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第二話『手紙』Bパート

「‥‥‥‥‥‥‥‥は?何でそうなる」

「お前が……何て言うか、ヴァンパイアみたいな怪物で、さらった人間を食ったとか……」

 更に予想外である。人外という点では正解だが、少年少女を誘拐して取って食うなどといった、根っからの怪物にされてしまうとは。この男は本当にミステリー好きなんだろう。情報屋などという、推測で物事を判断していては成り立たない仕事をやっておきながら、トーマに関する事ではミステリー小説の推理レベルで話を進めているのが、やたらおかしい。思わず肩をすくめて苦笑してしまった。

「残念ながら、俺はどちらかと言うと菜食主義だ」

「『ルシフェル』」

「?」

「俺たち情報屋の間で話題になっている、凶悪事件の解決に関わっているらしいヤツの通称だ。何件もあるが、一番最近ではミラー家三男夫人の誘拐事件だ。共通点は殺された犯人の遺体が、鋭利な刃物の様なもので切られていた事。大人の男の胴体でも真っ二つだったそうだ。ミラー家の事件では、家が炎上して黒コゲになっていたが、切られた痕跡が残っていた。何十もの人間が、だぞ?燃やすなら切断する必要はないだろう。しかも夫人が監禁されていた家が爆発炎上した日と、夫人が病院に現れた日が同じである事から考えて、犯人達は当日まで生きていたと推測される。つまり犯人を殺したヤツは、少なくとも一日もかからず、何十人も殺して遺体を切断した上で燃やした。一人でやるのは不可能だ。じゃあ複数の人間で始末したのか?違うな。利益がない。複数の人間が協力して事を行う場合、ましてやそれが殺人だったら、何らかの利益があるか、思想の一致がなければ成立しない。ガキのリンチ殺人ならともかく、この場合は何十人もの成人した男を相手にしている。分が悪すぎるじゃないか。猟奇事件の演出にしてはリスクが高すぎるし、夫人が助かっているところから見て、無差別に殺しているわけでもない。それどころかやり方はエゲツないが、結果的には人助けまでしている。レオン、お前の仕事に似ているよなあ?」

「単独では不可能な犯行じゃなかったのか」

「怪物なら可能だろ。しかも、お前も事件に関わっていたらしいな。で、ミラー家の令嬢と事件後同居している。これは偶然か?」

「じゃあ何か?俺が百年以上生きている、人をとって食う怪物で、大昔にお前の先祖を食った化け物なのに、うっかり人助けをしたっていうのか?ってことは、さしずめお嬢ちゃんは助けた代償の生贄か」

「違うのか?」

 トーマが返事をするより早く、フェアリーの平手がゲイルの頬にとんだ。その手は怒りに震えている。

「あんたの下らない推理に付き合っているヒマはないのよ!そんなにミステリーが好きなら、自己満足の塊の、売れない小説でも書いていればいいんだわ!」

「そんなに下らないかねえ」

「特に人をとって食うっていうのがね。あり得ない。トーマさんはあんたが思っているような人じゃない。言い切ってもいいわ。もしモンスターだったとしても、それが何?人は、大した理由もなく人を殺せるじゃない。そんな人間こそが化け物よ。長く生きていて、依頼を受けて仕事をした見返りにお金をもらうっていうのが、そんなに問題?」

「別に。ただそれだけなら逆に俺は大歓迎だね。世の中それくらいの非現実的な現実があった方が面白いからな。俺が問題にしているのは、百四十年前の行方不明事件の真相だ。もし、そんな大勢の人間を犠牲にしたなら……しかも子供をだ。大昔の事だと言って済ませるのは無理だろう。あんたに分かるか?子供が突然いなくなって、生きているのか死んでいるのかも分からず、毎日毎日ただ帰りを信じて神経をすり減らす親の気持ちが。そりゃ実際のところ俺にも分からんさ。だがその悲鳴を、思い出話で自分の子供が確かにいたんだと確認するしかない人たちの哀しみを、俺は大量の手紙で見せつけられたんだ」

 思わぬ言葉に、フェアリーはゲイルの顔を見た。その表情は真剣そのものである。昨日からのふざけた態度からは考えられないほど。

 トーマは大量虐殺などしていない。少なくともさらわれた子供たちは。だが、それをフェアリーが言ったところでゲイルは納得しないだろう。この男が真剣に事件の真相を知りたがっているのは分かった。しかし話せるはずもない。大昔の大富豪が、自分の欲求のために百人もの子供をさらい、人体実験を行い、その結果、多くの犠牲の果てにトーマや数少ない仲間が人間ならざるものにされてしまった、などと。そしてトーマが唯一の生き残りとなってしまったことなど。信じてもらえるとも思えない。

