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第十話『フェアリーの宣戦布告』

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥イルさん。ゲイルさん」

 フェアリーに体を揺すぶられ、ゲイルは目を覚ました。目の前には資料が散乱している。夕べはどうやら机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。そんな体勢で寝たものだから、首と背中が痛い。

「んあ‥‥‥おはよう、フェアリー。今、何時だ?」

「七時です。朝食が出来たので呼びに来たのですけど、あまり寝ていないなら、このままベッドに行かれます?」

「んん~‥‥‥そうだな。フェアリーが一緒に寝てくれるなら」

「‥‥‥分かりました。ずっとそこで寝ていて下さい」

 フェアリーはムッとして身を翻した。そのまま部屋を出て行った彼女の後を追い、ゲイルは謝った。

「悪かった。軽い冗談なんだから、そんなに怒るなよ」

「あいにく私はお嬢様育ちで世間知らずなんです。そんな冗談は通じません」

「ああ、そう言えばずっと名門女子校に通っていたんだっけ?じゃあ、あまり男に免疫もないか。で、何でレオンみたいなクセのあるヤツに惚れたんだ?あいつ外見はともかく、初恋の相手にしては性格が優しくないだろ。恋を知らない乙女にはキツくないか」

「大きなお世話です」

「ははは。また最初の状態に戻ったな」

「最初の状態?」

「ツンツンしている状態。そういうのも可愛くていいけどな」

 フェアリーは急に立ち止まり、ゲイルを振り返り見上げた。その表情は怒ってはいなかった。

「私、トーマさん以外の人にからかわれる事に慣れていません。ゲイルさんは何か他に気になることがあったりすると、それをごまかす為にふざけるみたいですけど、すぐそれに気付いて対応できるほど、私はまだ人馴れしていないんです。ゲイルさんが私に気を遣わせないようにしてくれていても、そうと気付かずにツンツンするのは許して下さい」

 フェアリーの意外な鋭さにゲイルは驚いた。トーマの事しか見えていないと思っていたのに、この短期間でゲイルのそういった部分に気付くとは。

 それにしても率直な娘だ。言わなくても伝わるとか、瞳で伝えるという乙女的発想は持ち合わせていないらしい。言葉にしなくても届いて欲しい、と願っていたレティシアとは正反対だ。だからこそトーマもフェアリーを可愛がっている部分もあるのかもしれないな、と思った。

「あ~‥‥‥えっと、ゴメンな。俺が悪かった。これからは気をつけるよ」

「何をですか?」

「からかわれていい気するはずないよな。大人気なかったわ」

「いいえ。大人じゃないのは私です。そんな冗談も軽く受け流せないから、いつまでもトーマさんに子ども扱いされるんだもん。余裕を持ってかわせるようにならなきゃ‥‥‥で、質問なんですけど」

「はい?質問?」

「あの、さっきみたいな場合、どうやって受け流すのが大人の対応なんでしょうか?」

 当然、大真面目である。正直こんな質問をされても非常に困るのだが。例えるなら純真無垢な子供に、エッチでいけない事を教える気分になるから。それに余計な事を教えるな!と、トーマから睨まれること間違いない。とはいえ本人はいたって真剣に教えてもらいたいと望んでいるわけだし、何より成人なのだし、問題はないのでは?とも思う。と、ここで気付いた。

(待て待て、俺。何も実際に性教育をしろと言われているんじゃないんだぞ。ただ大人の対応の仕方を聞かれただけだ。それで何でここまで思考を飛躍させているんだ。思春期のガキか、俺は)

 何となく赤面してしまった。フェアリーは不思議そうに首を傾げている。この娘を前にしていると、その純粋さから自分の邪な心が浮き彫りになるようで恥ずかしくなる。今まで三十年近く生きてきて、こんな子と出逢ったのは初めてだ。

「ゲイルさん?私、そんなに変な質問しちゃいましたか?」

「え?ああ、その‥‥‥なんだ‥‥‥うん。答えな?うん。さっきみたいな場合は『まだママが恋しいの?仕方のない人』‥‥‥とか‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥それ私が言ったら、トーマさんどういう反応すると思います?」

