⑮「八雲と八恵(やえ)」
一才違いの八雲と八恵姉妹は、姉の八雲が落ち着いた静的印象に対し、妹の八恵は活発で動的な印象だと予想していた。
早く母親を病気で亡くした為、二人とお父さんは少しでも家族で居る時間を大切にし、そうした家庭環境の中で育ったそうだ。それを踏まえた上で俺と会いたいと妹の八恵から持ち掛けられた訳だが、その真意は判らない。
しかし、流石に自宅に上がり込むつもりは無い為、以前待ち合わせに使った喫茶チェーン店を利用する事になり、八雲にその旨を伝えて道案内を頼んだ。
……カランコロン、とドアのベルが鳴る四回目で、二人が現れる。
八雲は春向けの薄いコートを羽織り、丁寧に一つに纏めた長い黒髪を垂らしている。その後ろからやや明るめに染めた髪と、目元を強調したメイクの妹らしき女性が付いて来た。
「……長谷部 庄司さんですね。姉がお世話になってます」
八雲と共に俺の向かい側に座るなり、丁寧に言いながら小さく会釈すると、注文を取りに来た店員にアイスコーヒーを二つ注文し、そのまま俺の反応を見ている。
「……三峰 八恵さん、お察しのように俺はお姉さんの八雲と付き合ってる。今日はそれで聞きたい事があって来たんだよね」
俺は出来るだけ慇懃無礼にならないよう言葉を選びながら、彼女の反応を窺う。
八恵さんは八雲と目線を交え、姉が俯いたまま首を縦に振って肯定する様子を確認してから、再び口を開いた。
「……ご存知かと思いますが、小坂家は父と姉、そして私の三人家族です。会社経営で忙しい父は席を外していますが、私が代わって長谷部さんの意思を確認したくて……来ました」
そこまで言うと、八恵さんは口を閉じ、暫く黙っていたが不意に眉を吊り上げながら表情を改めて、ガラリと口調を変えた。
「あーーーっ!! かったるいぃ!! やめやめっ!! お葬式みたいな挨拶しに来たんじゃないわよ!!」
そのまま勢い良く置かれていたアイスコーヒーをガシッと掴み、一気に半分まで飲み終えるとコースターの上にダシッと置いて一息。そこから一気に捲し立てた。
「……ほっんとにおねーちゃんは奥手も奥手なんだもん! 高校中退してから家で認定貰ってからは尚更だし! 彼氏が出来る環境じゃないしビョーキもあるから仕方ないけど!! だから気になるじゃん!!」
「……そ、そうなんだ……」
「それにおねーちゃんったら仕事辞めたけど全然危機感無くて大丈夫かなって心配してたら! いきなり「彼氏が出来ました」ってお父さんの前でカミングアウトしたのよ!? 誰だって気になるよね!? でしょ!?」
「……まあ、そうだなぁ……」
「私に一言の相談も無いまんま、新しいおにーさんがやって来たーっ、なんておかしーでしょ!? せめて顔を見に来たってよくない!?」
「……八恵ちゃん、勢い、良すぎだよ……」
いつまで続くかと心配になった時、八雲がポツリと呟いた瞬間。それまで怒涛の勢いだった八恵さんがふと我に返り、ああ、そうよねと言いながら落ち着きを取り戻すと、残りのアイスコーヒーを一口啜った。
「……まあ、そう言う訳なんだけど……これだけは確認しときたくて……」
俺と八雲もアイスコーヒーを一口飲んだ後、八恵さんは姿勢を正してから小さく咳払いし、声を潜めて質問してきた。
「……三峰家の、つまりウチのお父さんの仕事、何してるのか知ってます?」
「……仕事? いや、詳しくは知らないけど……」
「じゃあ、おねーちゃんと付き合うって決めてから、調べたりしてないって事?」
「……ああ、調べたりはしていないよ」
「……ホントに?」
流石に疑り深いなと思いながら、俺は八恵さんに向かって頷いた。
「……ふーん、そっか……持ち株の相続を狙ったりはしてないのかぁ」
「……八恵ちゃん、失礼だよぉ……?」
「で、でもおねーちゃん! お父さんが取締役だって知って、付き合い出した可能性も無い訳じゃないでしょ!?」
と、急に話がキナ臭い方向に流れ始め、流石に俺も口出しするべきだと察した。
「いや、取締役って……何処の取締役?」
俺の質問に再び八雲の顔色を窺い、彼女の表情を確かめてから八恵さんが俺に告げた。
「本当に知らないの? まぁ、別に大企業じゃないから当然だけど……庄司さん、聞いた事あるでしょ? ……ココよココ!!」
そう言いながらスマホを取り出して、見覚えのあるアプリのアイコンを指差した。
「……【ALL KILL ONLINE 】……っ!?」
「そーよ! ウチのお父さん、ココの代表取締役の三峰 晴之よ?」
八雲の父親、三峰 晴之はゲーム開発会社【エレメンタル】の創設者だそうだ。元々は実家の計算機を作る小さな町工場を引き継いだ後、自社製品を開発し続けるよりソフトウェアで収益を出しながら会社を大きくし、更に新しい市場を求めて海外向けにゲームアプリ開発を進め、現在はヒット作の【ALL KILL ONLINE】を始め色々なMMO系ゲームで名が知られる有名企業へと【エレメンタル】を躍進させた……そうだ。ま、そんな事が会社紹介としてゲームタイトルの下の方に書いてあるんだが。
しかし、八雲がプレイヤーとして運営サイドからインタビューされるのって、会社的にはどうなんだ?
「……あー、例のアバターの? 別に問題ないわよ! だっておねーちゃんと【エレメンタル】には何の関連性も無いんだもん」
「ふーん、そうか……八雲も色々と大変だな、何となくだけど……」
俺が八恵さんに尋ね、彼女があっさり否定する様子を見ながら、何故か八雲は得意気に頷きながら俺に向かって(誉めていいよー?)と目で訴えてきた。