 フェアリーは何も言えない事が悔しくて、唇をかみしめて下を向いた。ゲイルを責める言葉はなく、トーマの無実を証明する言葉も出ない。自分は無力だ。落ち込むフェアリーの手を引き、トーマは隣に座らせた。分かっていると言うように頭をポンポンとたたき笑いかけると、穏やかな表情でゲイルを見た。

「お前がそんなヤツだったとはね。意外だったよ」

「なんだ、突然?」

「俺は他人と深く関わることは極力避けるようにしている。だからお前の事もよく知らなかった。知るつもりもなかったしな。だから、まさか情報屋みたいな裏稼業をやっている男が、そんな感情論を説いたり、非現実的な推理を展開したりするとは思わなかった」

「悪かったな。俺は根が善良なんだよ」

「そのようだな。情報屋としての能力の高さは認めるが、性格が向いていない。やめてしまえよ」

「はあ?」

「情報屋なんて危ない仕事は向いていないと言ったんだ。やめた後の生活費は計算して俺が渡す。一生遊んで暮らせるだけの額をな。それを受け取ったら帰ってレティシアを口説いて結婚でもして、二人で静かに暮らせよ」

「お前、熱でもあんじゃねえか?何でお前が俺の今後の人生を決めるんだよ」

「そうだよ、トーマさん!せっかく一生懸命ためたお金を、どうしてこの人にあげるの?」

「口止め料だとでも思っていればいい。俺がヴァンパイアだなどという噂を広められても困るしな。レティシアの事も。もう俺はあいつと会うつもりはない。お前は情報屋だ。俺を連れ帰らなくても、違約金を払う必要もないだろう」

「なんだ、それ。俺は情報屋って仕事が気に入ってんだ。死ぬまでやめる気はねえよ。それにレティシアは幼なじみってだけで、今さらそういう対象には見らんねえ。向こうにしたって、お前の事で頭がいっぱいなのに口説かれてもムカつくだけだろ。それよりさっきの話だ。子供を誘拐したのはお前なのか?」

「違う」

「俺を納得させるだけの材料は?」

「無駄な話だ。百何十年も前の事件の、しかも報道されなかった裏データが残っているはずはないだろう。もし俺がお前の言う通り、その事件に関わった人間だとして、俺が見て聞いて体験した事を話せば納得するのか?それが作り話だと言われればそれまでだ。ただ一つだけ言えるのは、俺が人を、子供を食わなきゃ生きていけない体なら、宇宙空間にでも身を放り出して死ぬのを選ぶね」

 トーマは「バカバカしい」と言いたげに笑いながら、ゲイルは真剣な眼差しで、お互いを見た。

 ゲイルとしても、自分の考えに全く自信などなかったし、否定されればそれまでだと思っていた。が、何かが引っかかる。誘拐犯ではないかもしれないが、二十一世紀初頭生まれは本当なのではないか?写真を見せた時の動揺が、それを物語っている。もし本当にそうなのだとしたら……これほど面白い話はない。

(もう少し様子をみるとするか)

 そもそもあっさり帰るつもりなどなかった。最初はもう一度レティシアにレオン(トーマ)と会わせてやりたかっただけなのだが、色々調べるうちレオン自身に興味がわいた。これほどミステリアスな人間が実在するとは、と。金はそれなりに必要になるが、もう少し詳しく調べてみよう。果たして藪をつついて出てくるのは蛇なのか、それとも。

「まあ、いいか。今日のところは帰るとするわ」

「さっきも言った。今日のところはと言わず、さっさとレティシアの所へ帰れ」

「イヤだね。俺の生き方は俺が決める。しばらく張り付かせてもらうから、そのつもりでいろよ」

 そう言って立ち上がり、トーマ達が座っている横を通り過ぎる際、ゲイルは不意打ちでフェアリーの頬にキスした。当然驚いたフェアリーは、平手打ちをお見舞いしてやろうとしたのだが、ひらりとかわされてしまった。

