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第十二話『絆』

 家の中に入るとまず、フェアリーは応急処置をすると言って自室へ行き、服を着替えてからリビングに戻った。ゲイルは腕を組んで仏頂面で座っていて、まだ怒っているのだと分かる。

「フェアリー。狙ってきた奴に心当たりはあるのか?」

「ありません。けど無言電話とか、明らかに狙われて車に轢かれそうになったりといった事は、以前からありました」

「それをレオンには?」

「言っていません」

「だろうな。なんで言わない?心配をかけたくないからか」

「それもありますけど、ただでさえ仕事をたくさん抱えているトーマさんに、私の事で負担を増やしたくないんです。自分の事は自分で解決したい。ですから今日、ゲイルさんにお仕事を依頼するつもりでした」

「は?俺に依頼?」

「はい。私を狙っている人についての情報収集を。無言電話が来た際の記録や、轢き逃げしようとした車の車種、ナンバー、さっきの銃弾等、提供します。それで少しは調べ易くなるでしょうか?」

 ゲイルは驚いてフェアリーを見た。さすがはあのトーマと二年以上同居しているだけあると言うべきか。自分が狙われている中で、自分を轢こうとした車の車種やナンバーを確認したり、あまつさえ、あの状況下で冷静に銃弾まで確保しているとは。しかし‥‥‥

「フェアリー。あんたは女の子なんだぞ。そんなに強くなくてもいい。泣き言を言っても誰にも恥じる事はないんだ。別に俺に泣きつけとは言わねえから、せめてレオンにくらい甘えろよ」

「甘えなくてもトーマさんは私には甘いです。隠したくても、きっと色々分かっていると思います。分かっていても、私が自分で何とかしたいと思っているのを知っているから、黙って見守ってくれている。トーマさんはそういう人です」

「あいつだって万能じゃない!現にこうして」

 危険な目に遭っているじゃないか、と言おうとした所で、玄関の扉が開く音がした。そうして間もなく、トーマがリビングに駆け込んできた。

「お嬢ちゃん、大丈夫か?何があった?!」

「‥‥‥トーマさん」

「わき腹に当たったのか。ちょっと見せ‥‥‥ああ、いや。俺の部屋に行こう」

 ゲイルをチラッと見てからフェアリーの手を引き、トーマは自室に向かおうとした。が、ゲイルに「ちょっと待てよ」と呼び止められる。

「何だ?」

「フェアリーが危ない目に遭ったのは、これが初めてじゃないらしいぞ」

「だろうな」

「だろうなって‥‥‥それだけか?」

「他に何を言って欲しいんだ?そうだったのかと驚いて、どうして俺に言わなかったんだと、お嬢ちゃんを問い詰めればいいのか?はっ!バカか、お前は。本当にこの子を心配しているなら、そんな無駄な事を言う為に呼び止めたりしないで、先に治療させろよ」

 正論である。フェアリーは怪我をしていて、トーマは医療技術を持っている。なんだかんだと言う前に治療しなければならない。もっともなのだ。が、やはり以前と同じく、どこか冷たいと感じてしまう。これほどに可愛がっているのだから、もう少し動揺した様子を見せてもよさそうなものを。

 ゲイルが釈然としない思いを抱えて見送る先で、フェアリーは自らの手を引いているトーマの腕に、もう片方の腕を添えて、ピッタリと寄り添っている。ちらりと見えた横顔は安堵感に満ち溢れていて、それだけでトーマに対する信頼が見て取れた。彼女は何も感じないのだろうか?危険な目に遭ったのに、もっと分かり易く心配して欲しいと、優しい言葉が欲しいと思わないのだろうか?‥‥‥これほどの愚問はない。フェアリーの表情が全てを物語っているではないか。きっと他人には想像もつかない絆で結ばれているのだろう。