「さすがに驚くだろうな」

「そう思うなら違うのにして下さい」

 二人はしばらくの間沈黙し、その後で顔を見合わせて思わず吹き出した。そうして仲良く声をたてて笑っていると、フェアリーの後方からトーマが現れた。

「二人で何やってんだ?メシ、出来てるんじゃないのか?」

「あっ!トーマさん、お帰りなさい。早かったね」

「ああ。すぐ見つかったからな」

「なんだ。また早朝から仕事だったのか。で、見つかったって何がだ?」

「体長二メートルのニシキヘビ。ペットとして飼っているヤツで、夜遊びして帰ったらいなくなってたってさ。今までも何度かあったから、今度騒ぎになったらマンションを追い出されてしまう。何とかバレる前に見つけてくれって話だった」

「また無責任な。それにしても、なつきもしねえ蛇なんかをペットにして、何が嬉しいんだか」

「そうか?あいつらも慣れると可愛いぞ」

「どこがっ!そもそも慣れねえよ!」

「ゲイルさん、蛇が嫌いなんですか?それとも爬虫類が?」

「俺は爬虫類でも虫でも、ニョロニョロ長いヤツは苦手なんだ。思い出しただけで‥‥‥うわっ!鳥肌が」

「実は私もダメです。ペットショップとか、地球生物博物館とか、動物園くらいでしか見かけませんけど、絶対にそこは見ないようにしてます。地球上には、普通にあんなのがいるんですよね」

「まあ土を掘り返したら普通にミミズくらいは出るだろうな。デカい蛇はどこにでもいるもんじゃないが‥‥‥っと、そんな事はどうでもいいだろ。メシが冷めるぞ」

「あっ、いっけない!スープ温めなおしてきます!」

 そう言ってフェアリーは小走りにキッチンへ向かった。その後をゆっくりついて行きつつ、トーマは前を向いたまま、独り言のように呟いた。

「お嬢ちゃんが声を立てて笑うの、初めて聞いたな」

「え?」

「俺と話す時は、どこかまだ緊張しているようだしな。あんな風に肩の力を抜いた雰囲気のあの子は、見たことがなかった」

「それはレオンに惚れているからだろ。いい所を見せたいと思えば力も入るってもんだ」

「そういうものなのか?」

「はあ。まったくお前は‥‥‥まあ仕方ないか。分からなくても。誰かに惚れた事なんかないんだろうからな」

「ある」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

 あまりの即答っぷりに、ゲイルは言葉の意味が理解できず、声をひっくり返してしまった。今何と言ったのか?ある?何が?今の話の流れで言えば、誰かに惚れた事がある、という意味に思えるが、仕事抜きでは誰とも関わろうとしない印象のこの男に、好きな女性がいたとは信じがたい。もしかすると学生時代はそれなりに真っ当で、クラスメイトで好きな女の子でもいたのか?やはり想像できない。そもそも普通に制服を着て学校に通う姿すら思い浮かばない。それほどにトーマは浮世離れした雰囲気なのだ。

「なあ、あるって何が?」

 答えなど期待していないが、仕方なく聞いてみた。すると意外にもこれまた即返答があった。

「惚れたこと。正しくは現在進行形だ。惚れている女がいる」

「まさか」

「お前は俺のことを、よほど冷血動物だと思っているらしいな。まあ、別にどうでもいいけどな」

「いや、悪い。しかし住む場所を転々としているのに、その彼女‥‥‥か?どうしているんだ」

「お前には関係ない」

「俺には関係なくても、フェアリーにはあるだろう。あの子は知らないんだろ?」

「知っている」

「えっ?ウソだろ?」

 言いながら、「トーマに想いは届かないと承知の上で一緒にいる」というフェアリーの言葉を思い出した。それにトーマも「お嬢ちゃんには辛い思いをさせている」と。あれはそういう意味だったのか。

 フェアリーの意外な強さを知った。レティシアには無理だ。トーマに好きな女性がいると知っただけでパニックに陥るかもしれないのに、承知の上で一緒に暮らす事など。恐らく想像以上に辛い思いを抱え、我慢もしているのだろう。いや、我慢ばかりではない。なんとか少しだけでも意識してもらおうと、健気に頑張っている。そんな様子を見せつけられながら、よくトーマは平気でいられるものだ。

