⑯「説明する義務?」
カタタタタッ、とタイピングしながら画面を凝視し、打ち込むべきデータと画面の内容を確認してから、再び入力を続ける。
「……先輩、今日はあとどの位まで進めます?」
「……終わるまで、だな……」
矢川と話しながら、俺はチラリと壁に掛けた時計を見る。定時はとっくに過ぎ、窓の外は既に真っ暗だ。
「……矢川、帰ってもいいぞ」
「いや……もう少しだけ……」
「……無理しても、ミスが増えるだけだぞ」
俺の言葉に曖昧な返事をしつつ、矢川は頭を掻きながら溜め息を吐いた。
「……そうっすね……上がります……」
「ああ、お疲れさん」
俺と言葉を交わしながら矢川は立ち上がり、疲れ切った顔で荷物を纏め、データの保存をしながら勤怠タブレットを操作して、退勤する。
「悪い、俺のも切っといてくれ」
「……先輩も、あんまり無理しない方がいいっすよ」
珍しく気遣う矢川に手を振りながら、俺は自分の仕事に没頭する。
「……あー、疲れた」
思わず口に出しながら時計を確認すると、時刻は九時を過ぎていた。山のような処理業務をやっとの思いで終わらせて、今日一日の仕事に区切りを付けた。
八雲の妹、八恵さんには「そのうちお父さんとも会って欲しい」と言われている。向こうは俺が本気で八雲と付き合っているのか、確かめたいのだろう。
もうすぐ三十路の会社員と、精神疾患の治療中の姉が付き合っている。その相手に対して八恵さんが様々な不信感を持ったのは仕方がない。ただ、弁明しなきゃならない程の事なのか、とも思う。
精神的に脆い八雲の支えになりたい、そう考えるのが悪い事なのか? 誰でも他人と繋がりを持ちたいと思う気持ちは有るだろう。けれどその理由を問われると説明出来るかは微妙だ。
……そんな事をモヤモヤと考えている内、時間はかなり過ぎていた。
難しい事じゃない筈なのに、答えは出ない。好きなモノを好きだと言う理由を見つけろ、なんて余りにも漠然としてないか?
なら、八雲の何処が好きなのか。
見た目。年齢よりも若干幼く見えなくはない。しかし、そこが魅力的なのかと聞かれれば違う。俺にロリコン気質はないぞ。
趣味の一致。有る意味でそれが有ったから付き合い始めた訳だが、決め手になったかと言われれば……違う。よく、男の趣味に付き合ってスポーツ観戦やアウトドア、果てはパチンコ屋に連れ立って行く女性を見るが、中には明らかに気の乗らない雰囲気を隠そうともしないタイプもいる。八雲は……そうじゃないよな。
経済的メリット。無い。金目当てで付き合うなんて有り得ない。
……肉体関係。正直言って判らん。そもそも八雲は妹の八恵曰く、恋愛に奥手で彼氏なんて一度も居なかったそうだ。だから彼女に性的奉仕なんて希望はしないし、期待もしない。
(……もう十時か)
そんな繰り言のせいで時刻が更に遅くなった。もう諦めて明日早く出勤しよう、そう頭を切り替えながら立ち上がり、営業所の電気を消して鍵を閉めた。
帰宅早々にシャワーを浴び、買い置きしておいた冷凍食品から適当に選んだ夜食を温め終える。缶ビールを開けながらテレビ代わりのん
【……と、言う訳で今夜もふりるサンにお越しいただいてます!】
【こんばんは!! 宜しくお願いします!】
テレビ代わりのタブレット画面一杯に、Web動画チャンネルの司会役の女性アバターと、八雲のふりるが並びながら挨拶し、にこやかな笑顔と共に放送が始まる。
彼女のキャラクターは視聴者の中で【明るく楽しげにゲームをするeスポーツアイドル】として馴染んでいるようで、【ALL KILL ONLINE】以外のゲームに挑戦する八雲が居た。勿論、オンライン上での話だが。
本人はネットアイドルになるつもりは無いと言っていたが、今の所は楽しんで番組に参加している。しかも、次第にゲーム雑誌等から取材のオファーが来て、アバター限定でならばと受けているようである。うーん……八雲の狙いが良く判らん。
画面内で仲良く並んだ二人のアバターが声を掛け合いながら、剣を振り回す見た事の無いゲームに興じている。楽しそうな様子は見ていて和むが、八雲と違う人格のふりるが彼女の声で話す事に、少しだけ俺の意識が不安定になる。
俺の知っている八雲の良さと、彼女のアバターである筈のふりるの良さ。同じ人物の筈なのに、コインの表と裏のように離れないが決して交わらない。彼女の実像を知っている筈なのに、アバターを演じている八雲の姿が全く窺えないから、だろうか。
【倒しましたぁー!!】
【やりましたねぇ!!】
画面内の二人が大きなモンスターを討伐し、嬉しそうにハイタッチする司会役のキャラとふりる。流れる大量のコメント欄に混じり、かなり高額なスーパーチャット(寄付付きコメント)が表示される度に、二人は悲鳴じみた喜びの声を上げ、番組は盛り上がりを見せる。
……もし、俺が同じ年頃で同じ状況になったら、あっさり足を洗って引退宣言なんて出来るのだろうか。楽して稼げる時に、潔く辞めるなんて想像もつかん。
しかし、八雲は暫く後に俺も予測出来ないような理由を述べながら、同じ番組内で引退宣言をしてしまったのだ。




