表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

強面上司は気弱な部下と距離を縮める



 不意に訪れた別れの言葉。謝罪を幾度繰り返そうと、元の関係に再び戻る事は無い。諦めきれず、何度も、何度も、繰り返したが。


 それきり彼女から連絡は無かった。






 「……先輩、彼女さんと別れたって本当ですか」


 矢川が無言の俺に不躾(ぶしつけ)な質問をするが、周囲の眼も有って今更引き伸ばす気も失せた。


 「ああ、別れた。お前、何で知ってるの」

 「ミツコの友達の彼氏から聞いたんで……」


 だから、地元っ子は嫌いなんだ。職場の連中は転勤族の俺と違い、大半が営業所周辺の出身。そのせいで石っころを蹴れば何処かの誰かに必ず当たるし、噂はあっという間に広まっちまう。


 「まあ、それだけの間柄だったんだ、長く持った方なんじゃないか? 我ながら……」

 「そうですね、じゃあ……今度の休みのバーベキューはどうします?」

 「好きにしろよ、もう前払いで材料費込みで予約しちまってんだから……」


 不機嫌気味に答える俺とは違い、じゃー◯◯と彼女さんを誘ってみます! とスマホを弄り始める。つい、仕事中だから後にしろと言いたくなったが、面倒臭く感じ、開きかけた口を閉じた。


 閉鎖的な土地柄のせいもあり、新規開拓の橋頭堡として新設された営業所だったが、今はすっかり営業成績も平行線の一本道。だから働いている社員はたったの四人、それと特別枠の子が一人だけ。


 「……じゃ、後はこれコピーしといて」


 スマホを仕舞いながら矢川が書類の束を掴み、必要最低限の言葉と共に八雲の机の上に投げ出す。毎回、彼女に向かって乱雑な態度を取る矢川に、俺は何も言わない。どうせ言っても無駄だ。


 「……ぁぃ……」


 八雲の蚊が泣くような声が微かに聞こえると、彼女はゆっくりと立ち上がり、誰とも視線を交わさぬようにコピー機の前へと進み、黙々と役割を果たす。


 「……あーあ、羨ましいっての……薬飲んで半日働くだけでいいんだからよ……」


 高校在学中に様々な精神疾患を発症し、必ず正午には投薬の為に休憩を取る八雲を、矢川を始め他の二人も煩わしく感じているらしく、彼女と言葉を交わすより聞こえよがしに愚痴るだけ。クソ忌々しい連中だが、それ以上問題を起こさない限り、俺は何も言わない。


 「……ぅ、ぁぃ……」


 再び自分の席へと戻った八雲は、視線を合わせないようにしながら俺にファイリングした資料のコピーを差し出すと、再び俯きながら黙々とタイピングを始めた。




 「おーつかれ様ーっす!」

 「お疲れ様でーす」


 一番遅くに帰る俺を残し、矢川を始め他の社員達も勤怠タブレットを操作すると、そそくさと居なくなる。勿論、残業を規則で許されていない八雲は、昼の三時で線香の煙のような声と共に居なくなっていた。


 日間報告書と処理すべき事案、そして営業報告書……毎日やっても何か変化が有る筈も無い、無意味極まりない報告書の山を片付ける。時計の針はとっくに九時を回り、馬鹿馬鹿しくなるサービス残業に溜め息を漏らしたその時、スマホが小刻みに震えた。


 《 こんばんはー!! お疲れ様です!! 》


 思わず苦笑しそうな明るさが滲むメール、しかも硬派なFPSシューティングのフレンド通信を経由して届くその相手は、昼間は死んだような眼で口も利けない八雲だった。


 《 まだ会社ですか? ()()()はスタンバってますよ! 》


 再び届いたメールの彼女は、登録している【YAGUーふりる】名義で朗らかに報告する。きっと定位置のベッドの上からメールしているのだろう。前にそう聞いた記憶がある。




 以前、矢川とたまたま登録していたタブレットのゲームを話題にした際、何をどうやって辿り着いたのか知らぬ間に、


 【 新着メールが一件あります! 】


 と、登録してから殆どプレイしていなかったゲームのアドレス経由で告知され、結局、八雲とフレンド登録する羽目になった。しかし、最初は只の話のタネ程度に思っていた彼女との交流は、次第に妙な方に向かっていったのだ。





 《 先輩! 彼女さんと別れたって本当ですか? 》

 《 君まで知ってるのかよ……誰に聞いたの 》

 《 妹の彼氏から、です! 》


 全く同じやり取りの筈なのに、俺の気分は全く苛立たない。因みに今は深夜一時、ついでに言うと絶賛戦闘中、だが。


 相互フレンド登録した八雲の所属するパーティーは、いわゆる【ガチ攻略組】に当たる硬派なグループ。俺の実力から言えば間違いなく接点は見当たらない筈なのに、八雲という緩衝材が効いているせいか、自然と溶け込んで役目を果たしていた。



 《 ()()()サンとクロクマさんって どんな間柄なんですか 》


 今日も派手な特攻を繰り返す前線組の八雲の背後から、周辺の索敵と狙撃で牽制する地味な役回りの俺に、同じパーティーのメンバーから尋ねられる。


 《 まさか、彼氏サンとかですか!? 》


 やれやれ、恋バナ好きは学生の必須技能なんだろか、と呆れながら、


 《 違うよ 》


 と簡潔に答えておく。冗談で親子だとでも言っておけばよかったか?


