⑱「帰路へ」
「……生きてる、って……素晴らしいなぁ」
数々の絶叫アトラクションを経て、俺はそう実感した。いや、自分でも大げさだとは思うが、まさかここまで苦手だったとは……涼しい顔で楽しんでいる八雲がまた、別人みたいに見えたぞ?
「ショージさん、大げさです!」
まるで他人事のように八雲が言い、可笑しそうに肩を震わせている。そんなに笑う事かよ……。
「……でも、ショージさんとだから、楽しかったと、思います……」
しおらしく八雲は言いながら、目の端に溜まった涙を指先で拭い、ふぅと息を吐いた。そんな仕草の一つ一つが、堪らなく愛おしい。けれど、周りの目もあるから何をする訳でもないが。
そう思っていると、八雲が俺の腕にしがみ付く。いや、たぶん恋人同士のように抱き付いたつもりなんだろうが、身長差が有り過ぎるせいか子供がぶら下がっているようだ。
「八雲、だっこしてやろうか?」
「……子供扱い、しない!!」
つい皮肉ってしまうと、八雲が頬を膨らませて抗議する。でも、その仕草が更に子供っぽさを強調してしまう。このままだと怪しまれてしまうので、昼食ついでにレストランへ避難しよう。
「たくさん、叫んだから喉が、渇きました!」
「ああ、そうだな……何か飲もう」
パーク内のレストランは町で見掛けるチェーン店だったので、安心しつつ逆にレトロ感満点の料理に遭遇出来ない不満を感じながら、テーブルに置かれたメニューを開いた。
呼び出しボタンを押してメニューの中から幾つかの料理とドリンクを注文すると、暫く経って二杯目以降はセルフサービスですと言いながら、ウェイトレスが飲み物を運んで来た。
「……お代わり、持ってきます!」
八雲はあっという間に飲み干すと、弾かれたように立ち上がりドリンクバーコーナーへと向かって行く。それにしても、まだ十代と言ってもまかり通る後ろ姿は丈の短いスカートだからなのか、それとも丁寧に結い上げた長い黒髪だからか……いや、両方か?
「……どうしたんです?」
八雲が二杯目のジュースをテーブルに置きながら尋ねてくるが、まさか君のお尻が魅力的だからつい、とか言う気もなく、
「あー、うん。ちゃんとテーブルに戻って来るか心配してたんでね」
そう言って誤魔化すと、タイミング良く料理が運ばれて来た。うん、茶色い。白い皿の上に盛り付けられた数々のメニューは、八雲のリクエストなんだが……
「……こちらで宜しいですか? パーティーセット四人前と、ナポリタン大盛り、シェアサイズピザと……ファミリーサラダです」
「あ、ああ……ちょっと多かったかなぁ」
「いただきます!」
少し狼狽え気味の俺の前で、八雲が気にせず取り皿を手に料理の山を切り崩し、気ままなランチタイムを始める。サラダは瞬く間に、ピザは四分の一を軽く噛み締めながら、そしてパーティーセットは各々の揚げ物を一周回り、そこからナポリタンで一休み。
「ショージさん! 美味しいですよ!」
「あ、うん、心配しなくても食べるさ……」
八雲は俺に勧めながらジュースで喉を潤し、俺の取り皿に過不足無い量が載るのを待ってから、全く同じ速さで再び周回を重ねた。俺と八雲のテーブルが視界に入る他の席から、好奇の視線が集まる気配を察しながら、八雲に遅れまいと食事を始めた。
……とは言え、八雲と同じペースは無理と判っているので、彼女と会話しながら食事を満喫する。
「……でも、一番の懸念はお父さんと会う事なんだよな」
俺の言葉に、八雲は噛み締めていたチキンカツの最後の一口を飲み込んでから、
「……お父さん、たぶん……ショージさん、気に入ると、思う……私、男の兄弟、居ない、から……」
ゆっくりと区切るように話し、俺の反応を窺う。そうか、そう言う感覚なのか……随分と厳つい息子が出来るって訳だ。
前に一度、八雲が辞める為に営業所へ来た時、お父さんも一緒に来ていたな。あの時はまさかこうなるとは思っていなかったが、それはきっとお互い様だろう。
「近いうちに、八雲の家にお邪魔するよ。その時は……まあ、キチンとご挨拶するつもりだから、ちゃんとした格好で行かないとな」
俺がそう言うと、八雲はフォークとスプーンをテーブルの上に載せ、両手を自分の膝の上に乗せると、
「……あの、ふ、ふつつかですが……お願い、いたします」
そう呟いてペコリと頭を下げた。
「うむ……不束ってのは自分で言うもんじゃないぞ?」
「……えっ? じ、じゃあ……」
「いいんだよ、八雲はそのままが一番なんだから」
そんな会話をしている内に昼食も終わり、俺と八雲は昼過ぎにモーグルワールドを後にした。八雲はもう少し居たいと言っていたが、俺の耐久力が減り過ぎた……車、運転して帰らなきゃならんし。




