第二話『手紙』Aパート
「じゃあ早速だが、お前に聞いてもらいたい話がある。俺の先祖の不幸話だ」
「なんだ、それは?」
「まあ、とにかく聞けよ。俺の親父の家系で、五代くらい前になるかな。日本で行方不明になったまま、発見されずじまいの人がいたそうだ。俺の家系はアメリカ人で、地球にいた頃はアメリカに住んでいた。その人だけが交換留学生だとかでジュニアハイスクール時代に日本に行って、そのまま姿を消した」
「交換留学生?ジュニアハイスクールという事は、十五歳以下だな」
「ああ。十五歳だったんだとさ」
「そうか‥‥‥」
自分やカレンは十四歳の時だった。他の皆も十代だった。ゲイルの先祖とやらも、誘拐されたのか不慮の事故で死んだのかは分からないが、異国で一人、どれほど心細く悔しい思いをしただろうか?自分達の経験と照らし合わせ、トーマは軽く同情すらおぼえた。見知らぬ他人の身の上話に感情移入するなど、普段は絶対にない事である。
ここでふと気付いた。わざわざ自分にそんな話をする理由。十五歳で日本で行方不明になったという五代前の先祖。イアンと似ているゲイル。イアンも交換留学生として日本に来たと言っていた。まさかとは思うが。
「ゲイル。商売柄、簡単に言えないのを承知の上で聞きたい。お前の姓は?」
「お前の口から出た言葉とも思えんな。何でそんな事を聞く?」
「いや。言えないなら仕方がない。忘れてくれ」
「‥‥‥フィールズ。俺は直系だから、先祖の姓そのままだ」
まさかと思った姓だ。イアン・フィールズ。研究所から一緒に逃げ出し、トーマやカレンと共に暮らした仲間の一人。ゲイルは彼の家族の子孫という事だろうか。血を引いているのなら似ていても何ら不思議はない。
それにしても、なんと奇妙な縁だろう?一世紀以上も前に地球で一緒にいた人物の血族が、宇宙都市にいる今、こうして目の前にいる。彼が情報屋などという稼業を選んでいなければ、出逢う事などなかったはずだ。これを縁と言わずに何と言うのか。
ゲイルがトーマとイアンの因縁に気付いた理由は知らない。が、おいそれと知り合いであると認めるわけにもいかない。無駄だと知りつつ、ひとまずしらばっくれる事にした。
「で?姓を聞いておきながらなんだが、何が言いたいんだ?」
「まさかな。調べれば調べるほど確証は得られていったんだが、どう考えてもバカげた話だからと、その考えを打ち消していた。いや、やはり信じられない。なあ、レオン。お前、百五十年以上も前に生まれた人間なのか?」
「そう見えるか?」
「見えねえよ。三十を超えてると言われたって間違いなくビックリするね」
「じゃあ、何でそんな突拍子もない事を言い出すんだ?」
「これを見てくれ」
そう言ってカバンの中から取り出したのは、大量の写真と手紙、そして資料の数々。それらは一目見ただけで、トーマの心に衝撃を与えるに充分なものであった。冷静を装おうとしても不可能なほどに。
「‥‥‥‥‥‥‥‥これ‥‥‥は‥‥‥」
「自分で突拍子もない事じゃねえって言ったようなもんだな。その顔を見ると。やっぱイアンという人物と知り合いなんだな。他の写真の奴らも」
トーマの白皙の顔が、誰の目にも明らかなほど青ざめていた。そこにあったのは研究所にいた仲間たちの写真。なおかつ手紙の方にも写真が添付されているものがあって、その中にカレンの写真が添えられた日本語の手紙があった。ゲイルの視線を受けていても、まるでそれに気付いていないかのように、トーマは手紙と写真を手に取り、そこに写る幼いカレンの笑顔に釘付けになっていた。
「その子がどうかしたのか?って、その子ってのも変か。百何十年も前の人だからな」
「……手紙……読んでもいいか」
「あ?ああ。そのために持ってきたんだしな」
手紙の内容は、行方不明の娘の思い出話だった。小学四年生の時、学校の花壇が踏み荒らされているのを見て、誰に頼まれもしないのに家から花の種を持っていき、一人で一生懸命種を植え、水をやって育て、花が咲いた時には校長先生から感謝状をもらったとか、六年生の時ラブレターをもらったが、やけに哀しそうな顔をしていて、理由を聞けば「まだ好きとかそういうのが、よく分からない。だから断らなきゃいけない」という事だったとか、そんなどうという事のない日常の話。……トーマも知らなかった、妻の昔の話。
(カレン……おまえは子供の時から全然変わらなかったんだな。俺の知っているおまえのまま)
ゲイルの知らないトーマがそこにいた。ずっと会いたくて、焦がれて、ようやく再会できた、そんな幸せそうな顔をしている。聞きたかったのはイアンの事だったのだが、そんな表情を見てしまうと、とても聞けるものではない。そこへ、コーヒーを持ったフェアリーが戻ってきた。
