第三話『連続怪死事件』
トーマの家を出たゲイルは、すぐ滞在先のホテルに戻り、部屋のパソコンから契約している情報バンクにアクセスした。これは情報屋御用達のシステムで、宇宙都市で一番の情報量を誇るスパコンに個人名義で登録し(ゲイルの場合は『事件・事故』項目)、その個人宛に表に出ない事件の情報や、タレコミ、目撃情報等々が入ってくるようになっている。その中から有用だと判断した情報には、情報提供者にそれに見合った金額が電子マネーで振り込まれる仕組みだ。個人宛という事は、それなりに人脈なり信用なりが必要不可欠だ。トーマが「優秀だ」と言っていたのは、その情報の正確性、信憑性が高いからであり、つまりゲイルが情報屋として、タレコミ屋などにも信頼されている証ということになる。
情報の中には今日の火災についてもあった。どうやらトーマは下に救助マットを用意させ、なんとかベランダが原型をとどめている二十三階まで上がり、そのベランダから子供たちに飛び降りるよう説得したらしい。なにしろ、いつ二次爆発が起こるか分からない状況である。二人同時に飛び降りさせ、トーマは壁を駆け上がる形で、二十八階辺りで二人を空中キャッチした、という事だ。
「マジかよ。相変わらずどういう身体能力してんだ、あいつは?」
その後、見事にマットの上に着地したかと思うと、すぐに周囲の人間にその場から離れるよう指示、直後に再び爆発が起こり、マンションは崩れたという。子供達は最初、恐怖のあまり硬直していた様子だったが、トーマが何か話しかけると堰を切ったように泣き出し、トーマに抱きついた。それを見たマンションの住民が、「怖い思いをした子供を泣かせるなんて」と非難した。ここまでが一般の情報だ。更に情報屋向けの細かい情報では、トーマが何を言ったかについて『怖かっただろう。よく頑張った』だったと書かれている。何故こんなどうでも良さそうな情報が入っているのか?実はタレコミ屋の間で、ゲイルがトーマに関する情報なら、どんなにちっぽけに思えるものでも仕入れると評判なのだ。なのでタレコミ屋は事件や事故が起きると現場へ行き、それにトーマが絡んでいた場合、些細な事でもネタとして仕入れる事にしている。今回のような場合、声が聞こえるほどの至近距離にいるというわけでなく、読唇術を用いたのである。
「これは本当だろうな。ガキ共がレオンを怖がって泣いたなら、抱きついたりしないはずだ。何でそれが分からないのかね。一般民の方々は」
今も、トーマが『レオン』だった時も、結果的に人助けをしている場合が多い。子供に優しい一面も見られる。それは昔に子供を食った事に対する罪悪感からくるものではないかと見るのも可能だが。
「まったく。つかめねえヤツだぜ。何を考えてるんだ。あいつは、一体」
情報を集めれば集めるほど、トーマの人柄は世間の評判と遠くかけ離れている。同居している、あのミラー家三男令嬢にせよ、レティシアにせよ、それが分かるから好きになったのだろう。ゲイルから見ても善良とまでは言わないが、悪ぶったお人好しといった印象だ。しかし異常なまでの冷たさと憎しみの色を、不意にのぞかせる瞬間もある。注意深く見ていなければ気付かないほどの、ほんの一瞬。そんな時はトーマの白皙の顔とトパーズの瞳が、人の姿をした、人ではない生き物の持つものに見える。そういう事もあってゲイルは、情報屋たちの間で現在進行形の伝説として噂されている『ルシフェル』がトーマなのではないかと、それが一世紀半以上も生きている怪物なのではないかと思ったのだ。
『ルシフェル』……神に叛逆し、天から堕とされた堕天使の名。魔王サタンの正体だとも言われている。犯行の残虐さ、凶悪犯を裁く正義感(?)、その二面性から、謎の断罪者をそう呼ぶようになった。『SWORD』という名の始末屋がいて、それが『ルシフェル』ではないかという説もあるが、いずれにせよ正体は不明で、どの説にも確証はない。しかしゲイルは、『SWORD』とトーマにつながる情報をつかんだ。今日は流れで話しそびれたが、確証はなくても確信できる内容だ。
(『レオン』=『SWORD』=『ルシフェル』……『ルシフェル』は、凶悪事件の犯人が、残虐な形での不可解な死を遂げている事件で、その死神として挙げられている架空の人物。『SWORD』はレオンと同様、汚い仕事を受ける始末屋で、だが公に姿を現していないし、連絡の取り方も一般には知られていない。実在するかどうかさえ謎とされている人物。ハッキリとしているのは、ミラー家三男の夫人が、『ルシフェル』の顔を見ていながら生き延びた唯一の人物らしい、という事だけか。一度あたってみてもいいかもな)
トーマの正体を知ってどうするのか。もし本当に百何十年も生き続け、昔ゲイルの先祖を食ったのだとしたらどうしたいのか。そんな事は分からない。ただ知りたい。それだけだ。何らかの確証が得られたら、その時は何らかの感情が生まれる可能性もあるが、それが怒りだったとして、復讐しようにも化け物相手では分が悪すぎる。そうでなくても情報屋風情がトーマ相手に勝てるはずがない。今までの仕事を見ているだけでもそう思う。