 やれやれと肩をすくめて首を横に振り、どっかとソファーに座り直す。トーマを責める資格はない。フェアリーはゲイルの事を『護衛』だと言った。まず何より自分が、その責務を果たせていないのだ。トーマの態度を云々する前に、彼女が一人にならないよう自分が気を付けていなくては。そう思い直し、ゲイルは二人が出てくるのをその場で待った。


 トーマの部屋では、念の為にフェアリーの傷の具合を診ていた。撃たれた痕跡は見当たらない。本人に痛みもないという。はあ、と大きな息を吐き出し、トーマは床に座り込んだ。

「トーマさん、どうしたの?」

「いや‥‥‥なんつーか、無事で良かった」

「うん。心配かけてゴメンね」

「お嬢ちゃんが謝る事じゃないだろ。むしろ俺が謝るべきだ。お嬢ちゃんに治癒能力がなければ、こんな風にここで話せていなかったかもしれない」

「本当にどうしたの?トーマさんらしくないよ。そもそも私が普通の人間だったら、今こうして一緒にいられていないでしょ。それにずっと一緒に行動するのは無理なんだから、どうしても危険は避けられないって、トーマさんのセリフだよ」

「それは無事だからこそ言える理屈だ」

 苛々と髪をかきまわす。こんなトーマは初めて見る。いつも超然としていて、動揺するのは実験に関する話を聞いた時と、カレンに関する事くらいだったのに。

「まさかとは思うんだけど、ゲイルさんの言った事、気にしてるの?」

「そうじゃない。よく分からねえ‥‥‥勘だ。今回お嬢ちゃんを狙った奴は、恐らく俺絡みだ」

「え?」

「ミラー家に関わる事じゃない。そんな気がする。俺のせいでお嬢ちゃんが撃たれたのだとしたら」

 宙を睨みつつ声を低くして言う。恐ろしげにも映る様子だが、フェアリーにとっては嬉しい事でしかない。自分の為に怒ってくれているのだから。

 フェアリーはトーマの前にしゃがみ、そのまま彼に抱きついた。

「どっちでも私には同じだよ。ミラー家に関する事でも、トーマさんに関する事でも。トーマさん絡みで私を撃つような人なら、私にとっても敵だよ。恨みの対象が誰かなんて関係ない」

 トーマは苦笑いを浮かべ、フェアリーの頭を撫でると、その頭を自分の膝へと導く。

「俺にとっても同じだ。お嬢ちゃんを狙ってくるような奴は、どんな事情があろうとぶっ殺すに値する。でもな、そういう事じゃないんだ。上手く言えないが‥‥‥いや、ともかく今回の件が片付くまでは、お嬢ちゃんを一人にはしない。ゲイルがいない時に仕事が入ったらキャンセルする」

「そんな!私、トーマさんの仕事を邪魔したくないよ」

 体を起こして抗議をするが、再び頭を膝へと押し戻される。

「俺がそうしたいんだ。‥‥‥俺がいない間に取り返しのつかない事が起こるなんてのはゴメンだからな」

 もしかすると以前にトーマがいない間に何か起きた事があったのだろうか?頭を撫でられながら思う。そう言えばリブリー・シテイにいた頃、トーマがいない間にレティシアが危険な目に遭ったと、ゲイルが言っていたような気がする。その時の事を言っているのなら

(トーマさん、やっぱり本当はレティシアさんの事も心配なんだろうな)

 今は行方不明になっているというレティシア。ゲイルからの依頼がなければ、本当に捜そうとはしなかったのだろうか?フェアリーにはそうは思えない。アディソン母子の時に、頼まれてもいないのに父親を捜し出したように、今回も自分から捜していたはずだ。

(トーマさんのお人好し)

 フェアリーの時にも、ナンシーを助けると自分から言い出してくれた。両親が本当にフェアリーの事を想っているのだと教えてくれた。トーマはいつでもそうだ。カレンが目覚めた時に、彼女に顔向けできるように、仕方なく人助けをしていると言っているが、それはきっと自分に対する言い訳だ。そしてそんな人だからこそ、どれほど冷たい態度を取っていても、彼の事を好きになる者が次から次へと現れるのだろう。