「なあお前さ、フェアリーに情が移ったりはしないのか?」

「情はある。可愛くて仕方がないと言ってもいい。一生そばに置きたいくらいだ」

「それなら少しは想いに応えてやれよ。あまりにも痛々しいだろ。あんなに精一杯、お前に尽くしているのに」

「ゲイルは出来るのか?他に大事な女がいるのに、こっちにもいい女がいるからって、両方に手を出すようなマネが。俺には無理だ。お嬢ちゃんが大切だから余計、いい加減な気持ちや一時の情で想いに応えてやる事など出来ない」

「その惚れている女とやらより、フェアリーの方を好きになる日が来るかもしれないぜ。あの子だっていつかは大人の女になる。そうなった時、気が変わらないとは言えないだろう」

「‥‥‥変わらない、俺は‥‥‥。あいつへの気持ちが薄れたら、俺には生きている意味なんてなくなる。あいつを忘れるくらいなら、俺は無になることを選ぶ。お前ら人間に、この気持ちが分かるはずもない」

 『お前ら人間』という言葉が引っかかりはしたが、それ以上に、このトーマにそこまで想う女がいた事に驚いていた。今まで一度もそんな素振りを見せた事はなかったから。愛しくて、焦がれて‥‥‥

(!‥‥‥まさか‥‥‥)

 ゲイルは思い出していた。自宅にあった写真と手紙をトーマに見せた時の事を。

 トーマは自分らしい写真にも、イアンの写真にも目もくれず、ひたすら愛しそうに『カレン』という名の少女の写真を手に取って見つめていた。彼女がその相手か。しかしあの少女は百何十年も前に生きていた人だ。トーマが人間以外の生き物と想定するなら、昔愛して忘れられずにいるという事か。とっくに死んでいるはずの人を思い続け、新しい出会いがあっても、誰にも心を奪われず‥‥‥

(そんな事は不可能だ)

 その不可能事を、この男は実行している。写真を見た時の様子で、トーマが今も『カレン』という少女をいかに愛しているかは分かる。一体どんな少女だったのか。手紙を読んだ限りでは心優しい普通の女の子のようだったが、家族も知らない、男を惹きつけてやまない魅力でもあったのか。興味が湧いた。単に知りたい。トーマのような男が心から愛する女性とはどんな人物なのかを。

 そうやって考え込んでいるところへ、トーマの口から意外な言葉が出た。

「ゲイル、もしかしてお嬢ちゃんが気になるのか?」

「‥‥‥は?」

「お前の言う事を聞いていると、俺にどうして欲しいと思っているのか分からなくなる。レティシアと会ってやってくれだの、お嬢ちゃんの想いに応えてやれだの。一体俺に何を望んでいるんだ?」

「あ、いや、まあ確かにそうか。すまんな。俺は場当たり的に、思いついた事を言ってしまうところがあるからな」

「何だ、そりゃ」

 トーマが軽く吹き出した。意外だった。さっきトーマは、フェアリーが声を立てて笑うのを初めて見たと言っていたが、ゲイルは、トーマがこんな風に表情を崩して笑うところを初めて見た。

 愛している女がいると言ってみたり、顔を崩して笑ったり、ゲイルの知らなかったトーマがここにいる。これはフェアリーといて引き出されたものか‥‥‥恐らくそうなのだろう。レティシアといた頃には、人間らしさが全くうかがえない男だったから。あの素直で純粋で少し潔癖な女性は、殺伐とした世界に生きる者の心を和らげる、天性の何かを持っているのかもしれない。トーマのような男ですらそうなのだから、それはすごい才能だ。

「遅くなってごめんなさい!温めなおしてきたよ」

 フェアリーが笑顔でスープを運んできた。トーマは優しい表情で迎え、食卓の準備を手伝う。その様は、まるで新婚の若夫婦のようだ。フェアリーはトーマと二人でいる時に声を立てて笑った事がなかったかもしれないが、これほど幸せそうな顔を見せるのは、トーマ相手だけなのではないだろうか。それほどに幸せそうな顔をしていた。ふとゲイルは思う。自分は誰かに、こんな風に幸せな顔をさせる事が出来るのだろうか?同じ裏家業を生業としているのに。自分がいる事によって誰かを幸せに出来る‥‥‥それを羨ましいと、生まれて初めて思った。フェアリーの幸せそうな顔が、あまりにもキレイで。

(キレイ‥‥‥だな、本当に)

