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エピローグ

 翌日、唐突にゲイルが「リブリーに帰ってくるわ」と告げ、荷物を持ってあっさりと出て行った。すっきりとした笑顔で。

 フェアリーは寂しそうにしていたし、トーマも「これでようやく静かになる」と憎まれ口を叩きつつも、イアンと繋がりがあると知った事もあり、リブリーを離れた時には感じなかった、友人との永遠の別れのような寂しさを感じた。いつの間にかイアンとゲイルを重ねていたのかもしれない。


 ゲイルが朝食も食べずに出て行ったもので、フェアリーが寂しがっては可哀想だと、トーマは仕事前に一緒に朝食をとる事にした。

 キッチンに立ち朝食を作っていると、フェアリーがやってきて隣に立った。

「手伝います」

「そうか。じゃあオムレツを頼む」

 表面上は元通りの風景のようだが、ゲイルがよく食べる男だったので、作る量が二人分に減っただけでも、彼がいなくなった事を実感する。

 口数少なく、冴えない表情でオムレツを作るフェアリーをチラッと見て、トーマは彼女の頭を軽く撫でた。

「まあ、しばらくは寂しいかもしれないが、また慣れるから」

「うん……」

「なんだ?他にも何かあるのか?」

「あのね、トーマさん…………やっぱりいい」

「何だよ、お嬢ちゃんまで。何かあるなら言えよ」

「あの……レティシアさんの言っていた事なんだけど……」

「レティシアの?……ああ」

 どさくさで忘れてくれていればと思ったが、そうはいかなかったようだ。この「レティシアさんの言っていた事」とは、間違いなくアレだろう。

 フェアリーは真っ直ぐにトーマを見つめながら聞いた。

「本当……なの?」

「ああ。依頼されたからな」

「依頼?」

「俺がレティシアを抱いたという話じゃないのか?」

「そうだけど……依頼?うそ」

 信じられないというように、フェアリーは重ねて訊く。

「嘘じゃない。金を払うから抱いてくれとレティシアに頼まれた。そんな事を頼んでくるくらいだから、まさか初めてとは思わなかったが……」

 そこで一度言葉を切り、トーマは真面目な表情でフェアリーを見た。その後視線を外して、何も言わずに朝食作りに戻ったもので、フェアリーはどうしたのかと首を傾げた。

「トーマさん?」

「お嬢ちゃん、真面目な話だ。お嬢ちゃんは俺の事を性的に潔癖な人間のように思っているようだが、そんな事は全くない。俺は儲け至上主義だからな。仕事で金をもらって女を抱いた事はレティシア以外にもある」

「え?…………うそ」

「カレンを愛していると言いながらと軽蔑するか?」

 フェアリーは少し考えて大きく首を横に振った。

 考えてみればあり得る話なのだ。今でも富豪の夫人から、そういった依頼が舞い込む事はままある。トーマはいつもそれを一も二もなく断っていたので、その手の依頼は受けない主義なのだと思っていた。が、そうではない。フェアリーがいるから断るようにしたのだ。

 トーマは「金が貰えるなら汚い仕事だろうと何だろうと構わない」と言い続けている。金とヒマを持て余した金持ちの女性の相手など、命の危険もなく非常に楽で稼ぎのいい、割のいい仕事のはずなのに。

 申し訳ない。世間知らずのお嬢様である自分に配慮してくれての事だろうから。が、それ程にフェアリーの事を考えてくれて有難くもある。正直に言えばトーマが他の女性を抱いている事実など想像したくもないが、だからと言って軽蔑する気持ちは少しも湧かない。トーマは大人の男性なのだから、人肌が恋しくなる事があっても不思議ではないのだ。

 そう思っていると、そんなフェアリーの心を読んだかのようにトーマが言った。

「断っておくが、仕事以外では遊びですら抱いた事はないぞ」

「そうなの?その……人肌が恋しくなったりとか……」

「そりゃまあ、あるにはあるが、そんな時はそういう依頼を受けて解消していたからな」

 その返事を受けてフェアリーはクスッと笑った。やはり少し潔癖なのだと思う。恐らくトーマは、仕事と割り切った相手であればカレンに対して罪悪感を抱かなくて済むが、人恋しくて遊びでとなると、そうはいかないのではないだろうか?それは浮気になると。例えれば結婚している俳優が仕事の上で濡れ場を演じても、それは浮気には当たらないのと同じ感覚なのだろう。そう考えるとフェアリーも納得がいく。

「……笑ったな?」

「だってトーマさんが、何だか可愛いから」

「金をもらって女を抱く話が可愛いねえ。お嬢ちゃんも俺のせいで感覚狂ってきてんな」

「あ、でもトーマさん今はそういう依頼受けていないのに、どうやって解消しているんですか?」

「キラキラした目で生々しい事を聞くな!いや、朝っぱらから生々しい話を始めたのは俺なんだけどさ。それはともかく、お嬢ちゃんは言っていたな?もし誰かを好きになっても、そいつとはずっと一緒にはいられない。だとしたら永遠に未経験のままかもしれない。それは寂しいと」

