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⑬「三人のオフ会」



 現在、治療の為に薬を飲んでいる八雲は酒を飲めない(そもそも飲めるか判らない)し、彼女を送る手前、俺も酒は飲めない。


 「心配性ねぇー! タクシーだって何だってあるんだから、大丈夫だってー!」


 しかし、これから昼オフ会をするんだと鼻息の荒い【まぐまぐ】は全く気にせず、俺と八雲を伴いながら次から次へと手押しカートの中に酒類を入れて行く。


 「俺はともかく……八雲は酒を飲めないし、それに俺も昼間から酔うのはどうも……」

 「固い事言わない! 私んとこの息子はとっくに親離れしてんし、ショージさんだって今日はお休みなんでしょ!! ちょっとは付き合いなさいって!」


 押しの強い彼女はそう言いながら一旦手を止め、そう言えばさと前置きしてから


 「で……私の事は、ずーっと【まぐまぐ】って呼ぶつもりなの?」


 と、拗ねたような口調で言うと振り向いて、後ろを歩く八雲を見ながら呟く。


 「八雲ちゃんは名前で呼んで、私はアバターの名前なんだもん……ちょっとずるいなぁ~」

 「じゃあ、なんと呼べば?」


 「うーん、まぁ、そうねぇ……」


 ……


 「……益田(ました) 真弓(まゆみ)だからなぁ、私の名前……だから、まぐまぐだったんだよね~」


 暫く黙っていた彼女は、好きに呼んで構わないから! と明るく言い放ち、直ぐに八雲に向かって身体を向けると、


 「そんな訳で、オフ会の時はマユミちゃんで宜しくぅ~!」


 そう告げてから、アハハハハ! と人柄を全身で体現するように明るく笑った。




 「かんぱーい!」

 「お疲れ様!」

 「……か、かんぱいです!」


 俺とマユミさんはビール、そして八雲はオレンジジュースを注いだグラスを重ね、宴は始まった。


 因みにスーパーで結構な量の惣菜を買ってきたが、会計はマユミさんが「リーダー権限で払う!」と宣言し、支払いを頑として譲らなかった。


 それにしても、マユミさんは俺と大して年は違わないみたいだが、良く飲むよ……一本目が無くなるとまたビール、そして次は缶チューハイとハイテンポで飲み続け、パックを開けて並べた唐揚げやらポテトやらを、美味しい美味しいと平らげていく。見た目通りの……いや、それは八雲も同じだな。時折話を振られ、ややスローテンポながら会話に加わる八雲と食べる速度は、あまり変わらないようだ。




 まさか、八雲を連れてマユミさんと昼飲みする事になるとは思っていなかったが、同性でしかも同じゲームに興じる八雲とマユミさんは、俺が心配する必要も無い程度に話が出来ている。


 「でもさー、やっぱり春節の時期とか中国の祝日が長く重なる時期ってさ、チーター(※改造したプログラム等で不正に強くしたキャラを使うプレイヤーの蔑称)が増えるよね?」

 「わ、私もそう思います! そ、その……この前も同じチームに、それっぽいヒトが居ましたから!」


 相変わらずゲームの話ばかりだが、酔いの回ったマユミさんの問いに八雲も明るく答え、楽しそうだ。


 俺はそう思いながら二本目のビールに手を付けると、丁度話の区切りになったのかマユミさんが俺の顔を見ながら、質問してきた。


 「……でさ、ショージさんは八雲ちゃんのどこがお気に入りなの~?」


 そりゃ、気になるだろう……一応、元上司と部下だって事は教えたが、誰だって相手の関係が判れば聞きたくなるからな。


 「……それ、本人の前で言わなきゃいかんのか?」

 「勿論! 相手が居るから言える事もあるでしょー?」


 仕方ないな……まあ、酒の席なんだから構わないか。


 多少酔いが回ったせいか、と俺は何となくそう思いつつ二本目のビールを空け、考えを纏める為に少しだけ考えてから口を開いた。


 「八雲は……俺の元部下だったが、真面目で実直で……他の連中はともかく、入ってまだ日の浅いのに一生懸命で……」

 「そーれーはー、仕事の上でしょー? そーじゃなくてー、女性としてだよー!」


 マユミさんが話の途中に割り込み、言い難い事をズバッと聞いてきやがる……。


 直ぐに答えようと口を開きかけたが、視野の隅で眼を輝かせながらオレンジジュースのグラスを持って固まる八雲が、


 (……早く!)


 と、眼で訴えてくる。判ってる、判ってるって!! ただ、あんまり……その、食い付くなよ。



 「……八雲が職場に居た時は、その……出来るだけ目立ちたくないって思っていたみたいで、その意思を……良く言えば尊重するつもり、いや……俺は八雲を、避けていた」


 そう言った瞬間、ハッとした顔になりながら八雲が硬直する。


 「……男だらけの職場に、社長の意思を尊重して一緒に働く事になった、心の病気持ちの女性だよ。普通なら、厄介でしかない」


 「……でも、八雲は八雲なりに頑張っていた。与えられた時間内で必ず仕事は終わらせていたし、投薬治療の兼ね合いで休憩時間は決まっていたが、その後まで仕事を引きずるような事もなかった」


 自分が評価されたと理解したのだろう、感極まったのか、八雲の目から涙が一粒、溢れた。


 「……薬、飲むのを止めて、病気を悪化させたせいで会社を辞めちまったが……」



 「……まぁ、少しだけ脆くて弱い所もあるけど……これからもっともっと、病気が良くなれば……色んな可能性を秘めてる、八雲の全てが……好きだ」




 俺がそう言うと、マユミさんはハァ……と溜め息を吐いてからチューハイを一口飲み、やれやれと首を左右に振ってから、


 「はいはい、そーですかぁ……まっ、そーだろうねぇ! お互いを見てる目付きが相思相愛って感じだもん!」


 立場が逆なら俺も言いそうな事を言い、テーブルの上に空の缶をまた一本、積み上げた。




 その後、次回のオフ会開催を互いに約束しながら解散したが、再びマユミさんからメールが来た時は、てっきり開催日時の話かと思った。



 「……取材? それで……受けたのか?」

 「受けたわよ! ……だって、他の二人も大丈夫だって言うし、八雲ちゃんもオッケーだって……」


 再び顔を合わせたマユミさんがそう言うと、八雲はキリッと真面目な顔になりながら、力強く頷いた。


 「……リモート取材なら、受けたい!」



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