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⑩「それからの俺と八雲」



 二人で昼食を食べ、キスをした日から一週間が過ぎた。


 八雲は病院に通い、投薬を続けてくれた。後から聞いた話だが、八雲が薬を止めた理由はやはり薬に依存しているような気がして怖くなったかららしい。治療の為に薬を飲み続けるのは、目標がハッキリしていないと本当に大丈夫なのか不安になる、と八雲は言っていた。


 薬だけしか治療法が無い、という訳では無いが、医師とコミュニケーションを取る事は、心の(やまい)を持った八雲には苦痛だったらしく、それが理由で治療が進まなくなったそうだ。


 治療を続ける目的が俺と付き合う為、という他人から見て不純な理由はさておき、八雲は俺以外と会話は出来ないものの、積極的に外に出て行動しているようだ。


 《 ショージさん! 久し振りに本屋さんに来てみました! 》


 書店の入り口の写真と共に送られてきたメールからは、彼女の本好きな一面が垣間見えて面白く、


 《 やっぱり古い本は見つからないみたいです…… 》


 そう打たれたメールを読んで、次に会う時は近くで一番大きな買い取り書店に行こうと決めた。




 《 今着きました! 》


 今の八雲の気分が良く判るようなメールが届いて暫くすると、助手席のドアが外から開けられると、


 「……ショージさん!」


 小柄な八雲がほぼよじ登るように乗り込んで来て、俺に抱きついて来た。俺は彼女が来たら車を出そうと思っていたが、八雲の気持ちに答えてあげる為にしっかり抱き留める。


 柔らかくて、温かい八雲の身体が俺の身体と密着するだけで、余計な言葉や動作なんて必要無くなる位、嬉しい気持ちで胸が一杯になる。


 「……んっ♪」


 そのまま身体を密着させていたが、車を動かさないといけない。離れ際にキスすると八雲が悩ましげに声を漏らし、俺の理性がふっ飛びそうになるが、


 「……じゃ、車を出すからシートベルトを締めてな」

 「……はい!」


 何とか堪えながら声を掛けてハンドルを回すと、八雲の嬉しそうな返事が返ってきた。



 「……探して……きます!」


 近郊で一番大きな買い取り書店に着くと、八雲は俺に向かって一声掛け、小説が並ぶコーナーに進んでいった。どんな種類の本を探しているか聞いてみたが、若者向けの恋愛モノらしい長々と続く呪文みたいなタイトルで、俺は一緒に探すのを諦めた。中身はともかく短い方が判り易いと思うが。


 「……ありました!」


 と、本棚が並ぶ通路の先から八雲が駆け寄って来て、俺に探していた本を見せる。


 なになに……【夕暮れの土手で出会った幼馴染みが見違える程の美少女になっていて惚れ直した件】……? 長いタイトルだなぁ。




 「……それで、幼馴染みの子が……」


 買い取り書店の敷地に併設されたコーヒー店で、八雲が探していた本の数々を説明と共に見せてくれたが、やっぱり例のタイトルの内容はタイトル通りだ。読む意味有るのか? と思いつつ、ホットコーヒーを飲む。八雲は抹茶ラテのクリーム増しに、クラッシュビスケットとカラメルソースのオマケ付き。実に女子ウケしそうな組み合わせだ。


 本の話になると饒舌(じょうぜつ)な八雲だが、最近になって導入が進んでいるセルフレジ以外で、まだ買い物は出来ない。この店も会計はセルフだが、商品受け渡しは当然ながら対面対応だ。訓練だと割り切って任せてみたが、未だに女性店員じゃないと無言のまま。


 「なぁ、八雲。もしうちの会社以外で働くとしたら、何かやりたい仕事はあるかい」


 本の説明を終えた八雲に聞いてみると、それまで饒舌だった彼女の口が唐突に重くなり、声に覇気が無くなる。


 「……あ、ええ……うん、……その、パ、パソコン……とか、使って……に、入力とか……して……」


 「そうか、まあ今は在宅ワークもあるし、そういう業種なら八雲も問題はないかもしれないけど、打ち合わせはカメラ動画だったりするからな。慣れは必要だろうね」



 「……ど、動画は……怖く、て……」


 ちょっと脅し過ぎたか、八雲の表情から笑みが消え失せ、閉じた目蓋の端から一粒、涙が溢れた。


 「いいよ、今すぐ決める事じゃないさ。ゆっくり決めて、ゆっくり慣れていこう」


 安心させる為、俺は彼女にそう声を掛けると、八雲はギュッと口を引き締めながら、うんと頷いた。



 ゆっくり慣れれば良い、と俺は口癖のように言ったが、その暫く後に訪れた出来事で、俺と八雲の状況は少しづつ変わっていった。






 見慣れた町の見慣れた住宅地。その中の一軒の二階建て家屋に足音を忍ばせながら近付き、息を殺して様子を窺う。


 ……ゴツゴツ、という足音が薄い壁の向こう側から響き、中に潜む複数の敵の存在が伝わってくる。


 《 二人かなぁ、うーん、たぶんその位? 》


 いつもなら俺が担当する、遠距離狙撃ポジションに着く【まぐまぐ】が曖昧な報告を寄越し、後方を警戒していた()()()が短機関銃の銃口を左右に振って困惑を示す。


 《 行きましょう! 》

 《 突撃します!! 》


 こちらはいつも通りの【ひら☆彼氏】【ひら☆彼女】の二人が、アイコンを利用して表示させる定例文で合図し、窓から同時に飛び込んで一階に突入する。


 当然のように始まる銃撃戦の音と共に、俺とふりるも玄関ドアから室内に飛び込み、挟撃になった敵を背後から撃ち、脱落者を出さずに制圧を完了させた。


 (うーん、発射速度の高い銃は直ぐに弾数が無くなるな……)


 近接特化の短機関銃を装備した俺は、狭い室内で複数の敵を相手にする練習を兼ねて、ふりること八雲とゲームの試合を繰り返していた。


 その日のスコア次第で、クラス別ランキングの上位に食い込める事も視野に入り、出来れば今日は慣れたポジションでお茶を濁すつもりだった俺に、


 《 こういう時こそ頑張ってガンガン攻めましょう!! 》


 と、彼女らしからぬ果敢なメッセージを送って来た結果、いつもの狙撃用50口径ライフルから9ミリパラペラム弾の小型マシンガンに変えたが、結果は悪くなかった。


 そうして今回も全員生き残り、高らかなファンファーレと共に試合終了となった時……【まぐまぐ】から驚くような報せが訪れたのだ。



 《 ランキング、三位!! 決勝進出!!》



 ……えっ? マジでか!?





 

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