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2.


 ソレイユが向かったのは、盛花国マリー王女本人の元であった。会ったのは一回のみだったが、彼女も澄んだ色をしていた。メルとも違う目立った色。人というにはあまりにも澄んだ若緑色。歪みが一切ない不思議な子供だった。

 しかし、本当はあと少しで齢16にもなる少女だという。


「……あら、あら。珍しいお方がいらっしゃいましたわ」


 宰相から秘密裡に紹介された彼女は、分厚い本を読んでいた。古代語で描かれた難解な書物を物語でも読むかのように、ペラペラとめくっていた手を止めて顔を上げる。


 彼女は皇城の図書館にいた。入り組んだ地下の書庫にて、薄明かりに照らされながら、幼い少女が本を読んでいる姿は可愛らしく見えたが、ソレイユが来ても大して驚かない姿は老練さも感じられた。


「盛花国の歴史をお知りになりたいと」


 要件を話すとニコニコと笑って、こちらを見てくる。なぜか、それに緊張する。


 聖国の歴史は捻じ曲がっている。いくら確認しても、皇族たちの都合の良いように書き換えられた不自然な点が多すぎて、自ら書物を読んで歴史を改めるよりも彼女に接触した方が良いと考えた。メルとまた会うために王女に交渉したい件もあり、どっちみち彼女と会う必要があったため、その方が効率が良いとも考えた。


「覚悟はおありでしょうか? 皇族方の学んできた歴史とは程遠いのだけれど」

「どんな話を聞く覚悟もできている」


 メルに二度と会わない、嫌いだ(ソレイユを嫌いと言ったわけではない)と言われること以上に辛いことはないと思っていた。それに、ソレイユは打たれ強い。


「……いいですわ、お伝えします」



 聖国の始まりは、地上に降りてきた創世の神の妻である花の女神から始まるのは知っていますわね。地が混乱に陥っているのを見た、終わりを司る神である女神が、他の属性を持つ属神とともに天から降り立ち、その争いに終止符を打ったとも言われるお話です。


 その女神は、創世神の子を孕っておりましたーー中には人の子ではないかという説を唱えるものもおりますが、伝説ですので、そこは詳細は無視しましょう。地の者たちはその子を救世主と呼び、生誕を喜びました。それが、聖国の先祖。


 しかし、生まれた子は双子でした。1人は金髪金眼に特別な力を持った美しい子ども。もう片方は、茶色に黄金の瞳を持ち、それ以外は平凡な子だったとされています。優秀な弟と平凡な兄といったところね。それどころか弟は体も丈夫、兄は病弱だった。

 比較されないわけがないのだけど、わたくしたちの血族ってマイペースだから、多分その点も悪かったとは思っておりますの。少々、差をつけられまして。扱いが雑になってしまったとか、なんとか。

 

 花の女神が姿を変えられた時、地上の神たちも四方にバラバラになり、神の降り立った地、神聖ドゥトゥールに真なる終わりが現れました。闇の魔物、ーーあら、ディアボロスはお聞きになられました? 今も実在しておりますわ。興味本位で見に行きますと、ほとんどの者は瘴気に当てられて死にますので、秘密ですけれどーー彼らがこの地を終焉に導きました。それを救世主が必死に食い止め、地に押し留めましたが、その力には敵いません。


 それを見た兄はーーわたくしたちの先祖は、地下の強大な魔物に身を捧げました。そうすると魔物たちは満足して力が弱まり、地上の人々は救われました。


 ーーこれで、めでたしめでたし。では、ありません。歴史は続きますもの。


 それからずっと、兄の血筋は人身御供。他の者たちが体を捧げても意味がなかったのです。

 わたくしたち、盛花国の初代が魔法の使い方、出力の方法を知るまで、生贄と呼ばれる者たちでした。

 特別な血筋として、いつか生贄になる時を待っていた一族。無力でしたから、ずっと神聖ドゥトゥールの教会で保護されて暮らしていたとされていますわ。


 ですが、盛花国の初代が不思議な方と出会った。奇跡を知ることが出来た初代は、自らに力が宿っていることを知ったのです。自慢じゃないけれど、わたくしたち強大な力を持ちすぎていて、まともな出力なんて知りませんでした。それどころか、その力で体を壊していたの。間抜けなお話ね。


 それで、初代が地下の魔物たちを封印し、属国の権利を掴んで、盛花国が生まれました。盛花国の王族はその封印が緩まないように、ずっと力を投じ続けているわ。あとは、大したお話でもないですの。よろしいかしら?