 ゲイルは知らず、フェアリーに見とれていた。トーマだけを見つめている彼女を。自分の中に複雑な感情が存在する事を自覚した。このまま一緒にいると好きになってしまうだろう。それは何とも絶望的な未来予想図だ。何しろフェアリーは、生半可な覚悟でトーマを想っているのではないのだから。もう三十路近い男が報われない恋をして、それに破れてガックリと肩を落とす様など、他人事ならゲイルだって大笑いするところだ。しかも出逢って間もない女の子が相手。自分でも情けないと思うが、彼女をキレイだと思った心に嘘はつけない。


 フェアリーの身に起きた様々な事は調べて知っている。幼い頃に目の前で両親と愛犬を惨殺され、ミラー家に引き取られたものの、心ない者たちから僻み根性の塊でしかない中傷を受け続けた。人間不信になり、両親とも不仲になって笑顔も見せず、必要以上に口も開かない日々を何年も送っていたという。それが二年前の事件以降、ガラリと変わった。

 公表された情報では営利目的の誘拐事件となっていたが、あの『ルシフェル』が関わっていた以上、それほどシンプルな事件だとは思えない。ミラー家内部でのゴタゴタが真相で、故にミラー家の圧力がかかり、ニセの情報が出回っているというのが情報屋の間での共通した認識だ。そんな事があったにもかかわらずフェアリーが良い方向に変わったのは、ひとえにトーマの存在があったからだろう。そこで一体何があったのか‥‥‥ともかく事件前から今に至るまで、フェアリーはトーマと同居を続けている。

 閉ざされていた心を、どうやって開いた?何があれば報われないと知りつつも、側にいて想い続けられるほどに恋焦がれる事が出来るのだろう?何があれば、まだ二十二歳の女の子がここまで強くなれるのか。トーマといて冷静になれるのなら、レティシアにもフェアリーと会わせてやりたいと思う。そして彼女の話を聞けば、自分の弱さを知る事が出来るかもしれない。そうすればもう少し前向きにもなれるだろう。トーマに心奪われ囚われたまま、そこから抜け出せない者同士なのだから。その為にも、まずレティシアを見つけなければならない。

 

 彼女は今どこにいるのか。せめて無事でいてくれればいい。ゲイル自身も心奪われ囚われている二人を見つめながら、そんな事を思っていた。


 前に訪れてから一ヶ月後、再びトーマは例の廃屋へ向かった。ゲイルは同行すると言ったが今日はダメだと言われ、理由を聞いても答えてくれない。リブリー・シティにいた頃とは比べ物にならないほど取っつき易くなったとはいえ、そう簡単に秘密主義はなくならない。お互いの仕事上、何でもかんでも話すわけにもいかないのは仕方ないが、同行を許さない理由くらいは教えてくれても良さそうなものを。

 そんな事情で、今日ゲイルは情報屋としての仕事に精を出すことにし、二人が出かけた後、フェアリーはトーマとの約束を守り、カレンの部屋に入って観葉植物の世話をする事にした。とはいえトーマに頼まれたのは土の表面のチェックと、場合によっては水やり、虫がついていないかの確認、それだけである。虫がついていた場合の駆除は自分ですると言っていたし、肥料なども今はいいらしい。


 何故かノックをし、「おじゃまします」と声をかけてから部屋に入る。温度と湿度が高めのこの部屋は、とても快適とは言えない環境だが、不思議と落ち着く気がした。ミニ・ジャングルさながらの大型の観葉植物をかきわけ奥へ進むと、美しい花嫁が眠るガラスケースにたどりつく。その花嫁・カレンのそばへ行き、ケースの中を見てみる。

 前にこの部屋に入った時は怖さと、すぐにトーマが現れた事から一瞬しか見なかったが、改めてじっくり見ると、本当にただ眠っているだけで今にも目を開きそうな感じだ。そして‥‥‥

「本当に幸せそうだな‥‥‥」

 限りなく優しく、幸せそうな顔。トーマの花嫁になって眠った人。羨ましさ、隠せない嫉妬心はあるが、それよりもせっかく子供も出来て結婚したのに、いつ再会できるとも知れない、もしかすると二度と目覚める事がないかもしれない眠りにつかなければならなかった無念を思うと、気の毒という気持ちの方が遥かに強くなる。それでもこれほど幸せそうに微笑んで眠っている。どれほどトーマを愛していたかが分かるようだ。