「っと、レティシアに連絡は‥‥‥まだ様子を見るか」
あの調子ではトーマはレティシアに会ってくれそうもないし、無理に押しかけても無視されるだけだろう。それではレティシアが可哀想だ。なんとか、せめて一日だけでも思い出話に付き合ってもらえるくらいまで説得しなければ。
「説得……できるのかよ?自信ねえなあ」
独り言をつぶやきながら途方に暮れていると、突然、情報バンクに新しいメッセージが入ってきた。その内容を見ると、
『心霊スポットとして有名なウエスト・コースト地区十二番地の廃屋で、謎の怪死事件多発。調査をフォレスト・パーク8番街のトーマ・イガラシに依頼する動きがある模様』
と、ある。
ミステリー好きのゲイルからすれば、なんとも魅力的なネタである。そして、そのネタがトーマにつながっている以上、見逃す理由はない。不謹慎きわまりないが、心躍るのを感じてしまう。他にも色々な情報が入っていたが、それらを置いて、まず謎の連続怪死事件に関する情報をチェックし始めた。
『昨年の三月十四日。例の廃屋へ肝試しに行くと出かけた高校生六人組が朝になっても戻らず、翌日、家族から捜索願が出される。警察は廃屋も調べたがその時は見つからず、更に五日後、別のグループが肝試しに行った際、六名の変死体をリビングで発見。死体は全て内臓が抜き取られていたことから、過激な臓器売買グループの犯行との見方が強い』
『昨年の六月一日。市の依頼で廃屋を取り壊すため、現場の確認に来た工事業者四名が行方不明に。一週間後の早朝、庭に折り重なるように倒れている四名を通行人が発見。また、いずれも内臓が抜かれていた』
『昨年の七月八日。再び工事業者が入る。今回は警備員が同行するも揃って行方不明に。I.Bを使っての連絡はずっと取っていたが、二日目まで異常はなく、三日目に連絡が途絶える。すぐに捜索に出たものの、消息を絶って五日目に内臓を抜かれた死体となって発見されるまで、廃屋のどこにも姿は見当たらなかった。その後は市も気味が悪いということで、解体の依頼はしていない』
そうして読み進めていくと、今日現在までに発見された死体は五十体を超える事が確認された。工事業者の事件以降は放置されているので、度胸試しと称した冷やかしや、除霊師を名乗る者などが次々と廃屋へ行ったが、最初の時に高校生六人組を発見したグループがそうだったように、全員が犠牲になっているわけではないらしい。犠牲者の共通点を調べるも、年齢・性別・体格・家柄・グループ構成、すべてがバラバラで、基準は全く分からないという。一年以上未解決となったところで、トーマ・イガラシに依頼しようという話になった。これまで避けてきたのは、これほど犠牲者が出ている危険な事件で彼に依頼すると、法外な金額を要求されるだろう事が予測されるからで……
「そりゃそうだろう。命の危険があるのに、二束三文でこんな仕事を受けるヤツがどこにいるんだ?レオンのヤツ、まさかこんな不可解な仕事を受けるんじゃないだろうな。いや、受けるか。あいつは」
こんなホラー映画まがいの何が起こるか分からない依頼でも、トーマにとっては家出猫探しと変わらない程度の感覚なのではないか。前の街にいた時もそうだった。やはり呪いだなんだと言われていた依頼をあっさり引き受けて、昔のホラー映画を真似た愉快犯だと見抜き、簡単に解決した。ゲイルは聞いてみた。
「本当に呪いの類で、自分が犠牲者になったら、とは考えなかったのか?」
と。トーマは
「呪いで人が死ぬなら、とっくに死んでいてもおかしくないほど恨まれている人間など、いくらでもいるだろう。バカバカしい」
と一蹴した。
あの男の頭に恐怖だの不可能だのといった言葉はないのだろう。だから今回の事件も、金額によっては間違いなく受けるはずだ。ならば事件に関する情報をもっと集めておくべきか。そう考えてふと思った。人の事は言えない。自分も不可解な事件に関わろうとしているじゃないか。
「これも性ってヤツかな。仕方ない。出来る限り情報を仕入れておけば、それだけ危険も減るだろうし。レティシアのためにもなるってもんだ」
自分に言い聞かせてゲイルは早速行動を開始した。要するに彼の行動原理は好奇心で構成されていて、それを満たしてくれるトーマに、ゲイル自身がこだわりを持っているのだ。レティシアの事もあるにはあるが一部分でしかない。もう一度会わせてやりたいといった理由だけでは、これほど必死に探しはしなかっただろう。自分でもある程度は分かっていた。レティシアを口実にしているだけだと。本当に彼女のためだけなら、トーマが何と言おうと呼び寄せて会わせていたはずだ。そうしなかったのは、それでトーマにへそを曲げられて相手にされなくなっては困るから。慎重になる道理である。
そうしてレティシアの事を後回しにしたために、トーマは更に厄介ごとを一つ抱えてしまう事になる。