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第七話『廃屋』

 その後、三者三様に仕事だ勉強だと部屋にこもり、結局、夕食以降に顔をあわせることは無かった。で、翌朝に顔をあわせるなりトーマは一言。

「今日、昼から例の廃屋に行ってくる」

 これである。

「え?‥‥‥えーっ!?ト、トーマさん、そんないきなり」

「まず見に行かないと、動きのとりようもないだろ。心配するな。お嬢ちゃんは連れて行かないから」

「そんな‥‥‥イヤ!ついて行く!」

「ダメだ。呪いだろうが人だろうが、何も分かっていない時点では危険すぎる。今日は実家に帰ってろよ。向こうにはゲイルを付き合わせるから」

「俺は強制かよ?確認くらいとれよ」

「うるさい。お前だって昨日、無理やり仕事を休ませただろうが。黙ってついてこい」

「お、その言い方、殺し文句だねぇ。おとなしく『はい』と言わせてもらうぜ」

「だから気持ち悪ぃんだよ。やめろ」

 緊迫感のカケラもない会話。本当に、ゲイルと話しているトーマは普通の青年に見える。イアンという人と話す時もこんな感じだったのだろうか?だとしたらカレンと話す時は‥‥‥そう考えかけてやめた。想像もつかないし、あまり想像したくもない。トーマのカレンへの想いの深さを見ていれば、優しく接していただろう事は分かる。しかしフェアリーに対する優しさとは違い、恋人への態度というのはどういうものか。想像できたとしても虚しいだけである。

 結局フェアリーはトーマの説得に応じ、一度実家に帰ることにした。ただトーマの事が心配だからと、そのまま家で泊まっていくことは断固として拒否し、廃屋の調査が終わったら迎えに行くことを約束させた。ゲイルの件といい、最近は交換条件を出すようになったなと、娘(?)の成長(??)が嬉しいやら困ったやらのパパ(トーマ)であった。


 問題の廃屋があるウエスト・コーストまでは、通称『ビームズ・ハイウェイ』と呼ばれる、専用の車のみ通行可能な超高速(時速三百キロ)道路を通って二時間ほどかかる。この道路では慣性制御が成されているので、加速の際にかかるGは地球上で時速百キロで走る車に乗っているのと変わりなく、身体的には問題はない上に、目的地に早く着くのもいいのだが、いかんせん高速料金がかなり高く、トーマなど普段ならめったに使わない。今回は経費を別請求できるので、ありがたく利用させてもらっているというわけだ。


「うわ~‥‥‥これは。いかにもといった感じだな」

 廃屋を見たゲイルの第一声がこうであった。言葉はともかく、表情は楽しそうだ。

 実際、外観は典型的な廃屋で、何十年も使われていなかった風情が漂いまくっている。建物自体はかなり立派で、例えるなら元は貴族の豪邸だった感じだ。確かに『いかにも』没落貴族の霊でも出そうである。

 二人とも躊躇もせず、あっさりと中に入っていった。中も外観に劣らずボロボロで、ねずみの死骸が転がり、そこに虫がたかっている。と、そこでトーマもゲイルも顔を見合わせた。

「ふ~ん。これはもしかするとレオンの言う通りかもな」

「だろ。まあ、もっと奥に入って確認してみないと、断言はできないがな」

 そのまま更に奥に進む。一見するとただの廃屋でしかないが、トーマは何か他にも気付いたことがあるらしく、あちこちをチェックしながら歩いている。ゲイルには何があるのか分からないような場所をピンポイントで。そして

「‥‥‥臭うな」

「え?何がだ?」

 言ったそばから、ゲイルの耳に足音のようなものが聞こえてきた。人間ではない。別の生き物。廊下の奥の方からだ。

「あれは‥‥‥犬か?」

「お前は下がっていろ。あと、その懐の物も出すなよ。絶対に撃つな」

 ゲイルが銃を持ってきていたこと、それに手を伸ばそうとしていることを即座に見抜き、トーマは決して強くはない口調ながら、反論を許さない調子で制止した。

 やがて暗闇の中から姿を現したのは、グレートデンよりも図体の大きい巨大犬であった。よだれを垂らし、見るからに凶暴そうで、人間くらいは軽く嚙み殺しそうだ。なのにトーマは平気で近づいていく。

「おい、レオン!危ねぇぞ!やめろ!」

「平気だ。だから撃つなよ」

 トーマは更に近づく。犬は今にも跳びかかりそうな様子だ。ヤバいか?撃つなと念を押されたが、いざとなったら撃たなければならない。ゲイルが犬の動きに神経を集中させ身構えていると、つい先ほどまで獰猛な唸り声あげていた犬が、徐々に気弱に後退し始めた。唸り声も弱々しくなっていく。

(なんだ?あの犬。レオンに怯えている?)

