第十三話『因果応報』
今回の話は直接的で不快な表現と、残酷な描写が含まれます。
トーマが廃屋に行った日の夕方、犯人グループはリーダー格の少年の家に集まり、『銀髪の生意気なヤツ』の処理方法について相談する事になっていた。
名前はトーマ・イガラシ。ならず者として名が通っている何でも屋で、フォレスト・パーク8番街に事務所兼自宅があり、同居人にミラー家三男の養女がいるという事までは調べがついていた。この女を殺せば自分達が危ない橋を渡らなくても、ミラー家が監督不行き届きという理由で銀髪野郎を殺してくれるんじゃないかと女を狙ってみたのだが、意外にも相手が冷静で今の所上手くいっていない。散々怖がらせてパニックに陥らせて、泣き喚いた所を拉致、輪姦した後で殺してトーマの家の庭にでも放り込んでやろうと計画していたのに。まったく。家主が生意気なら居候も生意気だ。
「あの女、お嬢様なんだろ?なんであんな肝すわってんだよ。マジで生意気」
「生意気だから余計鳴かせるの面白そうじゃん。◯◯◯◯◯◯◯〜!とか◯◯◯◯◯◯〜っ!とか、お嬢様に叫ばせてえ!」
「あっはははは!下品ー!」
「‥‥‥おい、お前ら。ふざけていないで、これ見てみろよ」
話しながら監視カメラのチェックをしていた少年が、声を低くして他の少年達にモニターを見るよう促し、映像を少し前に戻した。そこには標的である『銀髪野郎』が、今回は一人で来ている様子が映っていた。
「おー来たんだー。マジでまた来るとは思わなかったぜ」
「念の為に準備してて良かったな」
「罠があるとも知らずにスカしやがってバッカじゃねーの」
「解体ショーの時間だな。早く行こーぜ」
などと囃し立てていたが、そんな余裕はすぐに無くなる。麻痺弾は確かに『銀髪野郎』の腕に刺さったのに、一切動じずそれを引き抜いてビニール袋らしきものに入れ、鞄に入れた。それでも少年達はまだニヤニヤと笑い、そろそろ麻痺薬が効いてくるだろうと見ていたが、十分経っても『銀髪野郎』に変わった様子は見られない。
「‥‥‥なあ、あの薬、すぐに身動き出来なくなるように調合していたよな」
「ああ。ギリギリショック死しないレベルでキツくしたはず。一分くらいから効き始めて丸一日は指一本まともに動かせないって書かれてあったぞ」
「紛い物つかまされたのかな?」
「あり得るな。くそっ!高かったのに。あのサイトの悪評流してやろうか」
「今はそんな場合じゃないだろ。あいつ、弾を確保していきやがったし、そこから俺らの事もバレるんじゃ‥‥‥」
「現金決済だし、代行者に購入させているし、大丈夫だろ」
「その代行者から洩れるって事もあるじゃないか!依頼主についてバラさないってのは暗黙の了解ってだけで、別に守秘義務があるわけじゃないんだから」
「なあ。もうあの女、多少無理矢理にでも誘拐して、銀髪野郎おびき出す材料にしてさっさと殺してしまおうぜ。あいつの目の前で女を輪姦してからさ」
「女は焼かなきゃいけないな。犯るならな。証拠が体内に残っていたら、万一調べられたらヤバいだろ。ちっ、面倒くさいな。全部あの銀髪野郎のせいだ」
「とりあえず、今すぐあそこへ行くぞ。あいつが来たのは今日だ。まだ俺らの事まで調べはついていないはず。警察に情報がまわる前に、仕掛けは全部回収するんだ。あいつを殺る方法を考えるのはその後にしよう。あいつと女を殺ったら、それでこの遊びは終わりだ」
リーダー格の少年の決定に、他の少年たちはそれぞれに頷いた。