「トーマさん?どうしたの?」
「‥‥‥いや‥‥‥何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ。あんた、トーマさんに何か言ったの?」
「何か言ったかって、そりゃ言いに来たんだから当然だろ。だが俺はまだ大した事は言っちゃいないぜ。ただ写真を出しただけだ」
「写真?」
フェアリーは、トーマが持っている写真を覗いた。中学生くらいだろうか?栗色の髪と明るい茶色の瞳を持つ、笑顔が可愛い女の子。どこかで見たような気はするが、誰だったか……と、ふとフェアリーの目にテーブルにある写真が目に入った。それは他の写真と重なって、顔の半分だけが見えているような状態だったが、それでもフェアリーは、その人物がすぐに分かった。黒い髪に黒い瞳。黄色人種らしい黄味がかった肌の色。制服を着た、仏頂面の男の子。フェアリーは手紙にクリップで留められている写真を手に取った。
「……これ……トーマさん?」
「やっぱ、お嬢さんもそう思うか。髪の色とか全然違うが、よく似ているよな」
フェアリーは、しまった!と思った。こんな写真を、わざわざトーマの所に持ってくるという事は、これが百何十年も前のものであると知っている可能性が高い。これをトーマだと認めてしまえば、彼が百何十年も若い姿のままで生きていると証明してしまうようなものだ。情報屋などに、そんな事を知られてしまっては、どこに洩らされるか分かったものではない。
「に、似ていますよね?誰ですか?トーマさんの甥っ子さんとか」
「いいんだ。お嬢ちゃん。ゲイルはもう分かっている」
「ゲイルって、こいつ?でも」
「こいつ呼ばわりかよ。キレイな顔して言葉が汚いぜ、お嬢さん」
「うるさいわね。黙っててよ!」
「はいはい」
ゲイルは肩をすくめて笑った。そのままトーマに目を向けると、彼は女の子の写真を持ったまま、自分であるらしい写真には見向きもしない。想定外の反応だ。とことんしらばっくれるか、怒るか、余計な事をかぎまわると本当に殺す、と脅してくるかと思っていたのに。ゲイルの知っている、いつもムカつくほど冷静なレオンの姿はそこにはない。いや、表情だけを見ていると、先ほどの動揺はなかったかのように、普段と変わらない様子に戻っている。幾分、落ち着いたからなのだろうが、それでも震える手はごまかせない。
フェアリーは、トーマが今は話せる状態ではない事を見て取ると、写真についていた手紙を読もうとした。
「これ、手紙、なんて書いてあるのかな?読めない」
「日本語だからな。俺が訳したのがあるから、それを読んでやるよ」
そう言ってゲイルは手帳を開き、そこに書かれた文章を声に出して読み始めた。
―お手紙ありがとうございました。
あなたの息子さんのお話、楽しく読ませて頂きました。とても頼もしく、活発な息子さんだったのですね。
うちの息子の刀磨は、必要なこと以外あまり話さないような子で、成績も体育と理系科目はいいものの、他の教科は平均的な、とりたてて目立つようなところのない子です。
ですが心根は優しくて、共働きの私達に、いつも気を遣ってくれていました。
中学校に入ってすぐくらいから夕食を作るようになって、ついでだからと主人が夜勤の際には、お弁当も用意してくれて……
あの日も夕食に肉じゃがを作り、「少し辛くなってしまったけど」と、照れくさそうに笑っていました。そして、その肉じゃがが入ったお弁当を、夜勤の主人に届けに行くと出て行って、それっきりです。
イアン君やうちの刀磨に、一体何があったのでしょう?どこかに拉致されたのか、事故に遭ったのか、何も分かりません。警察の方は懸命に捜索して下さっていますが、未だ少しの情報も入ってこないのです。
主人も、私も、そして刀磨の兄である大義も、みんな後悔しています。特に大義は、弟が家の手伝いをしていたのに、自分は部活だバイトだと、家の事を任せっきりだったのが悪かったと。自分が弁当を届けに行けば良かったのだと……
「もう、いい。やめろ」
トーマが呟いた。カレンの写真と手紙をそっとテーブルに置き、ソファーに深く腰掛け直すと、冷静を通り越して冷たい表情でゲイルを見据えた。
「遠回しにジワジワ追い詰めるようなやり口は気に食わない。これらの資料を調べた結果、どういった見解にたどり着いたのか。俺に何が聞きたいのかを単刀直入に言え」
「さすがに立ち直りが早いな。もっと動揺するかと思っていたのに」
「動揺して隙を見せたせいで、痛い目にあったことがあるんでね。ま、さっきのでもお前に殺る気があれば殺れただろうけどな」