 ついに犬はクゥ~ンという情けない声を上げ、「降参だ」というように仰向けに転がってしまった。トーマは犬の前にしゃがみ、ペットを可愛がるように獰猛だったはずの犬の腹を撫でた。ゲイルの側から見れば、一体何がどうなってこうなったのやら。まるで分からない。

「レオン。何をしたんだ?」

「別に何も。俺は動物が好きだからな。こいつもそれが分かったんじゃないのか」

「ウソつけ!そのワンコ、明らかに怯えてただろうが」

「そうか?しっぽ振ってるだろ」

 見ると、確かに犬は尻尾を振ってリラックスしている様子である。トーマも何だか嬉しそうだ。まさか本当に動物が好きなのか?と、呆れていると、おもむろにトーマが立ち上がった。

「どうやら今日は呪いとやらは起きないようだな。念のために各部屋をまわってから出ようぜ」

「呪いが起きないって?何で言い切れるんだ」

「理由は後で話す。とりあえずチェックだ」

 その後、全部屋をまわったが、トーマの言う通り何も起きなかった。死体が発見された場所に血痕があった以外は、特に怪しい所も(建物全体が怪しいと言ってしまえばそれまでだが)ない。ただトーマは相変わらず何かをチェックしながら歩いているようだったが。その間、犬はずっと後を付いてきていたが、調べ終わって建物の外に出る際、トーマが追い払った。

「犬が出た以外、本当に何もなかったな。ラップ音の一つも聞こえてくるかと思っていたのに」

「だから霊の仕業じゃないって言っただろうが」

「なあ、あの犬、あそこに置いてきて良かったのか?あの犬が例の事件の犯人って事も考えられるだろ」

「それはないな。死体の写真を見ただけでも、噛み千切られたんじゃないってのは一目瞭然だ。そんな事は、お前だって分かっているんだろ」

「しかし、あの犬は普通じゃなかっただろう。あれは薬か何かで凶暴化したヤツだ」

「さすがだな。気付いていたのか」

「そりゃあな。こんな仕事をやってるんだから、そのテの動物にお目にかかった事くらいある。だから言ってる。あそこに置いていたら、また被害者が出るぞ」

「じゃあ俺も言わせてもらう。薬で凶暴化させられたヤツだから、あそこに置いてきた。外に連れ出したら殺されるだけだろ。人間が勝手にやった事で、何であいつが犠牲にならなきゃいけない」

「いや、だからってだな。みすみす見逃すこともないだろうが。あの犬をあんな風にしたワケでもなんでもない人間が、代わりに犠牲になるんだぞ」

「知るか。あんな場所に面白半分で行くヤツがどうなろうと、それは自業自得だ。あともう一度言うが、あの犬は一連の事件と直接の関係はない。動物が襲ったにしては、あの死体はきれい過ぎる。凶暴化したヤツが喰ったなら、もっとひどい状態で見つかるはずだ。あんなに見事に同じような状態なはずがない」

「仕事はどうするんだ?犬が原因じゃないにしても、どの道調査を済ませてこの敷地が使える状態になったら、建物ごと犬も処分されてしまうぞ」

「そうだな。それは考えていなかった。その時は、あの犬を病院に連れて行く。治療費、入院費、その後の保護施設入所料等、見積もりを出して請求を市にまわす。こんなとこだな」

「今から連れて行かないのかよ?」

「今はな。まだ連れて行けない。犯人は犬の仕業だと思わせたいみたいだしな。まだ何も分かっていないに等しいのに、下手に動いて犯人を刺激するのは得策じゃない」

「何も分かっていないに等しいのに、犬や呪いが原因じゃないのは自信があるんだな。中で何を調べていた?」

「カメラとセンサーだ」

「カメラとセンサー?そんな物があったのか」

「ああ。どちらも最新の機種だった。センサーは侵入者のチェック用と、狙撃用の二種類。狙撃が可能な場所も特定できた」

 強力ライトを持っていたとはいえ、あの暗闇の中で、そこまで細かくチェック出来るとは。どういう目をしているのだろう?目だけではない。犬が出てきた際“臭う”と言っていた。生き物の臭いがしたという事だ。あの距離ではゲイルにはとても分からなかった。分かったのは点在していたねずみの死骸が新しいこと。死骸があるなら生きているものもいるはずだ。ねずみがいるのは食べ物があの場にある証拠。殺された人の死体が食料というのもありえる話だが、常時転がっているものでもないので、犠牲者が出たとき以外にどうしているのかという疑問が出てくる。犬にしてもそうだ。ふらっと入ってきたにしてはかなり奥にいた。つまり中には動物たちの食料になるものが定期的にある、という推測につながる。しかもゲイルには分からなかったが、古くて朽ちているものならともかく、最新のカメラやセンサーが備え付けられている以上、中に人間がいる可能性は決して低くはない。それにしても

「また犬の話に戻るけどな。薬で凶暴化したヤツが、何であんなにおとなしかったんだ?」

「凶暴化させられても、多少なりとも自我が残っていたら心を通わせることは出来る。動物には分かるんだよ。絶対に自分に危害を加えない者が」

 あと自分より絶対的に強い生き物も、とゲイルは思った。動物の本能が危険を察知するくらいだ。よほどトーマから何かを感じたのではないか。近付かれただけで威圧感をおぼえるような何かを。そうなるとトーマが人ならざるものだという説が、また真実味を帯びてくる。自我など残っていてもカケラ程度であっただろう犬が、ペットのようになってしまうのだから。

(ルシフェル‥‥‥か)

 凶悪犯を残虐な形で裁く、堕天使の通称を持った謎の人物。ゲイルはトーマが当該人物だと信じて疑っていない。万一そうでないにしても、一定以上の年齢に達した人間を嫌い、動物や、同じ人間でも子供は大事にするトーマは、その呼び名にふさわしい人物だと思う。『人』とは呼べない生き物かもしれないだけに、余計。

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