 いつまで経ってもトーマとフェアリーが出て来ないもので、心配になったゲイルは意を決してトーマの部屋の扉を叩いた。

「おい。レオン。フェアリーは大丈夫なのか?」

 扉の外から声をかけると、しばらく間を置いてから返事があった。

『入れよ』

「え?いいのか?契約違反だって言って、追い出す口実にしないだろうな」

『ゴチャゴチャ言うならマジでそうするぞ。いいから入ってこい』

 重ねて言われ、ゲイルは遠慮なくトーマの部屋に入った。すると間もなく目に入ったのは、トーマの膝枕で幸せそうに眠っているフェアリーの姿。

「なるほど。これじゃ出て来られるはずないな。にしてもレオン、ずっとその状態なのか?」

「三十分くらいな。強がっても、やっぱ怖かったんだろ。治療が終わってすぐ寝てしまった‥‥‥って、何だ?そのにやけ顔は」

「いや。羨ましいシチュエーションだと思ってな」

「いい年して何を言ってやがる。この程度の事で」

「いい年ぃ?俺はまだ二十代だぞ」

「三十路前だろ。ったく。十代のガキじゃあるまいし。いちいち欲情すんなよ」

「仕方ないだろ。フェアリーはいい女なんだから。つーか、お前こそ枯れ過ぎなんじゃねーの?まさか男として何か問題が……ないか。だってお前」

「ゲイル。お嬢ちゃんのいる所で余計な話をするな」

「寝ているぞ」

「夢うつつでも、聞こえている限り何となく頭に入っているもんだ。それに関する夢を見たりな。お前にだって経験あるだろ」

「ああ、そうか。言われてみりゃあるな」

 とぼけたように言うゲイルに、トーマは盛大に溜息をついた。

「マジでさ、お前いい年なんだから、もうちっと色々考えろよ。もの言う時も。人がいいのは分かるが、思いつきでの言動が多過ぎる。何か言ったりしたりする時は後の結果も少しは考えて、その言動に責任を持て。お前はお嬢ちゃんのボディガードとしてここにいるんだろう?なのに何でお嬢ちゃんは怪我をしている?何で怖い思いをしなきゃならない?」

 見るからに苛々としている。どれほど冷静を装っていても、内心は心配で仕方がないのだと分かる様子で。先刻のどこか冷たいと思わせる態度は、フェアリーを心配するが故に、まず何をするべきかを冷静に考えた末のものだったのかと納得した。そこまで溺愛していながら咄嗟に冷静な判断が下せる神経は、やはり理解できないが。それにしても‥‥‥

(やっぱりこいつ、見た目通りの年齢じゃないよなあ。言う事がいちいち年寄り臭いっつーか。そもそも隠そうとしていないのかもしれないが)

「‥‥‥聞いてんのか」

「ん?ああ。フェアリーの怪我に関しては言い訳のしようもない。俺が全面的に悪かった」

「過ぎた事を問題にしているんじゃない。今回お嬢ちゃんを狙った奴は、俺達の不在を事前に知りようがなかった事から、家の近辺で張っていた可能性がある。狙撃してきた以上、目的は拉致ではなく殺害。早急に犯人の特定と確保をしねえと、おいそれと仕事にも行けねえ。まず今から監視カメラのチェックをする。お前も付き合え」

「犯人は黒のトレーニングウェア、同じく黒の帽子とサングラスとマスクを着用した身長一六五~一七〇センチくらいの人物。やせ形。完全防備で性別は不明。逃げる際の走り方から運動能力は高くない」