「カレンさん。あの時はありがとうございました」

 フェアリーは頭を下げる。自然に下がった。嫉妬する権利はむしろカレンにあるはずだ。夫のそばに若い女がいて、その女は夫が好きで、それを態度にも出している。自分の知らない所で。

「もしカレンさんが目を覚ましたら、私は邪魔だよね。憎まれたりするのかな?私の旦那様にちょっかいを出して、って。私がカレンさんの立場だったら悔しいだろうって思うから、仕方ないよね」

 淋しげにカレンの顔を見つめると、どこからかふわっと風がきた。あの事件の時、カレンらしい声が聞こえた時と同じだ。えっ?と振り返る。周りの観葉植物の葉は揺れていない。すると今度は後ろから優しく頭を撫でられた感触がして、再びカレンへと視線を戻す。当然、彼女は眠っている。しかし不思議な事に、先ほどよりも更に表情が穏やかに、優しくなったように見えた。

「今の‥‥‥カレンさん?」

 部屋中が優しい空気に包まれた気がした。温かい‥‥‥トーマが人の魂の存在を信じる理由が分かる。ここにカレンの魂が満ちていて、彼女の想いが生霊のように形になって現れたとしても、何ら不思議はない雰囲気だ。恐怖はカケラもない。それどころか自分の心も、どんどん穏やかになっていくようだ。ここで、こうして、トーマは一人の日々を過ごし、救われていたのだろう。

「すみません。邪推でしたね。カレンさんはきっと私の事を怒らない。そう思います。私が後ろめたいから、そう思っちゃっただけなんですよね。でも、後ろめたさを感じなくてもいいですか?トーマさんの事、好きでいてもいいですか?」

 カレンは微笑んで眠っている。トーマのための、トーマに向けられた微笑みであるにもかかわらず、フェアリーに対してそうしてくれているように。ここは落ち着く。宗教に傾倒している人が教会にいると、こんな気分になるのだろうか?そう思えるほどに。

 目を開いて生活をしていた頃のカレンの人柄がしのばれる。きっと全てを優しく包み込む素敵な人だったのだろう。トーマの、カレンに対する愛の深さも理解できる気がする。哀しいけれど、今の自分では全然かなわない。が、時間はいくらでもある。あるはずだ。それならこれから自分を磨いて、トーマに少しでも意識してもらえるよう、もっと大人になって、カレンを愛する心ごとトーマを愛せる日が来るよう努力しよう。

「あなたが目覚める日までは、私がトーマさんを支えられるようになります。ごめんなさい。宣戦布告です。カレンさんと赤ちゃんからトーマさんを奪おうっていう意味じゃありません。でも私たち人間じゃない生き物たちの住む場所を作るなら、人間のルールなんて適用しなくてもいいですよね?だから私も一緒に愛してもらいます。今のトーマさんじゃ、とてもそんな事が出来るようになるとは思えませんけど、頑張っちゃいます。人間の世界だって一夫多妻っていうのがあるんですから」

 カレンの優しい雰囲気に甘えて言いすぎかな?とも思えたが、部屋の中の空気は相変わらず温かく、「あの人の戸惑う様子が浮かぶようね」と笑う声まで聞こえてきそうだった。


 ここに入って良かった。これからトーマがカレンに会いにこの部屋へ入るのを、今までより穏やかな気持ちで見送れる。会話は出来ないけれど、語りかける事が出来て、少しは心の整理が出来たから。素直にそう思い、フェアリーは観葉植物の世話を始めた。

 読んでいただき、ありがとうございました。

 初めて後書きをしてみます。


 この作品は1話ごとに分けて書いているものではなく、一気に書いたものを無理やり分割しているので、毎話始まり方も終わり方も中途半端な形になっています。

 お陰でいつもサブタイトルを決めるのにも一苦労するわけですが……そのうち慣れるでしょう。慣れるといいな。


 今回の話は何も起きないほのぼの回になりました。こういった日常パートを入れるとテンポは悪くなりますが、キャラクターの人間性や考え方、人間関係を伝える事で感情移入しやすくなればいいなという考えで書いています。


 明日20時頃に投稿する予定の次話ではちょっとした事件が起こりますので、また読んでいただけると幸いです。

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