「一日に二度も食らうのはゴメンだね。じゃ、また来る。出来れば今度デートしようぜ」

「絶対にイヤです」

「嫌われたもんだな。あ、そうだ、レオン。確認するのを忘れていたが、レティシアにお前の居場所を言ってもいいのか?」

「好きにしろ。ただし来ても会わないという事は伝えておけ。依頼でも、もう受けない」

「だろうな。分かった」

 後ろ手に手を振り、今度こそゲイルは出て行った。手紙と写真は残されたまま。忘れて行ったのではなく、恐らくはワザとだろう。何を狙っての事かは分からないが。

 ふと隣を見ると、フェアリーが鬼の形相で頬をこすっていた。ゲイルにキスされたのが余程イヤだったのだと、その表情で分かる。トーマは思わず苦笑した。

「お嬢ちゃん、平気か?」

「うん。なんか色々ショックだったけど。とにかく私、あの人キライ」

「そうか。だが残念な事に、しばらく張り付くそうだぞ」

「私よりもトーマさんの方が困るんじゃないの?何かと嗅ぎ回っているみたいだし、よりによって人を食う怪物だなんて」

「ああ見えて、あいつは推測の域を出ない噂話を吹聴するようなマネはしないヤツだよ。情報屋がそんな事をしちゃ商売が成り立たないだろ。その推測が、ミステリー好きの夢想から来るものとは思っていなかったがな」

 笑いをおさめないままトーマは肩をすくめた。同じ仕草でもゲイルと違いトーマがすると嫌味に見えないのは、見た目の印象の差か、単にフェアリーの贔屓目か。そんな事を思って、トーマとゲイルを比べた自分に嫌悪した。あんなヤツとトーマを同列に並べて考えたくないのに。

 それにしても直接話していた時はトーマらしい冷たい対応をしていたのに、本人がいない所では妙にあの男を評価しているように見える。実は割と好印象を抱いているのだろうか?あんな軽薄そうな男を。

「ねえ、トーマさん。トーマさんは、あいつの事を気に入ってるの?」

「気に入る?俺が?まさか」

「でも、そういう風に見えるよ」

「情報屋っていうのは、仕事としちゃあまり真っ当とは言えないし、事実汚いやり方しかしないヤツも多いが、お嬢ちゃんも見ただろ。あいつは変に真っ直ぐなところがある。気に入る理由にはならないとしても、仕事の上で信用する理由にはなり得る」

「ふ~ん。そういうものなんだ」

 それだけかな?と、フェアリーは思った。あの男が知っている人と似ていると言っていたのが理由なのではないか。イアンの話を聞いていなかったフェアリーは、それでも漠然と気付いていた。

 いくらゲイルが真っ直ぐで情報屋に向いていないといっても、それだけの理由で、一生遊んで暮らせるだけのお金を渡すなどと言うはずがない。トーマは何だかんだと言って優しい人だと知っているが、慈善家ではないという事も知っている。具体的なプランは分からないが、カレンの蘇生にかかる費用、仲間たちのクローンを作るための費用、そして人間に干渉されない場所に自分達だけの楽園とやらを作る費用などが必要らしく、それらを合わせると百億や二百億くらいの金では足りないだろうという想像はつく。ミラー財閥の総資産くらいは必要なのかもしれない。それを個人で稼ぐというのだ。起業して大成功を治めでもしない限り、本来は無理な額だ。それを一生懸命、体を張ってためているのに、あっさり他人に渡せるはずがない。それを、あのゲイルという男に渡すという。余程の理由がトーマの中ではあるに違いない。

(あと、レティシアさんっていう人の事も心配なのかもしれないな。それで自分の事を早く忘れさせようとして、あいつに口説けって言ったんじゃ)

 疑う余地もない。ぜんそくの子供を持つ母親のためにもトーマは手をつくした。行方不明だった夫の居所を調べ、当面の生活資金まで受け取って親子に渡し、夫の現住所を教え、今後の事は自分で選べと。トーマはそういう人なのだ。他人に冷たくするとカレンが悲しむからと言うが、本当は根がお人好しなのではないかと疑ってしまう。

 ここでふと思った。トーマはあの母親の事は『あんた』と呼んでいたし、フェアリーの事は未だに『お嬢ちゃん』だ。カレン以外の女性の名を呼んでいるのを聞いたのは、レティシアという人が初めてじゃないか。自分と同じように、トーマから見れば孫どころではないほど年が離れている相手のはずなのに。

(ああ、もう!トーマさんはカレンさんだけを愛してるはずでしょ。分かってるのに何で嫉妬するかな、私は)

 自分を戒めるために、フェアリーはゲンコツを作って頭をコツンと殴った。だがそれくらいで一度わいた考えが消えるはずもなく、モヤモヤを抱えたまま数日を過ごすことになる。

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