですよね!!」」

「……それ以上に、ルーファに向いてない」

「はっはっは、だよなぁ」

「うええ……」

「結局行けってことですかー」


 ルーファに行かせれば、大暴れして、一波乱二波乱どころか大波乱になる。攻撃されれば排除することが『討ち手』の役目なので、それはもうコテンパンにすることだろう。

 メルとルルにもそれは分かっていたが、到底認められない。2人がいない間に、主人に何かあればという不安もあった。


「はい、みんな落ち着きなさい」


 騒ぐ会議室は、マリーの合図で皆静かになった。


「もうこれは決定事項なので、必ず行ってもらわなければいけないわ。メルとルルがいれば、すぐにわたくしの代理で動けるし、良いじゃない」


 それは聖国でなにかあること前提では? 疑問が浮かぶ。しかし、決定事項であり、『写し身』の義務だと思えば何も言えない。


「……はいはい、宗主国の御命令なんですね。上の決定事項には逆らえませんねー。弱み握られると困りますし」

「最低だけどねー」

「わたくしの意向でもあるのよ? 連絡役がいると何かあった時に良いから」


 ああ、あんな環境に後戻りするのは嫌だ。それにあの男もいる。


「変だなぁ、珍しく固定で選出か。わざわざ呼び出された意味がわからん」

「……聖国は狡賢いから」


 この時、メルは怪しんだ。なにか、おかしい。盛花国に目をつけた皇族の仕業かと思った。

 


 そして、また聖国。ソレイユ対策に作った丸メガネを装用して、盛花国の使いとして向かった。

 苦い記憶のある皇城上階にて、一国の使いに対する扱いとは思えぬほどの狭い部屋をあてがわれた。

 厄介者のように彼女たちを扱う役人の話を聞いて、彼らをこちらに向かわせるようにしたのは皇太子だと分かった。


 ーーソレイユ!!


 二度と会わないという自分が告げた言葉も忘れ、役人を締め上げて、勢いのまま皇太子の執務室に飛び込んだ。

 


「皇太子からの要請って、聞いたときの私の衝撃がわかりますか? 姫様といつ接触したんですか、どうしてこんなことを」

「……すまない」

「……ほんとに接触してるとは、いつのまに。もう一発良いですかね」


 また拳を握り込むメル。肉体的ダメージより精神的ダメージが大きいので、やめてほしいとソレイユは思った。

 慌てて、彼女の手を止める。


「私、ここに来たくなかったです」

「会いたくて、こんなことをしたのは本当だ。嘘はつけない。だが、ただ呼び出した訳ではない。盛花国の立場も変えたかった。メルにしか出来ない仕事があるだろう」

「なんで私にこんなに執着するんですか」

「……それは」


 言葉に詰まったソレイユ。


「はぁ……」


 後ろで、誰かが心底呆れたとため息をついた。


 ドアを開けて静かに入り込んでいた、もう1人の女性。メルと色違いのベージュのドレスを着ている。


 ーールルが凍り付いている。ゆるりとした淡い微笑みは、絶句するほど恐ろしい。


 彼女から冷気が立ち上る。清水のように湧き出ていた優しい色味が、白いモヤを伴って完全に閉ざされていた。


「……メル。行きましょう」


 冷え切った目線がソレイユを刺す。


「仕事に来たので、やらなければならないことはしますが、簡単に会えるとは思わないでくださいね。……覚悟はされていると思いますけど」


 メル以上に彼女の姉を怒らせていたようだ。これは簡単には溶けない氷の女王だと、彼は頭を悩ませることになる。

 彼女に会うには、色々と解決しなければならないことが多いようだ。それでも、一歩近づいたと挫けそうになる心を何とか勇気づけた。





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