「え?……うん」

「俺にはお嬢ちゃんを永遠に引き受けた責任がある。それはつまり、そういった部分も込みで面倒を見る用意はあるって事だ。もしお嬢ちゃんが本気で俺に抱かれたいと、カレンの事を承知の上で思ったのなら……その時はちゃんと名を呼んで抱こう」

「名前を?」

「抱こうって女をお嬢ちゃんとは呼べないだろう。要するに何が言いたいかというとだな。俺は仕事でなら誰でも抱く。そこに一切の恋愛感情はない。が、お嬢ちゃんに対しては違う。何らかの情は間違いなくある。決して気を遣ってのことじゃない」

「それって……」

「早く一人前の女になって俺を甘えさせてくれ、って事だ」

 そう言って笑いながらトーマはフェアリーの頭をくしゃくしゃと撫でた。要するに今はまだ、その時じゃないという事である。悔しいが仕方がない。仕事で愛情がないとしても、他の女性を抱いたと聞いただけで、実際の所は三日三晩泣き明かしたいほどにショックなのだ。トーマもそれは分かっているはずだ。しかしレティシアが「トーマに抱かれた」と暴露してしまったので、この機会に話しておこうと思ったのだろう。フェアリーを大人として扱うつもりはあるという事を。そう話してくれる事こそがフェアリーを子供扱いしていないという証明であり、信頼の証。その信頼に応える為にもショックを受けている場合ではない。ちゃんと受け止めなければ。そう思った。

 トーマが疲れた時には抱きしめてあげられる。そんな存在になりたい。カレンには、今は実体をもってそれが出来ないのだから。



「カレン、何とか片付いたよ」

 夜、仕事が終わってから、いつも通りトーマはカレンの所へ顔を出した。妻の微笑みに疲れも飛ぶ気がするが、今日は少し彼女に言いたい事があった。

「なあ、何でレティシアを助けた?お嬢ちゃんの時なら分かる。あの子には何の罪もなかったからな。だけどレティシアは違うだろ」

『だって……レティシアさんを助けたわけじゃないもの』

「?」

『もちろんレティシアさんも殺されていいとは思わなかったけど、それは、あなたもフェアリーさんもゲイルさんも命の危険に晒されない事が条件だもの』

「お嬢ちゃんはゲイルが助けてくれなかったら危なかったぞ」

『でもゲイルさんなら守ってくれるって信じていたでしょ?』

「……ゲイルはイアンじゃない。そこまで信じてはいなかった」

『実際レティシアさんを撃ってまで守ってくれたじゃない』

 不本意だが否定は出来なかった。ゲイルは人がいい。だからフェアリーを守るという決意が本心からのものだとしても、いざとなるとレティシアへの情から徹底できないと思っていたのだ。

 しかしゲイルは迷いなく撃った。それほどにフェアリーに惚れているという事なのだろうか。ともかくゲイルは『友人』というものがどういう存在かを思い出させてくれた人間だった気がする。

『寂しい?トーマ』

「……まあな。少しな」

『ふふっ。素直じゃないんだから』

「それより、まだレティシアの事を聞いていないぞ」

『単純な理由よ。もしレティシアさんを殺したら、あなたもゲイルさんも、きっとずっと忘れられなくなるから。罪悪感に囚われて生きていかなきゃいけなくなるから』

「ゲイルはそうかもしれないが、俺はレティシアにそれほど思い入れはない」

『そうね。フェアリーさんに対するようにはね。でもあなたは責任感の強い人だから。あなたを想うあまり人が変わってしまったレティシアさんを、何とか救えるものなら救いたいと思っていたでしょ?だからギリギリまで説得しようとしたんじゃなかったの?』

「…………」

『フェアリーさんを結果的に危険に晒してしまったのはごめんなさい。フェアリーさん本人にも謝らなきゃ』

「そうしてやってくれ。が、お嬢ちゃんも恐らくお前と同じ理由で止めようとしていたんだろ。本音を言えば俺もレティシアを殺したくはなかったし、ゲイルなんかは尚更だ。だから、それこそ結果的に皆が後味の悪い思いをしなくて済んだのは良かったのだと思う。レティシア本人にとってはそうではないかもしれないが……」

『あなたは最善を尽くしたと思うわ。お疲れ様。トーマ』

「お前にそう言ってもらえたら、それだけで俺は救われるよ」

 トーマは嬉しそうに微笑み、ガラスケース越しにカレンの頬を撫でた。「ありがとうな」と呟きながら。


 ゲイルはカレンの声を「優しい、懐かしい声」と言った。血がそう感じさせたのか、それとも転生などというものがあるのか。それなら他の皆もどこかで転生して元気に生きているのだろうか?そうならいいと思う。