「冗談じゃない。俺もお前と同じで、必要もない殺しはしねえよ。んじゃ、ま、質問に答えましょうか」
そもそもゲイルが持っている資料のうち、手紙と写真については、ゲイルの家に昔からあったものらしい。同時期に行方不明になった子供達の親との文通の数々。
始まりはイアンだった。交換留学生の行方不明事件は、ニュースで大きく報じられた。来日し息子の情報を求める活動をした際に、同じく街頭で娘の行方を捜している人物と知り合った。それがカレンの親だったのだ。そこから輪が広がり、トーマの両親も含めた数多くの、子供が消えてしまった人たちとの交流が始まった。
「俺は祖父さんから手紙の保管を頼まれた。最初は全く興味がなかったね。そうだろ?自分の先祖の家であった事だって言っても、そんな大昔の話、関係ないじゃないか。だけどまあ、ガキの頃からのミステリー好きが高じて、情報分野に興味が湧いた頃、一応目は通してみた。それで引っかかったんだ。最初にレオンを見た時に。どこかで見た顔だってな。だが顔立ちは似ていても、他があまりにも違いすぎる。それに何より同一人物なはずがない。百何十年も前の写真なんだからな。その内お前がいなくなり、レティシアからレオンを探してくれと頼まれて、ずっと探していた。何年も」
「トーマさん。レティシアって?」
「前にいた所で、俺に依頼を持ってきた女だ」
フェアリーはハッとした。さっきゲイルが言っていた、前にトーマに依頼をし、守ってもらって彼を好きになったという、その人の事だと。姿を消したトーマを探すために情報屋にすがるとは……そう思いかけて、自分も同じなんだと気付いた。守ってもらってトーマを好きになった事も、依頼が片付いて、もしトーマが何も言わずに去っていたら、恐らく自分もどんな手段を使ってでも探そうとしていただろう事も。そう考えると他人事ではないし、自分は幸せなんだと思えた。
「それで、レティシアには俺の居場所を知らせたのか?」
「いや、まだだ。それより先に気になる事が出来たんでね」
「気になる事?」
「ああ。お前の仕事ぶりはメチャクチャだからな。よろず請負業をやっているヤツで、無茶な依頼ばかりを受けているヤツを調べたら、ここに住んでいるトーマ・イガラシとやらが、どうやらレオンじゃないかと見当がついた。それで驚いたね。最初にお前を見て引っかかった写真の坊や……あいつの名前が五十嵐刀磨だってことは覚えていた。これは単なる偶然か?それにしちゃ出来すぎだろうと」
実際にゲイルがトーマの所在を発見したのは、一年半ほど前だった。が、探している間に、ふと疑問が湧いた。百四十年も前の写真の少年と似ている上に、同じ名前。よろず請負業をするなら一ヶ所に留まって、顔見知りを増やして信用を得る方が安定して依頼も来るだろうに、居場所を転々とする理由。度を越した命知らずな仕事っぷりに、その度に生還する奇跡。普通なら完治に一ヶ月以上はかかるだろうケガを負っても、平気な顔をしているところなど、考えれば考えるほど謎が多すぎると思った。ミステリー好きの好奇心がうずいたと言うか、トーマらしい人物(場所によって名前を変えているので確証はない)が扱った事件を調べてみることにした。
「金はかかるが、地球のデータベースで確認してみた。目を疑ったよ。レオン・ソープなる人物は存在しません、ときた。トーマ・イガラシは五年前からここにいるが、その前の所在はつかめない。なあ、お前は誰だ?そして何者だ?」
「一つずつ説明していこうか?一ヶ所に留まらない理由は、それこそ顔見知りを増やしたくないからだ。俺がヤバい仕事を平気で受けると知ったら、そういう依頼しか来なくなるからな。仕事量が減って困るんだよ。命がけの仕事を選ぶのは、金がガッポリ入ってくるから。無事に帰ってこられるのは、いくらなんでも俺の手に余る仕事は避けているから。大ケガしても平気なのは、仕事のために邪魔だから痛覚を鈍くする手術を受けた。データを消すのは、それこそ仕事上の理由だ。記録が残っていると、他にもお前みたいに俺の事を調べるヤツが出てこないとも限らない。俺は俺の事を調べられ、知られるのはゴメンだ。最後に、俺はトーマ・イガラシだ」
「写真の坊やとお前の関係は?」
「知るかよ」
「さっきの動揺は忘れたと言いたげだな」
「俺が何と言おうと、お前の中でそれなりの結論が出ているんだろ。何を言っても肯定するつもりはないが、それを聞かせろよ」
「じゃあ、ぶっちゃけて言う。百四十年ほど前の行方不明事件、それの犯人はお前じゃないのか?」
突然の発言に完全に意表をつかれ、トーマはポカンとした。恐らく彼にしては非常に珍しい表情だっただろう。フェアリーも、あまりにも予想外な発想に呆然とし、抗議する意思すら湧かなかった。