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第十八話『レティシア』

 三日後、薬品の分析結果と共に、リーダー格の少年宅から押収されたパソコンと周辺機器に残されていた映像もトーマの元に送られてきた。これだけの証拠が残っていれば、廃屋での大量死が呪いの為ではないという証拠にもなるだろう。ただ、人が何十人と死んだ事に変わりはなく、新たな呪い説が浮上する可能性はあるが、そこまではトーマの関知するところではない。

 あとはレティシアの事である。少年宅に残されていた映像に、トーマが最初に廃屋を訪れた際、トーマとゲイルが去った後にレティシアも訪れていた様子が映っていた。あの時すでにトーマの後を尾けていたのか、トーマが手掛けそうな仕事だと当たりをつけて張っていたのか。

 薬品の購入者は日付を見てもレティシアで間違いはなさそうだ。その日近辺で薬品が紛失したという記録もなく、気化器で使われた薬品で合成に使われたものもレティシアは購入している。何より他の購入者を調べると、用途がハッキリしていて実際に使用報告もされているが、彼女は用途については報告しているものの、使用報告はしていない。死亡を偽装したのは、報告義務違反で逮捕されるのを避ける意味もあったのかもしれない。強引なやり方ではあるが。


「ゲイル。そういえば最初俺に声をかけてきた時、SWORDがどうこう言っていたよな。あの件はどうした?」

 あとはトーマを尾けていた探偵を捕まえて依頼人を吐かせればいいという段になったその日の朝、そうゲイルに訊いてきた。

「ん?……ああ、忘れてた。その話をしたら家を追い出されると思っていたからな」

「どうせ『もうすぐさようなら』だ。今更追い出しはしないから聞かせてもらおうか」

 もうすぐさようなら……つまり近々レティシアが姿を見せると思っているのだろう。その件が片付けばトーマとフェアリーはここを離れる。ゲイルを連れて行く理由はないので、今度こそ永遠にお別れという事だ。この男の事なので、次はどう辿っても見つけられないよう手を打つと容易に想像がつく。その前にどの情報を辿ってSWORDに行き着いたのか聞こうという事だろう。

 ゲイルは「ちょっと待ってろ」と断って一度場を離れ、やがて戻ってくると書類の束をトーマに差し出した。

「お前と思われる奴が扱った依頼と、SWORDが現れた時のデータだ。お前は仕事をギッシリ詰め込むが、SWORDが現れている時間には依頼を受けていない。偶然にしては一致し過ぎだ」

「なんだ、それだけの事か。悪いが偶然だ。俺だってずっと休みなく働いているわけじゃないからな」

「そう言うと思っていたよ。とりあえず、その一点に絞って調べれば、こういう結果が出てきて俺みたいなのに勘ぐられるんだ。それを避けたいなら、これからは仕事をした痕跡も消していくんだな」

「ああ。そうするよ」

 トーマが笑いながら書類の束をゲイルに返した。調べられた内容はさして問題ではないのだろう。実際こんな事を必死に調べる人間は、いても極々少数だろうし、トーマ=SWORDという情報をマスコミに売ろうとしてところで、一般の人々には興味のない話なので、取り上げてすらもらえないのは目に見えている。

 人が苦労して調べたものをとゲイルは苦笑するが、これを確認したかったのは単なる好奇心でしかなかったので、今となっては割とどうでもいい事に思えた。

「……ゲイル」

「なんだ?」

「俺の個人的な昔話だ。俺には地球上でいうアメリカ人がルーツの親友がいた。そいつはノリの軽い奴でな。あまり物事を深く考えるタイプじゃなくて何でもポンポン口に出すから、ちゃんと考えてから喋れと俺が言って、よくケンカになった」

 トーマが唐突に語り始めた事にゲイルは驚いた。その人物を形容する言葉は、自分にも当てはまる気がする。しかし『親友』という以上ゲイルの事ではなく、アメリカ人がルーツと話し始めた以上、そう思われるのを承知の上なのだろう。間違いない。『イアン』の事だ。

「何しろ裏表はないし隠し事をするヤツでもなかったから、よく呆れもしたが、誰より信用できるヤツでもあった。だから何か行動する時はいつも一緒に動いて一番気が合った。気が合いすぎて好きな女まで一緒だったがな」

 さらった子供を食らい、その中にイアンもいたのではないかと疑った事もあったが、懐かしそうに語るトーマを見れば分かる。本当に親しい間柄だったのだ。これほど穏やかなこの男の顔は初めて見る。

「またあいつに会えたらと、ずっと思っていた。お前はあいつによく似ているから、少し懐かしかったし、何だか落ち着かなかった」

「落ち着かなかった?何でだ?」

「時間が戻ったような気になるからだ。そんな現実逃避をしたところで何も戻らない。それが分かっているからお前といるのはなかなか苦痛だったよ」

「そいつは悪かったな」

 お互いに笑い合う。これはトーマからの、ゲイルに対する彼なりの別れに際した餞別なのだろう。百何十年も前のゲイルの先祖と過ごした思い出話。それはトーマが普通の人間ではないという事を認めたようなものだから。

 結局この男が何者なのかは分からない。まだ人と言えるものなのか化け物なのか。しかし人を取って食うものではない事は分かった。フェアリーを側に置いているのは、心から大事に思っているからである事も。それで充分だった。


 今日もトーマはフェアリーを伴って家を出た。フェアリーの護衛役を自認するゲイルも一緒についてきたのだが、出てすぐの所でトーマの目が赤っぽく変わるのを目にする事になる。そして前と同じ植え込みがガサッと音を立てたと思った時にはトーマがフェアリーの前に立ち塞がっていて、同時に銃声が響いた。