まず今日はリーダー格の少年の家に泊まりで勉強すると親達には言っておき、いつも通り留守番を一人おいて、親が部屋に近づいて来たら話し声の入った録音データを操作させる。留守番役は、一人風邪気味の者がいるので彼にさせる事にした。彼は他のメンバーより早く、こんな事はやめてしまいたいと思っていた少年だ。別に裏切るとまでは思っていないが、リーダー格の少年としては、少々及び腰でノリが今ひとつ良くない彼を連れて行きたくはないのだ。うっかりミスをされて証拠を残されでもしたらたまったものではない。ここまでバレずに来たのに、最後の最後に失敗するわけにはいかない。
そうして少年たちは話し合いを終えると、窓からこっそりと抜け出し廃屋へと向かった。一刻も早く証拠隠滅を図らなければ不安だったのだ。
少年たちの不安は的中したと言うべきか。トーマに言わせれば今までの捜査が杜撰すぎたせいで、無駄に犠牲者を増やしてしまっただけなのだが、ともかくトーマの持ち帰った小型カメラと麻痺弾から、夜には高校生のグループの犯行だったと判明した。
代行者は簡単には口を割らなかったが、『極悪人』トーマ・イガラシが相手だと知ると、知っている事を話さなければ自分のみならず、家族にまで危害を加えられるかもしれないと勝手に危機感をおぼえた結果、少年たちの情報を教えてくれた。
「まあ、悪名も役に立つって事だ」
とトーマは笑ったが、大好きな人を『極悪人』呼ばわりされたフェアリーはご立腹である。
「それにしても、こんなガキ共がやらかしていた事だったとはな。しかも優等生ときた」
「頭がいい割には穴だらけだったがな。こんなにあっさりバレてんだから。ま、それ以上に警察がバカだったせいでガキ共を調子に乗らせてしまったのが、被害者にとってもガキ共にとっても不幸だったな」
トーマらしい毒舌にゲイルは苦笑したが、フェアリーはずっと不機嫌そうだ。
「お嬢ちゃん、どうした?」
「レオンが極悪人扱いされて怒ってるんだよな」
「それもありますけど……この子達、何十人も人を殺しておいて、何食わぬ顔をして普通に学校に行ったりしてたんでしょ?きっと罪悪感なんてカケラもなかったんだろうなって思うと」
「嫌悪感でいっぱいって顔だな。こいつらも最初は多少何かは感じただろうさ。けどな、繰り返す内に麻痺しちまうんだよ。ましてや集団だ。自分一人が悪いんじゃないという妙な安心感が生まれてしまうんだ。正常性バイアスもかかっていたのかもな」
「正常性バイアス?」
「人間は非日常的な事態に遭遇すると、精神が平衡状態を保とうとして無意識に『これは異常事態ではなく、日常にある事だ』と判断してしまう傾向にあるって事だ」
「お前、心理学までかじっていたのか。どれだけ何でもありなんだよ」
「……学問じゃなく経験だな。つーかこの程度の発想は別に心理学をかじっていなくても出来るだろ。むしろ学問的には間違っている可能性すらあるぞ」
『学問じゃなく経験』の言葉にフェアリーの胸は痛んだ。トーマはその『非日常』を日常的に経験していたのだ。誘拐され、実験動物扱いされ、同じ境遇の者たちは実験失敗により凄惨な死を遂げ、自らは人間ではない生き物になり……。普通の感覚を持ち続けていたら、すぐに発狂していただろう。フェアリーにも少し分かる。四歳だったとはいえ、親だと思っていた者たちが目の前で殺された場面を見てしまったのだから。あの時の場面は、今思い出してもあまり現実味がない。ただ愛犬の最期の鳴き声だけが忘れられずにいる。
トーマの部屋でそんな話をしていると、トーマのI・Bに連絡が入った。張り込みをさせていた探偵からだ。
「大量殺人犯たちが姿を現したらしい。警察に連絡は入れるが、とりあえず動きを追う」
「ん?どうやってだ?」
「あいつらの仕掛けたカメラの死角に追尾型のカメラを設置してきた。ターゲットに見つからないようにする必要があるから、自動のやつじゃなく手動だけどな」