 《 なにをきいてるんですか!? 》

 《 ふりる、慌ててる!! 》

 《 まさかの展開!! 》

 《 おー!? 遂に明かされるふりるの秘密!! 》


 早速パーティーラインに気付いた八雲が平文で書き立てると、接敵するタイミングから抜け出したせいかメンバー全員が(にわか)に騒ぎ始める。


 《 職場の同僚 》


 《 オフィスラブ!! 》

 《 先輩と後輩……ごくり…… 》

 《 やーん、羨ましいぃー!! 》

 《 ふりる、実は社会人だった!?》


 《 あー、あー、あー、そうですよー 》


 出来るだけ素っ気なく、しかし出来るだけ簡潔で正直に書いてみると、パーティーメンバー全員を巻き込み、蜂の巣を叩いたような騒ぎが起きる。


 《 付き合ってないよ 》


 そう答えて周囲の反応を見てから、やれやれと思いつつ時計を見た。


 ……もう、三時半だった。





 それから一週間後、八雲が会社を休み、三日後の朝に父親と共に営業所へやって来た。予め連絡がいっていたのか、本店の人事担当課長と三者面談をしに現れた八雲は、まるで別人のようにボーッとして虚空を見詰め、焦点の合わない眼で職場の蛍光灯を眺めていた。


 八雲は、一週間前から薬を飲まなくなったらしく、同居していた彼女の変調を知った父親は、原因が職場に無いかと尋ねに来たらしく、俺も呼ばれて質問に答えた。





 それきり、八雲は退社し俺とは接点が無くなった。


 つい昨日までそう思っていたが、一通のフレンドメールが全てを変えてしまった。


 《 先輩、今から会えますか? 》





 指定された場所は、彼女の住所から少し外れた電車の駅だった。


 《 今、どこですか? 》


 別に会わなければいけない理由は、俺には無い。どちらかと言うと地味な見た目で美人とは呼べない彼女と、俺は何を話せばいいのか。そう自問しながら駅前の駐車場に車を停めると、


 《 今、喫茶店に居ます 》


 まるでこちらの様子を見ていたようなタイミングでメールが届き、訳も無く心拍数が上がる。


 一軒しか無い喫茶系チェーン店の扉を開け、中に入って周りを見回すと、少しだけ視線を漂わせながら八雲がテーブル越しに顔を上げ、


 「……ぁ、ぅぅ……」


 振り絞るような声で、それだけ言うと俯いて無言になった。


 「……久し振りだね、身体の方は大丈夫?」


 カウンターでアイスブラックを注文し、彼女の向かい側に座って声を掛けると、八雲は僅かに首を縦に振り、手元のスマホを操作する。


 《 ごめんなさい! 本当は話さないとダメだって判ってますが……勇気が出なくて 》


 もどかしくなる程、時間を掛けながらメールを送信した八雲は、テーブルの上にスマホを置くと俺の顔色を窺う。


 「気にしなくていいよ、もう……君は職場で辛い思いをしなくていいんだし、それに……」


 元気そうで、と付け加えようとしたが、彼女はふるふると首を左右に振ると、スマホを持ってゆっくりと打ち始めた。


 《 いえ、薬を飲まなくなった自分が全て悪いんです。それに……何だか、怖くなって 》


 性急に何が原因か、と問いたくなる気持ちを抑えながら、八雲が再びメールするまでコーヒーを飲んで、待つ。


 《 三年間、お世話になったけれど、先輩以外とはお話も出来なかった 》


 《 結局、プレッシャーに負けちゃった…… 》


 《 ははは、高校生の頃から何も変わらなかったなぁ…… 》



 それだけ送信すると、八雲は甘そうな茶色の何かをストローで吸い、暫くそのままジッと俯いていた。


 「……変わるよ、きっと……」


 俺が何の気無しに口にした言葉だったが、八雲は口を閉ざしたまま、視線を上げる。そして、何かに取り憑かれたようにスマホを打ち始める。


 《 本当にそう思ってますか私は変われますか誰か保証してくれますか先輩が保証してくれますか私は平気ですか私が平気ですか 》


 「……俺は別に気にしないよ。君は君だし、特別変わっちゃいない。対人恐怖症で、自律神経失調症で、少しだけ引っ込み思案なだけだ」


 自分でも何を言っているのか良く判らないまま、眼鏡を掛けた八雲の顔をジッと見る。


 真っ白で日焼けと無縁な透き通った肌、線の細い中性的な体格に、虚ろな目付きと口紅も塗らない唇。何処をどう見ても、俺の好みから掛け離れた、十歳も年下の八雲。


 「……まあ、変わった名前だとは思うけどね」


 そう告げると、三年間で初めて見る表情になり、スマホを連打し始めた。


 《 八雲ってそんなに珍しいですか!? 》

 「ああ、初めて見た時は苗字かと思ったよ」


 それが、彼女と俺の出会いの始まりだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