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⑰「モーグルワールド」



 《 お仕事、忙しいですか? 》


 「……ちょっと、一本行ってくる」


 長引いていた処理業務が一段落着いた時、タイミング良く八雲からメールが届いたので、矢川達に断りを入れながら席を立ち、屋外の喫煙所へと移動した。


 《 今、タバコ吸いに出たとこ。何かあった? 》


 他の会社の喫煙者が居たので会釈しながら定位置に付き、ポケットからタバコとライターを出した。


 《 ちゃんと薬飲んでる? 》


 連投はどうかと思いつつタップしてから、咥えたタバコに火を点ける。十分に肺を満たしてから吐き出し、立ち上る紫煙が散っていくのを眺めているうちにスマホが震えた。


 《 ちゃんと飲んでますよ! 》

 《 ショージさんに報告したくて! 》


 字が並ぶ画面に視線を送りながら内容を読み、その文面に心拍数が上がる。以前付き合っていた彼女が別れ話を始めた時も、こんな書き出しだった気がする。


 《 報告? 》

 《 はい! まだ正式な宣言はしてませんが、()()()としての活動は止めようと思って! 》


 ああ、そっちかと安心した後、いや待てと思いながら状況を分析してみる。


 八雲はこの一ヶ月間、様々なメディアから取材や出演依頼を受け、アバターを使いながら対応していた。彼女の実情を考えたら無理をしていたのだろう、そう考えれば自然な流れかと理解出来たが、八雲の性格を考えたらもう少し深刻な雰囲気で告白して来る筈だ。


 ならば、どうして明るく【!】の多いメールを送ってきたのか。内容から見れば【……】を使うタイプなのに。


 《 ショージさんと結婚したいので、アバター活動はお休みした方が良いと思いました! 》


 ……あー、うん。そっちか……いや、彼女から切り出して来るとは思わなかったが、随分と……





 ……えっ!? いやいやちょっと待てぃ! 八雲よそれは幾ら何でも早過ぎやしないか!? 俺達まだ同棲も何もしちゃいないんだぞ!!


 思わず周囲を見回してしまう程、狼狽(うろた)えながら落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせてから、深呼吸しながらスマホの画面を再度見直す。



 《 ショージさんと結婚したいので、アバター活動はお休みした方が良いと思いました! 》



 ……何回見ても、内容は変わりゃしない。ああ、そうかいそうかい。




 でも、そうだな……八雲が待ってる家に帰る生活か。料理とか家事とか、そういう事はともかく、単純にいいな。


 「……先輩、どうかしたんですか?」

 「……あ? ああ……何でもない」


 不意に矢川から声を掛けられた俺は、もしかしたらニヤニヤしていたかもしれないが……構うもんか。八雲は可愛い奴なんだよ、俺には。





 


 不思議なもんで、しょっちゅう顔を合わせている訳ではない八雲だが、会えば会話が途切れて気まずい思いをする、という事はない。


 今も二人きりの車内に会話は無いが、彼女の状況を考えたら気にならない。最初は話をするどころか言葉が出てこない八雲と、スマホを介してコミュニケーションするしか手段がなかったのだから、現状は随分と良くなっている。


 「今度、モーグルワールドに行ってみるか?」


 喜ぶ顔が見たくてそう切り出してみると、八雲は表情を明るくしたかと思ったら、急に眉間に皺を寄せて、


 「……い、行きたいです……でも、ヒトが沢山居る、から……」


 そう言って(うつむ)いてしまう。まあ、まだ人混みには慣れていないし、慌てる事も無いだろう。そう思いフォローするつもりで口を開きかけると、


 「……で、でも! ……し、ショージさんと、一緒に、お、お出かけ……したぃ……」


 八雲は顔を下げて前髪で隠したまま、小さな声で精一杯努力し、自分の願いを口にする。


 「そうか……じゃあ、今度の週末は予定、空けておいてくれ。早めに行って、昼過ぎまで居れば満喫出来るか」

 「……うん、うん……だいじょう、ぶ!!」


 まるで小さな子供のように何度も頷きながら、久し振りに満面の笑顔を見せてくれた。それにしても、モーグルワールドって予約チケット制だったよな。都合良く手に入ればいいけど。




 翌週の土曜日、俺と八雲は巨大なテーマパーク、モーグルワールドへとやって来た。俺も来たのは今回で二度目なので、初めての八雲と大して変わらない。幾度もパーク内は各所がリニューアルされているから、実質的には初めてのアトラクションばかりなんだが。



 「……まあ、それが一番落ち着くならいいんだが」


 俺のシャツを後ろから掴み、殆ど背中に隠れるようにしながら歩く八雲に話しかけると、


 《 そうなんです! 大丈夫です周りは見えますから! 》


 スマホの画面に八雲の打ち込むメッセージが表示され、何とも奇妙な空気を漂わせながら彼女とのデートが始まった。



 《 あれに乗ってみたいです! 》


 メッセージを送りながら俺の背中を押し、アトラクションを指差すと俯いたまま微笑む。何とも彼女らしいアプローチだが、俺は大きな塔の頂上から勢い良く落下するケージと、中から響く観客の絶叫に表情を強張らせた。いや、本当にあれに乗るのか……?



 《 次はあれがいいです!! 》


 想像を絶する自由落下の余韻と、その結果やって来た強烈な虚脱感でフラフラとする俺に、八雲が次のアトラクションをせがんできた。


 「お、おお……ジェットコースターかぁ……」


 俺の視線の先には、ギネスブック認定何位だの何だのと書かれた看板の背後に、(そび)え立つ巨大な構造物が……いや、だから頂上部分がビルの何十階と同じとかメッセージを送るな!! 知りたくないっ!!



 《 逆バンジーです! ショージさん!! 》


 ……八雲が、とうとう顔を上げてキラキラと目を輝かせながら訴えてくる。お前、人混みは苦手じゃなかったのか? 沢山並んでるぞ……。




 ……ガシャッ、という音と共にパイピング加工されたロールケージが上から降り、身体をシートに固定すると、


 「ショージさん! 飛びますよぉ!」


 まるで別人のように微笑みながら嬉しそうに八雲が叫び、俺は彼女と一緒に上空高く打ち上げられた。ああ、景色が遠い……駐車場の車が……米粒みたいだなぁ……。





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