 トーマのピアスに残っている皆の遺伝情報は実験体になって以降のもの。蘇らせれば『不老不死の化け物』になる可能性がある。それでも皆を復活させたいと思うのは、トーマの残酷なエゴでしかない。人間として生きられず、死にたくても死ねないものとして生きなければならないのだから。分かっている。たとえ皆がそう望んでくれたと言ってもエゴなのだ。

(悪いな、みんな。俺は究極の自分勝手野郎だ。みんなの言質を取ったからと自分を正当化して。でも綺麗事なんてクソ喰らえだ。俺はまたみんなに会いたい。会いたいんだ)

 その時、トーマのピアスが光った。トーマ自身は気付かない程度の光。そしてケースで眠るカレンの微笑みが深くなる。優しい風が吹いて、その風がトーマの頬をそっと撫でていった。



 いよいよフォレスト・パークを離れる数日前。引っ越しの準備をしていると、来客を告げるチャイムが鳴った。郵便物かと思ったが、インターホンを取ったフェアリーが驚愕の声をあげたので、何事かとトーマがモニターを覗くと、そこにいたのは……

「はあ?」

 トーマも素っ頓狂な声をあげた。そうしてズカズカと玄関へ歩いていき、勢いよくドアを開ける。

「何でいる?」

 そこにはゲイルが立っていた。大量の荷物を置き、満面の笑みを浮かべて。

「よっ!間に合って良かったぜ。もう引っ越していたら、また探す手間がかかるところだったからな」

「じゃねえ!まさかとは思うが、ついて来る気じゃないだろうな?」

「ついて行く気だから、こんな大荷物で来たに決まっているだろ。あ、フェアリー、これリブリー土産な」

「あ……ありがとうございます」

 リブリー・シティにある有名なチョコレートショップの袋をフェアリーに手渡しながら、悪びれもせずに言う。トーマは頭を抱え、大きな溜息を吐いた。

「お前なあ……分かっているだろ?俺は……」

「何も知らないなあ。俺はお前の友達で、惚れた女の側にいたいってだけだ。それに、だ。お試し同居で俺は安全な男だって分かっただろ?」

「冗談じゃない!何が友達だ!今すぐ帰れ!」

「悪ぃな。リブリーの家は引き払っちまった」

「なっ…………」

『トーマ……大丈夫よ』

(カレン?)

「あ……」

「ん?今の声……」

 ほぼ同時に発せられた声。思わず顔を見合わせ、しばらく黙り込む。

 カレンの声がゲイルにも聞こえる事は、無意味ではないのだろう。彼女は生きてはいるが、今は極めて魂のみに近い存在だ。その彼女が『大丈夫』だと言う。

 三人に聞こえる声……今までケース越しに話していた、あの言葉の数々もトーマの幻聴などではなく、本当にカレンが話していたという事なのだろうか?自身が人外の存在でありながらリアリストのトーマは、それを信じてはいなかったのだが、あれが実際にカレンから発せられている声なのかもしれないと、初めて心から思った。

 再びトーマは大きな溜息を吐き、呆れたような笑顔を浮かべ、こう言った。

「今、忙しいんだ。さっさと来て手伝え」

「!……おう!いくらでも使ってくれ」

 ゲイルは嬉しそうに袖をまくった。トーマは「せっかく静かに暮らしていたのに」とボヤきつつも、その顔は笑っている。そんなトーマを見てフェアリーもまた、嬉しそうに微笑んだ。


 部屋の中へと歩くトーマの耳で揺れるピアスが、再び薄く光を放っていた。

 お読みいただきありがとうございました。

 2作目も終了したところで、少しこぼれ話を。


 今回の副題が『廃屋の亡霊』となっていますが、以前SNSや内輪でのみ今作を公開していた時(その頃はまだ1/3程度しか話が進んでいませんでした)、副題は『再会』だったのです。

 ゲイルとの、そしてゲイルを通してイアンとの再会を果たしたような、そんなトーマの心情から付けたタイトルでした。


 変えた理由は単純に、こちらへ投稿するに際してサブタイトルが必要になり、1作目の時にこの言葉を使ってしまった為です。2作目のタイトルは頭にあったのですが、あそこのサブタイトルは『再会』だよなあ……と。


 お陰でホラー感があるタイトルになってしまいました。ホラーかと思って読まれた方、申し訳ありません。


 さて、次作ですが、別の作品にしようかと思っています。

 一応SWORDも『複製』というタイトルの3作目を継続して書いていますが、同時進行でぼちぼち書いている作品もありますので。


 また読んでいただけると嬉しいです。

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