「面白そうだ。俺も一緒に見ていいか?」
「好きにしろ」
「あ、じゃあ私も」
「お嬢ちゃんが?平気か?」
「だって呪いじゃなくて人間の仕業だって分かったんだもの。その犯人たちが来たなら、今日は殺人は起きないでしょ?だったら平気よ。追尾型のカメラの動かし方とか、私も知っておきたいし」
それがトーマの仕事を手伝えるようになりたいが為だという事は分かる。が、事件と呼ばれる類の仕事の手伝いは、あまりさせたくはないのだ。フェアリー自らが事件の被害者であった以上、もうそんな事には関わらず、出来る限り平和に暮らさせてやりたい。……トーマと暮らしているのだから平和に平凡にというのはあり得ない話で、こんな考えは偽善でしかないのだが。
「事件が起きないとしても、大量殺人が起きた現場である事に変わりはないし、かなり不気味な場所でもある。無理だと思ったらすぐにモニターから目を離せよ」
「うん!ありがとう、トーマさん」
やはり過保護だと思いつつ、そんなトーマが微笑ましくはあるし、何よりフェアリーが嬉しそうなのでいいか、ともゲイルは思った。妙な関係性だが、トーマが心からフェアリーを心配し可愛がっている事は分かったから。
少年たちが廃屋に入ってきた。見た目も普通の優等生らしい感じで、とても何十人もの人を殺すようなタイプには見えない。彼らは自分たちが仕掛けたカメラやセンサー類等を取り外しながら、「銀髪野郎のせいで無駄な出費になってしまったじゃないかよ!」などと文句を言っている。
「俺のせいで無駄な出費をしたのか。そりゃ気の毒だな」
「こいつら、やっぱりレオンも殺す気だったのか。って事は、フェアリーを狙ってきやがったのもこのガキ共か」
「かもな。お嬢ちゃんが俺の恋人だと思って、誘拐して悪さしようとでも思っていたんだろ。もしそうなら俺がこの手でぶっ殺してやりたいくらいだ」
連中がトーマを殺す気だったと聞いて怒りに震えていたが、トーマの言葉でフェアリーは一気に嬉しくなった。我ながら単純だなとは思うが、嬉しいのだから仕方がない。
それにしても本当に不気味な場所だなとフェアリーは思った。じっくり見れば幽霊の五〜六体くらいはいそうな雰囲気だ。いくら理屈で呪いで人は死なないと自分に言い聞かせても、一人でこの場所へ行くのは不可能だと思う。トーマはよく平気だな……と彼を見ると、険しい顔をして何かを凝視していた。
「何だ、あれは?」
トーマは何かの異変に気付いたらしい。ゲイルとフェアリーも目を凝らして見るが、少年たちが持っている照明が当たっている部分しか見えないし、そこでは何も異変など見当たらないので、二人は顔を見合わせて「分かるか?」「ううん」などと言っていた。と……
「ヤバい!」
『うわあああぁぁぁっっ!!!』
トーマが叫ぶと同時に、一人の少年の悲鳴が廃屋内に響き渡った。その少年がドロドロと溶けていく。もはや叫ぶ事も出来ずに顔を押さえて悶えるが、その顔を押さえている手も溶ける。
「お嬢ちゃん、見るな!」
トーマはすぐにフェアリーを抱きしめモニターを見せないようにしたが、時すでに遅かった。彼女はトーマの腕の中で声も出せずにガタガタと震えている。
他の少年たちはパニックになり、仲間を助けようともせず我先にと出口へ走ろうとした。が、すぐに足が動かなくなり、皆が溶け出した。
最初の犠牲者の少年は瞬く間であったが、あとの少年たちは溶ける速度が遅く、絶命するまでに時間がかかった分、悲惨だった。「助けて!」「許してください!」と何者かに懇願していたが、当然助けてくれるものなど現れず、恐らくは恐怖と絶望のままに死んでいった。彼らが殺した人間たちがそうであったように。