⑦「助手席に収まった八雲と雨の中を走る」
助手席に八雲を乗せ、ぐぅん、と四輪駆動車特有の持ち上がるような加速感と共にコンビニの駐車場から走り出し、四車線の広い道路を真っ直ぐ進む。
「……この近くだと、個室の和食レストランとかあるけれど、どうする?」
まだ昼食には若干早い時間だが、土日の混雑を予測すれば早過ぎるとは思えず提案してみる。すると八雲はフロントガラスのワイパーを睨みながら、
「……まだ、ご飯って気分ではないです……」
と、物静かな反応を返す。この前の健啖振りを知っているだけに少し驚くが、心を患う繊細さを持った八雲らしさだと思えば納得出来る。
「じゃあ、ゆっくり走りながら話をするか……どうかな」
「……はい、それがいいです」
何とも堅苦しい会話に思えるが、八雲とはつい最近まで言葉を交わした事も無かったんだ。彼女なりに気を遣って話そうと努力しているのなら、俺は聞き手に回った方が良いのかもしれない。
そう考えて左車線に走行レーンを変え、通行車の妨げにならないよう速度を緩めながら流れに乗り、大型トラックの後方を走って八雲のペースに合わせる事にした。
ザッ、ザッ、とワイパーがガラスの雨粒を掻き落とす音に混じり、いつもの習慣で付けたままのFMラジオから、若い女性パーソナリティの弾む声がうっすらと流れる。
《 はい! それじゃ次は……17才学生! ラジオネーム、わっしょい小町さんからのメールです! ……ええっと、私のお父さんは、とあるお寿司屋さんで働いていて……》
「……ショージさん、このメガネ、実は度が入ってないんですよ?」
パーソナリティーの声を遮るように八雲が話し始め、俺は意識をラジオから彼女に振り向けた。
「へぇ、そうだったのか。じゃあ、無くても見えなくなったりはしないんだな」
「はい、これがあると他の人の視線が気にならないんですが……まだ、これが無いと外出も難しいんですよね」
そう言いながら八雲はメガネを外し、俺の顔を素通しのレンズ越しに覗き込む。運転中だから直視は出来ないが、メガネを外した八雲は……大人びた雰囲気もありながら、バランスの取れた目鼻立ちが際立ち、ちょっと信じられない位、可愛らしく見える。くそ、運転手じゃなきゃ……
「……あ、ごめんなさい。余り話し掛けると運転に集中出来ませんよね」
「や、や、そんな事無いから心配要らんよ? だから、大丈夫だよ……」
恐縮する八雲を気遣い、俺はその場を取り繕いながら気を落ちつかせられる場所を探し、道路脇の施設を眼で追っていく。
(……牛丼チェーン店は、違う……ショッピングモールも、違う……うーん、買い取り書店か……いや、違うなぁ……)
俺は心の中で呟きながら、少しでも早く決めなければと逸る気持ちを抑えつつ、次から次にやって来る店舗のカンバンに視線を送り続ける。
「……あ、ゲームセンター行ってみたい! ……です……」
と、急に八雲が声を上げたので、俺は急ブレーキにならないようゆっくりと減速し、駐車場に車を停めた。
「……ん、やっぱり無いかぁ……」
どうやら八雲の目当てのマスコット(例のゲームのもの)は見つからないようで、店内の遊具の周りを歩き回っていく。
「発売されて時間も経ってるし、そろそろ無くなってくるだろうし……」
「……あれ、長谷部先輩どーしたんですかこんな所で?」
八雲の後ろを歩く俺は呼び止められて振り向くと、そこには矢川と男女三人が居た。あー、そうか今日はバーベキューの日だったか……。
どうやら矢川達は、バーベキューが開始になるまでの時間潰しに来たらしく、俺の前で表情を強張らせている八雲の姿を、新しいオモチャを見つけた悪ガキのような眼で見ている。
「三峰が来たいって言ったんで連れて来てたんだ。お前らこそバーベキュー前の時間潰しか?」
「そんなとこですけど……意外っすねぇ! 三峰サンと先輩って、そーゆー間柄だったんですか?」
俺の方から先回りして教えると、矢川の視線は八雲の全身を無遠慮にはい回る。営業所に居た頃の地味で目立たない服装とは違い、出掛ける為に選んだのか明るい色のブラウスとゆったりとした裾のスラックス姿は、確かに見違えるだろうが……正直言って気分が悪い。
「……いちいちお前に報告する必要があるか?」
「あ、いや……そりゃ無いですけど……」
俺の声色と目付きで悟ったのか、矢川は少し気圧されて俯く。けれど、コイツが居る空間に八雲を居させたくは無い。
「まあ、晴れはしないがバーベキュー楽しんで来てくれ」
俺は矢川にそう言うと、八雲の手を引いて店から出た。
「……ショージさん、ご、めんなさい……ごめんなさい……」
八雲の肩を抱くように守りながら車に戻ると、八雲は目蓋を痙攣させ、身震いしながら謝り続ける。
「いいんだ、気にするな……八雲は何も悪くないよ」
俺は言いながら、地元特有の面倒くさい顔合わせは避けようが無いが、このタイミングで矢川と遭遇する運の悪さを呪った。まあ、こうなったら最後の手段を選ぶしかなさそうだ。
「……八雲、俺の家に行こうか?」