「犯人を見たのか?」

「何故その場で追わなかったと怒るか?」

「いや。犯人が狙撃してきた奴一人か、複数犯か、まだ分かっていない状態でお嬢ちゃんを一人にするのはヤバい。しかも怪我をしたこの子を放置できなかったんだろ。それは感謝する」

「そう思ってもらえるのはありがたいよ。フェアリーの護衛としてここにいるのに、怪我させちまったからな。今後は彼女を絶対に一人にはしない。約束する」

「出来るだけそうしてくれ。とりあえず監視カメラはチェックする。で、あとは‥‥‥ああ、お嬢ちゃんが危険な目に遭ったのは初めてじゃないと言っていたな。その内容を聞いたならそれを教えてくれ。それから‥‥‥」

「ちょっと待て。お前だってあの廃屋から帰ってきたところで疲れてんだろ。昼メシ食って少し休んでからにしろよ。また倒れるぞ」

「そうそう倒れたりするか。それに、その廃屋の件で昼から関係各所に経過報告する必要が出来た。休んでなどいられるか」

「経過報告の必要?もしかして犯人の目星がついたのか?」

「今日か明日中にも分かるだろう。お嬢ちゃんを狙ったヤツがそいつらの一味という可能性もあるし、早々に決着をつけてやる」


トーマが言うには今日廃屋に行ったところ、狙撃されたのだという。ただそれは普通の銃弾ではなく、麻痺弾であったらしい。その弾を回収し、更に前回、中をチェックするフリをしながらセンサー類の所に取り付けておいた超小型カメラも回収。前回にはなかったダミーのセンサーや銃が増えていた(麻痺銃も前は無かった)事から、あれから犯人が廃屋を訪れているのは確実で、カメラに犯人の姿が写っていると考えられるとの事だ。

「麻酔じゃなく麻痺か。形状は?」

「監視カメラ偽装型。センサーが人を感知したら銃身が伸びて弾を発射する。麻酔銃と同じ空砲で、弾も麻酔弾様の針が刺さって薬が注入されるタイプ」

「なぜ麻痺なんだ」

「知るかよ。意識がある状態で拷問でもして楽しむつもりだったんじゃねーの。獲物に家に帰られたんじゃ意味ねーから、即効性の薬品を使っていたみたいだしな」

「‥‥‥まさかとは思うが食らったのか?」

「軽くな。ただ、軽く刺さっただけとはいえ即効性の麻痺弾だ。俺が何の影響もない様子で廃屋内を歩き回っているのを見たら、薬の調合をミスったのかと早晩確認に廃屋を訪れるだろ。その現場を警察におさえさせる。警察が動く前に犯人が動く事もあり得るから、今は探偵に張込みさせているという状況だ」

「それを狙ってワザと食らったな」

「さあな。あれから三時間以上経っているが、今こうして平気だという事実があるんだからいいだろ」

ゲイルはトーマが自分を同行させなかった理由を理解した。恐らく前回の動きで、自分達が犯人にとって都合が悪い者として標的にされると分かっていたのだろう。ゲイルの身を案じたのか、ワザと怪我をするという行為を邪魔されたくなかったのか、いずれにせよ一人の方が動き易いと思ったのは間違いなさそうだ。

 それにしても即効性のある麻痺弾という事は強い薬であっただろうに、何故こうも平気でいられるのか。前に痛覚を鈍くする処置は受けていると言っていたが、血が巡っている以上、毒が回るのは防ぐ事など出来ないと思うのだが。

(聞いたところで適当な理由をつけられるか、俺は化け物だからとか言われるんだろうな)

トーマをヴァンパイアか何か、とにかく人間ではないのではと最初に本人に言ったのはゲイル自身であるのに、いくらミステリー好きとはいえ、真っ当な現実感覚を持たなければやっていけない情報屋という職業柄か、『人間とは違うもの』と言っても少々人間離れしている程度の認識でしか捉えられていない。

 そもそも現実的にトーマを人間ではないと思っているのか、ゲイル自身にも分かっていない。

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