「トーマさん!」

「トーマ!」

 フェアリーとゲイルが思わず叫んだが、二人が叫んだ時に別の声が彼の名を呼んだのがハッキリと聞こえた。『レオン!』と。

 銃弾はトーマに当たったはずだが、キンッという金属音のようなものが聞こえて、出血している様子はない。ボディアーマーでも身に付けていたのかとゲイルは思ったが、とてもそのようには見えない。それに何より今はそんな事に構っている場合ではなかった。

「いい加減にしろ、レティシア。俺に会いに来たのなら正面から来ればいいだろう。お嬢ちゃんを巻き込むな」

 確信を持って名指しされた事で隠れていても無駄と悟ったレティシアが、植え込みから姿を現した。前にフェアリーとゲイルが見かけた、あの黒ずくめの服に帽子とサングラスをつけた姿で。

「レオン……」

 帽子とサングラスを取ったレティシアは、懐かしそうに、そして哀しそうにトーマを見た。

 『化学者』という肩書きが持つイメージとは違う人だなと、フェアリーは思った。非常に痩せ細ってはいるが美しい女性で、堅苦しい感じはしない。少年たちを残酷に殺せるような人には、とても見えない。

「レオン。どうして……何も言わずにいなくなったの?」

「俺はリブリーの出身じゃない。元々適当なところで引っ越す予定だった。それを実行したまでだ」

「どうしてその子とは、依頼を果たしてもずっと一緒にいるの?」

「依頼を果たした?何を調べて知った気になっているか知らないが、仕事は継続中だ。その証拠に仕事料も依頼主からずっと振り込まれているしな」

「嘘よ」

「嘘?なら何だ?俺がお嬢ちゃんに惚れて夫婦気取りで一緒にいるとでも思っているのか。バカバカしい」

「…………」

「お前こそ何だ。俺に会いたいからとゲイルに俺を捜すよう頼んでいたんじゃなかったのか?なのに、いつまでもコソコソ隠れて、何の罪もないお嬢ちゃんを殺そうとして。何がしたかったんだ」

「罪がない?あなたにとってはそうでも、私にとってはその子の存在自体が罪なのよ!あなたを独占していい気になって!」

「独占?私がトーマさんを?見てもいない、知りもしないで何故断言できるんですか」

 ずっと黙って話を聞いていたフェアリーが、トーマを押し退けてレティシアの前に出ようとした。が、トーマはそれを許さず、フェアリーの肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。その様子を見て、レティシアの表情が歪む。

が、尚もフェアリーは続ける。

「トーマさんがあなたといた時は、他に仕事はしていなかったんですか?ずっと側にいたんですか?違うでしょう。トーマさんは休む事なく仕事をしています。それこそ寝る時間すら惜しんで。家で私と一緒にいる時間なんてそんなにありません。それを独占というんですか」

「仕事を終えて帰る所にあなたはいるじゃない」

「確かにそうです。けど、それだけでトーマさんの心が私にあると?トーマさんが私を『お嬢ちゃん』と呼んでいるのを聞かなかったんですか?」

「……まさか、あなたレオンに抱かれた事ないの?」

「フェアリー、答えなくていい!」

「ありません」

 フェアリーが答えるのとゲイルが制止する声は同時であったが、フェアリーの返事はレティシアの耳に届いたようで、彼女は恋愛ドラマの悪女さながらの笑い声を上げた。

「そう。ないの。私はあるわよ」

「…………え?」

「レティシアやめろ!トーマ、何故黙ってフェアリーに聞かせている?!」

「私、レオンが初めてだったの。だから優しくしてくれたわ。それ以降も何度も……」

「いい加減にしろ、レティシア!フェアリー、聞かなくてもいい!」

「ゲイル。随分その子に肩入れしているのね。だから私に連絡をくれなかったの?」

「連絡はした。お前が拒否していたんだろうが!」

「ずっと待っていたのに音沙汰ないんだもの。てっきり死んだのかと思っていたのよ」

「!…………レティシア…………」

 こんな事を言う人物ではなかった。フェアリーに対する挑発といい、本当に別人としか思えない。気弱でおとなしい、研究者気質の無口な人物だったのに。トーマが恋しいあまり人が変わってしまったのか。

 トーマはフェアリーをゲイルに任せ、レティシアに近付いていった。トーマがそうしていたように、レティシアと対峙する形にならないようフェアリーを背後に隠したゲイルは、彼女の様子が気になって顔だけで振り返った。フェアリーは軽く唇を噛み締めているものの、動揺を表情には出しておらず、真っ直ぐにレティシアの方を見据えている。

「レオン……」

 目の前に立った愛しい男にレティシアは抱きつきキスをした。フェアリーは咄嗟に目をそらしゲイルの服を掴む。

 トーマはレティシアの体を離し、冷たい目で彼女を見下ろした。

「気が済んだか」

「レオン。一緒にリブリーに帰りましょう。また、あなたと私とゲイルとで……」

「帰る?何度も言わせるな。俺は一時的にリブリーにいたに過ぎない」

「リブリーに永住して。私、あなたの妻になりたいなんて言わないから、ただ、いてくれればいいから」

「リブリーに永住する理由などない。ハッキリ言う。俺には愛する女がいる。断っておくがお嬢ちゃんの事じゃない」

「嘘よ!リブリーにいた時にはそんな人いなかったじゃない!」

「いた。言わなかっただけだ。お前に会うずっと前から……まだ俺がガキだった頃から大切にしている女だ。その女以外は愛せない。お嬢ちゃんにも最初にそう言ってある」

「そんな嘘をついてまで私といるのは嫌なの?そんなに私が嫌いなの?」

「ここまでやって好かれると思うか?」

 冷たい表情に冷たい言葉。本気でトーマはレティシアを拒絶しているのだと感じた。

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