「……ああ」


 マリー王女は軽く話しているが、事実はこれほど軽くはあるまい。神聖ドゥトゥールとは、ここが聖国になる前の国。名を変えたが、血筋は変わっていない。何百年も彼らは生贄として生き続けてきたことになる。何人もの血が犠牲になったのだろう。さらに、古代の魔物(ディアボロス)は神話にも出てくる。救世主が滅ぼしたとされる魔物たちが、盛花国の手によって封印された。それが表に出ておらず、全てが聖国の手柄となっている。


 そして、メルは皇族が利用していると伝えた。皇族が利用しているなら、それは単純ではない。ソレイユでさえ押しつぶすように、彼らは欲望を押し付けてきたのだから。ありとあらゆるものを搾り取ろうとしていると考えて良い。


 それでこうも、明るく美しくいられるのだろうか。


「……話してくれてありがとう」

「わたくしたち、人を助けることを自分で選んでいるの。望みも叶えています。メルに何を言われたか予想はできますが、気にしないで下さい。同情など入りませんわ」


 ーー愛する人だって、愛してくれる人だって沢山いるのです。


 本当に幸せそうに微笑んだ。メルも彼女を愛している。心から大事に思って、思われている。なんて、羨ましい。


 それは皇族に足りないものだった。どれだけ豪勢で権力を持っていてわがまま放題でも、皇族たちは互いを愛さない。愛ではなく、食い尽くす欲望で塗れる。傲慢な自分たちはまともに人を愛せないのだろう。


「そなたたちは、皇族たちが恨めしくないのか?」

「あら。人を憎むより、人に愛を。人を嫌うより、人を好きになった方が幸せですわ。わたくしたち、自分の大事な人生を、そんなもので終わらせたくないもの」

「……度量が違うな」

「人は人です。他者と比べると全てが小さく見えます。わたくしはただ自分のあり方を見つめているだけですわ」

 

 中央教区司教たちよりも悟っているのではないかという語り口調である。



「ところで、なのですけれど。わたくしの予想ですと、本題はこのお話が聞きたいわけではないのでは?」

「……どうして」

「ルルからお話を聞いておりましたし、これから皇城を離れるという時に来られたので、メルから何か告げられたと考えるべき。メルはつながりを持ちたがらないところがあるので、別れを告げられたか、それ関連でしょう。そして、言い淀まれるということは、何かわたくしに要望があるのですわね」


 これは、ソレイユのどうしようもない望み。


 ごくりと息を飲んで、まず小さく言葉を口に出した。そして、大きく。


「メルをどうか我が国に置いてくれないか」

「……ふう」


 予想通りだが、頭の痛いことを聞いたという顔だ。


「頼む。……お願いします」


 ソレイユは頭を目一杯下げた。みっともなくても良かった。メルに側にいてほしかった。


 彼女はこの国が嫌いだと言っていた。彼女は完全に雲隠れしてしまい、気配ですら感じられなくなっていた。

 でも、どうしても離れることが考えられないのだ。顔が見れないなんて、話が出来ないなんて考えられない。心が今でも軋んで折れそうなのに、彼女がいない未来が絶望しか見えない。どうにか、どうやってか、彼女に会いたい。


 だから、メルの主人の元に来た。宰相に頼み込んで、皇太子の特権まで利用して、マリー王女の元に。

 いっそのこと自分が盛花国に行こうとも思った。けれど、そうしてしまうとなぜか全てが離れる気がした。


「メルはわたくしの大切な人。彼女は自由を尊ぶの。望まないことをさせられない。無理にこの国に置いたりしたら、メルは壊れるわ」


 ソレイユにも分かっていた返事だった。メルの魂の色を知っている彼は充分それを知っていた。


 マリー王女は考え込んでいる。


「どうすれば良い結果になるかしら」


 図書館から皇族の家系図を取り出して見つめて、ふと頷いた。


「そうね。でも。わたくしが託してもいいと思えば、少しだけ挑戦できるお時間をあげましょう。努力されて下さい」

「努力……?」


 マリー王女は何を言っているのだろう。


「逆らうことのできない大義名分を作れということです。メルに嫌われる覚悟で。……結果が大事ですわ」

「結果ですか?」


 自然と敬語になっていた。飲み込みの悪い生徒として、教師に教えられている気がした。


 彼女は女神の慈悲のような微笑みではなく、良いことを思いついたと、少し意地悪な微笑みをする。


 そして、驚くことをソレイユに耳打ちした。


「……! そんなことをしては、メルは絶対に許さないでしょう」

「うふふ。助言としては、めげないことですわ。彼女がゆっくりゆっくり、こちらに寄り添ってくれるのを待ってあげて。昔から、メルは気持ちを出すのが下手なのですわ。そして、出来る限り願いを叶えてあげて下さい。あなたの1番の望み以外、全て叶える意気込みで」


 わたくし、信じています。あなたなら出来る。


 その言葉の説得力と強さに、ソレイユはメルが彼女を主人としているのもわかると思った。




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